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「何が好き?」
「別にない」
素っ気ない答え。
ナルの態度は、いつも変わらない。
いつもいつも、どんなときでも。
例えば今みたいに、ベッドの上にいたって、事務所にいるときと変わらない無表情。
ナルにとっては、同じなのかもしれない。
(ちょっとぐらいはさー・・・)
表情の一つくらい、崩してくれても良いんじゃないだろうか。
流石に、情事の間も同じ表情だとは思わないけど、
それを確かめるだけの余裕が、そのときのあたしにはない。
「じゃあ、何が嫌い?」
「多すぎて、答える気になれない」
最初から、答える気なんか無いくせに。
あたしは溜息をついて、床に落ちている自分の服を拾い上げた。
ナルは本の世界に入り込んでいて、こちらを見ようともしない。
(そりゃね、今夜は最初から乗り気じゃなかったのは知ってるけど)
それにしたって、こんな状況はあんまりじゃないか?
ほんの一時間前まで重なっていたはずの身体は、
離れた瞬間に全てを忘れたみたいに、熱が下がってしまった。
(・・・帰ろ)
馬鹿らしくなってきた。
こんな思いをしてまで、どうしてあたしはナルの側にいるんだろう。
どうして、手を伸ばしてしまうんだろう。
こんな、悲しい気持ちになるのに。
適当に服を着て、髪を整えることもせずに、あたしはベッドから下りた。
ナルはまだ本の世界の住人を続けている。
「おやすみ」
どうせ聞こえてないだろうけど、一応声だけ掛けて、寝室を出た。
出ようとした。
「どこへ行く?」
不意に聞こえたナルの声に、どきりと心臓が鳴る。
低い、その声にさえ反応してしまう自分が情けなくて、少し悔しくて、
平静を装ってあたしは振り向く。
どうせ部屋は暗い。顔が多少赤くたって、解らないだろう。
「帰るの。また明日、事務所でね」
そう言って、べっと舌を出す。
悔しいから、一緒に寝たりしない。
悔しいから、悔しいなんて、絶対言わない。
「こんな時間に?」
「そんな遠くないし、ぶらぶら歩いて帰るよ」
「・・・」
沈黙の意味は、よく解らなかった。
ナルは「泊まっていけ」とは言わない。
まさか「送っていく」とでも言うだろうか。
あたしは、その続きが気になって、その場に佇んでいた。
「何故?」
「何が?」
「夜中に帰る理由」
「理由って・・・、洗濯物も干したまんまだし、明日は学校もあるし、
ナルは徹夜するみたいだし」
これ以上ないぐらいに、理由が溢れてる。
でもね。
ほんとは『こんな時間に帰らなきゃいけない理由』を訊いて欲しいんだよ。
そしたら「ない」って答えるのに。
そしたら、「泊まって良い?」って訊けるのに。
沈黙が重くなってきて、ナルは面倒くさくなったみたいだった。
溜息をついて、本の方へ視線を戻す。
「・・・じゃね」
辛い。悲しい。寂しい。切ない。痛い。
でも、言わない。
あたしがもう一度ナルを見ると、彼は本の間に栞を挟んで分厚い洋書を閉じたところだった。
「徹夜はしない。疲れてるからな。今夜から明日の夕方まで、雨が降る予定はない。
学校は、いつものことだろう?」
他には?とナルがあたしを見る。
「・・・ないけど・・・」
「なら、帰る必要はないな」
ナルが手を伸ばした。
あたしに向かって、真っ直ぐに。
悔しい。勝てないんだ、いつもいつも。
でも。
悔しいけど、負けてるけど。
・・・負けても良いや。
「・・・泊まってって良い?」
「ご自由に」
悔しいから、伸ばされた手を握るのはやめた。
ただ、ベッドに滑り込んで、ナルの横に転がる。
ナルの、傍らに。
ナルはふっと溜息をついて、あたしの服に手を掛けた。
「・・・ヤダ」
抵抗はしないまま、ナルを睨み付ける。
ナルはあたしの言葉を無視する。
あたしもナルの行為を無視する。
そして、お互いの体温を感じて
眠る。 |
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