ナルと出会ってから、何度目かの桜が散った。
状況の変化はめまぐるしかったけど、あたしたちの間は相変わらずだ。
所長とアルバイト。
それ以上でもそれ以下でもない。
それで良いと、思ってたから。





--+--- I MISS YOU ---+--



BY ニイラケイ






     
 
「ナルってば、結局いつ頃戻ってくるわけ?」
派手派手しい雰囲気を身に纏った女のヒト(勿論、綾子だ)が
ソファの上で足を組み替えた。


東京、渋谷、道玄坂のいつもの事務所で、
いつも通りに暇つぶしをするメンバーは、どことなく覇気がない。
「来週の頭だって、リンが言ってたじゃねーか」
相変わらず物覚えが悪いな、お前は。などと言いながらも
律儀に綾子へ言葉を返す男のヒト(当然、ぼーさん)も、
お気に入りのアイスコーヒーがあんまり進んでいない。
「確か、今度の月曜やったと思いますけど」
相変わらずの妙な言葉遣いの外人さんは、
(ジョンって、あんまり外人さんて感じしないんだよね)
いつも通りの笑顔だけど、ちょっと淋しそうに見える。


ナルがいない。
彼は今、仕事でイギリスへ戻っている。
彼には実家がちゃんとあって、おとーさんもおかーさんもいて、
もしかしたら、学校の友達とかもいたりして。
ナルの母国はここではないのだ。

…何か変だな。
すっごく淋しい気がする。
最近のあたしは、ちょっと変なのだ。

ほら、その証拠に近くにいるはずの安原さんの声が遠い。
「谷山さん?」
ふぇ?どーしたの?そんなに険しい顔して。
「ちょっと、麻衣?どうしたのよ?!」
綾子の声、大きいよー。怒鳴らなくたって、聞こえてるってば。
「おい!麻衣、しっかりしろ!」
あたしはしっかりしてるって〜。ぼーさんまで変なこと言って。

呑気に色々考えていたあたしは、
思っていることを口に出しているつもりが、
何一つ言葉になっていないことにも気付かずに、
崩れ落ちるように倒れたそうだ。





「寝てないって、どういうことなのよ?!ちゃんと説明しなさい!」
「だって〜〜……、眠れないんだもん…」
「だってじゃない!!」

目が覚めたあたしを待っていたのは、綾子の半泣き顔とお説教だった。
ひとしきりお説教が終わると、すぐにベッドの中に押し込められる。
ここが綾子の部屋だと気付くのに、そんなに時間はかからなかった。
枕元の葉っぱが、ベッドの脇のポトスが、部屋を取り囲む緑色たちは、
いつ来ても青々と繁っている。
ぼーさんと真砂子(いつの間に来たんだろう。
今週はずっと仕事が入ってるって言ってたのに)は、あたしの家へ荷物を取りに、
安原さんとジョンは買い出しに言っているそうだ。
「食事もろくにしてない上に寝てないなんて、
身体壊すために生活してるようなもんじゃない」
「一応、食べる努力はしてたやい」
「へぇー、どれくらい?」
「う……」
「ほらみなさい。答えられないんでしょ?」
「だってー、でもー」
「ぶつくさ言わずに、とっとと食べて寝る!」
渡されたお盆の上には、すごく美味しそうな卵雑炊。
…でも、依然としてあたしの食欲は働く気配を見せない。
けど、綾子の手料理に箸も付けないなんて訳にはいかない。
このおかーさんは優しいけど怖いのだ。
あたしは、れんげをそっと口に運んだ。




