アリスのお茶会

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「恋人だよね? あたし」
「…」
「普通さ、恋人の誕生日忘れないよね?」
「それは麻衣の個人的見解」
「前々日にも前日にも確認したのに? 『3日だけは絶対空けといてね』って、あたし言ったよね?」
聞いたような気がしないでもない。だが、そんなことを今更思いだしたところで全く意味はない。

ナルは2日の夕方から事務所で読書に耽り、気が付いたときには3日の夕日が暮れ始めていたのだ。
麻衣は、待ち合わせ場所に現れないナルが読書にでものめり込んでいるのではないか、という可能性に思い当たり、
自宅と事務所を順に訪れてみた結果が、案の定のこの有様だ。
「…」
「黙りこくってないで、言うべき事があるんじゃないの?」
「…何か欲しいものが?」
「へぇ…そう来たか」
物で釣ろう、というナルの苦し紛れの手段に、麻衣はどうやら怒りを深めたらしい。
彼女は暫し黙り、ナルの方を睨んでいたかと思うと、急に姿勢を正して真っ直ぐに手を差し出した。
思いのほか華奢な手に何ともなく目をやり、ナルがその視線だけで問い返すと麻衣ははっきりとした口調で言った。
「ナル」
「は?」
「ナルが欲しい。今すぐちょうだい」

密室の情感

presented by ニイラケイ さまv



「それは、どういう意味合いで?」
「全部だよ。全部ひっくるめてナルが欲しい」
「理解できない」
「ナルのこと、手に入れたい」
麻衣の突飛且つ理解不能な発案にナルが思い切り眉を顰めると、その眉間に麻衣が指を寄せた。
その細い指を払いのけようか、掴もうかで逡巡していると、指の次に唇が近寄ってきた。
額に触れた唇の柔らかさに、視界を覆うように近づいてきた身体に、微かに反応した自分を隠して冷静を装う。
それぐらいは、けして難しいことではない。
奔放で危機感を知らない彼女と幾らかの時間を共有しているうちに、自然と備わった反射行動だ。
「物が欲しいんじゃなかったのか?」
「あたしはただ、誕生日に一緒にいて欲しかっただけだよ。別に何か買って欲しくてわざわざナルを誘い出そうとしたわけじゃない」
「で? 『今日』はまだあと3時間近くあるけど?」
「一緒にいてくれる気はあるわけ?」
「僕に読書をさせてくれる気があるのか?」
「無いよ」
「なら、どう思っていようと結果は同じだな」
溜息を落として読みかけの本を手放すと、麻衣が嬉しそうに頬を緩ませてナルの首に腕を絡めた。
「ありがと」
「どういたしまして」


麻衣は、どうやら本当に特別どこかへ行きたかったわけでもないようで、
事務所を出て、普段たまに立ち寄るレストランで簡単に食事を済ませると、
そのまま帰ろうとするナルについて、彼のマンションまでやってきた。
エレベータを待つ間、麻衣がしきりに手に提げたビニル袋の中身を気にかけているのに気が付いた。
途中のコンビニで何やら買い込んできたなと思ったら、どうやらその袋の中にはショートケーキが投入されているらしい。
「崩れてるかな」
「あ、でも大丈夫そう」
「さっきぶつけちゃったしなぁ」
「まあ、胃に入っちゃえばどんなでも変わんないか」
返事がないことは今更気にならないようで、彼女は独り言なのか会話なのか解らない文章を思うままに話し続けている。
返答を期待されているのかどうかが掴みきれず、ナルは彼女が一人で話すに任せていた。

高い音がエレベータの到着を告げ、彼らを飲み込んだ四角い箱が密室を作り上げる。
もう癖になりつつある数字を押して僅かな重力を感じる頃、一人で喋り続けていたはずの麻衣が何故か口を噤んだ。
元々ナルが自らの意思で口を開く筈もなく、小さな密室は完璧な沈黙に支配されてしまう。
沈黙を重いと感じないナルにとっては、この状況は別段苦痛でもない。むしろ、訪れた静寂の方が居心地が良いかも知れない。
(喋り疲れていてくれれば早い)
携えている鞄の中に、読みかけの本が入っている。部屋に戻り、今夜は泊まるつもりであろう彼女が寝てしまえば、
あとは読書のためにだけ時間を費やすことが出来る。
無意識のうちの計算にナルが頭を傾けていると、ふと麻衣が口を開いた。
「何かさ、エレベータの中ってつい黙り込んじゃうよね」
今度こそ返答を求められている問いかけだとナルは気付き、一拍遅れて「そうか?」と気のない返事を返す。
「すっごい緊張する。何か、よく分かんない不安感があって」
声が響くのが気になる、と言ったきり、また彼女は黙り込んだ。
その表情は、その言葉通りにどこか不安げで、妙に落ち着きがない。
元々、麻衣に落ち着きを求めること自体が間違いではあるが。
乗り込んだときと同じ音を発てて、彼らを乗せていた箱はその活動を停止した。
そそくさと降りていった麻衣に従ってナルもエレベータを出る。
麻衣が、深呼吸でもするように大きく息を吸い込んだのがやけに印象に残った。


