小さな手。
小さな顔。
小さな身体。


幼い寝顔は、愛しい人と同じ面影を微かに抱いている。
寝返りを打つ幼子の向こうで、同じだけ無邪気な寝顔の女性が居る。
女性と言うよりは、少女のようなあどけなさで。





--+--- AffectioN --+---



BY ニイラケイ






     
 
「パパが、ごほんを読んでくれるって」
漆黒とまではいかないまでも、子供らしく柔らかい黒髪がふわりと揺れる。
「誰がそんなことを言った?」
「おかあさん」
何を言い返す気にもならない。
紅葉の手が、ぱたぱたと膝を叩く。
どうやら、膝の上に乗せろ、と言いたいらしい。
「これが終わるまで待ってろ」
ナルが書類の束を見せると、幼子は、元から膨れた頬を更に膨らませた。
「いや!パパはいつもそうやって、ウソばっかりつくもん」
ナルは、大きな溜息をついてから、我が子を抱き上げた。
「お母さんに読んでもらえ」
「ヤダ!パパが読んで!!」
「ゆうか」
「ヤダったらヤダ!」
わがままばかりを言う娘に、正直、手を焼いている。
けれど、愛情が無いわけではない。
むしろ可愛がってしまっている自分を、情けないとも思わなくなった。
ナルは知らない。
そういう者を「親ばか」と言うのだと。



読まされた絵本は、平仮名とごく簡単な漢字で構成されていた。
麻衣が先日購入してきたもので、浅はかな彼女の意図が簡単に汲み取れる。
(僕にも読めるように、と言うことか)
別に、ナルが漢字を読めないわけではない。
むしろ、麻衣の方が勉強の必要があると、ナルは思っている。
ただ、これは偏に麻衣の気持ちの問題なのだろう。


娘であるゆうか(名付け親は綾子だ。何だか知らないが、良い名前らしい)が
ようやく3歳半になって、様々な言葉を覚え、拙いながらも喋り始めていた。
言葉の早いほうだとは思っていたが、どうも環境のせいもあるらしい。
頻繁に訪れる霊能者たちは、一部の例外を除いて、自己顕示欲の固まりである。
あれだけよく喋る連中に構われて育てば、言葉が早いのも頷ける。


「ゆうかね、この王子サマきらいなの」
「ワタシ」
自分のことを名前で呼ぶゆうかに、ナルが小さく釘を差す。
ゆうかは一瞬嫌そうにナルを睨んで、すぐに言い直した。
「あたしはね、この王子サマ、きらい」
「何故だ?」
膝の上のゆうかは、絵本を小さな指で示した。
そこには、悲しい恋をして、泡と成り行く人魚の姿が描かれている。
「この王子、バカだよね」
3歳半の子供の言葉とは思えない。
が、ナルにそんな常識はないから、不思議にも思わない。
「どうして、そう思う?」
「だって、すきなひとをまちがえたんだよ。バカでしょ?」
心底悔しげに、ゆうかが顔をしかませた。

麻衣に似ている。
おそらく、自分にも似ているのだろう。
娘が生まれると解ったとき、先ず心配したのは能力のこと。
けれど、3才になった今も、ゆうかはポルターガイスト一つ起こさない。
何の能力もないのかもしれないが、むしろそのことにほっとしていた。


「ゆうか、おやつ要らないの?」
書斎の扉が開いて、栗色の髪が現れた。
「いるーーー!!」
急に膝の上が軽くなる。
ゆうかがぽんと飛び降りたあとだったからだ。
「もー、何度呼んでも来ないから、食べちゃおうかと思ったじゃない」
「えーっ!?ヤダー!!」
ゆうかはバタバタとリビングへ駆けていった。
おやつの無事を確かめにいったのだ。

