抱きたい。
                         抱きたい。
              抱けない。


                                 抱きたい。



奪いたい。







--+--- Love and Hatred --+---
〜flattery medicine〜


BY ニイラケイ







     
 
麻衣の潤んだ瞳が向けられる。
見つめ返すだけで、身体の一部が疼く。
それは、一般に「心」と呼ばれる部分なのかもしれないが、
あいにくと、僕には解らないジャンルだった。


麻衣の目を見て、次に細い首筋を見る。
先ほどまで愛撫を受けていた身体には、赤くはっきりとした傷跡が残されている。
薄い皮膚は歯を立てなくても、刻印をつけられる事を知っている。
首を伝って、肩。
細く薄い肩を舐めて、膨らんだ胸。
衣服を身につけていると殆ど解らないが、弾力のある小柄な身体。
柔らかな胸を、暫し味わって更に視線を下降していく。
その先にある甘美な場所を、僕は知っている。
僕だけが、知っている。


視線だけで彼女を犯す。
想像だけで、麻衣を抱く。
その作業は、決してこれが初めてではなかった。
その現実が僕を貶めていたし、その作業を止めようとしない自分が、
僕自身を自己嫌悪という下らない世界に引きずり込んでいることも知っている。
でもやめられない。
求めれば、拒まれることはない。
抱けば満たされるのは解っている。
けれど、求めることは出来ない。

求めても手に入らなかったら?
もしも彼女の中に抵抗を見たら?

ほんの小さなその欠片だけが僕を凌駕し、気付いたときには彼女に乱暴している。
麻衣がその状況を歓迎していないことぐらい解っている。
僕の深いところにいる「僕」が、その状況を愉しんでいることと同じくらい、解っている。

力ずくで抱いた身体はそれでも官能に乱れ、彼女自身が無意識のまま、僕の中の無意識に住む僕を誘う。
堪えきれずに喘ぐ麻衣を見て、揺れる乳房を掴んで揉みしだいても、
羞恥に染まる肌に舌を這わせて唾液を舐め取っても、彼女の中に欲望を放ってみても、
満足するのは、ほんの一瞬。
身体を離せば、またすぐに温もりと快感が欲しくなる。



狂う。
狂っているのかもしれない。
僕が機械(ロボット)ならば、今頃廃棄処分は免れないだろう。
いっそ機械なら、悩むこともなかった。
組み込まれたプログラム故だと、自分を宥めることもできたのに。

そんな感情を知らずに、麻衣は言うのだ。
「辛いなら抱かなければいい」と。
辛いなら?
抱きたくても抱けない時間。
抱きたくても抱けない期間。

抱けない。
抱きたい。
抱けない。

それ以上に辛いことがあるだろうか。












「ナル・・・」
無防備な女。
「あたし、犯されてるなんて思ってない」
当たり前だ。
お前は本当の僕を知らない。
「あたし・・・ナルのこと、好きだよ?」
だから何だ?

言葉だけで満たされるのなら、こんな苦労はしない。こんな思いはしない。
思いだけで満たされるほど、僕は人間(ひと)を信用できない。
そんなに単純に、生きることは出来ない。


「ナルが好きで、ナルにだから、抱かれたいと思うんだよ」
僕は一言も発しない。
けれど、麻衣は慈愛に満ちた笑みを浮かべて、微かに首を傾げた。
「何が事実?」
「さあな」
「・・・嘘があるから、ほんとがあるの」
麻衣は僕をじっと見つめた。真摯な目で。
「ナルの中にある、嘘は何?」

ナルノ中ニ在ル、嘘ハナニ?

嘘?
嘘ばかりだ。
虚実で固めた現実に、嘘を塗り固めた世界。
けれど僕には「本当」が見えてしまう。
だからこそ、全てがかさついたつまらないものに見える。
何が真実で、何が嘘なのか。
(・・・その答えが必要なのか?)

ここにいる僕が、僕がここにいることが、嘘ではないと、
どうして言える?


「話して。声を聞かせて。・・・ナルの声が聞きたいの。喋って」
麻衣の華奢な手が僕の頬に触れた。
細い指が、微かに震えている。

彼女は恐れている。
愛することの深さに、恋との違いに。
「触るな」
「イヤ」
「出て行け」
「イヤ」
「黙れ」
「それもイヤ」

「・・・抱かせろ」
麻衣の目が開かれる。
その後にくる表情が、呆れか嫌悪か。

僕は顔を顰めた。
これ以上、麻衣の顔を見ていることが嫌になった。
麻衣の顔に向けていた視線を、無理にそこから引き離そうとして、気付いた。

呼吸の仕方が解らない。
息はどうやって吸うんだった?
空気を肺に入れる方法は?

麻衣は僕の動揺に気付かず、ただ困ったように微笑んだ。
呆れでも嫌悪でもなく。
微かに頬を染めて。
「さっきのじゃ、駄目なの?」
息苦しい。
「足りない」
「・・・・今?」
今はちょっとなぁ・・・。
呟く麻衣に、僕はようやく止め続けていた呼吸を開始した。
息を吸ったら、吐けばいい。
(・・・じゃあ、止めてしまったら?)

止めてしまったら、こんなに飢えなくてすむのだろうか。

「なら訊くな」
僕は頬に添えられた麻衣の手を振り払って、視線を書類に落とす。
別に、今すぐどうこうするつもりは、僕にもなかった。
単に麻衣を困らせたかっただけなのかもしれない。


「今は駄目」
「もう解った」
「あとで、じゃいけない?」
「もう良いと言ってる」
「・・・・・拗ねてるの?」
「お前と一緒にするな」

麻衣の声には笑いが含まれている。
子供をあやすように、麻衣は僕の頭を撫でた。
酷く不愉快だが、不思議と抵抗する気は起きなかった。
「・・・ナル、疲れてるんでしょ?」
「別に」
「疲れたときは、美味しいご飯食べて、いっぱい寝るの」
「だから?」
「だから、今は駄目」
顔を上げると、麻衣の顔が思ったよりも近くにあった。
「今日はもう帰ろ?」

帰る・・・?
どこへ・・・?

僕の帰る場所は?


「帰ろ。一緒に」



麻衣が、僕の手を引いた。
思っていたよりもずっと、華奢な手だった。
 
     






・・・完結編とか言っといて・・・。
流石にこれは中途半端ですよね><;;;
も・・・もうちょっとお付き合い下さいます??←イヤ。
でもこの続きは、おそらくここまでのノリを楽しんでいただいていた方には
呆れられることでしょう。
ただのラブっぽいエロだし。←お前・・・。
っつーか、展開的に気付いている方もいらっしゃるかもですが、
続きは「麻衣Xナル」に雰囲気になるでしょう。(笑)
苦手な人は避けて下さいね(^^;


今回書いてて一番楽しかったのは、やはりナルの「視姦」かと。←腐れ外道。