安らぎへの道

 おひさまはぽかぽか。
 小鳥がぴーちく。
 街道に張り出してきた木々の枝は、昼過ぎの強い光を透かして美しく輝く。
 小動物の動くかすかな草ずれの音だけが響くような、穏やかな午後だった。
 あたしは呟いた。

「――眠い」

 となりをぼてぼてと歩く長身の男は、返事もしない。
「寝たい……」
「言うなよ……」
 疲れ果てた声が、その一言だけ返してきた。
 彼、あたしの旅の連れであるガウリイは目の下にクマを浮かせている。街道を歩いていく足取りも心なしか力ない。
 もちろん、あたしだって同じ状態であろう。いや、体力馬鹿のガウリイですらそうなのだから可憐かつ華奢なあたしはもっとひどいに違いない。現に、一緒に歩いてるはずのガウリイと時々距離が空いてしまう。足が重くて仕方ない。腰から下がだるくてずきずきする。
 ……と、誤解しないでもらいたい。別に、人様に言えないよーな理由で寝不足になっているわけではないのだ。
「許せないわ、あのトロルの奴ら……」
「お前、それさっきから何度目だよ」
「何度言っても言い足りないのよ……っ」
「余計な体力使わずに、黙ってりゃいいのに」
「しゃべってないと寝ちゃいそうなのよっ。もー歩きながら寝れそうなんだから。あんた、あたしがここで倒れたら運んでってくれるの? あ、それいいかも」
「冗談じゃない、やってられるか」
 いつになくガウリイの口調がぶっきらぼうである。かなりキているらしい。
 あたしだってじゅーぶんイラついている。はたから見れば今にもケンカを始めそうに不機嫌な言い合いになっていることだろう。
 が、自他共に認める気の短いこのあたしなのに、実は全然腹が立たない。別にそれは心を広く持とうとしているせいではない。
 すでに自分が何を言ってるのかも、ガウリイが何と返事しているかも、まともに理解できていないのである。
 それもそのはず、あたしたちはこれで2日ろくに寝ていないのだ。
「あいつらときたら、しつこくしつこく、それも夜ばっかり狙って襲撃してきて、一体あたしたちに何の恨みがあるのよっ。大体ね、この森にあんだけトロルがいるって、何で誰も教えてくれなかったのよっ」
 最後に泊まった宿の主人が一応忠告してくれたのだが、ガウリイは突っ込まない。
 あたしとしては、いくらトロルが大量発生したと言ってもここまでとは聞いてない、と言いたいのである。そーと知ってれば遠回りでも別の道を選んだのに……。
「倒しても倒してもキリがないわ、妙に頑丈だわ、馬鹿に力が強くって危なくてしょーがないわ……」
 そもそもトロルとはそーいう生きもんであるのだが、んな理屈はどーでもいい。
「あたしたちにこの森のトロルを絶滅させろってゆーのか。んんーそれも手ね。いっそのこと森ごと消しちゃうかー」
 ガウリイは止めない。
 いや……いくらあたしでもそこまで短気じゃないけど……。
 しっかし、今晩も出るのかなーあいつら。明日には森を抜けるはずだけど、あたしは限界だ。剣を握るのもうっとおしい。もう歩くのも嫌だ。足をあげるのも嫌だ。
「あああああああっ! もう我慢できないっ!」
 あたしは立ち止まった。
「寝るわよっ! あたしは寝るからね、ガウリイっ!」
 ガウリイは無視してすたすたと歩いていく。
 たっぷり10歩は歩いてから、彼はふと立ち止まった。ゆっくりとあたしを振り向く。
「何よっ! 何を言われよーとあたしは寝るからねっ!」
「寝る……?」
「そーよっ!」
「……寝るって、なんだっけ……?」
 ずがしゃぁぁぁぁっ。
 あたしは思わずそこらの木にスライディングする。
 あ……これはもお立ち上がれない。
「さよなら。おやすみ。睡眠の意味を思い出したら帰ってきてちょーだい」
「……あ。そーか。寝るんだな」
 何でもない道の途中で、あたしは寝っ転がりマントにくるまる。
 くぅぅ……この草の枕が気持ちいいー。小石がじゃりじゃりするのもほどよく刺激的。ごつごつした木の根がまた、よい足置きではないか。
 圧力に逆らわず、目を閉じる。
 じんわりとした疲れが体から地面に染み込んでいくような感じがする。後がどーなっても知るもんか。
「こら、リナ」
 案外近くからガウリイの声がした。戻ってきたらしい。
「んなとこで寝ると、後で体が痛くなるぞ」
 何やら多少まともめいたことを言っている。おそるべし、保護者根性。
 しゃべるスピードはかなり遅いけど。
「予定だって狂うだろーが。リナ? ……もー寝ちまったのか?」
 どさり、とあたしのとなりに彼が座る気配。
 一応、まだ意識はある。腐ってもこのリナ=インバース、今までだてに死地をくぐりぬけてきたわけではない。もしガウリイが聞くに値する理屈を言って先に進むようなら、死ぬ気で起き上がってついていくくらいの根性は出す。
 まぁ、魔族の気配を感じるとでも言われない限り断固寝るつもりだが。
「おーい。ここで寝ると、明日も野宿になるぞー? 聞こえてるかー?」
 無視。
 寝たふりである。こういった演技は世間の荒波を生き抜くためにバッチリ身につけている。……あんまりエバることでもないが。
「参ったな……。まぁ、オレでも辛いんだから仕方ないが……んー、少しだけ寝かしてやるかぁ? けど、それってオレが起きてなきゃならんってことだよなぁ」
 あらまぁ。
 予定を狂わせないように起こしてくれるつもりらしい。よっ、さすが保護者! 子供って得ねー。
 先ほどのあたしよろしく、ガウリイは独り言を続ける。口を開いてないと睡魔が襲ってくるに違いない。
「にしてもこの姿勢じゃかなり辛いよな。よっと……」
 ふわり、と体が浮いた。動揺した気配を出さずに寝たふりを続けたあたしは、なかなか優秀な役者だったと思う。半分は身動きする体力もなかったせいだけど。
 地面よりは少し柔らかい場所に下ろされる。あ、膝枕してくれるのね。サービスいい。
 んーあったかい。
 おひさまはぽかぽか。
 小鳥はぴーちく。
 額に降ってくる木漏れ日。
 首の下には、安心できる相手。
「無邪気な寝顔してくれちゃって。ったく……とことん損な役回りだなぁ、オレ。ま、今さらいいけどな」
 ほぅ、とため息。
 でもそれは呆れでもなく疲れでもなく、もっとずっと優しいものを含んでいた。
 そっとあたしの額にふれた指も。
 ゆっくりと頬をなぞる仕草も。
 降りかかる木漏れ日とよく似ている。
 そして、静かな呟き。
「リナ……」
 はぁい。

