連敗記録 

 そうじゃないだろう、オレ。
 我に返ったのは、満腹になって部屋まで戻り、「いやぁ美味かった」「幸せねー。じゃ、また明日ね」「おう」なんぞと清々しくあいさつして別れた後だった。
 どう考えても、そうじゃない。
 目的を忘れ去っている。
 どうしてだ?
 オレたちは両想いのはずなのに、どーしてこうなる?
 冷静に考えよう。
 そうだ、簡単なことじゃないか。オレが傭兵時代にやっていたのは、単に夜の相手を見つけるための方法だ。好きな相手と想いを通じ合わせる方法じゃない。
 オレはリナと寝てみたいのか?
 違う、そんなんじゃない。
 そりゃーオレも男だから、そーゆーことをしたくないのかって言えばもちろんしたいのだが、別にできなくたっていいんだ。ただ抱きしめたりとか、もうちょっと言えばキスしたりとか、そういうことを殴られずにできれば本望だ。
 そのためには、あと1歩なんだ。
 じゃあ……どうする。
 オレは頭をフル回転させた。




 ぐーっぐーっ。
 ……って、はっ!?
 な、慣れないことをしたせいですっかり寝入ってしまった……。
 部屋の外はすっかり静まり返っていた。時間は分からないが、かなり遅いのは確かだろう。リナがいるはずのとなりからも、物音は聞こえてこない。
 まったく……何をしてるんだか。
 オレが上手くやってれば、今頃その寝顔を見ていることすら可能だったかもしれないのに。
 ダメだなぁ、1度期待しちまうと。
 今まで大した苦労もなく我慢できてたことが、途端に辛くなる。早く、あの華奢な身体を抱きしめてみたい。髪をなでて、細い指に頬をさわってほしい。
 ……ダメだなぁ。
 オレの意識は、ふと気付くととなりの部屋に向かっていた。リナが寝ているはずの部屋。リナが……。
 あれ?
 オレは妙なことに気付いた。となりから、物音はしない。ベッドに横になっているはずのリナが立てる衣擦れの音も、寝息も。そもそも、気配がない。
「……盗賊いじめかぁ?」
 リナが夜中にいないとしたら、それしか考えつかない。
 オレは一体なんであんな無茶苦茶な女に惚れたりしたんだ?
 ほとほと情けなくなりつつ、しばらく考えて剣を手に取った。装備を整えて、部屋を出る。
 盗賊にしてやられるようなリナではないが、万が一ということもある。知らない間に出かけているならそれで構わないが、気付いてしまったら放っておくこともない。
 すぐに、近くの山から爆発音が聞こえてきた。

