029: 墓碑銘



 あてもない旅の途中。
 相棒のガウリイと肩を並べてとある町を通り過ぎていて、教会の裏手に並んだ墓地にふと目を留める。
 柵で囲われた墓地にはたくさんの墓石が並んでいて、1つ1つ意匠を凝らした模様と考え抜かれたであろう墓碑銘が刻まれている。『よき母にしてよき妻、エバ』とか『勇敢な戦士、トーマス』とか、そんな感じだ。
「どうした?」
 なんとなく足が遅くなっていたのかもしれない。ガウリイが顔をのぞきこんできた。
「ん。あれ」
 墓地に目をやると、ガウリイがちょっと意外そうにああ、と呟く。
「あたしが死んだら、盗賊殺しのリナ=インバースと、デモンスレイヤー・リナ=インバースと、どっちで書かれんのかしらって気になっちゃって」
 考え出すとけっこう真剣に気になる。
 これ、誰が決めるんだろ?
「まぁ……普通に考えたらデモンスレイヤー・リナ=インバースなんじゃないか?」
 腕を組んで少し考えたガウリイは、けっこうまともな意見を言った。
 確かに、真っ当に考えれば褒め言葉を書くもんなんだろうな、あれは。
「やっぱそれかなー」
 その名はもろもろの理由からあまり好きではないのだが。
「天才美少女魔道士リナ=インバースって書いてくんないかしら」
 あたしが呟くと、ガウリイはよそ見をしながら飄々として言う。
「それなら、攻撃魔法と盗賊いじめが好きでたまらなかったリナ=インバースとか」
「だぁぁっもう! それなら、悪人を成敗しまくったリナ=インバースって言ってよ!」
「魔族に追いかけまわされたリナ=インバースっていうのは?」
「却下」
「じゃあ、大食いなのにちっちゃかったリナ=インバース」
「オイ」
「金に目がなかったリナ=インバース」
「凄腕の剣士だけど脳みそが入ってなかったガウリイ=ガブリエフ」
 言い返してやると、ガウリイはじっとりとした目でにらんできた。
「お前な」
「保護者を自称していながら被保護者に頼りっきりだったガウリイ=ガブリエフ」
「頼りっきりなわけじゃないっ! ほんのたまには自分で考えることもあるっ!」
「ほんのたまかい……」
 ツッコミを入れ合いながら笑って歩いているうちに、道はゆるい上り坂を登ってちょっとした丘に差し掛かっていた。家もまばらな見晴らしのいい丘で、町がぐるっと一望できる。
 青空がまぶしい。
 手をかざして光をさえぎりながら、はーっとため息をついた。
「……墓碑銘はただのリナ=インバースでいーわ」
「……オレもただのガウリイ=ガブリエフでいい」
 憮然とした顔で呟くガウリイ。
 話は決まったようだ。
 あたしはその肩のショルダーガードを叩く。
「じゃ、そういうことであたしが死んだらよろしくね」
 ガウリイはきょとんとした。
「え、オレが?」
「他の誰に頼むのよ」
「だって、リナが死んでオレは生きてるってことは、あんまりないんじゃないかなぁ」
 ガウリイは、考え込むように眉を寄せる。
 言われてみるとそんな気もしてきた。
「……そーね」
「だろ?」
 実際、今まで命が危なくなるような戦いでは、前線に出ているガウリイが先にやられることの方が圧倒的に多かった。幸いあたしまでやられるような事態になったことはほとんどないが、順番としてはその次にあたしということになる。
 自分の体が動く状態なら、黙ってあたしを死なせる保護者さんでもあるまい。
 ということは、死ぬ時はガウリイが先、あるいは同時ということになるのだろう。
「じゃ、一緒に死ぬんだ」
 ふぅん。今まであまり真面目に考えたことなかったけど、恋人でもなんでもないのに、死ぬ時は一緒って変なの。
 ガウリイはあっけなくうなずいた。
「そうだろーな」
「そしたら、誰にも気付かれないかもね」
「かもなぁ」
「じゃあいーか墓碑名なんて考えとかなくても」
「うん、いーだろ」
 野ざらしの死体になって、デモンスレイヤーズだか盗賊殺しだか魔王の食べ残しだかドラまただか分かんなくなったあたしとガウリイが倒れてる。その光景をちょっと想像してみる。
 あたしは後悔してるだろうか。
 ガウリイの死を悼んでいるだろうか。
 自分の死を嘆いているだろうか。
 そう考えてみて、あたしは首をかしげた。そんなのは、なんか違う。
 きっと、あたしは満足してると思う。
 力尽きるまで目いっぱい戦って。目に入るものみんな楽しんで。
 『いやー負けちゃったねー』なんてガウリイに話しかけてると思う。
 『ああっ! あそこで獣王牙操弾使ったのが失敗だったわっ! 今度やったら絶対負けないんだからっ!』だの『それにしてもあんたを一撃で黙らせる奴がいるなんて、世の中広いわよねー』だの言ってるんじゃないだろうか。口に出せる元気が残っているかはともかくとして。
 たぶんそんな感じだろう。
 あたしはくすりと笑った。
「じゃ、死ぬまで楽しくやりましょっか、ガウリイ!」
 ガウリイは楽しそうににやっと笑って、あたしの頭をぽんと叩いた。
「おう」

 これからあたしたちがどんな事件に出会うのか、どんな風に変わっていくのか、それは分からない。
 でもきっとこいつはここにいて、あたしの言葉にうなずいて、楽しそうに付き合ってくれるんだろう。たぶんずっとずっと先まで。
 生きてるなら、一緒に生きてる。
 そして、もし死ぬなら、一緒に死ぬ。
 旅暮らしのあたしたちがどこかで死んだとしたら、もしかしたら墓碑銘はつかないかもしれない。その時は、誰だかも分からない2人の無言の死体が、ただ1つだけを語るのだ。

『2人で生きていた』

 それは数ある可能性の内の1つだけど、けして悪い結末でもない。

「リナ」
 そう呼ぶガウリイの青空の目が見ているのは、デモンスレイヤーズの片割れでも盗賊殺しでもないただのあたし、リナ=インバースだった。
「オレ、死ぬまでにしておきたいことがあるんだ」
 そのまぶしそうな瞳に、ちょっとどきっとする。
「セイルーンの南の方で育ててる牛はすげー美味いってこないだ聞いたんだ。死ぬ前に絶対食っておきたい」
 ……ふ。
「……あんたってそういうやつよね」
「そういうやつってどういうやつだ?」
「なんでもない。じゃあ、今度はそれ行きましょーか!」
「よぉし!」

 ――こんな風に生きて死んでいくなら、あたしはきっと死ぬ時も満足して死ねるだろうと思う。

END.

 



 あえて原作に忠実に、恋人未満でしかもお互いほとんど意識してない2人にしてみました。
 恋愛じゃなくて相棒な2人。
 そんな関係も好きです。恋愛以上コイビト未満って感じでしょうか。

 これはなんか、SSじゃなくて長編のエピローグとかにするべきだったかもなぁ、とちょっともったいなく思っています。ふくらませがいのあるテーマです。