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BY ニイラケイ






     
 
「もし、あたしが死んじゃったら、解剖するの?」
「同意書を書いてから死んでくれるなら」
眉一つ動かさずにあっさり答えた白磁の美貌が、この上なく憎たらしい。
「同意書なんて書いてやらない、って言ったら?」
「個人の自由だ。僕の決める事じゃない」
「残念?」
「さあな」


春うららかな日。かなり高級なマンションの、好意的に表現すれば、シックで落ち着いた雰囲気の部屋。
申し分ない天気を有した休日の午後、あたしは恋人の部屋で彼と将来の話をする。

・・・台詞を抜いて現状だけ並べれば、まるで映画みたいに幸せな恋人たちのようだ。

「解剖って、どうやってやるの? やっぱりお腹裂いたりするの?」
ナルはいつものソファに座って、いつも通りあたしに解らない本を読んでいる。
それが仕事ではなくて単なる趣味の分野(まぁナルの場合、趣味も仕事みたいなもんだけど)の事だと知っているので、
あたしは恋人らしく、彼との会話を成立させようと試みる。
別に、成功するなんて思ってない。ただ単に、ほっぽっとかれるのが悔しいから、読書の邪魔してるだけだ。
「ねぇ、そういうのってさ、お医者さんみたいに免許が要るんじゃないの? それともナルがメス持つ訳じゃないの?」
ナルは答えない。あたしの存在そのものを無視して、読書に没頭する腹づもりのようだ。
「あたし、同意書書かないよ」
「そう」
小さく反応が返る。でも、無意識みたいな相づちだ。
「だって、ナルがお腹裂くんじゃないんでしょ? あたしの内蔵取り出すの、ナルじゃないんでしょ?」
何だってこんな良いお天気の日に、あたしは「内蔵」とか言ってるんだろう。
自分でも気分のいい話じゃないと解ってて、あたしは馬鹿みたいに続ける。
「ナルじゃない人が、あたしのお腹裂くのはヤダ」
お決まりのため息を落として、ナルがこっちを向いた。
「どうせ解剖するときは死んでるんだ。いやもいいもないだろう」
「解ってるよ。あたしはそれに『同意』するのがイヤなだけ」
「ならサインしなければいい。別に無理強いはしてないだろう」
「あたしがそのまま死んじゃったら、ナルは同意書がないことを残念に思う?」
「かもな」
だろうな、と答えられるかと思ってたから、あたしは心の中でちょっとだけほっとする。
「・・・あたしが死んだら、ナルは泣く?」
答えの代わりに頭を小突かれた。
イエスでもノーでもない、ナルの返事。
「泣いて欲しいな、少しでも良いから」
「何故?」
「あたしを失ったことを、ナルが悲しいとか、淋しいとか、思ってくれたら嬉しいな、と思って」
「僕に悲しめと?」
「そう」
「酔狂だな」
ナルはまた本に目を戻す。
「・・・あたし、おかーさんが死んだとき、泣けなかった」
ページを繰る手が止まった。
「泣きたくて泣きたくて泣きたくて、胸が張り裂けそうだったけど、
でも泣けなかった。泣いたら、おかーさんの死を認めることになる気がして」
ナルはこちらを見ていない。でも、意識はこっちを向いているのが解る。
「お葬式でも泣けなかった。病院でも泣けなかった。出棺されて、骨になっても泣けなかった。
全部終わって、おかーさんが小さな箱に入れられてて、家の中がお線香の匂いで一杯になってて、 夜になって誰もいなくなって、あたし、初めて気が付いたんだ」
凍ったように動かないナルの背中に、そっと手を伸ばす。
「あたし、泣いてたの。自分でも気が付かないうちに、ずっとずっと泣いてたの。病院でも、お葬式でも、火葬場でも。
ただ涙が出てなかっただけで、本当はあたし、最初からずっと子供みたいに泣き続けてた」
背中から抱きつくと、ナルの匂いがする。ナルの体温があたしの身体に染みてきて、ナルの鼓動が微かに聞こえる。
「人が死ぬことは悲しいよ。その人を愛してた分だけ、愛してたからこそ、悲しくて淋しくて辛い」
身体に回した手にナルの手が触れる。少しぎこちなくて、でもとても優しい動きで。
「だからね」
あたしは顔を上げてナルの顔を見る。斜め後ろから見るナルの顔。見慣れた角度の、ナルの姿。
「あたしが死んだときにナルが泣いてくれたら、それはきっとあたしのこと好きだったって事じゃない?」

それは、決して気持ちを表に出さないナルが、たった一度示してくれる『告白』。

「・・・僕が先に死んだら?」
「そのときはあたしが泣く。世界中が壊れるくらい泣くよ。そんで恨んでやる。
『どうしてあたしを一人にするの』って」
ナルが手に持っていた本を床に置いた。あたしの腕を軽く引っ張って、後ろにいたあたしを前に回らせる。
あたしは促されるまま、ナルの膝の間に座り込んだ。
「いっぱい恨んでいっぱい泣いて、ものすごく悲しんでやる。・・・だから、あたしより先に死なないでね」
向かい合って抱き合ってるだけで、ナルは何も答えない。
「あたし、人生これでもかってくらい謳歌してから死ぬ予定だから、ナルはもっと頑張らなきゃいけないんだよ」
「遠慮する」
「駄目。許さない」
「人間、向き不向きがある」
「努力は大切だと思うけどなぁ?」
「・・・前向きに善処する」
「そんな、返答に困ったときのお役所みたいな返事要らない」
溜息をこぼすナルにあたしは微笑んだ。
「じゃあどうしろと?」
「今日ね、すごく良い天気なの。知ってた?」
「ああ」
「暖かくて、春の匂いがして、穏やかで、すごく良い日なの」
「だから?」
「折角だから、幸せな話ししたいよね?」
僕は別に会話を望んでない、というナルの呟きは聞こえない振りをする。
「幸せになりたいの」
「そう」

「結婚しない?」

何故か、思っていたよりもずっと簡単に言葉が口から滑り出た。
「そしたらあたしのこと、解剖できるよ。どう?」
照れ隠しにおどけて言うと、ナルが珍しく目を和ませた。
「それがメリット?」
「それだけじゃないよ。もっと沢山」
「他には?」
「幸せになれるの」
「お前が?」
「ナルとあたしが」
「自信たっぷりだな」
ナルの指があたしの髪に触れた。
「・・・結婚しよ?」
ねだるように見上げたあたしに、ナルは言葉ではなく啄むようなキスで返してくれた。





実はあの時、
今日はエイプリルフールでしたーv
と言うつもりで言い出せなかったんだ、なんて今更口が裂けても言えない。
きっとこれはお墓まで持っていくことになる、人生最大の秘密になるだろう。

そして。
春だから結婚しましょう。もアリだよねと、あたしは今、幸せな時間の中でつくづく思っている。
 
     






一年間の集大成が、これか・・・(呟)
成長してますよね、と先日褒めて下さった方がいて、めちゃめちゃ舞い上がってたんですが、
最近スランプなんです・・・・ええ・・・・そういうとこだけ一人前で、他は全部半人前。←駄目だろ。
改良の余地有りすぎです、私。

こんな奴ですが、今後ともどうぞ宜しくお付き合いいただければ嬉しいですv m(_ _)m