ぬくもり

Presented by : 島野理緒さま

あたしは後悔なんてしたことがない。

「本当にいいの?」
 と彼女は言った。
 あたしは、小さくうなずく。そして、かすれた声で答える。
「――もう、決めたことだから」
 うまく、微笑むことはできただろうか?
 彼女の顔が歪んだ。
「でも、その手を取ったら、あなたはもう二度と戻れないのよ」
「それもわかってる」
 あたしの目の前で、手を差し伸べているのは、たしかにひとの形はしているけれど、 実際は相容れない存在である魔族。
 あたしが今、その差し伸べられた手に触れれば、契約は完了する。
 まだ触れてはいない。今なら戻れる。そう友人は言っているのだ。
 だが、あたしの気持ちはすでに決まっていた。
 目の前の友人とは違った存在になってしまう。それでもよかった。
 魔族である彼と、人間であるあたしの間には、深い深い溝がある。それを埋めて近寄 ることができるのなら、それで。
 一時の激情だ、と友人は言うだろう。
 きっといつかは後悔するはずだ、と。
 でも、あたしは、後悔なんてしたことがない。するはずがない。いつも、あたしは自 分が正しいと思った道を突き進むだけなのだから。
「リナさん」
 彼が、あたしの名前を呼んだ。
 薄く底知れない笑みを浮かべたその表情は、腹が立つくらい普段のまま。
「決心がにぶりますか?」
「まさか」
 あたしは笑う。
 そして、あたしは、差し伸べられた彼の手に触れようとした。
 そのとき。
「ガウリイさんは、いいの?」
 友人の悲痛な叫びが聞こえた。
 ぴくり。悔しいが、あたしの心はその名前に反応する。
 ガウリイ。
 あたしの、自称保護者、そして――。
 脳裏に浮かぶのは、彼の金色の髪、空色の瞳。大好きだった。
 きゅっと唇を噛み締める。
「――いいのよ」
 あたしは振り向かずに答え、今度こそ本当に、彼の手を取った。
「リナ!」
 友人の叫びが聞こえる。
「さよなら。アメリア」
 あたしは、泣いている友人を見て、小さく微笑んだ。
 
 
 
 
 ガウリイは、あたしのすべてを受け入れてくれた。
 その大きな懐で、あたしのすべてを包んでくれた。
 それに物足りなくなったのはいつだろう?
 あたしは、こんなんじゃない、と思い始めた。
 あたしは一人で歩ける。一人で生きていける。
 今までずっとそうだった。
 なのに――ガウリイと出会って、あたしは弱くなってしまった。
 日に日に大きくなっていく彼の存在。
 そして、彼を失うかもしれないという恐怖。
 にっこりと太陽のように微笑む彼の表情は、あたしの不安を離散してくれるけど、そ の効果はわずかな時間しかなくて。
 いつでも彼がいると実感したくて。
 そばにいたくて。
 ――そんな自分がいやになった。
 そんなときに、手を伸ばしてくれたのが、前からの知り合いだった魔族だった。
 僕と一緒に来ませんか? と彼は微笑んだ。
 いつもだったら、一蹴していたはずのその言葉に、あたしは揺れた。
 失う恐怖に毎日向かい合っていかなければいけないのなら。
 弱くなっていく自分を感じなければいけないのなら。
 それだったら、あたしは、自らガウリイを捨て、自分らしく生きる道を歩もうではな いか。
 あたしは、一人でやっていける。
 一人で、大丈夫――。
 
 
 
「何を考えているんですか? リナさん」
 名前を呼ばれて、あたしははっと我に返った。
 目の前には、あの日、あたしを呼んだ魔族がいる。
「別に」
 あたしは、胸元までシーツを引き寄せた。
「――なんでも、ないわ」
 背を向けようとするあたしの肩を掴むと、彼は、そっとあたしの首筋に唇を寄せてき た。
 そのまま唇は上へと進み、
「ガウリイさんのことですか?」
 そっと耳元で囁かれる。
 はっと息を呑みそうになる。
 なんで、と聞き返しそうになって、そのこと自体が彼の問いを肯定することになるの に気づき、口をつぐんだ。もっとも、そのあたしの反応だけで、彼には十分わかった らしい。
「あのとき、あれだけ言ったじゃないですか。後悔しないかって」
 吐息に近いような声で囁いて。舌があたしの耳をもてあそび始める。
「後悔なんてしていないわよ」
 あたしは、彼を無理やり引き剥がすと、半ばにらみつけるようにして彼を見据えた。
 もちろん、彼は動じない。
「本当に?」
「本当よ」
 あたしは、自分から彼の乾いた唇に、自分の唇を重ねる。
 味気ない、キス。
 押し付けただけで、唇を離すと、小さく彼が微笑んだ。
「ならいいんですけどね」
 今度は、彼から深く唇を重ねてくる。
 触れ合う唇。絡み合う舌。
 体中が融けてしまいそうな錯覚を受けるのに、どこか、その状態を冷静に見ている自 分がいる。
 その冷静な自分は、何を求めているんだろう。記憶の奥にゆらめく金色。
 あたしは後悔しているの? ガウリイの元を離れたことを悔やんでいるの?
 違う。あたしは、後悔なんてしたことがない。いつも、あたしが正しいと思った道を 進んできているのだから。
 つうと銀の糸を引いて、唇が離れた。
「あたしが、あたしのままでいるためには、ガウリイはいちゃだめだったの」
 これ以上、弱い女にあたしはなりたくなかった。
 あたしがあたしでなくなっていくのが怖かった。
 だから。
 これは、後悔などではない。
 ただ、懐かしいだけ。懐かしいだけなのだ。
 ゆっくりと彼の裸の胸に触れる。
 温かい。でも、これはホンモノの温かさではない。
 たしかに彼はそこに存在し、触れると温かいけれど、この姿は彼にとって仮のものな のだから。
 すべて、つくられたもの。
 わかっている。
 それでもいい。
 今は、ぬくもりが恋しくて、あたしは彼の胸に顔をうずめる。

 あたしは、後悔なんてしたことがない。
 ただ――時折、どうしようもなく、昔が懐かしくなることがある。
 ――ガウリイ。
 小さく名前をつぶやいてみる。
 ただ、それだけで、何故か、涙がにじんできた。

小原の感謝の言葉(><)

 なんと! なんと島野理緒さんはガウリナのお方なのですっ!
 もちろんサイトもガウリナオンリーで、ゼロリナのゼの字もございません。
 それが、あなた!
 小原のゼロリナを読んで「ゼロリナを書いてみたくなった」とおっしゃっていただけたんですよーっ!!(狂喜)
 しかも、「きゃー書いてください!!」って大騒ぎしたら、本当に書いてくださって!!
 こ、こんなことが本当にあるとは!(>o<;)

  ガウリナベースのゼロリナ……最高です。小原のツボを見事に突いてくださってしまってます。
 ガウリナとゼロリナどちらに配置しようか迷ったのですが、やっぱりこちらでvv
 本当にありがとうございましたーっ!!

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