ナルが思ってること。
ナルが見ているもの。
ナルが感じてること。

その全部を知りたいと思うのは、我が儘だよね。
解ってるけど、止められない。
どうしてだろう。
想いは、時として自分を見失わせてしまう。
厄介だよね。





--+--- キ  ス ---+--



BY ニイラケイ






     
 
「だから、説明してって言ってるでしょ??!」
「必要ない」
「何でやってもみないで、勝手に決めんの!」
あーーーー!!!もうっ!!
分からず屋の上司に、噛みつかんばかりの勢いで怒鳴る所員。

東京、渋谷、道玄坂。
いつもと変わらない事務所で、いつも通りの言い合い。
でも、今日のあたしはちょっと違う。
本気で怒ってるんだからね!

でも、ナルはあたしの言い分を真っ向から切って捨てる。
『必要ない』の一言で。
「何でこうも自分勝手かなぁ?!」
「それはお前だろう」
「どーして、あたしが?」
「僕は必要ない、と言ってる。それを自分の感情を満足させるために
話せ、と言う。・・・これは自分勝手とは言わないのか?」
あたしはぐっと詰まった。
ナルの言っていることは、半分正しい。
半分だけだけど。
「説明を求めるのは、間違ってるってこと?」
「ああ」
「何で?」
ナルは大きなため息を漏らす。
「何故そんなに気にする必要がある?」
「じゃあ、どうしてそんなに隠す必要があるの」
「・・・・」
「また、だんまり?」
ナルが急に立ち上がった。
ブルーグレイの扉へ向かう。
「出かけてくる」
「どこ行くの?」
ナルは答えないまま、扉の向こうに消えた。


言い訳もしない。
悔しくて涙が出てきた。
でも、泣いてなんかやらない。
ぐっと涙を堪えて、あたしは所在なく事務所を見回した。


事務所には、あたし以外誰もいない。
リンさんは調査に出かけてるし、
今日に限って、来客もない。

一人。
ひとり。
独り。

独りは嫌い。
考えたくないことをたくさん考えてしまう。
ナルは説明を拒んだ。
言い訳もしなかった。
これが、答えなんだろうか。
(もう、終わりなのかな)
よく考えてみたら、始まりだって曖昧だった。
紙切れに判子を押しただけ。
他に何もしなかった。
みんなが計画してくれたお祝い会だけで、
式だって挙げてないし、よく考えるとプロポーズもされてない。
もしかしたら、始まりだと思ってたのはあたしだけで、
ナルにとっては違ったのかもしれない。


(とりあえず帰ろう)
ナルと、一緒に住み始めて3ヶ月。
結婚して、一緒に住むようになって、もう3ヶ月。
あの家しかない。
あたしには実家がないから、帰るところはあそこしかない。
ナルは、帰っていないだろう。
どこに行っているのかは知らない。
それが喧嘩のもと。


ナルは、ここ3日間、一度も家に帰ってこなかった。
あたしはずっと一人だった。
あの家に、ずっと一人で毎晩ナルの帰りを待っていた。
けど、ナルは一度も帰らなかった。
ナルの顔を見れるのは、事務所だけ。
職場の上司としてのナルにしか、会えない。


あたしは事務所の戸締まりを済ませて、街へ出る。
外はもう暗くなっていて、あたしはまた涙が出そうになった。







電話が鳴った。
夜遅く。
電話番号が表示されるタイプの電話機だから、
あたしは自然と小さな画面を見る。
公衆電話だ。

「はい、もしもし」
受話器を取ると、ちょっと甲高い綾子の声。
「悪いわね、こんな時間に。寝てた?」
綾子の後ろがざわついているのが解る。
飲んでるのかもしれない。
「ううん。起きてたけど、どうしたの?」
「あのね、ナルに・・・」
唐突に出てきた名前に、ちょっと吃驚する。
「ナル?」
「ええ。ナルに代わって欲しいんだけど、もう寝てる?」
どきり、と心臓が鳴る。
まだ帰ってきてない。
とは、言えない。また心配かけることになる。
「うん、今日は珍しく早く寝ちゃって・・・」
「そっかー、んじゃ、明日事務所の方に寄るわ。って伝えといて」
「うん、了解」
「じゃね。早く寝なさいよ。妊婦なんだから」
「はーい。綾子こそ、あんまり遅くまで飲んでると、誰かさんが迎えに来るんじゃない?」
意味深に言ってやると、綾子はあっさりとしたものだ。
「馬鹿ね。ちゃんと一緒に飲んでるわよ」
なるほど。


それじゃ、と言って電話が切れて、受話器を置く。
嘘を付いた後ろめたさと同じぐらいの、重い沈黙。
受話器の向こうが騒がしかった分だけ、家の中の静けさが際だつ。
事務所から戻ったのが7時過ぎ。
今は11時を回ったところだ。
ナルはやっぱり帰ってこない。
電気をつけるのも面倒で、食事を作る気にもなれない。
(でも、ご飯食べなきゃ・・・)
お腹に子供がいるのに、こんな不摂生してちゃいけない。
あたしは、重くて仕方ない身体を引きずって、キッチンへと向かった。

あたしは今、一人でいるけど、一人じゃない。
あたしの中に、息づいている小さな命がある。

だから。
この子のために。
あたしのために。
・・・ナルのために。
もう、決めなくちゃいけないのかもしれない。



答えを、知りたい。
あなたの中にある、答えを。