続・馬鹿 (深読みVer)
空はいっそ切なくなるくらいに晴れわたっていた。
アクセントをつける程度に薄く小さくただよった白い雲の帯も、何かが透けて見えそうなほどにごりのない水色も、やたらきれいに見えた。吹きすぎず吹かなすぎずの風も、心地よい。
たぶん、世界がリナを祝福してるんだろう。
リナの普段の行いがいいから、とはとても思えないが、彼女は何度も世界を守っている。そのくらいのサービスはあってもいい。
オレは教会の石段に座って、しばらくぼんやりと空をながめていた。
今日、オレの被保護者が結婚する。
世間一般からするとずいぶん遅い結婚だが、何しろわがまま勝手な奴だから無理に世間に合わせるより本人の好きにさせてよかったと思う。そこらの奴と結婚したところで、相手が付き合っていられるとも思えない。
大体、たとえオレが『そろそろ結婚しろよ』などと言ったところで聞くわけはない。
自分の意志は通さなければ我慢がならない女だし、そもそも彼女に口出しする権利などオレにはない。保護者というのもオレが勝手に自称してることだからだ。
今日、彼女はバージンロードを歩く。
新郎の元へ彼女を導くのは本物の父親の役目で、オレはリナを取っていく男にその手を渡してやることすらできない。誰よりも彼女を守ってきたのはオレなのに、今日のオレはただの参列者だ。もしかしたらリナは『今までありがとう』の一言くらい言ってくれるかもしれないが、それは返して言えば別れの言葉だ。どうせなら通り過ぎていく景色のように、オレを振り向かず、幸福に笑いさざめいて行ってしまえばいい。
『ありがとう』などと言われたら、オレは本物の父親のように泣いてしまうかもしれない。
控え室に顔を出すと、リナはすでに着替えていた。
シンプルなウェディングドレスを着て、くせの強い栗毛を高く高く結い上げている。収まりきらないのかわざとなのか、跳ねた髪がむき出しの細い肩に散っている。それが彼女の肌の白さを強調していて、オレは入り口で少し立ち尽くした。
オレの守っていた女の子は、いつも土とほこりにまみれて笑っていた。リナはオレの知らない場所へ行ってしまうんだなぁ、と改めて思った。
「あ、ガウリイ」
こちらに気付いたリナが声を上げる。
「よぅ、おめでとう」
「ありがと。……ねぇ、ちょっと2人にしてくれない?」
部屋にいた手伝いの女性たちにそう言うと、首をかしげて近くの椅子を引いた。
どうやら、座れということらしい。扉から出ていく人々と入れ違いに広い部屋へ入り、オレは示されるまま椅子に腰かけた。リナは、しっかり整えられた格好を崩さないためか、あまり動こうとしない。
「お前さん、こうして見ると女だったんだなぁ」
「何だと思ってたのよ」
「うーん。リナだ、と思ってただけだな」
「何よそれ」
リナは吹き出す。悪くすると攻撃呪文の一発も食らうところだが、衣装を汚すわけにはいかないと思っているのか、単に機嫌がいいのか、蹴られることすらなかった。
「……もうちょっと早く、そう思ってほしかったわね」
小さな声でそう呟いたその意味を、オレが聞き返す時間は与えられなかった。
リナはしっかりと姿勢を正して、正面からオレを見た。
「この際だから、正直に全部言うわ。心残りを持ったまま神さまの前に立つのもなんだしね。ねぇ、あたし、彼がもしもいいって言ったらもっとあんたと旅を続けたかったわ。これは本当よ」
「おいおい、普通ダメって言うと思うけどなぁ」
「まぁね。妻が他の男と一緒に旅をしてていい気持ちがする奴はいないわよね」
「ふつー妻が旅に出ることそのものがイヤだと思うが……」
「それはあきらめてもらうっ。たまには付き合わせるわよっ。女の子は時々盗賊をぶっ飛ばさなきゃ、ストレスたまっちゃうもん」
気の毒に、とオレは心から新郎に同情した。
「でも、たぶん彼はあんたほどいい旅の相棒にはならないと思う。楽しかったわ、とってもね」
「ああ……そうだな」
「あたしね、何度か言ったけどあんたが好きだったわ。結婚してもいいって意味でね」
晴れ晴れした表情でリナは言った。
「オレも何度も返事をしたと思うが……」
「ボケた返事をね」
「マジメだったんだけどなぁ」
リナは少し困ったような、寂しそうな色をよぎらせた。
「……そうだったんだ」
「あぁ」
「馬鹿ねぇ」
「あぁ。そうだな」
「あたしもね。もっと早く、もっとちゃんと言えばよかったね」
「いや……」
オレが言わせられなかった言葉を他の男が言わせたなら、これは仕方のないことだったんだと思う。リナは最近あまり意地を張らなくなった。それがあいつのおかげなら、しょうがないことだ。
オレはリナを待ち続けて、すっかり結婚するべき年齢を過ぎてしまった。いつまでもとなりにいて、そのまま時間が過ぎていくと思っていた。オレだけの眠り姫のような気がしていた。
リナの言うとおり、オレが馬鹿だったんだ。リナではなく。
「……バージンロードはとーちゃんと歩くけど」
リナは微笑んだ。
「あたしの保護者はあんただと思ってるわ、あたしはね」
目が覚めて、しばらくの後それが夢だと分かると、オレは思わず苦笑していた。
旅の途中で泊まった宿の一室だ。となりの部屋ではいつもどおりリナが寝ている。まだ、その時間は失われていない。
体を起こし、ベッドに手をついて窓の外をながめてみた。
空はいっそすがすがしいくらい晴れわたっていた。
その空を見るのが、教会の石段に座りながらじゃなくてよかった。
「……のんびりしすぎるのも、考えもんかなぁ」
そんなことを呟いてみた。
それでも、こっちの部屋に押しかけてくるほど積極的にはなれないリナを、大人の事情に巻き込むつもりになれない。それでダメだった時はその時だろう。
とりあえず、今日も元気に暴走するに違いない相棒のために、オレは旅を続ける。それだけのことだった。
end.
「そんな余裕ぶっこいてると、他の男に取られちゃうかもしれないわよガウリイ♪」
…という、私からの愛がこもったお話でした(爆)。
でも余裕をかましている気の長いガウリイが好きなので…私は…。
夢オチにしただけ穏やかだったと思います、自分では(笑)。