「麻衣の方はどうだ?」
「しー。今眠ったとこよ。静かに!」
見れば、ベッドの横の机には小型の土鍋が一つ。
食事もしたのだな、と滝川は胸をなで下ろす。
「今は落ち着いているんですのね?…私、もうそろそろ戻りますわ。
本当は麻衣が起きるまでいたいけれど、キャンセルするわけには参りませんもの」
「ああ、悪かったな。仕事中に」
「構いませんわ。どうせ休憩中でしたし」
日本人形は、ちらと麻衣に目を向けて、苦笑うように肩を竦めた。
「本人に直接言いたかったんですけど、仕方ありませんわね」
そう言って、綾子に許可を取ると、電話の横にあるメモ用紙に手を伸ばす。
何事かを書き入れ、きちんと二つ折りにすると綾子に手渡した。
「麻衣が起きたら、渡しておいて下さいませ」
「オッケー。ちゃんと渡しとく」
「お願いしますわ。それでは」
軽く会釈をして部屋を出ようとする真砂子を、滝川が呼び止めた。
「スタジオまで送ってやろうか?」
「いいえ。迎えが来ていますから」
少し笑って部屋を出ていく真砂子も、麻衣と同様に顔色が良くなかった。


「大変だな。勤労女子高生は」
「馬鹿ね。働いてるから疲れてるわけじゃないわよ」
滝川が不思議そうに綾子を見ると、綾子は麻衣に布団をかけ直してやっている。
「あの子も堪えてるってことよ。麻衣と同じ理由でね」
「麻衣と同じ?」
「あの冷血漢がいないだけで、どうしてこうもこの子たちに影響するのかしらね」
ああ。そういうことか。
真砂子はナルのことを想っている。それは、誰もが知っている事実だ。
そして、麻衣もおそらくは…。
ナルがいない日常に、彼女たちの心が対応しきれなくなった結果がこれならば、
いつかナルがこちらの分室を閉めて、
イギリスに帰っていくときはどうなるのだろうか。
真砂子は、辛い気持ちを忘れるために仕事に没頭しようとしている。
麻衣はそれさえもできなくて、倒れるところまで自分を追いつめた。
「若者は一途だな」
「不器用なのよ」
「お前さんは器用な恋をしているように聞こえるんだが」
「あたしだったら、あんな男に本気で惚れたりしないわよ」
だから、不器用なの。
麻衣の方を向いたまま、綾子は滝川を見ようとしなかった。
滝川は知らないが、「想い」が麻衣の中にあったことを
綾子は麻衣自身の口から訊いている。

  ナルには双子のお兄さんがいたの。

今でも思い出す、泣き笑いのような麻衣の顔。

  ナルじゃなかったの。

麻衣は今でもジーンを想っているのだろう。
だから、きっと倒れるほどに悩んでもまだ答えは見つかっていないに違いない。
麻衣の中に、新たな気持ちが芽生えていることを。
そして、真砂子も。
真砂子はナルの気持ちの変化に気が付いているようだった。
麻衣は気が付いていないけれど、ナルの瞳は麻衣へ向いていた。いつでも。
彼女が選んだのは、一番辛い道だったのかもしれない。

  忘れますわ。優しい人を好きになった方が実りある人生を送れますもの。

麻衣がいないときに漏らした言葉は、真砂子自身の戒めのように聞こえた。
(ほんとに不器用なんだから)
「何でお前が泣くんだ?」
綾子の頬を伝って落ちる滴に、滝川が気付いた。
「…そういうときは、見ない振りするのがいい男の条件よ」
麻衣が目覚めるまでに泣きやまなくちゃ。
呟きを漏らす綾子に、滝川がティッシュの箱を差し出した。
「優しく慰めるってのも、いい男の必須条件だと思わないか?」




目覚めた麻衣に手渡された手紙は、綺麗な整った字で短くこう書かれていた。
『ナルが二ヶ月いないくらいで、へこたれているんじゃありませんわ。
弱ったままでは到底太刀打ちできる相手じゃないんですのよ』
(あたし…、ナルがいないから…)
だからあんなに眠れなかったんだ。
だから食事をする気も起きなかったんだ。



ナルの存在がこれほどの影響力を持っていること。
そして、己の心の中。
……麻衣が自覚するのは、もう少し後になってからのことだ。
 
     






うわ、くさ…。(死)
これはもう裏書斎しかないでしょう。(←とか何とか言いながら、結局表の書斎へ移動/笑)
というか、これは小説としてどうなのか。
久しぶりにアップする小説がこんなんですいません〜><(反省)
なにとぞお許しを…。

この話しは続きます。(更に反省)
宜しければ続きも読んでやって下さいませですv