アリスのお茶会

地火風水

『あたしの相棒へ




 と、書き出してはみたけれど、別にあんたに渡すつもりはないのよ、これ。
 もしあたしがどこかで落としちゃったりして偶然手に入ってしまったら。あるいはもしあたしが死んで荷物の中から見つけてしまったら。
 そうしたら暇つぶしにでも読んで。
 字が読めないわけじゃないんでしょ? 一応、それなりの家の出なんだから。
 読めないなら人に見せてもいいけど……まぁ、そこまでするほどのものじゃないわ。ただ、思ってることを思ったまま書いてるだけだから。
 理由? 暇だから。あんたと落ち合う約束の日までまだ一週間近くあるしね。
 あたしの考えてることがバレるかもしれない、ってそういう可能性を作ってみるのも面白いじゃない。
 あたしは……自分でも言うのもなんだけど、あたしは意地っ張りだから。とても口では言えそうにない。きっとこれから先もずっと言えないと思う。
 何でもかんでもキッパリ言うくせに、って思うかもしれないけど、言わないことだってある。
 言えないことだってある。
 言わない方がいいと思うことだってある。
 この手紙を渡すつもりがないっていうのも、同じことよ。わざわざ渡したら、口にするのと同じくらい恥ずかしいじゃない。あたしはそんな乙女ちっくなことできないわよ! しかも、あんたに対して。
 だから、渡さない。ただ、読まれてしまうかもしれない可能性だけを作っておくの。
 見上げた意地っ張りだと、言わば言え。
 でも伝わってるでしょ?
 あたしがあんたに感謝してるって、伝わってるでしょ?
 ――ああ、やっぱり読まれないで終わるといいなぁ。きっと伝わってるんだから、いいじゃないね。



 それにしても、最近は時々別行動があるわよね。
 おかしいことじゃないんだけど。お互い得意分野ってものがあるんだから。
 別々に行動するのは、ちっともおかしいことじゃない。
 おかしいとしたら、別々のことをするのにまた会う約束をしてるってことよ。しかも当たり前のようにね。すっかり一緒にいるのが当たり前になっちゃったわね。
 今、あたしはこのまま1人で出かけちゃってもいいわけだけど、そんな気もなくちゃんと待ち合わせ場所にいる。
 あんたは何も帰ってこなくたっていいわけだけど、たぶんちゃんと待ち合わせ場所に来るでしょ?
 それが当たり前になってる。これってすごく不思議なことよ。
 あたしは前にも旅の連れを作ったことはあるけど、彼女を待ったことなんて1度もなかった。目的地が分かれた時に、いちいち待ち合わせなんてしなかった。利害が合った時一緒にいるだけで、仲間ってわけでもなかったから。一緒に戦うこともあったけど、利害が衝突すれば逆に敵対することもあった。
 あんたは、どんな時もあたしの味方になってくれるんだろうね。
 言われなくても信じてる。
 あたしは、たぶんどんな時もあんたの味方をすると思う。
 言わないけど信じてくれてるでしょ?
 どうしてだろうね。不思議よ。
 もしかしたら、あたしは年をとったのかもしれない。
 地に足をつけて生きるようになったのかも。
 奔放に見えるかもしれないけど、あたしはあたしを縛るものを知っている。
 それは、しがらみだったり友人だったり、今まで生きてきた中であたしがしてしまったことだったり、あたしがあたし自身でいなければならないってことだったりする。前ほど無軌道ではいられない。
 軌道は、進むべき道は、否応なくできてしまってるの。少しくらいの分かれ道はあってもね。
 そう――たぶんあたしはもう道を変えられない。
 変えようとも思ってないけど、たとえ変えたいと思ったところでそれは無理なんだと思うの。
 たとえばこれからあたしがいくら善行を積んだって、ロバーズキラーと呼ばれた事実が消えないようにね。あたしが今さら「人類みな平等」を唱えて、人殺しの事実が消えるの? あちこちで、悪気がなくても色んなものを壊してきた事実が消えるの? 戦うのをやめれば魔族はあたしを忘れてくれるの? もう狙われずに済むの? そんなわけないわよね。
 運命なんてものがあるのかどうかは知らないけど、あたしの行く道を支配するものは、確かにある。逃れられない何かが、確実にある。
 そうね、もしもあたしがあんたと一緒にいる理由があるとしたら、きっとそういう目に見えないもののためよ。あんまりにも大変なことを一緒に乗り越えてきたもんだから、今さら他人には思えないのよ。どうやっても。敵になんかなれないのよ。
 「一緒に旅をするための理由なんかいらない」ってあんたが言った時から、一緒にいることはすごく強い決まりごとになっちゃったの。だって置いていかれないって信じてしまったんだから。
 別れるためのはっきりした理由ができない限り、たぶんあたしはあんたに置いていかれたら腹が立つわ。これは、あんたが信じさせたことよ。覚えておいてね。