ついさっき玄関で声がしていたことを考えると、
おそらく来訪者があるのだろう。
リビングから、「あー!!」というゆうかの歓喜の声が聞こえた。

ナルは、書斎の入り口に立ったままの麻衣を見た。
「・・・ぼーさんか?」
「誰だと思う?」
にやつく麻衣に、大仰な溜息を返してやる。
「ぼーさんと綾子だよ。リンさんも一緒なの」
「リンも?」
それは、非常に珍しいことだ。
坊主や巫女はともかく、リンまで来ているとは。
麻衣は、ちょっと困ったように笑う。
「・・・調査依頼か?」
「うん」


ゆうかが生まれてから3年半。
(正確には、妊娠してからなので、4年以上になるが)
麻衣は泊まり込み調査に一切同行していない。
一人娘のゆうかを置いていくことを麻衣は嫌がったし、
かと言って、小さな少女を連れ歩くわけにはいかない。
キャンプや旅行に行くわけではない。
仕事なのだから。
だから、泊まり込みの調査になれば、当然麻衣とゆうかは留守番だ。
麻衣は留守番が嫌いなのだ。
置いていかれるのが嫌だと言うより、帰ってこないかもしれないという
漠然とした不安感があるのだろう。


「リンさん待ってるから、早めに来てね」
「いや、今から行く」
書斎を出ようとした麻衣を引き留めて、パソコンの電源を落とす。
「そっちはもう良いの?」
「どうせ、ゆうかに邪魔されてたから進んでない」
「・・・嫌み?」
麻衣が上目遣いにナルを睨む。
ナルはその視線をさらりと受け止めて、口元だけで笑った。
「いや?日本語の勉強が出来て、とても有意義な時間が過ごせた。感謝してる」
「・・悪かったよ!仕事の邪魔して!」
そっぽを向いた麻衣の額に、触れるだけのキスを落として、ナルが書斎を出ていった。



取り残された麻衣は、熱くなった顔を両手で冷やすように包んで、
ぽつりと呟いた。
「・・・調査、か」
書斎の机の上に無造作に投げ出された、書類の山。
相変わらず英文まみれの文書。
ナルがその気になれば、日本語を書くことぐらい大した努力も必要としないのだろう。
けれど、彼は敢えて(なのか、ただ単に面倒くさいだけなのか)真面目に日本語を学ぼうとはしていない。
毎朝読むのは英字新聞だし、書斎の本棚に日本語の本は殆ど入っていない。
その例外とは、ゆうかが自分の絵本をこっそりナルの本棚に忍ばせている、という
それだけの話しだ。
日本に、永住する気はないのかもしれない。
元から彼はイギリス人だ。
いつか、イギリスへ移住することになるのだろう。
ナルがイギリスへ戻るなら、自分もゆうかも付いていくことになる。
離れて暮らす寂しさに、耐えられる自身は欠片もない。
けれど、それは同時に、愛しい仲間たちとの別れをも意味するのだ。


(・・・やめたっ)
考えるのはよそう。
未来のことなんか、そのときになってみないと解らない。
だって、出会ったとき、いや、5年前だって、自分がナルと結婚して子供を産んでるなんて、
思ってもみなかったのだから。


麻衣は書斎の扉を静かに閉めた。
 
     






中途半端ですね。(一言)
続きでもあるのかと思われそうな終わり方。
ありません。(笑)
単発です^^。

テーマは「子煩悩なナル」。
・・・どこら辺にテーマが?(ミステリー)
某夕架さんと某RIYOさんとチャットしてるときに書き始めた話しなので、
子供の名前は相談した上で決めました(笑)
夕架さんは「ゆかさん」と読むのですが、←みんな知ってるって。
私は「ゆうかさん」だと思いこんでた上、未だにそう呼んでるので、
子供の名前は彼女から頂きましたv
でも、「渋谷ゆうか」って、ゴロ悪いと思わない・・・?(秘密)

ちょっとスランプ脱出しかけてるかも!と思って書き始めたんですが、
大して変わってませんでした。(滅)

この話しは、ネタをくれたRIYOさんと夕架さんへ捧げます^^。
要らないって!とか思っても、黙って受け取って下さいv(笑)