魔皇霊斬

(8巻と9巻の間設定)

魔皇霊斬[アストラル・ヴァイン]!」
 手にした剣に向かって呪文を唱えたリナが、首をひねる。
「うーん……ダメか」
 リナの膝の上に乗っている剣には、何の変化もない。
 ガウリイは頭の上に手を当てて腹筋運動をしながら、その様子を横目に眺めた。
 リナはどうやら魔法の研究をしているらしい。剣を貸せと言われたので、自分の行る場所でならかまわないと答えた。その結果、ガウリイの部屋のベッドに座って研究を行うことにしたようだ。
 リナは膝の上にガウリイの剣を置き、ベッドの上であぐらをかいていた。特にするべきこともないガウリイは、床で一通りいつものメニューをこなしている。
「それ、何の魔法なんだ?」
 まさか宿を壊すような魔法ではないだろうが、少し不安になってガウリイは聞く。
「剣に魔力を込める魔法よ。ゼルがよく使ってたでしょ」
「あー……」
 魔法の理屈はよくわからないが、少し前に別れたゼルガディスがよく剣に魔法をかけていたことはガウリイも覚えている。
 その魔法をかけると、普通の剣でも魔族が斬れるようになるのだ。
「リナは使えないのか?」
「まーね。ゼルが唱えてるの聞いてたから、呪文の構成はわかってるんだけど……やっぱしイメージが間違ってるんだろーなー」
 リナは顎に手を当てて考え込み始めてしまう。かと思うと、となりに広げていた本をすごい勢いでめくり始めた。何か思いついたのだろうか。
 ガウリイは一時止めていた腹筋運動を再開する。
 何とかいう強い魔族を倒してサイラーグを出発して以来、リナはずっと何かを研究している。しばらくの間その魔族に捕まっていたガウリイにははっきりとわからないが、以前から研究していたわけではなく、あれ以後研究を始めたものらしい。
「んー」
 探している記述が見つからないのか、リナがページをめくりながらがしがしと頭をかく。
 あまり根を詰めるなよと言ってやりたかったが、ガウリイは言葉を胸に納めておいた。リナが研究に夢中になるのは、ガウリイが稽古に夢中になるのと同じようなものだろう。自分なら止められたくないと、ガウリイは思う。
「もーちょっとだと思うんだけどなー。早く何とかしなくちゃいけないのに……」
 リナのぼやきに、ガウリイは動きを止めて首を傾げる。
「急いでるのか?」
「だって、ガウリイこの剣じゃ魔族が襲ってきた時戦えないでしょ」
「あーそうだな」
「んー……」
 つまりリナは、魔族と戦う必要性が出た時ガウリイに戦闘手段を与えるため、魔法の研究をしているらしい。
 ガウリイは、サイラーグで魔族を斬ることのできる光の剣を失ってしまったのだ。やたらと魔族に襲われるリナとしては、その魔法がないと安心して旅ができないのだろう。
(それでもこいつ、オレと別れようとはしなかったよなー)
 もともと、光の剣が目当てだと放言していたのにも関わらずだ。
 ガウリイは、いささかくすぐったい気持ちになってリナをながめる。
 つまり、今リナがしている努力は、彼と旅をし続けるための努力ということだ。
魔皇霊斬[アストラル・ヴァイン]。……うーん?」
 意味の分からない魔法の言葉が、あたたかく聞こえた。
 その言葉は要するに、彼と一緒にいたいという言葉に他ならない。
魔皇霊斬[アストラル・ヴァイン]っ! ……これも違うかー」
 ガウリイは少し笑って、自分の荷物を足の上に乗せた。
 負荷をかけて腹筋を続ける。
 これからもリナと旅をするために、彼もまた努力をするのだ。

END.

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