続・続・馬鹿 乙女の怒り 前
「なんか動きにくそうな服ばっかりだなぁ」
旅の連れであるガウリイが情緒のかけらもないセリフを放った。
ファッションの街イレントシティ。
ここは、古来より王侯貴族御用達の服職人たちが集う街である。
などとゆーと堅苦しく聞こえるかもしれないが、華やかで楽しいところだ。少なくとも女の子には。
「うわっ、なんだこれ! リナ、服が宝石箱になってるぞ!」
やれやれ。
ガウリイが指差した先には、ごてごてと宝石を縫いつけた成金趣味丸出しのパーティードレス。これ……着てったヤツ嫌われるだろうなぁ……。
「あ、これはね、財産の多さと趣味の悪さを宣伝するための服よ。特別な効果があるの」
「魔法の道具ってヤツか? どんな効果だ?」
「もれなくお世辞を言われる」
あたしはキッパリ言った。
ガウリイは苦笑する。彼のふやけたワカメのような脳ミソでも、さすがにこの嫌味は理解できたらしい。
どうやら、彼は彼なりに楽しんでいるようだった。あたしも安心して店を物色できるってもんである。探したいものもあるし、そうでなくてもオシャレ心がある人間には見てるだけで楽しい街だ。
高級職人街だけに、道も整備されている。きっちりと石を並べて舗装された道、その周りに続くのは、道に軒先を張り出す必要もない広々と落ち着いた雰囲気の店。行きかう人々も心なしか小洒落ている。
市場に軒を並べる、仕立て屋、装飾品店、布屋、繕い物屋。洗濯屋なんてものまである。
あたしの目当ては、護符を組み込んだベルトやマントの類である。
魔法の道具が充実しているとは思わないが、貴族が使うということはもしもに備えてそれなりの防護は考えてあるはずである。値の張るものがそろっている分、軽くて使い勝手のいい高級品も多い。
まだ日も高いのにこの街で宿を取ったのは、そーいったものを見てみたかったからだ。
「どれも高いなぁ」
一般庶民のガウリイは値札を見て顔をしかめる。
魔法の道具に比べれば何てことはない値段だが、普通に生活する分にはあまり縁のない数字かもしんない。
「ま、ね。でも護符つきのものなんて高いに決まってるし」
「決まってるしって……護符つきのなんかを探しに来たのか?」
「そう言ったでしょーが! 毎回毎回何聞いてんのよあんたはっ」
「そーだっけ」
「そーよ」
「そーか」
分かってないなりに納得するガウリイ。
「はっ、待てよ? 高い買い物するってことはめいっぱい値切るんだな?」
「当然」
値札どおりの金額で買うなんて、店への献金行為でしかないっ。
値切り交渉は当たり前のコミュニケーションってものである。
ガウリイはいきなし重いため息をついた。
「オレ……帰る」
「あそ。いいわよ、じゃ、夕食でね」
「おう。あんまり遅くなるなよ」
軽く手を上げ、彼はあっさり背を向けた。
あたしとしても好都合である。近くをうろうろして「まだかーリナー」などとぐちぐち言われようものならうっとおしくて仕方ないし、交渉にも力が入らない。邪魔なガウリイを宿に置いて、あたしは楽しくお買い物!
――あれ?
ん? それでいいのかあたし?
とある店でかわいい手袋を見ていた時、ふと我に返った。
満足してあっさり手を振ってしまったが、そーゆー淡白なことでいいのだろうか。
「どうした、嬢ちゃん」
「あ、何でもないのよ……」
店のおっちゃんに不思議そうな顔をされてしまい、あたしはあわてて体の向きを変えた。ほしいものを思い出したような顔をして、ちょうどそこに並べてあった服を見始めたフリをする。
これこれこういうわけなんですよ、と見知らぬ人に説明できるお話ではない。
実はこのあたし、先日ガウリイに『こくはく』というものをおこなった。
その件に対する彼、ガウリイ=ガブリエフの返答はこうだった。
「おう、オレも好きだぞ」
だあぁぁぁぁぁぁぁっ!
