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update: 2009.07.17
「んー。このあたりだと思うんだけどねー」
地図を開きながら立ち止まったのは、日差しもぽっかぽかの午後。
見晴らしのいい丘の上で、あたしは地図を開いてうなる。
「ふーん?」
なんて言いながら、考えてもいないくせに考えてるような顔をして、ガウリイが地図をのぞきこんでくる。
その長くてがっしりした体でお日様がさえぎられて、あたしの頬から手元にかけてすっぽりと影に入ってしまう。ちょっと屈んだ肩から金髪が垂れて、地図を持つ腕にかかってなんだかくすぐったい。
それから、息もかかる距離に立った彼の体温。
ごくごくごく当たり前の動作なのに、そういうのにどきどきしてしまう最近のあたしはまったくもって不甲斐なく許しがたい。
「リナ?」
なんて優しい声で呼ばれて、その真っ青な目を向けられてしまったりすると、もうダメだ。
目を合わせていられない。思わずすっと視線をそらしてしまう。
あ、またやっちゃったわ、と思うんだけれどももう後の祭り。
視界の端で、ガウリイが少しだけ驚いたような顔をして少しだけ微笑うのが見える。遥か高いところにあった見なれたようでいて見なれない顔が何気なくかがみこんできて、いきなり近づく。
逃げるのもアレだし、かといって積極的に応えてやるのもアレだし、あーもうどうしようかなと思ってる間に唇がふれて反射的にあたしは目を閉じる。
「ん……」
(……またキスしちゃったし!)
これだからいかんのである。
こいつがこうやって何かってーとキスするから。だから、ついつい意識してしまうのだ。
「――なんでそーゆーことすんの」
ぶーたれて言ってやると、ガウリイはきょとんとした。
世間様はこれを照れ隠しと言うのかもしんない。
「なんでって……リナがしてほしそうだったから?」
「あたしのせいかっ!?」
強くツッコむとたいていはひるむガウリイだが、ひるむどころか妙に真面目な顔でうなずいた。
「うん」
「うん、て、ちょっと!」
「いや、今のはリナが誘っただろう」
「誘っ!? そ、そんなわけないでしょっ!」
「そーかなぁ」
思い切り肩に力を入れて怒るあたしに、くっと笑ってガウリイは体を起こした。
さっきキスをしたばかりののほほんとした顔が、またぐんと遠ざかる。
「じゃあ、オレがしたかったから、ってことで」
などと余裕ぶちかましまくりでのたまう。
本当は違うけど、の言葉が言外に含まれていることに気が付かないあたしではない。
まったく。
ちょっと大人だからって、ちょっと経験あるからって、ちょっとでかいからって、ガウリイのくせに上に立ったみたいな顔してむかつく。
そりゃああたしはまだ10代で身も心も乙女だし、いわゆる恋ちゅーもんをしたこともないし、背伸びしたってあんたにキスできないくらい小さいけれども! けれども!!
「見下ろしてんじゃないわよむかつくわね!」
「そんなこと言われても……リナちっちゃいし……」
「やかましーっ」
ガウリイの髪を両手でつかんで引き寄せて、近づけた唇に唇を押しあてる。
「お……っ!?」
その……なんてゆーか、それ以上はできないけれども。
ガウリイのびっくりした顔にちょっとだけ溜飲が下がる。
でも手を離すと、にへ、とものすごーく嬉しそうな顔で笑われてしまった。
「たまにはいーなぁ。リナからしてくれるのも」
「ちょっと……っ。そーゆーことじゃなくて、あたしが主導権を取りたいのよ!」
「主導権……」
「意味とか聞くな!」
「でも」
「だーかーら。いつもあんたが好きな時にするばっかりで、待ってるあたしはどきどきしてズルイってことよ! あたしが決めるのよ! いつキスするかは!」
「……ふーん。どきどきして待ってるんだ」
あああああーーっもうっ! にやにやすんな!!
くそぅ。
この間まで、少なくとも告白する前あたりまでは間違いなくあたしが何でも決めて、ガウリイはいつもそれににこにこ付いてきてたはずなんだけど。
こうなってから、もう全然だめだ。振り回されっぱなし、どきどきさせられっぱなし、挙句の果て、それでもちょっと嬉しいなぞと思ってしまうんだから悔しさもつのるというものなのであるっ!
