アリスのお茶会

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One Day.

 某日。
 天気は曇り。午後からは所によって雨。
  

 午前9時15分。
「あ、丁度良かった、郵便です。今ハンコあります?」

 今将に部屋から出てきたところで、何だか今日はやけに早い郵便配達のお兄さんとばったり出くわした。何かハンコを取りにもう一度部屋に戻って取ってくる。慣れた手つきでハンコを押したお兄さんは、んじゃッ♪て片手を挙げると次の人の所へ行ってしまった。
 なんだろうと包みを開けてみる。それは仕事でチリに行ってる真砂子からだった。入っていたのは手紙と、つやを消した、銀の花のブレスレットと、赤いバンダナ地のキャミソール。

 『私と色違いですのよ』

 便箋のマス目に行儀よく並んだ文字の向こうに、照れてるのを隠す為にワザとつん、てそっぽ向いてる真砂子の顔が見えた気がした。


午後4時25分。
「今日は早いですね」

 カララン、と音を立ててブルーグレイのドアを開けると丁度資料室から出てきたリンさんと眼があった。彼の問いに今日は早く上がれたんでちょっと早めに来ちゃいました。と返し自分の席に行きかけると、ちょっと待っていて下さいと呼び止められた。そうしてリンさんは資料室に戻って。何事だろうと待っていると、少しして出てきた彼の手には小さな包み。

「近頃疲れが溜まると言っていたでしょう。どれほどの効果があるかは判りませんが、少しは違うのではと思いましたので」

 開けてもいいかと目で問うと、どうぞ、とこちらも目で返され早速包みを開く。中から出てきたのは翡翠色のころんとした丸いあめ玉がいくつか。
 食べてください、と促されて、一つ摘んで口に入れてみる。微かに薬草の青いような香り。それからハッカのすっとする味と何か果物のような甘さ。おいしいです、と思ったままの感想を口にすると、リンさんは非常に縁起の良い笑みと共に『あまり無理はしないで下さい』と言って資料室へ戻っていった。


午後4時40分。
「娘〜いるかい娘〜?」

 ガララン、と騒々しい音ともに入ってきたのはぼーさんと綾子。双方共になにやら大きな袋を抱えている所から見るに買い物をしてきたのだろう。途中でばったり出くわし、そのまま強制的に綾子がぼーさんを荷物持ちにこき使っているという線、無きにしもあらずなのだけれど。

「あ、娘やお父さんにアイスコーヒー。お願いプリーズって感じ」
「ウルサイったらこの破戒僧。ああ、でもそうね。私にもアイスティお願い。喉渇いちゃって」

 買い物したら重くって。肩凝っちゃったわよ、全く誰かさんがてんで使えないったら、とか、お前さんざっぱら人こき使っといて何言いやがんだ!?とか、漫才みたいなやりとりを耳にしつつ、給湯室でお茶を淹れ、テーブルの上にグラスを置く。座りかけたところでそのまま立っててと言われて立ったまま待つ。指をくるりと回したからには後ろを向けって事だろうか。そう考え、素直に後ろを向いた。そのまま動くんじゃないわよ、と釘をさされて仕方なくじっとしていると、ひたり、と布の触れる感触。何やらしばしごそごそした後、振り向いていいとのお達しが出た。

「アゲル。」

 ハイって渡されたそれは、広いネックラインと袖口にシャーリングが入っているサックスブルーのワンピースと、同じ色のサンダルだった。驚いて二人を見ると、二人してそっくりな笑顔で『返品は不可v』なんて声を揃えて言ってくれて、思わず『夫婦漫才みたいに息ピッタシ』て呟いたのがバレて二人から怒られた。(やっぱり息ピッタリだった)


午後5時15分。
「コンニチハ〜」

 カララン、と音を立ててブルーグレイのドアを開けたのは安原さん。
 どうやら来る途中で雨に降られたらしく、癖のない髪が水を含んでしっとりと濡れている。それをリュックから引っぱり出してきたタオルでがしがしと拭きつつ、自分の席につくや、彼は思い出したように薄手のジャケットのポケットに手を入れた。

「はい、コレ。」

 差し出されたそれは、ペンケースよりも一回りくらい小さな濃い碧の長方形の箱に入っていて。何?と目で問うと、開けてみて下さいと反対に返されてしまう。なんだか今日は人からよくものをもらうなあとか思いつつ箱を開けると、そこに入っていたのは、箱と同じ深い碧の万年筆だった。