夕食に出た子羊肉のバターソテーさんが好きだって話ぢゃないんだからっ! なんなんだその軽ぅい返事はっ!
やはし告白なんぞというものを行ったからには、いちおー乙女らしい期待ってものがあるのである。自分でゆーのもなんだが、あたしはかわいいし、家事だって得意だし、細々とよく気が付くし、きっちり稼ぎもある。性格だってまぁ……どこぞの高笑い女魔道士やら正義かぶれのお姫様やらニコ目の魔族あたりが平気でのさばってる世の中としては、じゅーぶんまともな部類だと思う。うん。
そりゃ、胸張って『気立てもいいし』とは言えないけど……。
とにかく、背がちびっとばかり小さいのと、胸のボリュームがちびっとばかり足りないのを除けば、たまらなくいい女であると言えよう。
そんなあたしからの告白を、うちの馬鹿くらげは砂よりも軽くサラッと受け流してくれちゃったのである。これが苛立たずにおれようか。
あたしだってねー……人並みに好きな人から好きだって意思表示されてみたいと思うわけよ。
くらげがあっさり言ったような『上手いメシは好き、リナも好き、ピーマンは嫌い』みたいなノリの話じゃなくてよっ!
もしかしてとぼけてるだけでほんとは通じてんじゃないかなーなんて思ってもみたけど、2週間が経過した今、何の変化もなし。見ての通り普通にそっけないし、避けられてるわけでもない。
まだね。
『リナがオレのことを好きだなんて一体どーすればいいんだ』って反応をしてくれたらこっちだってやりよーがあるのよ。意識されてないなら意識させればいいだけ。それを、『そーかそーかオレも好きだぞよしよし』みたいな対応じゃ、あたしはどーすればいいわけよっ! 恋愛対象どころか女扱いもされてないってか!
あんの馬鹿くらげ……っ!
「あ」
怒りのあまり力が入りすぎた手は、ついうっかり手に持っていた布の切れ端を引っ張ってしまっていた。その布が一応裁断され縫い合わされて一般にお洋服と呼ばれるものに仕立て上げられていたので、ちとまずい。
店のおっちゃんがあたしの横に立ち、肩をぽんと叩いてくれた。
「お買い上げありがとう」
……たはは。
あたしが素直に服を買い上げたのは、それがまぁまぁいいデザインだったとこともあるし、貴族向けというより普通に余裕のある家の子が着るようなものだったこともある。つまりは、大した値段じゃなかったのだ。
もちろん、汚れ物ということを盾にかなり値切った。
適当に繕えば着れるし、邪魔になったら袋にでも縫い直せばよい。丈夫そうな生地だから、いろいろ使い回せるだろう。お金を渡して解決するより、この方がお得だ。
さて、あたしはその服を着て宿に向かっていた。
おっちゃんの好意で試着室を借り、着替えて髪もアップにしてみた。着ていた服はサービスでつけてもらった布袋の中である。今のあたしはどこからどー見てもかわいらしい女の子、現に辺りの人間もちらちらとこちらを振り返っていく。
ふっふっふ……これでもう、あたしが女に見えないなんて愚かなギャグはかまさせないわよ、ガウリイっ!
そーなのである。
あたしがこんなものを着る気になったのも、それが1番の理由だった。
失敗をチャンスに変えてこそ商売人っ! 柔軟な発想こそが成功の秘訣っ!
あー見えて奴だって男のはずである。こんな美少女に迫られてぐっと来ないわけがない。……たぶん……。
とにかく挑戦あるのみ!
あたしは意気込んで宿へ向かった。
でもって。
そいつらが現れたのは、夕暮れの中、大通りを抜けて少々寂しい界隈に差しかかった時だった。
こういった華やかな街の場合、それに比例して底辺の荒みようは激しい。
そこまで最低レベルの宿を取ったわけではなかったが、監視の厳しい高級街に滞在していたわけでもない。彼らが生息するのに、そこは何の問題もない辺りだった。