BET

Written by 由江さん

「ごっめーん、ガウリイ。
 宿、一部屋しか空いてないってさ。
 でも別にいいわよね、いつものことだし」

「・・・え」
 明るく笑って背中をたたくと、ガウリイが一瞬、眉をひそめた。
 それはほんの刹那。長いこと一緒に旅をしてきているあたしだからこそわかる、表情の変化。
 ―― ガウリイは、あたしがそれに気がついてることを知らずに、瞬時に、のほほんとした仮面をかぶりなおし、本性を、隠す。
 あたしはそれに気づかないフリで、ガウリイの先を歩いて部屋に向かう。
「いやあ、さっきの魔法道具屋で長居しちゃったのがマズかったわね。
 このあたり、夜は結構宿が混むんだってさ。
 町に入ってすぐ宿に向かえばよかったわね。」
 木製の階段を三階までのぼる。
 後ろからガウリイの足音がする。
 重い足音。
 いつもより重い、気がのらないような、そんな足音。
「ま、でも、こんな美少女と同じ部屋で眠れるんだから、感謝しなさいよ。
 宿を取り損ねたのは・・・・いちおう、あたしが悪かったわけだから、あたしだって我慢してあげるんだからね!」
 嘘。
 宿を取り損ねたわけじゃない。とる気なんて最初からなかった。
 この町に宿が一軒しかないのは前の町で知った。そして寒さが深まるこの季節、宿はとても混みやすい事も。
 わかっていて、魔法道具屋で時間を潰した。
 あとは運を天にまかせた。宿が二部屋開いていれば、いつもどおり。
 ふさがってれば、野宿。
 もし、一つしかあいてなければ・・・・。
 ――― そう。これは、賭け。
 勝負は、これから。
 無言のガウリイを従えて、あたしは部屋のドアをあけた。
 狭い部屋。小さな机にスツールがひとつ。布がかけられた鏡が一つ。
 それから、ひとつきりの、ベット。
「せっまい部屋ねー!」
 あたしはいいながら、ずかずかと中へ入っていった。
 ガウリイが逡巡する気配が、ごくかすかに伝わってきた。
 荷物を降ろし、ショルダーガードをはずすあたしの背中を、じっとみつめている。
 気づかない。
 あたしは、気づかない。
 マントをはずしバンダナをとり、グローブも脱いだ。
 そこでようやく、戸口に立ったままのガウリイを振り向く。
「ガウリイ? なにやってんのよ。寒いじゃない。ドア閉めて」
「・・・・ああ」
 ガウリイは視線を横に逸らし、ドアを閉めて、室内にはいった。
 ガウリイもまた、ブレストプレートをはずしてスツールに腰掛ける。
 あたしは窓を少しだけ開けて、外を覗く。
 そこで会話が途切れた。
 しばらくの沈黙。
 あたしは黙って窓の外を見つめた。
 冬が近付いてきているから、夜が早くて深い。闇に包まれた通りに、歩く人影は少ない。
 沈黙に耐えかねたように、不意に、ガウリイはあたしに言った。
「・・・・おまえさん、先にフロでもはいってこいよ。俺はあとでいいから」
 何も考えてないような顔で、あたしに笑う。
 優しい顔。やさしいやさしい保護者の顔。
「あら、そう? じゃあお言葉に甘えて。」
 あたしは笑って、身を翻して部屋を出る。
 ガウリイが立ち上がるのが、閉まるドア越しにちらりと見えた。

 ゆっくりと湯船につかる。
 どきどきする。
 心臓がおかしくなったんじゃないかとおもうくらい、どきどきする。
 あたしは眼を閉じて、自分の胸に手をあてた。
 いつからだろう。ガウリイの視線に気がついたのは。
 あたしを見る、熱い眼差し。
 射抜くような、炎のような感情がこめられた視線。
 ごくまれに一瞬だけ、ちらりと見える男の顔。
 あたしの知らないガウリイの顔。

 あたしは、それが、欲しい。

 丹念に髪をとかして、ほんの少しだけハーブのオイルをふりかけた。
 何の花の匂いかは知らない。でもかすかに花の、甘い芳香があたしを包む。
 脱衣所の鏡の前で、あたしは自分をじっとみつめた。
 この間、18歳になった。
 今のあたしは、子供だろうか。大人だろうか。
 ・・・・大人じゃないけど、でも子供でもない。
 ガウリイに出会った頃に、あたしは彼にそう言った。
 なら、今は?
 考えかけて、あたしはくすっと笑う。
 そんなことはどっちでも、かまわないのよね。ほんとは。
 ただ、あたしは知ってる。
 ガウリイが、あたしを欲しがってるということを。
 飢えて乾いた獣のように、あたしが欲しくて欲しくて、もう視線に溢れ出る熱さを押さえることさえ出来なくなってるってことを。
 それだけで、充分。
 その事実をお守り代わりに、あたしは今夜、賭けにでる。

