伸ばされた手

Written by 由江さん

 ぱちり。
 火がはせ、炎が揺らめく。
 その輝きを見つめ、ゼルガディスはまた小枝を炎にくべた。
 夜の森は、月光すらも遮られ、すべてが闇に支配されている。
 その深い闇に抱かれて、二人の少女が彼のそばで眠っている。
 ひとりは、彼の左に。
 もうひとりは彼の右に。
 二人の少女、リナとアメリアの眠りは深い。
 サイラーグまでの道のりは遠く、時にはこうして、宿屋もない山中を歩かねばならない。
 しかし足を休めることはできない。一刻も早くつかねば、攫われたガウリイの身が危ないかも知れないのだ。
 そんなプレッシャーもあれば、彼女たちが疲れきり、眠り込むのは当然だろう。
 しかし、その、深く眠っているはずの夜に。
 リナは顔をゆがめ、手を、伸ばす。
「いや・・・だめ、やめて・・・」
 ・・・またか。
 ゼルガディスはちらりとリナを見やる。
 リナは顔をゆがめ、眉を寄せている。
 瞳は固く閉じられたまま。眼を覚ます気配はない。けれど。
「お願い・・・だめ。連れていかないで・・・」
 搾り出すように、しかしか細く響く声を、無視しようとしてゼルガディスは失敗した。
 普段のリナからは想像もつかないような、切ない響きが溢れて溶ける。それに耳を奪われる。
「・・・やめて、やめて、・・・ガウリイ、ガウリイ・・・っ・・・」
「・・・・ん」
 リナの声に気がついたのか、アメリアが小さく声をあげた。
 思わずゼルガディスはアメリアを見る。・・・起きてしまったか?
「・・・・」
 が。ゼルの危惧をよそに、アメリアは寝返りを打ち、また深い眠りの底へと落ちてゆく。
 ゼルガディスは胸を撫で下ろした。
 ここ数日、リナはうなされている。
 それも、毎晩。
 表面上は普通を装ってはいても、やはり冥王につれさられたガウリイが心配で堪らないのだろう。
 毎晩こうして、夢の中で何かを必死に掴もうと、手を伸ばす。
「・・・・・」
 ゼルガディスは溜息をついた。
 アメリアは知らないだろう。知らないほうがいい。
 恐らく、リナ自身もこのことには気がついていない。
 アメリアはこれを知れば、心配して、リナをどうにかして助けようとし、結果、リナは自分の精神が弱っているのを自覚してしまうことになる。
 冥王という強大が敵が目の前にいる今、それは誰にとっても良い結果を招くとは思えない。
「・・・ゥリイ・・・・」
 リナが消え入りそうな声を漏らした。
 ゼルガディスは再び意識を引きずられる。
「・・・戻ってきて・・・ガウリイ、お願い・・・」
 必死に、全身全霊を込めて、虚空に伸ばされた手。
 しかしその手は何も掴むことかなわず、伸ばしきった指は震える。
「ガウリイ・・・」
 リナの閉じた目蓋から透明な涙が溢れ、こめかみをつたって髪の中に入った。
 次々と眦から零れ落ちてゆく。
 ゼルガディスは炎に視線を戻した。
 ・・・・・・見ているほうが、辛い。
 元々落ち込んだところや弱気な顔が想像できないタイプなだけに、正直、かなり堪える。
 ――― 何かを求めるように、伸ばされた手。
 ゼルガディスは躊躇した。
 自分の腕を持ち上げかけ、また、下ろす。
 ・・・これは俺の役目ではない。
 そう心の中で呟く。
 だが、自覚もなく苦しむリナがあまりに痛々しくて。
 逡巡の末、ゼルガディスはその手に、そっと、触れた。
「・・・・あ・・・」
 リナは指に触れた、ゼルガディスの手を握った。
 ゼルガディスは内心焦りつつも、そっと握り返してやる。
 するとリナは安心したように・・・・事実、安心したのだろう。深く安堵の息を吐いて、ゼルの手を握りこんで横を向いた。
 こちらをむいた表情が、一変していた。
 悲痛な泣き顔から、安らいだそれへと。
 涙のあとがその頬に残るものの、それでも柔らかな笑みを浮かべて。
 リナは細い指で、ゼルガディスの手に縋って呟く。
「・・・ガウリイ・・・」
 リナの言葉は風に流れ。
 そして、そのまま、今度はうなされることなく、深い眠りへと落ちていった。
 