「――愛してるぞ」

 ぱちり。
「へ?」

「ぉあっ!?」

 目を開けると、ぎょっとした顔のガウリイがいた。
 真ん丸になった青い目をもろに下からのぞきこんでしまった。
「ね、ね、ね……」
 寝てたんじゃなかったのか、と言いたいらしい。
 いーえまだ起きてた。
「えと……今、なんて……?」
「い、いや、その、お、おま……っ」
 まばたきをひとつ。
「今……」
 身じろぎをひとつ。
 ごそり、と頭の後ろで地面よりずっと柔らかいものを感じた。
 その感触に頭が火花を吹いた。
 状況をれーせーに整理すると。
 あたしはガウリイに膝枕をされながら、彼が独り言のつもりで呟いた、愛してる……などとゆー言葉を……うっかりと、聞いてしまったらしい。
 ……。
「うきゃわわわわわわわっ!」
 飛び起きるあたし。
 真っ青なガウリイ。
「あ、あああああんた今……っ」
「何でもないっ! 何でもないんだ、ただの寝言だっ! ほらオレ眠かったからさーはははははっ!」
「あははははは……ってんなこと信じられるか爆裂陣ーっ!」
「気にするなってぇぇぇぇぇぇーっ!」
 ガウリイは小鳥になった。



 おひさまはぽかぽか。
 聞こえるのは、鳥の鳴き声と小動物の動くかすかな音ばかり。
 あたしは街道のはしっこに立ちつくし。
 しばしののち、ぽりぽりと頭なぞかいてみた。
「えーっとね、実はあたしも好きなんだけどーって、もう聞こえてないか。てへっ」
 お空に向かって照れ笑いなんかしてみて。
 木漏れ日の下で腕を組んで考えてみた。
 はてさて……。
「……とりあえず、寝よ」
 もう1度マントにくるまって、木の下にごろりと横になった。
 何しろ眠かったのである。



END.

 いやぁ……眠かったんですよ。
 今すぐ寝られたらなぁ、でもってちょうどいい時に誰か起こしてくれたらなぁ、と仕事の休憩時間にもうろうとしながら考えていてできたお話です。
 思いついたまま書いた、とも言います。それを表すような、くそいーかげんな題名(爆)。
 現在もまだ眠いので、ちゃんとした文章になってるか不安です。←おい

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