「ガウリイー、ただいまっ」
「おう、早かったな」
 あたしがドアをあけると、ガウリイはベットに転がっていた。
 気配で気がついていたのだろう。驚きもせず、ゆっくりと身を起こす。
「そう? 早かったかなあ? 結構ゆっくりしてたと思うけど」
 さっきまで手入れをしていたのか、ガウリイの剣がベットサイドに置いてある。
 あたしはパタパタとスリッパを鳴らして、部屋の中に入った。
 入れ替わりに、ガウリイは伸びをして立ち上がる。
「んじゃ、俺もフロ行ってくるかなあ」
「お風呂、一階の突き当りよ。
 間違って他の人の部屋に入ったらダメだからね」
「おう。」
 言ってガウリイは、剣を腰にさしてあたしを振り向く。
「いい子で待ってるんだぞ、リナ」
「うん。早く帰ってきてね」
 『子供あつかいしないでよ!』と言われるとでも思っていたのだろう、あたしの言葉に一瞬、ガウリイが驚いたような顔をして、・・・・・苦笑した。
「わかったよ・・・」
 そしてひらひらと手を振って出て行く。
 あたしはその後ろ姿をじっと見つめた。
 
 ■    ■    ■
 
 蒸気で濡れてしまった剣を拭く。
 どこにいくにも剣を持っていく。それは完全に、俺のクセだ。
 使わなければそれでいいが、もし使うような事態に陥った時に傍になければ命にかかわる。だからどうしても、気になって身からはなすことが出来ない。
 ちん。
 澄んだ音を立てて剣が鞘に収まる。
 さて、どうしようか。
 もうこれですることもなくなってしまった。
 俺は脱衣場の天井を仰いだ。
 リナが部屋にいる。
 同じ部屋に一晩。これから長い夜が来る。
 リナは今何を考えているんだろう。いくらなんでも、多少は警戒しているだろうか。
 それともいつもどおり、保護者の俺に安心しきっているのだろうか。
 ・・・・・リナはどう思っているか知らないが、いい加減、しんどい。
「・・・・・まあどっちでも、お前の望むようにするさ、リナ」
 俺は苦笑して、脱衣所を出る。
 宿屋の中なのに空気が冷たい。
 暖炉を使うほどではないが、秋も終わりに近付いているのだ。リナはさぞ、寒がっていることだろう。
 俺は階段を踏みしめて部屋へと戻る。
 