「書き物する時、よく肩が凝るって言ってたでしょう?あれってペン替えてみると結構治ったりするそうですから」

 コレでまたバリバリお仕事して下さいvなぞと言われ、思わず苦笑してしまう。それでは今日から早速使って下さいね。という安原さんに、がんばります〜と返した、

 その時。
 カララン、とブルーグレイのドアが今日何度目かの音を立てた。

「お晩です〜」

 いつものようにドア口で丁寧にぺこりとお辞儀をして入ってきたのはお月様みたいな髪をしたジョン。何故か後ろの回された手が、何かを握っている。

「お口に合うか、わからへんのですけど」

 そう言いつつおずおずと差し出されたそれは某有名洋菓子店のショートケーキだった。
 何事なのかと思わずジョンを見返したが、彼は何も言わず、今日は他に用があるからと言ってそそくさと帰っていってしまった。


午後8時28分。
「帰るぞ」

 本日初めて籠もりきっていた所長室から出てきた我らが所長様は、その一言で本日の業務の全てを終わらせた。彼にそう言われる15分も前に仕事は終わってしまっていたので、後は身の回りを少々整理するだけだ。それもすぐに済ませて鞄を取って立ち上がる。

「・・・他の連中は帰ったんだったな」

 今日はぼーさんと綾子が二人を誘って呑みに出かけてしまった。こういう時は大概にして二人も誘ってくれるのだが(そしてナルにあっさり拒否される)今日に限って同行を許してはもらえなかった。『アンタ何言ってんのよ?今日二人で帰らずにどうすんの』とは呆れたような綾子の言である。謎の言葉に真剣に頭を傾げつつも他の三人からもそうした方がいいと説得された為、こうして残っていたのだ。何とも複雑な気持ちだったけれどあえて何も言わずに二人で事務所を出た。


午後9時15分。
「手を出せ」

 アパートの前、青白い街灯の下。
 不意に立ち止まったナルがこちらを振り返ってそう言った。本当に今日は意味の分からない事ばっかりだなあなんて思ったけど、早く出せと急かされ慌てて右手を差し出す。すると両手共出せと言われ、次は手のひらを上に向けろと言ってくる。何とも注文の多いと溜め息が漏れかけたが、よく考えれば注文が多くてその上レベルが高いのはいつもの事だ。諦めの境地に至りつつ大人しく両手を上に向けて差し出した。

ぽとり、と。
落ちてきた、
小さな箱。

 何事が起こったのだろうかと思う。よもやまさかコレは今度請け負う仕事に必要な資料の何かであり、それを預かっておけということなのかとも考え・・・

「持ってろ」

 素っ気ない一言にやはり今度使う資料だったかと嘆息した。ほんの一瞬自分へのプレゼントだったりして、なぞと儚い夢を抱いてみたりもしたのだけれど。人が夢に寄り添うと書いて『儚い』とは昔の人はよく言ったものだと青白い街灯を見ながら思っていると、何故か上の方から呆れ返ったような溜め息が漏れるのが聞こえた。

「まだ気付いてないのか?」

 何のことだろうと首を傾げると、もう一度溜息をつかれた。何だよぅ、と見上げると心底呆れているナルの深い色の瞳にぶつかる。

「今日は何の日だ」

 言われて今日は何かあったかなと考え・・・
 はたと思い出した。
 今日は。

「自分の誕生日も忘れるのかお前は」

 随分と『性能』のよい脳神経をお持ちのようで。などと言うナルを睨むがいっかな効いた様子もない。今日はあまりにも分が悪いので、どうしようもなかった。

「じゃあ」

 いつもの如く、その一言だけを放って、オヤスミも、誕生日オメデトウという一言すらも無くナルは帰っていってしまった。


 なんだかなあ、なんて思いつつ、手の中に残っていたナルからもらった箱を開けた。

 中には。
 ピンク色の真珠のついた指輪と、
 それから小さな藤色のカード。
 書かれていた言葉はたった一言。

Happy birthday.

 

presented by/Toru Shionoya  [ HP ]

Thank You, Ms.Shionoya !!! I do wanna give you my biggest love.   Nazuna



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