Take me 

 光の剣に換わる剣を探して西東。
 その途中、いろいろと行き詰まっちゃった感じで告白なんぞという乙女ちっくな儀式を行ってしまったあたしを、ガウリイは驚きつつも受け入れてくれた。
 なんというか、こう。
 だ、抱きしめてくれちゃったりとか。キス……してくれたり、もした。
 『好きみたいだ』という曖昧な言い方ではあったものの、一応言葉にして言ってもくれたし。
 雰囲気で、流れで、お互い合意が生まれたような感じになった、と思うのだが……。
 それ以来ガウリイの態度にこれといって変わりはない。
 あれはなんだったのか? と聞きたい。
 こいびと同士になったと思ったんだけど、違ったのか? と聞きたい。
 がしかし、それを聞くには告白する以上の根性が必要だった。あの時は、かなり勢いもあったし、開き直ってもいたんだけれども、今はそういうものが一切ない。元通りなごやかになってしまって、逆に言いづらいのである。
 それにしてもなー。このままっていうのもなー。
 あたしは、宿を探して歩きながらとなりの男をちらりと見上げる。
「ん?」
 ぽややん、とした顔で見返されて、ため息のひとつもつきたくなる。
「……なんでもない……」
「そーか?」
 キスしてくれないの?
 ――とか聞けるかああああっ!
 あああもう。ああもう。ああもう。
 あたしは1人髪をぐしゃぐしゃとかきまぜて、頭を振った。
 最近そこそこ平和に過ごしているとはいえ、いつもながらいろいろと厄介ごとの影もちらちらしているし、こんなことに頭を悩ませている場合ではないのである。
 鼻息荒く前に向き直ったあたしを、ガウリイが不審そうに見ていた。