 オレが着いた時、すでにそこは焦土と化していた。
 そこらじゅうに倒れている盗賊たち。まぁリナも鬼ではないので、殺してはいない。意識を取り戻して襲ってこようとするヤツを適当に殴って沈めながら、オレはリナを探した。
 そう難しいことじゃない。わざわざ気配なんて探らなくても、リナはお宝のありそうな場所にいる。1番厳重に警備してあったっぽい場所を探せばいい。
 ひときわ犠牲者の多い辺りで、オレは建物の中に入った。
 廃村をアジトにしていたらしく、その建物はごく普通の民家のようだった。
 多少奥行きがあって部屋数も多いが、大体大事なものってのは奥にある。お宝を探すリナを見つけ出すのは、苦でもなかった。
「よう、リナ」
 声をかけると、廊下を歩いていた背中が立ち止まった。
 かすかに漂わせていた殺気が消える。オレの気配を感じて、盗賊の残党かもしれないと疑っていたのだろう。下手に近づくと切られそうな雰囲気があった。
 振り返り、リナは照れくさそうに笑う。
「あっらーガウリイ」
「ったく、また盗賊いじめかよ」
「いやー、美味しいご飯食べて気分がよかったら、景気付けにちょっとね。ほら、盗賊いぢめって乙女の楽しみでしょーが」
「どんな乙女だよ……」
 オレはリナのそばまで歩み寄る。
 一応確認したのだが、どうやら怪我はないらしい。まぁほとんど心配はしてなかったが。
「酒は抜けたのか?」
「そんなに飲んでないわよ。ガウリイこそ、今日はずいぶん早く寝ちゃってたじゃない。酔っ払ってたんじゃないの?」
「あ、いや……寝たら醒めた」
 言えない……頭使ったら寝ちまっただけだ、なんて……。
「そぉ? ま、あたしは荷物持ちができてよかったけど」
「おいおい」
 その時だった。
 ふと、オレは不穏なものを感じた。空気にまぎれたわずかな殺気、とでも言うべきものだ。はっきり気配を悟らせるほどのものではない。
 リナは気付いていない。鼻歌でも歌いだしそうな様子で、きょろきょろ辺りを見回している。
「リナ」
 オレが注意をうながして彼女の手を引くのと、リナの目が鋭くなったのはほとんど同時だった。
 爆煙が巻き上がる。
 オレたちはとっさに近くの棚に向かってダイブする。倒れてくる花瓶と、落ちてくる絵画が、盾にした棚に弾けて砕ける。
「討ちもらしたのねっ! 行くわよガウリイ!」
 舞い上がった埃が収まらない内に、リナは鋭く囁いた。
 オレはリナをかばった腕を外し、うなずいて剣を抜く。
 視線を交わしたのは一瞬、散開してそれぞれ別の扉と窓から外へ躍り出る。
 そこで見たのは、中距離からアジトの様子をうかがう男の姿だった。用心棒の魔道士か何かだろう。
「氷の矢!」
 リナが放った魔法を、男は逃げ出しながら避ける。
 だが、その瞬間体勢が崩れる。どうやら魔法1本の頭脳派だ。追いつくのは苦でもない。
 オレは猛ダッシュをかけて男に肉薄する。
 手加減して繰り出した一撃目は、受け止められた。何とか、と言った体だ。こちらを向いた男を、翻した剣の柄で殴り倒すのは造作もないことだった。
 オレは、ふぅと息をついて剣を収める。
「ん、こいつで最後かしら?」
 にこりと笑みを浮かべるリナは、心底楽しそうである。
 オレも戦闘の中でしか生きられないタイプだという自覚はあるが、リナのそれほど病的ではないと思う。まったく、リナときたら戦いのかけひきを麻薬のように吸い込んでいる。
 満足げに腰に手を当てるリナのそばへ戻り、その頭をくしゃくしゃとかきまぜる。本当に、この女は困ったヤツだ。
「ガウリイ?」
 されるがままになっていたリナが、何かに気付いたように表情を変えた。
「どうした?」
「あんた、血が出てるわよ」
「ああ、さっきの爆発で切ったかな」
「ったく、一流剣士のくせに、あのくらい避けなさいよ」
 あえて避けようとしなかったのはリナを庇うためだったのだが、オレは口にしなかった。
 それに、本気で馬鹿にしている風ではないリナの口調が、彼女もそれに気付いているんだと思わせた。
「座って。治したげるから」
 リナの身長では、切れたオレの額に手が届かない。
 オレは焦げた壁に背中を預けた。リナはとなりに膝をつき、額に手をかざす。一続きの呪文の後、慣れた回復の感覚があった。
 リナは魔法に集中している。
 オレはごく自然な気持ちで、腕を伸ばした。リナの腰をさらい、軽く胸の中に引き寄せる。彼女は暴れもせずにぽすりと腕に収まった。
「リナ」
「何?」
「いや……抵抗しないんだな」
 リナはくすりと笑った。
 その笑みに色気を感じて、オレは戸惑いつつ期待に胸を高鳴らせる。
「馬鹿ね……今さら焦ったりしないわ」
「そうか」
「そーよ。まったくあんたと来たら人を甘やかすのが上手いんだから。心配してくれなくても、あたし別に酔っ払ったりしてないわよ」
「……えと、そーか?」
「はいはい、放して。1人取り残してたのは確かにミスだったわ。お酒で油断してたわけじゃないんだから、休まなくたって平気よ。あっ! お宝は無事なんでしょーねっ!」
 と、リナは勢いよくオレの腕を振り解く。
 えーっと……今、抵抗されるよりさらにどーしよーもない反応をされたんじゃないか?
「ガウリイ! 怪我は後で何とかするから! くぅぅっ! さっきの爆発でお宝吹っ飛んでたりしたら、あのカス魔道士ひどい目に合わせてやるわよ!」
 後も振り返らず、リナは呪文を中断して駆け去る。
 どう考えても、さっきの家にあったはずのお宝の安否を確認しに行ったのだろう。
 お宝とオレとどっちが大事なんだ?
 ……という答えの分かりきった問いかけは、言う暇さえ与えられず消えたのだった。




 そんなわけで、オレとリナは相変わらずの距離のまま、街道を歩いている。
 リナは寝不足なのかしきりに目をこすっているが、暑からず寒からず天気がいいので、それなりにご機嫌らしい。
 どうするかな、というオレの思考も何だかどっかに飛んでいってしまい、まぁそのうち何とかなるか、なんぞと気楽な気分になっていた。
 少なくとも脈があることは分かったんだ。それで充分というものだろう。
 死ぬまで片想いだと確信していた頃に比べれば、格段の進歩というものだ。
 焦ったってしょうがないし、当分旅は続くんだし。
 そんなことを思いながら歩いていたら、ふいにリナが足を止めた。
「ここらで休憩にしましょーか」
「おう、そうだな。そろそろ昼飯も食いたいし!」
「そーね!」
 と、オレたちは辺りの草っぱらで腰を下ろした。
 出る前に食堂のおばちゃんに作ってもらった弁当を取り出し、いつも通りの昼食風景となる。
「はーおいしかった。幸せー」
「やっぱあのおばちゃん料理上手いなー。毎日こーゆーの食えたら最高だな」
「そおねぇ。ま、そのうち年取って旅が続けらんなくなったら、あたしが毎日作ったげるわよ」
 オレはきょとんとしてリナを見る。
「……へ?」
「何よ、こー見えても料理できんのよあたし」
「そうじゃなくて、旅をやめても一緒にいるのか?」
「あ、どっかよそにお嫁さんもらいたかったらそれでもいーわよ」
「いやそういうんじゃなくてさ」
 オレたちはしばし間抜けに見つめ合う。
 最近は時々、こんなことがある。
 しばらくの沈黙の後に、リナがぷっと吹き出した。
「何、あたしがあんたのこと好きだって気付いてたんじゃないの?」
 こともなげに言う。
 オレは、え、あ、と情けなく声を上げ、頭をかいた。
「……まーなんとなく」
「ばっかねぇ。あたしはとっくに知ってたわよ」
 その1歩は本当に、ちょっとしたことだったのだ。
 オレは結局、負けっぱなしなのだった。

END.

 ぐぅ……今ひとつギャグ度が薄くなってしまった(T_T)。
 何かで、ふとガウリイさんがリナさんに迫るとしたらどうやるのかな、と思いましてできたお話でした。もうずいぶん前からプロットだけ立てて放り込んであったのです。
 うちのガウリイさんは連戦連敗、そもそも迫ることすらできず(笑)。

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