師弟

 一日の旅程を終え、お腹いっぱいご飯を食べて、部屋に戻る。
 旅をしている中で、もっとも落ち着く瞬間だ。
「んーっ」
 あたしは伸びをして、ベッドに横になる。寝るわけではない、乙女にはいろいろとやることがあるのだ。
 うつぶせになったままベッド脇に置いた荷袋から一冊の巻物を取り出し、枕の上に広げる。最近手に入れた論文の写しだ。
 こうして知識を得るのが、食事の後の日課になっている。
 寝るまでにはまだかなりの時間があるのだが、自由になる時間はそれほど多くない。
 こうしてしばらくくつろいでいると、来訪者があるからだ。
「リナ」
 やがて、ノックの音がして、扉の外から名前を呼ばれる。
 旅の連れのガウリイである。
 ……来たか。
「今行くわ」
 これをもって、くつろぎの時間は終了である。
 腹ごなしをした後は、ガウリイに剣の稽古をつけてもらうのがこれまた日課になっていた。
 こう見えてあたしはかなり剣が使える方なのだが、物騒な旅をしているので、常識を超えた腕を持つ相手と剣を交えることも多い。
 手も足も出ない、という状態を何度か経験して、あたしはガウリイに剣の手ほどきを頼んだ。
 ちょうど三ヶ月ほど前、どーしよーもないほど根暗な暗殺者に付け狙われていた頃の話である。
 旅の連れであるガウリイは、頭の中身こそメレンゲでできているものの、凄まじい剣の腕を持っている。今まで何人もの超人的な剣士に出会ったが、その筆頭はこいつだったりする。
 剣を教えてもらうのに、これほど適した相手はいない。
 当初は一時的なもののつもりだったのだが、ガウリイと稽古をし始めるとまあ出るわ出るわ、弱点の数々。
 こうまで改善点が見えてしまうと、もはややめられない。
「お待たせ」
 軽く荷物をまとめて、扉を開ける。
 ガウリイもあたしも、軽装のままである。真剣を使う時には装備を身に付けることもあるが、普段は使わない。
「庭が使えそうだったぜ」
「そう。じゃあ、そこにしましょうか」
「あー、今日は食い過ぎちまったなー。腹がこなれん」
「食べ過ぎなのよあんたはっ! あたしのハンバーグさんを奪った恨み、思い知るがいいっ!」
「……人のことが言える立場か……?」
 くだらない話をしながら、宿の階段を下りていく。
 こーしてると、ただのとっぽい兄ちゃんなんだけどなあ……。
 最近あたしは、こいつを見る目を少々変えたのである。