「ガウリイ、遅いーっ」
 俺が部屋の中に入ると、リナはベットに腰かけ、どこからもってきたのか、酒を飲んでいた。
 ワインだろうか。
 リナは宿に備え付けの淡い色のパジャマを着ている。はらりと肩にかかる髪はそのまま流れて、近付くと甘い蟲惑的な香りが俺を誘った。
 白い頬に少し赤みが刺している。
 酔っているからか、妙に眼つきが色っぽい。
 赤い舌がちろりとグラスのふちを舐める。
 ・・・・・胸の奥から、焦燥感にも似た衝動が突き上げてきた。
 欲しい。
 俺はその衝動から意識して眼を逸らし、呆れた顔を作る。
「・・・・おいおい、何やってんだよ」
 俺の言葉に、リナがへへへ、と笑った。
「だってー、寒いんだもん。お酒、もらってきちった。
 ガウリイも飲む? まだあるわよおん♪」
「酔ってるだろ・・・・お前」
「ん? 酔ってるかもー・・・」
 リナは俺の服の袖を引っ張った。引っ張って、無理矢理自分の隣に腰を下ろさせる。
 リナの体温が間近に感じられて、俺の心臓が跳ねる。
 ・・・このバカ。
 リナと俺と。両方に心の中で呟いて、俺はリナの手の中のボトルを奪った。
「あーーー!なにすんのよおー!」
「何すんの、じゃない! あーあーこんなに減らして・・・・」
「うーっ、やだっ、もっと飲むっ」
 リナは俺が取ったワインボトルを取り上げようと、俺に手を伸ばしてくる。
「え、おい、ちょっと・・・・」
 俺の膝に手をかけ身を乗り出して。
「やーだっ、返してよおおお・・・・」
 うわっ・・・・。
 ふにゃふにゃした口調で言ったリナは、身体を俺の胸にもたせかけた。
 素肌の上にパジャマ一枚だから、その体の柔らかさと熱さは全て、余すところなく俺に伝わる。
 ベットがきしんだ。
 甘い香り。香水だろうか。
「ガウリイの馬鹿あ」
 下からとろりとした目でにらみつけてくる。
 ――― 堪らない。
 ・・・・・俺を誘ってるのか、こいつ。
 そんなはずはない。リナは、そんなタイプじゃない。
 といっても、戦士としてや、仲間としてのリナの顔は知っていても、「女」のリナを俺は知らない。多分きっと、本人ですらも知らないのだろう。
 だから俺には、これがリナの本性なのか、それともただ単に酔っているだけなのか確認する術がない。
 ここで今、俺がリナを俺のものにしちまったらわかるのか?
 ・・・・それはあまりに分が悪すぎる賭けだ。
 冗談じゃない。泣かせたくない。嫌われたくない。離れるのは絶対にイヤだが、同情でそばにいられるのなんてもっとごめんだ。
 そして俺は、結局何でもないフリをして、ワインボトルをベットサイドのテーブルに置く。
 リナの頭をなでてやる。
「もういいから、お前は寝ろ。充分飲んだだろ?」
 俺は言って、リナから体を離すと立ち上がった。
 リナはベットに両手をついて、俺を見上げる。
 結構、たまんねえんだけどな、そういう仕草も。
「? ガウリイ床で寝るの?」
 俺が毛布を一枚とり、床に横になろうとすると、リナが不思議そうに聞いてくる。
「寒いから一緒に寝ようよ」
 ・・・あのなあ。
 何で今夜に限ってこんなこといいだすんだこいつは。
「お前さんと一緒の時は、いつも床で寝てるだろ?」
「だって寒いんだもん。いいじゃない。ダメ?」
「ダメ」
「なんでー!?」
 ぷう、とリナが頬を膨らました。
 俺はため息をついて体を起こす。
「・・・・・あのなあ、リナ。あまり、いいたかないんだが・・・
 お前さん、そういうのやめたほうがいいと思うぞ。
 ・・・・男はバカだからな。お前にその気がなくても、・・・・誘われてるって、思っちまうんだよ」
「・・・・ガウリイも?」
「あ?」
「ガウリイもそうなの? あたしに誘われてるって思うの?」
 リナはベットの上から、床の上の俺をじっと見つめている。
 いつの間にか、その目から曇った光は消えていた。
 変わりにはっきりした意志の感じられる赤茶の眼差しが、俺に注がれている。
「リナ・・・?」
 リナはベットを降りた。
 ぎし。
 ベットがきしむ。
 俺の前に立つ。
 手を伸ばして俺の頬に触れる。
 そして不意に。
「・・・!」
 リナは俺に、キス、した。
「・・・・・は・・・」
 唇を離し、リナは浅く息を吐いた。
「リ、ナ・・・・?」
 俺の声が震える。
 リナは俺の前に膝をつき、俺の首筋に細い腕を回した。
「・・・・・そうよ。誘ってるのよ。あんたを。」
 リナの囁きが耳に響く。
 俺はリナの肩を掴んだ。
 リナが上を向く。吐息がかぶるくらいの近くにリナの顔がある。
 甘い、花のような匂いとかすかな酒のにおい。
「・・・・酔ってるのか?」
「酔ってなんかいないわ。だってほとんど飲んでないもの。」
 いたずらっぽくリナが笑って、ボトルを指差した。
「もともと飲みかけのヤツをもらってきたのよ。あたしが飲んだのはほんの少し。グラスに半分も飲んでないわ。」
「・・・なんだってそんなことしたんだ?」
「あんたが欲しいの」
 俺は自分の耳を疑う。
「あんたが欲しくて・・・・誘いたかったのよ」
 誰だ、これは。
 俺の腕の中で、まっすぐに俺を見つめているこの少女は。
 ああ、違う。
 こいつはもう少女なんかじゃない。
 女、だ。
 いつの間にこんなに綺麗になったんだろう。俺が自分の感情に邪魔されてリナを直視できないでいる間に、こいつはすっかり女になった。
「リナ・・・・」
「・・・・ガウリイ」
 2度目のキスは俺からした。
 掠めるように、一度。
 そして攫うように俺は腕の中にリナをかき抱いた。
「ガウリイ・・・」
 抱きしめた体はひどく華奢で、俺は眩暈がしそうな歓喜に包まれる。
「リナ、もう一度言ってくれ・・・」
 俺の声はひどく掠れていて。
 リナはそんな俺の背中に、そっと、腕を回す。
「・・・・あんたが欲しいわ。ガウリイ・・・」
 俺はリナを抱き上げた。
 ベットまでは2歩の距離。
 壊れ物を扱うようにベットの上にそっと下ろして、俺はリナの両脇に手をつく。
「・・・・・もうずっと俺は、お前が欲しかった」
 囁いて、小さな体に覆い被さるようにリナにキスをする。
 リナは迷いのない瞳で、笑った。
「・・・・・知ってるわ」
 