 
 
「いやー、なんか、今回は迷惑をかけたなあ、ゼル!」
 ガウリイは明るく笑って、ゼルガディスの肩を叩いた。
 ここはサイラーグの終わる場所。
 ここからそれぞれが道を違えるのだ。
「ほんとにあんた、わかってんでしょーね、すっごくこっちは大変だったんだから!」
 リナが両手を腰にあてた。久しぶりに見る元気な顔がリナらしい
 これから、リナとガウリイは気の向くまま伝説の剣を探す旅へ。
 ゼルガディスはアメリアとシルフィールを護衛し、セイルーンへ。
 ――そしてまた、当てのない旅へ。
 再び逢う事もあるかも知れないし、ないかもしれない。
 いずれにせよ同じ空の下にいるのだ。
 また縁があれば、自然と出会うことだろう。
「それじゃあリナ、ガウリイさん、お元気で!」
「近くにお越しの際は、是非お寄りくださいね」
 アメリアとシルフィールが二人に別れを告げる。
 ゼルガディスはそれを横目で見ながら、ガウリイに向き直った。
「旦那」
「ん? なんだ、ゼル?」
 ゼルガディスは無言でガウリイの手首を掴んだ。
 そして。
「ほえ!?」
 リナの手をとり、それに重ねる。
 ゼルガディスはにやりと笑った。
「・・・返したからな」
 ガウリイは一瞬眼を見開き・・・・
 そして、不敵な笑みを浮かべる。
「・・・ああ。受け取った」
「もう離すなよ」
「命がけで護るさ」
 ゼルは笑い、拳で軽くガウリイのブレストプレートを叩くと、背を向けた。
 ゆっくりと歩き始める。
「ちょ、ちょっと、ガウリイ!? ゼル!?
  って、あんたいつまで人の手握ってんのよ! 離せー!!!」
「やだ」
「やだって・・・」
「いーから黙ってちょっとこーしてろ」
 遠くなる二人の声を聞きながら、ゼルは苦笑した。
 あの二人は、きっと当分あのままだろう。
 次に逢うときも多分。
 ・・苦労するな、旦那・・・。
 歩き出したゼルガディスを、アメリアとシルフィールが追いかけてきた。
「どうしたんですか、ゼルガディスさん? なんであんなことしたんですか?」
 アメリアが下から見上げてくる。
 幼い瞳が輝いていた。さっきの自分の行動に、好奇心を押さえ切れないらしい。
 ゼルガディスはアメリアの頭をぽんっと叩いて笑った。
「・・・イヤなやつのセリフだが。
 それは、秘密だ」
「あーっ! そんな、魔族の言葉を流用するなんて、人の道に反しますよっ!!
 悔い改めてください! 今回だって結局悪は滅びたんですからね。 
 ―――あっ、そうだ、シルフィールさん、セイルーンに帰ったら二人で正義の勝利を広めませんか!?」
 盛り上がるアメリアに、困ったようにシルフィールは首をかしげた。
「広めるって、どうやって・・・?」
「まずは街頭演説、そして戦いの記録の作成、記念碑建造、それから・・・」
 アメリアの声が街道に響き渡る。
 ・・・俺も旦那を同情してられないな。
 心の中で呟いて、ゼルガディスは蒼く晴れた空を見上げた。
 セイルーンまでは、まだ遠い。
 
 END。

小原の感謝の言葉(><)

 「BET」と一緒にいただいてしまったお話です!
 「BET」がちょっとリクに沿っていなかったような気がして、ということなんですが……そんなことありませんよーっ!!
 ……と叫びつつ、内心は……らっき♪(爆)

 もぅもぅもぅ、「BET」も好きなんですけど、このお話の素晴らしさと言ったら読んだとたん「……パタリ」という感じでしたっ!
 ゼル! ゼルあんた渋いよ!! ごめんよギャグキャラだと思ってて!!(思うな)
 ゼルとリナの、ガウリイとは違う少し距離の空いた信頼感が大好きです。いただいた時「ゼル→リナ萌えーっっ!」なんぞと大騒ぎのメールを送ったのですが……もしやこっそりゼルアメでした、これ?(汗)
 彼ら『なかよし四人組』の微妙かつ強い絆は、本当にかっこいいのです!! この静かな情景でそれがひしひし感じられて大好きです!!
 ゆえさんありがとうございました!!

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