 普段通りの賑やかな食事を終えて、それぞれの部屋に戻る。
 この後はなんとなく一緒に過ごすことも多いのだが、今日はどうしようか。
 考えるともなく考えながら、荷物の整理をしていたら、扉がノックされた。
「オレ」
「どうぞ、開いてるわよ」
 不用心ではあるが、最近こういうことが多いため、お風呂に行く前までは開けっ放しにしていることが多いのだ。
 ガウリイは遠慮なく入ってきて、ベッドに座ったあたしの足下にどさりと腰を下ろした。ガウリイも自分の荷物を持ってきている。
「やっぱりリナもやってたか」
「うん」
 よくあることなので、あっさりした会話だけをして、お互いの荷物整理に取りかかる。
 まあ、毎日の整理なので、そう大したことをするわけではない。最低限、古くなった携帯食がないかチェックして、不要品を捨てる程度だ。
 気分が乗れば、ロープが腐食してないかとか、野営用の金物類が錆びてないかとか、確認したり掃除したりすることもある。
「あーあのな、リナ」
 声をかけられてガウリイの方を見ると、彼は何かごそごそと荷物から取り出していた。
「これ……」
 ガウリイがベッドの上のあたしに差し出したのは、なんだろう、金色に光るものだった。
 あたしは前かがみになって、ガウリイの肩越しにそれを見る。
「なにこれ。なんかの金具?」
「ああ。イヤリングの金具」
「なるほど」
 それは、飾りを留める台座部分の金具らしかった。
 少し丸みを帯びた変わった形をしていて、耳にフィットしそうなデザインだ。
「時々痛そうにしてたから、変えたらどうかと思ってな」
「え……くれるの?」
「ああ」
「うおおおおっ! ガウリイがあたしにものをくれるとわっっ!」
「あのなあ……驚きすぎだろ」
 ガウリイはイヤな顔をした。
「あんたにもそんな甲斐性あったのねー。……んっ」
 自分のイヤリングを外して金具部分に手をかけるが、素手で外せるものでもなさそうだ。
「やってやるよ」
 ガウリイは荷物から小さな持ち運び用の工具を取り出すと、器用にイヤリングを解体してくれた。
 あたしの5割増太い指で、よくこんな繊細な作業ができると思う。やっぱり剣を扱うのには繊細な動きが必要なのだろうか。
「ね、それなんか呪いのアイテムで、あたしで人体実験しようとしてるとか、ないわよね?」
「……リナじゃあるまいし……」
「そいじゃあ、使わせておいて後で代金請求するとか?」
「それもお前さんのやりそうなことだなあ。……ん、できた」
 飄々と言いながら、ガウリイはあっと言う間に金具の付け換えを終えてしまった。
 片方付けてみると、不思議にぴたりとはまる。耳に当たる部分が吸いつくような形にできていて、かかる重さが分散する分痛みが減るようになっているのだ。
「へーいいじゃない! ガウリイにしては上出来だわ。どーしたの、これ?」
「露天で見つけたんだ」
 説明になってるんだかなってないんだか分からない。
「露天ねえ。そういえば今日、1人で買い物に行ってたみたいだけど、その時?」
「ああ。別にこれを探しに行ったわけじゃないんだが、なんかないかな、と思って」
「なんか……って?」
「んー……」
 ガウリイはあたしを屈みこませ、反対の耳にイヤリングをつける。
「なんかさ、リナが喜ぶようなもん」
「あたしが喜ぶようなもん……?」
「ああ」
 少し照れたような顔をするガウリイ。
「あたしが喜ぶもん買ってどーする気だったの? 何かまずいことでもしたの?」
「え?」
「実はご飯食べ過ぎて、もう明日からの路銀がありませんとか?」
「いやあるけど」
「じゃあ、部屋で素振りしてたら備品壊しちゃって、追い出されそうとか?」
「壊したらリナが気付くだろ。そういうんじゃなくて……普通、喜ぶものをプレゼントしたかったんだ、って言ったらもうちょっと別の反応じゃないのか……?」
 喜ぶものをプレゼント、ねえ。
 まあ嬉しいと言えるけれども……。
「リナが最近またちょっと変なんだよな、って宿のおじさんに相談したら、何か喜ぶものをプレゼントしろって言われてさ」
 うわああ。
「相談すんなっ!」
「だって、他に相談する人もいなかったし……」
「だからって赤の他人に言うことないでしょーがっ! 明日から近所の奥様方の格好の話題になっちゃうわよっ!」
「ふーん。それで、あんまり効果はなかったのか?」
「いや……まあ、ありがとう」
 あたしはくぐもった声で、一応お礼を言った。
 実用品しか考えつかなかった辺りが、ガウリイらしいが。
 ガウリイなりに、あたしのこと見てくれているし、何かしてあげたいと思ってくれている、ってことなのだろう。
 あたしはため息をついて、いたたまれない思いをごまかすように足をぶらぶらさせる。
「別に……あんたと喧嘩したりしてたつもりじゃないのよ?」
「えええオレたち喧嘩してたのか!?」
「いやだからしてないって。宿のおじさんは、喧嘩してると思ってそういう機嫌取りのアドバイスをしたんでしょ」
「そうなんだー」
 感心したように呟くガウリイ。行動にでる前に、考えてみた方がよかったんじゃないだろうか。
「じゃあ、お前さんなんで様子がおかしかったんだ?」
「おかし……かったかな?」
「たまに、もの言いたげな顔でじーっとこっち見てるし。何にもない時に服つかんできたりとか。ちょっとびっくりするんだぞ、あれ」
 えーとそれは。
 たぶんキスしてほしかったり、抱きしめてほしかったりするタイミングなんじゃないかなーと思うんだけれども、そういう風に取られてましたか。
 宿の親父さんに相談しちゃうくらい心配されてましたか。
 あたしは頭を抱えたくなった。
「……聞きたいんだけど、それをあなたは恋愛関係にある男女のコミュニケーションとして捉えるつもりはないのかしら?」
 単調に言うと、ガウリイは驚いたのか目を見開いた。
「そーゆー考え方もあるのかっ? だがしかしリナがっ? オレの服をこう……う」