 □     □     □
 
 顔にやわらかな光があたって、目がさめた。
 暖かな腕があたしを包んでいる。
 裸の胸が、体が。
 あたしを優しく、だけどしっかりと抱きしめている。
「・・・・おはよう、リナ」
 あたし上から囁きと、唇が降ってきた。
 少しくすぐったい。
 上を見上げると、どうしようもなく幸せそうな顔で、ガウリイが微笑でいた。
「おはよう、ガウリイ」
 ゆうべの自分の行動を考えると、ちょっと恥ずかしいけど。
 でも凄く幸せで。
 あたしはガウリイの胸に頬を寄せる。
「・・・・ありがと、ガウリイ」
「ん? なにが?」
「あんたをあたしにくれて」
「・・・・おいおい」
 ガウリイが苦笑した。
「それって立場が逆だろ?」
「でもあたしがガウリイが欲しかったんだもん。
 あたしから誘いはしたけど、・・・すごく勇気のいる賭けだったのよ」
 そう。あたしはこの賭けに勝った。
 あたしはガウリイを手に入れた。
 ガウリイはもうあたしもの。
 優しい保護者の顔も、炎のような男の顔も。全部。
「・・・・俺なんて、とっくの昔にお前のもんだよ」
 ガウリイは低く言って、あたしにもう一度キスをする。
 そして急に、あ、と声をあげた。
「やばい・・・!」
 何かに気がついたように、口元に手をあてる。
「なによ?」
 ガウリイは眉を寄せて、なんだか本気であせった、情けない顔であたしを見た。
「・・・・俺、お前に何も言ってない・・・・」
「は?」
「いやだから、普通はこうなる前に言うだろ、好きだとか愛してるとか!」
「・・・・・・・・・バカ・・・」
 あたしは思わず吹き出した。
「なんだよリナっ!笑うなよ!」
「笑うわよ。なんでそんなんで本気であせってんのよ、ガウリイ。」
「重要なことだろーが」
「いいわよ、別に。
 そんな言葉なんていらないわ」
 あたしは瞳を閉じて、ガウリイにキスをする。
「だって、知ってるもの。
 あんたがあたしをどう思ってるか・・・どれほどあたしを」
 言いかけた言葉を遮られた。
 ガウリイの手があたしの首筋を掴んで引き寄せる。
 明るい光の中で裸でするキスは、必要以上にどきどきした。
「・・・・言わせろよ、リナ。
 永い間、お前さんに言いたかったんだから」
 ガウリイは笑って。
 
 ―― そして、ガウリイの言葉は、静かにあたしに降りてきた。
 
 END

小原の感謝の言葉(><)  

 ねぇみなさんどーしてだと思います?
 いったいどーしてゆえさんの書かれるガウリイはこんなにも激烈かっこいいのかっ!! この辺りのことをどなたか解析して私にコツなんか教えてくれちゃったりしないかなーっ! と思う今日この頃です。
 大好きなんです、この優しくて大人で、でも男の人の顔をしたガウさんが。たまらないです。
 ゆえさん、本当にありがとうございました!

 ちょっとした事情でいただいたものなのですが、「リクエストがあったらどうぞv」って言っていただいたので、何の遠慮もなく「じゃ誘いリナでよろしくお願いします!」と趣味全開リクをさせていただいちゃいました。
 びっくりするほど早くに送っていただいて……大したことをしたわけでもないのに申し訳ないありがたすぎなお話でございます(><;)。
ゆえさん大好きですvv(愛)

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