 でも、時々そういう諸々をひどく重く感じることがある。
 道が定められてしまってるってことをね。
 たとえば、あたしはルークと戦うことを避けられなかったのかって考えてしまう時。
 結論から言えば、避けられなかったんだけど。
 たぶん、それはルークとあたしが知り合ってしまった時からすでに動き出していたことだと思う。知り合って、一緒に戦って、あたしは彼の人生を変えた。彼は、もしかしたら最初の事件の時にシェーラに殺されていたかもしれないし、ディルスでずっと護衛をしていてセレンティアには行かずに済んだかもしれない。あたしと出会ったことで彼の人生は変わったの。
 あたしが悪いんだと思ってるんじゃない。
 あたしが死神だったと思ってるんじゃない。
 ただ、それは全部偶然のことなんだけど、でもあたしが変えたことには違いないんだってこと。
 そして、ルークがあたしの人生も変えたってこと。
 それって誰が悪いわけでもない。
 逆に言えば、誰の作為でもないから、はねつけることもできない。
 あたし、難しいことを言ってるね。分かってる? ちゃんと読んでる?
 もう少し簡単に言うね。
 あんなことになってしまって、あたしはルークと友達だった以上戦うしかなかった。
 それしかないって分かってても、でも戦いたくなかった。死なせたくなかった。ミリーナを助けたかった。2人に幸せでいてほしかった。いくらそう願ってても無理だったけど、本当に本当に祈ってた。辛かった。なんでこんなことをしなくちゃいけないんだろうって思った。なんであたしはこんな人生を生きてるんだろうって思った。
 ルークに出会わなければ。ゾードと敵対しなければ。首を突っ込まなければ。もっと平和に生きてれば。魔族になんか関わらなければ。魔道なんか学ばなければ。旅に出なければ。
 どれかを避けていればあんなことにはならなかった。でも、そのどれだってあんなことを起こすためにやったわけじゃない。
 これ以上誰にも迷惑をかけないように、全部を投げ出してしまいたいとも思ったの。分かる?
 これからも同じようなことが起こるかもしれないっていうのが、すごく怖くて辛かったの。分かる?
 でももう捨てられないことがたくさんあったの。
 魔族に狙われることも、ルークと知り合って人生を変えたことも、シャブラニグドゥと対立したことも、もう今さらなかったことになんてできないのよ。立ち向かっていくつもりだけど、でもそんなつもりがなくたってもう逃げられない。
 そういうことがね、すごく重くなるの、時々。
 ねぇ、だけどあの時あんたが自分で言ったこと、覚えてる?
 「つらいのなら、お前は手を出すな」って、そう言ったわ。



 ――あたしに逃げ道は用意されていない。
 あの時だってそうだった。
 でも、あんたはあたしに逃げてもいいって言った。
 あたしの負うべき責務まで肩代わりしてもいいって言った。
 あたしは逃げるなんてまっぴらごめんだけど、そうしようとしても逃げられないってことは重い。
 いつかはこの責務に潰れてしまうかもしれない。
 それでも、あんたがいてくれると。
 あたしの後ろで、あたしがいつか倒れたら支えてくれると。
 そう思えるから、あたしはこの身を縛り付けるものを忘れて、倒れずに進める。
 あたしがもしも力強く前に進んでいると言うなら、それはあたしだけの力じゃない。
 歩くための大地がなければ進めない。
 吸い込む空気がなければ進めない。
 お腹がすいたって進めない。
 凍えても、乾いても進めない。
 あんたがあたしの踏みしめる大地。
 息をするための空気。
 のどをうるおす水。
 体をほてらせる熱。
 仰ぐ空。
 いつか力尽きて倒れるときには、あたしはこの大地に受け止められる。
 そして腐り落ちてひとつになることもできる。



 これをあんたが読んでいる時、あたしはどこにいるのかな?
 元気でしてる?
 うっかり見られちゃって、照れてる?
 それとも、もう死んでしまった?
 何にしろ、分かりにくい、手のかかる奴で迷惑をかけます。
 でも、感謝してるの。
 そして、あんたとずっと一緒にいられたらいいなぁと思ってる。
 ――本当よ。



 あんたの相棒より』





END.







作者のたわごと


 この間ガウリイの独白を書いたので、今度はリナ……と思って書いてみました。
 同じ形式では面白くないので、いろいろ考えた末1度やってみたかった手紙に挑戦。
 けっこう難しいですね……。
 タイトルにも悩んだんですけど、どーしてもこれしか思いつきませんでした。微妙に違うような気もするんですが。

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