他に何も要らない。
みんながいて、あなたがいて。
だから、どうか。





--+--- I MISS YOU−心の雨− ---+--



BY ニイラケイ






     
 
肌寒い雨が降り注ぐ空を見上げ、麻衣は深いため息を付いた。
体調は未だ戻らない。
綾子や滝川にひどく心配をかけているのは解っているのに、
どうしても以前のような元気が出ない。
綾子は「大丈夫よ、病気じゃないから」と言って笑った。
真砂子には電話でひとしきり叱られた。
滝川は忙しい仕事の合間を縫って、日に何度も連絡を入れてくれる。
ジョンも暇を見つけては事務所に顔を出すようになり、
安原に至っては、
「パーッと、デートでもしましょうか。勿論滝川さんのおごりで」
などと言っては、滝川をネタにして笑わせてくれる。
リンは、相変わらず表情に乏しいながらも、
時折、仕事の合間に気遣っていてくれる。

みんなに、心配かけてる。

すごく嬉しくて、少し辛い。
ぱらついていただけの雨が、だんだん強くなってくる。

ナルは予定していた月曜に戻ってこなかった。
麻衣がいない間に、事務所に連絡があったのだそうだ。
もうちょっとかかる、とだけ言って、電話は切れたらしい。

傘は持っているけれど、何だか使う気になれずに
ただ、身体中で雨を受け止めていた。


事務所からの帰り道。
今日はリンも安原も用事があるとかで、事務所は早く閉めてしまった。
滝川からの連絡を待って、必ず家まで送って貰うようにと言い置かれたが、
安原とリンがいなくなった事務所に一人で残るのは辛くて、
置き傘にしてあった折り畳み傘を持って、そっと事務所をあとにした。
…事務所は、彼の匂いがするから?


羽織っていた薄手の紺のパーカーは水分を吸って、その色を更に深くしている。
身体が重い。
衣服からは水が流れるように落ち、これ以上吸水できないことを示していた。
見上げているはずの空が、ゆっくりと落ちてくるような感覚。
その場にしゃがみ込んだ麻衣に、道行く人は好奇の目を向ける。
(立たなきゃ…)
早く家に帰らなければ、連絡が取れない、と滝川が大騒ぎするに違いない。
早く。
焦る気持ちとは裏腹に、麻衣の身体は一向に言うことを訊かない。
すぐ横を通り過ぎる人々の囁くような声は聞こえていたが、
強い吐き気からか、理解はできなかった。
(ヤバイ。…吐きそう)
こんな道路の真ん中では、周りの迷惑になる。
何とか道路の端まで行こうと、ゆっくり立ち上がったとき。
少し離れたところから、駆け寄ってくる足音が聞こえた。
(あ…、救急車でも呼ばれたかな…)
吐き気を忘れるために、意識をよそへ向けてみる。
救急車に乗ったなんて友達に言ったら驚くかなぁ。
口々に騒ぐであろうクラスメートのことを考えると、少しだけ口元が緩む。
その間にも、麻衣の意識は段々と虚ろになっていく。
駆けてきた足音がすぐ横に来て、麻衣の背中に手を置いた。
「大丈夫か?」
大丈夫です。と答えようと、無理をして顔を起こすと、
そこには滝川がいた。
綾子と真砂子がいて、ジョンと、安原やリンまでいる。
そして。

「何をしているんだ。傘の使い方も解らなくなったのか?」
ナルが、いた。

無造作に渡された大きなタオルを受け取れずにいると、
ナルは不機嫌そうな顔をより一層顰めて、麻衣の身体を引き上げる。
「リン、車を」
麻衣の身体をタオルでくるむと、さしていた傘を右手に持ち、
左腕で麻衣の身体を抱きかかえる。
朦朧とする意識の中で、麻衣の気持ちは一つだった。
(ナル…、いつの間に帰ってきたんだろ)



リンの車に運び込まれた麻衣は、ナルの腕の中で
久しぶりに深い眠りに落ちていた。







「馬鹿者」
ナルからくらった第一声は、呆れるほどに短かった。
目が覚めたばかりの麻衣の頭では、理解するのにさえ時間がかかったが、
そんなことはナルの知ったことではない。
「ナル…、何で戻ってきてるの?」
「向こうでの仕事が片づいたから」
「だって、長引くんじゃ…?」
「そんなことを言った覚えはないが?」
ナルの方が不思議そうな顔をする。



麻衣が道で倒れかけていることに気が付いたのは、ナルだった。
滝川とリンの車で、ナルを迎えに行った帰りに、街中にある麻衣の存在を
ナルが感じ取ったのだそうだ。



麻衣を長時間車に乗せるのを避けたのと、
少々のショック療法を兼ねて、麻衣にはナルの帰国は秘密にされていた。
こんな結果になるなら、ちゃんと言っときゃ良かったなぁ。
とは、滝川の言葉だ。はっきり言って、麻衣も同感である。
(だから、安原さんがあんなに念を押して、ぼーさんを待つように言ったんだ…)
先に言っておいてくれれば、ちゃんと待っていたのに。
麻衣が膨れてそう言うと、周囲はあっさり否定した。
「麻衣なら、間違いなくついてくるよな」
「そうそう。体調が悪かろうが、車に酔おうがお構いなしでしょ」
「後先考えずに行動するのは、麻衣の専売特許ですものね」
「谷山さんなら、40度の熱があっても一番に車に乗り込むんじゃないですか?」
「何だよ、みんなしてー!!」
そこへもう一つ、冷たい声が飛ぶ。
「日頃の自分を省みることだな」
「うるさいやい」

ナルは既に仕事に入っている。
事務所のソファに寝かせられていた麻衣のすぐ横に座って、
相変わらず英語だらけの書類を捲っている。
(…ほんとに帰ってきたんだ)
いつも通りの黒い服。
黒い髪。漆黒の瞳。白くて綺麗な顔。
そして、毒舌さえも2ヶ月前と全く変わらないナル。
(本物のナルなんだよなー…)
手を伸ばせば届く位置に、ナルがいる。
何となく手を伸ばしかけて、すぐに引っ込める。
わざわざ触って確かめてみる必要は無い。
麻衣はナルの上着を掛けられて、ナルの隣で
ナルの手を握ったまま眠っていたのだ。
今更、確かめてみる必要など無いはずだ。

けど。

麻衣は一度引っ込めた手を、もう一度ナルに向かって伸ばした。
「?…何だ?」
ナルの腕を掴む。
眉を顰めるナルを無視して、麻衣は自分の額をナルの腕に押しつけた。
「…麻衣?」
「…お帰り。ナル」
何事か囁きながら、所長室から出ていく綾子たちの足音が聞こえる。
最後にドアが閉まった音がして、部屋に静寂が訪れると、
ナルの手が麻衣の背中を宥めるようにぽんぽんとたたいた。




雨音が優しく響き続けている部屋で、ナルは
麻衣が泣き止むまでずっと、震える細い背中を撫でていた。
 
     






はい。最後まで何が言いたかったのか解らないですな。
とりあえず、ナルがいない間の麻衣が書きたかっただけなので、
話しの構成については二の次、ということで。(死)
ナル版も書きたいけど、ネタがないので今のところは未定です〜。
今から出かけるので、帰ってきてからもう一度推敲しますが、
とりあえず勢いだけでアップします。(滅)
折角今日打ったから、今日中にアップしようかなー、と。(単純)