 宿の裏手にある小さな庭で、あたしたちは木の棒を手に向き合った。
「よろしくお願いします」
 あたしはきっちりと頭を下げる。
 ガウリイといえども、今は剣の師匠である。けじめは必要だ。
 ガウリイは黙って会釈を返した。
 最初の内は「なんだっ!?」だの「リナがっ!? オレに頭を下げたっ!?」だの失礼なことをほざいていたが、いい加減慣れたらしい。三ヶ月も続けてるんだから当たり前だけど。
 ゼルやアメリアと一緒に旅をしていた頃から始めたこの習慣、ガウリイがどこぞの陰険魔族にさらわれて不在だった期間を経て、最近また再開することになった。
 ガウリイの剣技を間近で見られるだけでかなり勉強になっているとは思うのだが、まだ自分で上達を感じるほどではない。むしろ、やればやるほど無力を感じる。
 あたしは棒を構えて呼吸を整える。
 今日こそ一本取りたいものだが……。情けないことに、この三ヶ月、ずっと同じことを思っている。
 たかだか棒一本を体に当てるだけなのに、なんだってああも避けられてしまうのだろうか。ガウリイの方は笑えるくらい当ててくるとゆーのに。
 向かい側でガウリイが棒を構えると、体に力が入ってしまった。
 隙がないのである。
 稽古を始めたばかりの頃はまだなんとかなる気がしていたのだが、最近ではまるっきり当てられる気がしない。
「来ないのか?」
 苦笑混じりに挑発されて、仕方なくかかっていく。
 ……って、どこから打ち込めばいいんだ、どこから。
 小手調べに真正面から打ち込んでみるが、あっさり受け流されたかと思うと、こちらの勢いを利用され、体勢を崩される。
 こりゃもうだめだ。と思う間もなく、返す刀で腹を打たれた。
 いたひ。
「うー」
 あたしは元の位置に戻って構え直す。
 ガウリイもまた、淡々と棒を構える。
 もう一本!
 真正面から走り寄り、間合いに入る直前でフットワークを使って回り込む。
 技術でも腕力でも大きく負けているあたしに唯一勝機があるとすれば、体が軽くて柔らかいせいで小回りが利くことだろう。
 細かく動いて、隙を突く!
 撹乱するように飛び回りながら、腕をふるう。
 ガウリイの大柄な体ならば、完全に体勢を整えることはできないのではないか!?
 しかし、そんな期待は大甘もいいとこだった。ガウリイはその長躯からは信じられないほど俊敏に足を引いて姿勢を変え、あたしの棒が届くよりも先にこちらの腕を鋭く払った。
 真剣ならば腕を切り落とされていただろう。
「うーん」
 稽古を始めた頃の方が、まだしも打ち合えてた気がするなあ……。
 あたしは、また元の位置に戻る。
 当てるのは難しいにしても、一度くらいこいつの息を上げさせてみたい。
「ええいっ!」
 あたしはさっきと同じように仕掛ける。
 動きは同じだが、さっきよりも鋭く、一撃で突く気迫を込めた。仕掛けてくる、と見せかけて相手の目を引きつける。
 でもそれはフェイクで、実際に狙うのは足!
 突進する勢いを使って蹴りを入れ、体勢を崩す!
 ガウリイが、迎撃しようとわずかに棒を引く。目はあたしの握った棒の先を追っている。棒と棒がからむ!
 と思った瞬間、ガウリイは何の予備動作も見せずに飛びすさって、蹴りを入れようとしたあたしの足を逆に蹴ってきた。
「いっ」
「ちょっと無謀だぞ。足を切り落とされたらどうする」
 もちろん、実戦でこんな無茶するのは最終手段である。
 あたしはため息をついて、崩れた体勢を立て直す。
「だって、普通に打ち合っても当たんないじゃない」
「まあ、意表を突くっていうのは悪くない考え方だがな。まず、打ち合って隙を探すのが基本だぞ」
「はい」
 師匠らしく諭されて、あたしはしおらしくうなずいた。
 わかってはいるのだが、ウケねらいというやつである。違うかもしんない。
「最近、妙に固いよな。特に、リナの方から攻めさせた時」
 力を抜きながら、ガウリイが言う。
 まったく、その通りなのである。
 こいつ、それをわかっていて、こっちから攻めさせていたんだろうか。
「んー……なんかどうやって攻めたらいいのかわかんなくなっちゃってんのよねー。どっから打ち込んでも返されるし」
「リナ、上手くなってきたからな」
「へ? そうなの?」
「ああ。前より、オレの太刀筋が見えるだろ」
 そーかなー。
 正直、なんか速いってことしかわからない。
「見えるといーんだけど……」
「たとえばさっきの一回目の、こうやって構えてるところに打ち込んできただろ?」
 言って、ガウリイはさっきと同じように構える。
 あたしは、さっきの太刀筋をなんとなく思い出しながら棒をゆっくり振り上げる。
「で、軽く当ててきた。刃を返して、打ち合おうとしたんだよな?」
「うん」
 ガウリイは、左手であたしの棒を押して動きを再現する。
 そう、あたしは先ほどガウリイが基本だと言っていた通り、無難に数合打ち合って隙を探そうとしたのである。まあ、数合打ち合ったくらいでこいつに隙なんかできるとは思えないけど。
「そこで、オレが少し引いて、お前さんの打ち込みを流そうとした」
 さっきの動きが再現される。
「やられる、ってわかっただろ」
「わかったけど、速くて対応できなかった」
「でも、腕を引こうとしたよな。前だったら、そのまんま流されてたぞ」
 いや、十分そのまんま流されたんだけど……。
 憮然としているあたしの棒を戻させて、ガウリイも腕を下ろす。
「焦らなくていいんだからな」
 ガウリイは苦笑する。
「焦ってる、かな。あたし」
「違うか?」
 違いはしない、かもしれない。
 ガウリイが魔族にさらわれて、様々な偶然を経て戻ってきた。あたしが知恵と魔力と美貌で連れ戻したのである! と言いたいところだが、実力と言える部分は微々たるもので、実際のところは高位魔族を前に何ら有効な手段を講じることができなかった。
 あれ以来あたしは、魔道書を読みあさり、魔族に対抗できる手段を探している。
 そうは言っても、簡単に強力な魔法を編み出せるとは限らない。魔法以外の部分を強化するため、稽古もさぼらずやっている。
 ……努力なんてものは、暴れるほど嫌いなのだが……。
 またあの時のような思いをするのは、ごめんである。
「オレの動きがある程度わかるようになってるから、それをどう負かしたらいいかわからなくて、委縮してるんだよ。そのせいで、余計当たらなくなるんだな」
「うーみゅ」
「ちゃんと上達してるよ、お前さん。これでいいと思うぞ」
 普段は、あたしを励ますようなことを言う時必ず頭をなでてくるガウリイだが、稽古の最中は一切やらない。彼なりのけじめなのだろうか。それに気付いた時は、妙な気持ちがしたものである。
「ん……そうよね」
 あたしは肩をすくめる。
 こう毎日真剣に打ち合っていて、上手くならないわけはない。このまま続けていれば、その内成果が目に見えてくるだろう。
 それにしてもガウリイ、稽古の時はよくしゃべるなあ……。
 妙なところに感心してしまう。
 普段は、ボケたことを言ってるかあたしの意見にうなずいてるかのどっちかなくせに、今日に限らず、稽古中はやたらまともなことを言う。
 こうして話してるのを聞いていると、意外とただの馬鹿でもないのかもしれない、などと時々思うのだが……。
「じゃあ、もう一本お願いします」
「おう」
 何がどう身になっているのか実感はないが、ガウリイの鋭い剣で打ち込みまくられるのも、経験だろう。
 仕方ない、一本も取れないけど、続けるか!
 あたしは距離を取り、再び棒を構えた。
 それでも――やる限りは、勝つつもりで行く!
 気迫を込めて打ち込んだ一撃は、ガウリイの棒に激しく当たる。何とか二合目まで持ち込むことができたが、やっぱし三合目まではいけなかった。
 とりあえず、目標は三合打ち合うことだな、これは。

