いつか、木の下で
四月二十六日――午後七時
麻衣は、久しぶりにケンブリッジの家に帰ってきていた。
家と言っても、実際に住んだのは一ヶ月であり、病院にいたのは十六日間。それほど大きな違いがないところがおかしいと麻衣は一人で勝手に笑っていた。
大した荷物があるわけではなかったが、引っ越しはメンバー総出で行われた。彼らは日本にいた頃オフィスにしょっちゅう出入りしていたように、当たり前のように毎日病室に顔を出していた。だからその引っ越しを手伝わされたのも、まったく当然の成り行きだった。
うまく立ち上がることができない麻衣をリンが抱え上げ、綾子が細かいものを片づけて滝川とジョンが力仕事。ナルはと言えば退院手続きをしたっきり後のことを他の人間に任せて何もしていなかった。
その様子が妙に日本にいた頃を思い出させる。まるでイギリスまでみんなで調査に来ているようだ、と麻衣はほくほくと喜んでいた。
ケンブリッジに帰るとルエラとマーティン、そして顔を出していたまどかが歓待してくれた。彼らも、入院中何度も見舞いに来ていたのだった。
病院食脱出おめでとうと総勢九人の食事会が催された。そこで滝川らは初めてナルと麻衣が結婚の手続きをしている最中であることを知った。彼らはまったくいつも通りに盛り上がり、「無理をさせるな」とナルに冷たい目をされた。
退院すると言ったときのウィルソン医師の反応は、反対でも賛成でもない、たった一つのため息だった。
その反応からしても、ヒトガタの効果が麻衣の体調に非常に悪い効果を及ぼしていたのは間違いないことだと思われた。これ以上の入院で得られるものは、薬の副作用や窮屈な生活に耐えるほどの効用であると言えない状態に来ていた。
初めからこれといって大きく効果のある治療法が見つかっていない病気である。気楽に好きな生活をするのがいいだろうと、彼はため息混じりに言った。あと一週間と思って下さいとも言った。
そして、麻衣たちは残りの期間を実際好きなように過ごすことに決めた。
調査だけは続行してもらえるかとウィルソンはナルに打診した。ナルは、怪談の原因が友人のエミリにあるようだという報告を避け、何の問題もなしという方向で資料を固めている最中だった。しかし、結局調査は続行することに決まった。
ウィルソンから得た二つの情報が原因である。
つまり、エミリが二十三日の夜中に息を引き取ったこと。
そしてその翌日、後を追うように夫である松田が自宅で自殺したことである。