おそらく、キスの主導権を完全に握られているのがよくないのだと思う。何しろ、あたしの身長では『さりげなくキスをする』という芸当ができない。待つしかない。これがいけない。
「――ふん。あんたもどきどきすればいーのよ」
ガウリイが苦笑して何か言いかけるのをさえぎり、あたしは地面を指差す。
「しゃがんで」
「は?」
「届かないから! しゃがんで!」
ものすごく居心地の悪そうな顔をしながら、ガウリイが大きな体をちょこんと畳む。
「……これでいーのか……?」
「ふふん。これであたしの方が高い」
「そーだけど」
情けない顔でしゃがみこんでいるガウリイの前に立つ。
んっふっふっふ。たまには見下ろすっていうのもいい気分ね。
ガウリイのでかい図体がちょっとかわいく見えてくるじゃない。
よーし。
今度は、あたしの方がかがみこんで、ちゅ、と。
「……なぁ、いいけどこれ、すごく変だろう」
「……傍から見ればそうとも言うかもしんない」
ガウリイはがしがしと頭をかく。
「んー。つまり、オレより高い位置からキスをしたい、と」
「そーよ」
「じゃあ……」
ふ、と足元が浮いた。
「うえぇっ?」
しゃがんでいたガウリイが、起き上がりながらあたしを抱え上げたのだということはすぐに分かった。ひざの裏にガウリイの太い腕が回されていて、あたしは腕に腰かけるような姿勢になる。
視界はぐっと上へ、ガウリイの肩越しにその頭よりも上へ広がる。
「高っ。あんた、こんな高いところから見てんの」
「そんなに違うかー?」
「違うわよ。全然違う」
高さが上がった分、遠くまで見渡すことができる。
なんだか、空が広い。地平線が遠い。
ちょっと下を見ると、ガウリイの笑顔にぶつかる。そのさらに下に、分厚い肩。あたしの頭が普段あるのは、その辺りだ。
(――小さいな、あたし)
どんなに言葉を尽くされるよりも、すとんとそれを納得した。
小さいのだ。ガウリイにとって、あたしはこんなにも。
その上、細い。
(守ってやらなきゃ、と思われるのが、少し分かる)
それはくすぐったいような、仕方ないなと思うような、そしてなんだか安心するような認識だった。
ガウリイは大きくて、あたしは小さいのだから、少しは、キスくらいは主導権を取られてしまっても当然なのかもしれない。
でもまぁ、1回くらいは。
「……何ニヤニヤしてんだよ」
ガウリイは不満そうな顔であたしを見上げる。
「キスするんじゃなかったのか?」
「んー?」
「んー、って」
「どうしよっかなー」
「なんだよー」
ちょっと拗ねたような顔がなんだかかわいい。
コイビトっつーもんになっても保護者の顔してる時の方が圧倒的に多いガウリイだけど、なんか今は男の顔。というか、男のコの顔だ。
「んふふふふ」
「嬉しそうだなぁ」
「キスしたい?」
「したいよ」
即答したな。
「どうしよっかなー」
「まだ言うか」
ガウリイが顔を寄せてこようとしたので、あたしはすっと背中を反らして避ける。
避けた! やった!
「……あのなぁ」
逆に、苦虫をかみつぶしたような顔のガウリイ。
「なんなんだ……下ろすぞ」
「下ろすなっ!」
「……はいはい……」
ため息をついて、うんざり顔。
ちょっと手を伸ばして顎のあたりを包んでみる。
ガウリイがあたしを見上げる。
……優越感。
「――ちょっとは、どきどきした?」
「だからさ」
ガウリイは眉をしかめて照れたような顔をする。
「オレだっていつもどきどきしてるって」
あたしはちょっと驚いて、でもその照れた顔がすごくかわいくて、笑った。
それで。
初めて、あたしの方がかがみこんで、キスをする。
ガウリイの体はどこをさわっても鉄みたいに固いけど、唇は柔らかい。
手を回した肩や首は、やっぱりとても固い。
柔らかい唇の隙間から触れ合わせたものは、もっと柔らかくて、熱い。あたしの中に入ってきて、何か大事なものを溶かしてしまいそうになる。
ガウリイという男の中身そのものだなと思う。外側しか知らない人は気が付かないだろうけど。こいつが意外に熱い男だって、あたしは知ってる。
その熱さも、今は全部あたしのもの。
全部が、あたしの方を向いている。キスに溶け込んでいる。
「……ふ」
深いキスの後唇を離すのは、いつもちょっと名残惜しい。
近くで見つめあって、少し照れた顔で笑いあって。
「リナ」
何か言いたげな顔で見てくるから、もう1回キスした。
今のはガウリイが誘ったでしょ、間違いなく。
で、また唇を離して。ぎゅっと首に抱きついて。
「いひひひ」
恥ずかしいのをごまかすように笑った。
あー。胸がどきどきしてる。
ちゃんとできたかな。変なことしなかったかな。
ガウリイのやつにも、どきどきさせられたかな。そうだったらいい。
少しどきどきが落ち着くまでそうしていて、ふと目を開けると、さっきは見えなかった街が見えた。あたしの身長がもう少し高かったら、見えていたはずの街だった。
「あった!」
「ん?」
「見つけた! 下ろして!」
足をばたばたさせると、ガウリイはぽんと手を離してあたしを解放した。
その辺に置いておいた荷物を手に取り、あたしはガウリイにウインクする。
「やっぱりこの道で合ってたみたいね。行くわよ、ガウリイ!」
ガウリイは出会った頃から変わらないお日様の笑顔でうなずいた。
「おう!」
ぎゃーすか言いながら道ばたでチューしまくってるのが書きたかっただけです。
どうでしょう、ニヤニヤできましたか?
このSSと対になる抱っこチューのイラストを描いてます。もっとシックですけど。