一人でケーキを平らげた麻衣の下らない話に渋々付き合い、何度かティーカップを傾けているうちに3日という日が終わりを告げた。
「あ、もう誕生日終わっちゃった」
時計を見た麻衣が残念そうに言う。つまり、ようやくナルの拘束期間が終わった、と言うことだ。
彼は早速、前もって準備していた傍らの洋書を手に取り、栞代わりに挟んでおいた書き損じのメモ用紙を外す。
「…もう読書始めちゃうわけ?」
「約束は3日の間だけだっただろう」
「最初の約束通りにナルが待ち合わせに来てくれてたら、あと何時間かは一緒にいられた筈なんだけど」
「償いはした」
「いつ?」
「話しにも食事にも付き合った。他に何が?」
ナルとしては、そこまでしてやったのだから文句はないだろうと思っていたのだが、
どうやら彼女の希望は未だ叶えられていなかったらしい。
「プレゼントは?」
「だから何が欲しいのか訊いただろう」
「だから言ったじゃん、『ナル』って」
「理解できないと言ったはずだ。もっと明確に表現できないのか?」
何のために、犬や猿より大きな脳を抱えてるんだ。
と言葉を紡ぐつもりが、途中で麻衣の唇によって遮られた。
何の飾り気もない唇がナルの唇を舐め、もう一度柔く噛む。
「意味なんか、訊かないでよ…」
やがて恥ずかしげに身を引いた麻衣が、俯き加減にそう呟いたので、
ようやくナルは彼女の真意を悟り、溜息を一つ零した。
「まわりくどい」
「これ以上直接的に何を言えって?」
亀のように首を竦めていた麻衣が、下から睨み付けてきたので、
返事をする代わりに、ナルは、一つ年を経たばかりの恋人へとゆっくり手を伸ばした。


「セックスの前ってさ、エレベータの中に似てるね」
「どこが?」
「緊張するし、不安だし」
まだ両手にも満たない数しか情を交わしていないとは言え、バージンでもないのに何を今更。
ナルがあっさりとそう言うと、麻衣は顔を真っ赤にして彼の下でじたばたと手足を動かした。どうも照れ隠しであるらしい。
「暴れるな」
「…誰がそうさせたと思ってんだ、誰が」
不満げな彼女の声を無視して肌を暴いてやると、今度は硬直したように身動きしなくなった。
「やっぱり、似てるよ…」
独り言のように囁いて、麻衣が深呼吸のように息を吸い込む。あの、エレベータを下りたときと同じ動作で。
無防備な耳朶にキスをしてやると、麻衣の身体が小さく跳ねた。
「声が響くようなことはないから安心して良い」
「………それって、深読みすべき台詞?」
おそるおそる見上げてくる麻衣に、ナルは口の端を吊り上げて笑って見せた。

「さあな」









ムカデ!! これ書いてる最中にムカデがパソコンのディスプレイ付近に出没しました!!!
怖いよ怖いよ怖いよ〜!!!!!!←以前刺されてから、ムカデ恐怖症。
むかし私を刺した奴よりはちっちゃかったけど、もう見ただけで倒れそう…(涙)
即行で祖父母を呼びつけて、(夜の9時にも関わらず)散々騒いだあげく、
祖父にパソコン周辺の掃除までさせてしまった馬鹿者は私です…(反省中)
その間私は、コタツテーブルの上で丸くなって鳥肌立てて非難してました。←滅。

そんなわけで、私的大事件も起こりつつ、相変わらず書き殴りな感じで申し訳ないんですが、
開設一周年記念おめでとうv の気持ちを込めて☆
時期外れなネタですいません…m(_ _)m ←自覚はあるらしい。
連載、完結編を読み終える日を心待ちにしております(笑)←現在5月31日。待ちきれない…(泣)





「連載の続き〜っ」とメールをいただいて、卑怯にも「私もニイラさんの新作が読みたいv」などと話を横に振った私に、こんな私のリクエスト通りのいちゃいちゃ話をありがとうです(><;;)。ムカデの恐怖に耐えてまで…(ほろり)。
というか本当に大丈夫だったんですか?刺されたことあるというのが怖い……。

いつもいつもお世話になっております。ニイラさんの小説愛してるので、これからも懲りずにお付き合いくださいますと……v
…あ、そういえばこれ隠さなくてよかったのかしら…?

小原なずな

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