 ガウリイは自分の膝の上に倒れた。
 髪に隠れた耳が、少しだけ赤いような気がする。
「すまん……オレが悪かった」
 どーやら、分かってもらえたようである。
 あたしも恥ずかしくて倒れそうだけども。
「えと……なんていうか……オレ、またなんか分かってなかったか……?」
 うん。分かってなかった。
「まあそーだけど、気にしてくれたからマシだと思うことにする……」
「そっか……すまん」
 いいです別に。
 ガウリイは、ぽりぽりと赤くなった頬をかいた。
「あのな、なんか言いたいこととかあったら、言ってくれていいんだからな?」
 ほほう。言ってもいい、と?
 あたしはちょっぴしうつむいたまま、上目遣いにガウリイをのぞき見る。
 照れながらも、ガウリイはまっすぐにあたしを見ていた。その視線に見つめられると、逃げたくなってしまう。
 しかし、ここで逃げては女がすたるわけで。
 こんな風に言えるムードになることは、また今度いつあるか分からない。
 思い切って、言ってやる。
「えと……じゃあ……さわっても、いい?」
 ガウリイはきょとん、とした。
「いいぞ?」
 よし、言ったな。さわるぞ。
 あたしはごそごそとベッドを降りてガウリイのとなりに座り込む。手を伸ばすのには、素手で火から下ろしたばかりの鍋をさわるくらいの勇気が必要だった。
 ぴとっ。
 ガウリイの厚い胸に指先を当てる。
 なんだか、ガウリイも少しだけ鼓動が早いような? 気のせいかな?
 ガウリイは、ちょっと照れたように呟いた。
「なんだよー」
 さわるならいっそきっちりさわっちまえとでも思ったのか、ガウリイはあたしの手首をつかんで手のひらをぺたりと胸に当てさせた。
「うみゅう……」
 あたしは感心しながら手のひらをゆっくりと胸の筋肉に這わせる。
 ガウリイの胸は固くて、筋に沿ってたどっていくと、筋肉の形がはっきり分かる。人間の筋肉はこういう風につながってるんだなあと純粋な知識欲を覚えてしまう。
 でも、そうやって手を這わせていると、服の下に隠されたガウリイの体のことが少し分かって、恥ずかしくもなる。
 あんなに遠かったのに、今は服1枚隔てただけのところにいる。
 思わず、にへら、と笑ったあたしを、ガウリイがちょっと小突く。恥ずかしいらしい。
「なんなんだ」
「ん、まあ。なんていうか、満足……かなあ」
「満足なのか?」
「……さわりたかったし」
 言ってやった。
 照れてしまえ。
「じゃあさわればよかっただろ」
 案に相違して、ガウリイはあっさりと言った。
「へっ?」
「いや、だって、かまわんだろ? さわりたいなら、勝手にさわればよかったのに」
「勝手になんかさわれるかっ!」
 怒鳴ったのに、ガウリイは本気で悩み顔。
「だめなのか? お前さん、平気で殴ったり首絞めたりするじゃないか。何が違うんだ?」
「違うだろーがそれはっ!」
「さわってるのは同じだと思うがなあ……」
 うーむ、とうなったガウリイが、不意にあたしの肩に手を回して、抱き寄せる。
 あたしは横倒しのような形になり、ぺたぺたとさわっていた大きな胸に包まれる。熱いものがうわぁーっとこみ上げてきた。
 不思議に満たされる気持ち。
 こういうのを一言で表すとしたならば。
 しあわせ、とゆーのかもしれない。
「こーゆーので、喜ぶんだな、お前さん」
「……う。なによ」
「いや、なんか嬉しそうだから」
 自分も嬉しそうにガウリイは言う。
「余裕の発言じゃない」
 悔しまぎれにあたしは皮肉を言う。
「あんたは、このあたしを抱きしめられて嬉しいと思わないわけ?」
「そーだなあ。柔らかくて気持ちいいし、お前さんが嬉しそうだと嬉しいぞ?」
 のほほんとしすぎだろうあんたわ。
「――すけべなことしたいとか、思わないわけ?」
 思わず、ずばっと切り込んでしまう。
 後から思えば、これはずいぶんと危険なかけひきだったなあと思うのだが。この時は、ガウリイの余裕を崩したくてそればっかりになっていたのだ。さすがに動揺させられるだろうと思って、勢いだけで言った。
 ガウリイは、あたしを抱きしめたまましばらく首を傾げて考えていたが、ややあってこくりとうなずいた。
「そーだな。していいんならしたいな」
 なんだ、その『夕飯の後に夜食も食べていいなら食べたい』みたいな、情熱のない返事は……。
 あたしは脱力した。
「……あ、そお。そんな感じなのね」
 ガウリイは苦笑してあたしの頭をなでる。
「リナは、してみたいのか?」
「へ……? そんなんじゃないわよっ!」
 いや、青き春のオロカな好奇心みたいな言い方しないでほしいんですけど……。
 あたしはいろんな意味の恥ずかしさでうつむいたが、ガウリイは子供をあやすように背中を叩いてくるのだった。
「いつかしよーな」
「こ……子供扱いするなあああっ!」
 あたしは、真下にあるガウリイのお腹に向かって肘をたたきこむ。
「ぐほっ!」
 さすがにたまらず丸くなるガウリイ。あたしがちょうどお腹の辺りにいるので、抱え込むような形になる。
 あたしはもがいてそこから抜け出した。
「い、いつかしよーなってあんた、幼なじみに結婚の約束ねだられた甘酸っぱい思い出みたいな言い方しないでくれる……っ! あたし別に、そーゆーことしたいって意味で言ったんじゃなくて、ただあんたが、あんたがあんまし余裕だから腹立って……っ!」
 うあ、悔しくて体震えてきた。
「な、殴り倒してやりたいけど、そんな勝ち方じゃますます調子づかせてしまう気がするわね……っ!」
「……いやお前、もう殴っただろ……?」
「それはノリよノリっ! これは、どうやったらあたしの溜飲が下がるかっていう問題よっ!」
「……そういう問題だったのか……?」
 冷静にツッコミを入れるガウリイ。
 なんでそんなにとぼけてるんだこいつは……?

NEXT

HOME BACK

▲ page top