「あーもー疲れた! あたしお風呂入ってくる!」
 稽古を終えて宿に戻ってくると、途端に疲れたのとか痛いのとかが襲ってきた。
 もちろん、三合打ち合うことはできなかった。道は遠い。
 となりに付いてきているガウリイも、軽く手首などを回している。今日は個人練習をしないらしい。
「おー。オレも行こうかな」
「じゃ、入り口まで一緒に行く?」
「おう」
 稽古の時の覇気はどこへ行ったのか、のほほんとしたいつも通りのガウリイである。
「あ、リナ」
 部屋に入ろうとした時、呼び止められた。
「なに?」
「一つ言っとかなきゃと思ってたんだが」
 ガウリイは頭をかきながら言った。
「稽古の時は打って来いって言ってるが、実戦ではやるなよ」
 ……は?
「打って行かなくて、どーすんのよ」
「えっと、つまりな……。剣も使えるようになっておくに越したことはないと思う。だから、稽古は続けた方がいいと思うんだが……。お前さんには、魔法があるからな」
「剣で勝てないと思ったら、戦うなってこと?」
 まあ、生き残るための基本ではあるけど。
「ああ。今なら、勝てない相手はわかるだろ?」
 確かに、あたしは前よりガウリイの剣技の凄さがわかるようになってきている。
 残念だが、あたしとは世界が違う。
 いくらやっても、勝てる気がしない。
「まあ、実戦ではあなたにフォローに入ってもらえるものね」
「ああ」
 ガウリイは迷わずうなずく。
「お前さんはリーチも短いし、体力も腕力もある方じゃない。これからある程度上達しても、剣で戦うのはあくまで一時的な手段にしとくのがいいと思う」
「ん」
 稽古しても自分のレベルには届かないと言われたも同然だった。
 だが、悔しいとは思わなかった。ガウリイの言う通り、あたしがいくら努力したとしても先天的な体格不足はいかんともしがたい。
 ガウリイを見てると、才能というものの存在も感じるし。
「――オレを、頼れよ」
 あたしはガウリイを見上げる。
 なぜか、胸が熱くなる。
 たぶん仲間意識とゆー奴だ。たぶんそうである。
「もちろん、あたしは利用できるものは全部利用させてもらうわよっ! 戦いになったら、ばっちり働いてもらうからねっ!」
「……お前なー……」
 疲れたように苦笑したガウリイは、何かを思い出したように自分の頬を指先で叩いた。
「そういえばお前さん、口どこか怪我してないか? 治しとけよ」
「へ?」
 確かに、昼間野盗とやりあった時、ほんのちょっぴり口の内側を切った。本当にちょっぴり、普通にしゃべる分には気にならない程度である。
「何度か、気にしてるみたいだったから」
「あーうん。じゃあ治しとくわ」
 あたしは少し驚きながらもうなずいた。
 ガウリイと別れ、治癒を口ずさみつつ、部屋の扉を開ける。
 治す必要もない程度だと思っていたのだが、無意識にかばっていたんだろうか?
 よく気付いたな、ガウリイ。
「ん、治った」
 頬をなでて、かすかな引っかかりもなくなったのを確認する。
 年中ぼーっとしてるかと思いきや、ガウリイは意外と周りをよく見ている。命に関わること以外あんまし口出ししてくる気はないみたいだけど。
 あたしがいなきゃ何にもできない奴、などと思うこともあるのだが。
 ――実はあたし、ガウリイに勝ててないのかもしんない。
 最近時々、そんなことを思う。

END.

Twitterでガウリナ剣の師弟関係についてみなさまと盛り上がりまくった結果、萌え倒して出力したSS。
みなさまのご意見ご指摘を可能な限り盛り込んだつもりですが、いかがでしょう!
時間軸は、1部と2部の間です。二人の関係が変わっていく、その最中。むふふ。

元になった、ガウリナ萌えツイッターログ
さらに、ガウリイ戦闘関連の部分+このSS投下後の流れをまとめたログ

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