002:階段



「むかつく」
 一段、上りながらこぼす。
「まーな」
 となりのトリ頭があいづちを打ったので、あたしはちらりと彼の顔を見た。
「一体なんだってこんな階段を作るんだか」
 やっぱり理解してなかった。
 あたしがむかつくと言っているのは、この階段のことではない。
 確かに、これもむかつく。権威の示現とでもいえばいいだろうか、神殿の前になんと千一段もある長大な階段を作ったのである。すでに階段とは思えない。山登ってる、山。
 千一というのは、この教団の信者数であるらしい。増えたら増設するのか。さらに。
 もちろん赤竜スィーフィード信仰の係累ではなく、地方宗教だ。地方で芽生えた宗教というのは、なぜだか知らないがその一帯において絶大な支持を得たりする。この宗教もそうだ。で、調子に乗ってこんな階段なんぞ作ってしまったりするのである。今回の依頼は、その教祖に会わないと話が進まないのだが……まぁそれはいい。
 あたしが腹を立てているのは、先ほどすれ違った野盗どもである。
 すれ違いざまに、殴ったり蹴ったり呪文で吹っ飛ばしたり財布奪ったりアジトの場所を聞いたりと、ちょっとしたコミュニケーションもとったが、それだけだ。袖摺り合う仲もなんとやらだ。ちょっと違うかもしんない。
 やつらはこの神殿に参拝する信者を狙って、辺りに常駐しているらしい。お布施を持ってくる信者もいるはずだから、実入りもいいだろう。
 あたしもそんな信者だと勘違いしたのだろうか。
「保護者連れでご旅行かい、お嬢ちゃん」
 まぁここまではいい。もちろん後でおしおきに二、三品目ボーナスを加えたが、旅の連れであるガウリイは事実あたしの保護者を名乗っているので、あながち間違いというわけでもない。今はそれだけでもないのだが。
 あたしが年より幼く見えるのも……悔しいが、認めよう。
「あんたたちは神殿のお布施集めしてる人? あら、それにしちゃ不潔ね」
 にっこり笑ってやると、やつらは面白いように動揺した後、下品に笑い出した。
「は……はははは! 冗談がうまいな、お嬢ちゃんよ」
「別に冗談じゃないけど。ただの嫌味よ」
 空気が凍った。
 心温まる交流である。
「そ……その、なんだ。俺たちもここいらを仕切る盗賊団、ちまっこい女の子だからって見逃したとあっちゃあ立つ瀬がねぇ。覚悟しろよ!」
「やかまし」
 突如、野盗の親分らしい禿面はあたしをまじまじと見た。
「しかし……お前、本当にちびっちゃいなぁ。胸もなけりゃ色気もない。そんなガリガリの腰じゃやる気にもなんねぇじゃねぇか。早く恋人でも作れよ」
「だぁぁぁっ! 大きなお世話よ!」
 事態をややこしくしたのは保護者兼……こいびと……のようなものであるところのガウリイ当人だった。
「いちおー、恋人なんだが」
「ちょ……っ」
 野盗たちは黙った。
「……誰が?」
「いやオレが」
「誰の?」
「だからこいつの」
「なんで?」
「……なんでって……なんでだろーなー?」
「マジか?」
「マジだ」
 先ほどにも勝る、吹雪すら吹きそうな寒さがその場を支配した。
 寒いんだかなんなんだか、親分の震わせた肩がそれを破った。
「ぶ……ひゃっはっはっはっはっはっはっは!」
「こ、こ、こ、こんな子供と!」
「やべぇよロリコンだぜ! 俺らよりよっぽど犯罪だ!」
「似合わねーっ! ひーっひっひっひっひー!」
「……風魔咆裂弾」
 やつらは吹っ飛んだ。
「うひょえーはっはっはっは!」
 まだ笑っていた。
 ……ドラスレかましてやればよかった。
 要するに、そういうわけなんである。あたしがむかついているのは。
 確かに、あたしはガウリイより大分年下だ。兄妹にしても離れているな、という感はある。
 さらに、どっちかというと童顔であるかもしれない。
 わずかばかり、スレンダーにすぎるという噂もある。
 その上、少々小柄だ。
 となりのガウリイと比べると……頭の先が肩にも届かない。
 まぁ……かなり小柄な部類ではあるかもしれない。
 しかし、あそこまで笑われるほど似合わないというわけではないと思う。
 思うったら思う。
 ……。
「ん? どうしたリナ?」
 あたしは階段を一段飛ばしで上り始めた。
「急ぐのか?」
 ガウリイは楽々と二段飛ばす。
 段が低めに作ってあるから、ガウリイの足なら二段くらい、飛ばしてやっとちょうどいいくらいなのである。
 あたしも二段飛ばした。
 高さはともかく、距離的に少々つらい。
「何やってるんだ?」
 ひょいと三段飛ばしで追いついてくるガウリイ。
 あたしも三段。ほとんど走り幅跳びである。
 ガウリイは四段飛ばしてきた。さすがにジャンプしているが、まだ余裕がある。
 あたしが四段飛ぶには、ちょっと勇気がいる。
「リナ?」
 にらみあげると、ガウリイは苦笑いを浮かべてあたしを見下ろしていた。
 助けるように差し出された大きな手を見つめた。
「それ以上は、お前さんにゃ危ないぞ」
「……そうみたいね」
「ほら」
 ガウリイには、いつだって余裕がある。
 あたしが大騒ぎを起こそうが、殴ろうが吹っ飛ばそうが、苦笑して頭をかきながらついてきてくれる。時には先に立って危険から守ろうとしてくれる。
 今日のような場面だって、あいつらに恋人だと名乗ることに躊躇はなかった。恥ずかしいとか、照れくさいとか、そういうのがないんである。あたしたちが人からどう見えるか、分かってないわけではないと思うんだが。人に笑われることなんかどうということもないと思っているのだ、おそらく。
 この階段を五段分も上に行けば、ちょうど目線が並ぶだろうか。
 しかし今はガウリイの方が五段分くらい上にいる。
 上っても上っても、差は縮まらないどころか開いていく一方だろう。
「真剣勝負よ、ガウリイ」
「は? でも勝負にならないぜ」
「いいから。READY, GO!」
 わけが分からない、といった顔でガウリイが走り出す。階段なんかあるんだかないんだか分からない、獣のような跳躍。瞬きする間に背中が遠のいていく。
 あんなものに、普通の人間が追いつくわけはない。
「翔風界!」
「それはないだろリナ!」
 二度目の瞬きで、今度はあたしがガウリイを追い越した。
 してやったり。
 思った直後、何かが結界にぶつかってコントロールが利かなくなる!
「何やったぁぁぁ!?」
 階段脇の草むらにしたたか体を打ちながら転がった。
 その横を、ガウリイが手の中で石ころ転がしながら駆け抜けていく。あれを当てたな……?
「地精道!」
 あたしの術がガウリイの足元の段差を削り取った。
「うぉあっ!」

 負けないんだから。

 その日、神殿の階段は何者かによって見るも無残な姿になっていたという。
 原因がとあるカップルの微笑ましいじゃれあいだなんて、誰も思わないだろう。
 怖い怖い。

 



 先日、某方のSSとめちゃくちゃかぶってることに気が付いてちょっと焦り気味(^_^;)
 ありがちネタってことで軽く流していただきたい……。