Take me 

 あたしは決然とガウリイをにらみつけた。
「……見てなさいよ」
「何を?」
 ぐいっと襟を引き寄せて、ぽかんとしてるあほ面にキスをお見舞いしてやる。
 唇を押しつけて……それからどうするんだっけ?
 なんか、こう、舐めたりとかしてた気がする。
 ぺろり、と唇を舐めあげてやると、硬直してたガウリイが我に返ったように息をした。
 あたしの首筋に腕が回されて、そのままそっと押さえられる。
 覆い被さるようにゆっくり後ろへ倒されて、背筋がガウリイの膝の上で反った。
「ぅん……っ」
 舌が入ってきた。
 う、何、ガウリイったらキス上手いし。
 あたしのたどたどしく力任せなキスとは大違いで、ガウリイのキスは溶けるように甘い。
 たとえて言うなら、眠りの呪文をかけられた時のように、どこかへ意識が堕ちていってしまいそうなキス。それもけして怖さはなくて、柔らかいお布団に包まれながら眠りに誘われるような、心地よいキスなのだ。
 こないだも一応キスはしていたのだけれども、その時はこういういわゆる大人のキスではなかった。
「ん……ふぁっ」
 唇を吸いながら離されて、変な声が出た。
 恥ずかしくて暴れても良さそうなものだったが、今のキスがあまりに気持ちよくて、夢見心地で、文句も出てこない。
 あたしはぽーっとガウリイを見上げた。
「……気持ちよかったか?」
 『風呂でよくあったまってきたか?』くらいののどかさで、ガウリイは言う。
 これであのキスができるとは、反則も甚だしいと思う。
「……あたしよりは、キス、上手よね」
 比較になるレベルではなかったが、とりあえず悔しいのでそう言っておく。
 ガウリイはにこりと笑った。
「好きなんだ。キスすんの」
「好きなの? 初耳だけど」
「そうだったかー? じゃあこれからは時々しよーな」
 からかうでもなく、すけべな感じもなく、ごく日常的な習慣の1つを追加しようという口調である。
「……あんたさー」
 あたしは頭をがしがしかいた。
「この際はっきり聞くけど、あんたはあたしのこと好きなわけ?」
「え?」
 少し真剣な顔になって、ガウリイはあたしを見つめる。
「そうじゃなかったら、こんなことしないだろ?」
「だって、実際しなかったんじゃない! あたしからするまで!」
 言ってしまうと、むらむらと腹が立ってきた。
「抱きしめてくれたのも、あたしがさわっていい? とかゆったからだし。この間の時だって、あたしが、抱きしめてほしいとかキスしてほしいとか思ってる、って言ったからそーしてくれたのであって、結局あんたからは1回も、1歩も、1言も、もらってないっ!」
 ガウリイはかなりビビったようで、ちょっとのけぞった。
「――お、おう」
 あたしは荒い息をついてガウリイを見つめる。
 言い逃れはさせない。今日こそ、あんたの本心を見せてもらう。
「え、と。リナはいろいろよく覚えてるなあ」
「ほめられても嬉しくない」
「んーと、つまりリナはオレにどうしてほしいんだ?」
「だからそれを聞くなぁっ!」
 拳を握って全開ツッコミ。
「あたしが言ってるのは、あたしがしてほしいって言わなかったらあんたは何もしないのか、ってことよ」
「何もって……リナに言われなくてもメシは食うが」
「そーゆーボケいらないから」
 もしかして、わざとやってるのか?
 もう、崩してやらなきゃ気が済まない。あたしだけ、さわりたいのキスしたいのとじたばたしてるなんて許せない。
「さわって」
 ガウリイの手をつかんで、ぐっと手前に引き寄せる。
 この際、む、胸でも肩でも腰でも、好きなとこにさわったらいいのよ。それでちょっとでもあんたの感情が動くなら。
「あー……あのな、リナ」
 ガウリイは困り果てた顔で、あたしがつかんだのと反対の手を額に当てた。
「なによ」
「こう見えて、オレは男なんだ」
「知ってるわよ」
「すけべなことしちまうぞ」
 だーかーらー。
 誘ってんじゃないのよこのあたしが。思いっきりっ!
「しなさいよっ!」
 あたしは手を放して怒鳴った。
 ガウリイはそれでも怯えたように手を出さない。
「……いいんだな?」
 それでもその気がまったくないってわけではなさそうだったので、あたしは深呼吸して言った。
「ひとつだけ条件があるわ」
「条件?」
 そう、と重々しくうなずく。
「あなたの気持ちを、ちゃんと言葉で聞かせて。好きでも愛してるでもなんでもいいわ。あなたの言葉で言ってちょうだい」
 このくらいは、当然してもらわないと困る。
 さあどうだ。
 あたしはガウリイをにらみつける。
 だが、ガウリイはますます優しい顔で笑うのだった。
「どーした」
 どーした、ってそれが今のあたしの挑発に対する返事か?
「なにがよ」
「お前さんらしくもない。不安なのか?」
 あたしは虚を突かれて、一瞬言葉が出なかった。
 あたしらしく、なかった?
 そうかもしれない。あたしは相手がどう思ってるとかあんまり気にせず突っ走ることが多いから。
 でも、別にまったく気にならないってわけじゃない。
 特に、こんなことに関しては、さすがのリナ=インバースだって怖じ気づくこともあるのよ。
「……しょーがないじゃない。恋愛なんてもんには、初心者なんだから」
「そっか」
 ガウリイが、ぽんぽんとあたしの頭をなでた。
「悪かった」
「……いーけど」
 謝るとかじゃなくて、具体的な言葉が聞きたいんだけど。
 あたしがそう言い募る必要はなかった。
 ガウリイは真面目な顔になると、あたしの顔をじっと見て呟いた。
「あのな、リナ」
「うん」
 さー言ってみなさいよ。
 ちゃんとした言葉でよ。
 ごまかしたら許さないから。
 おののく唇をごまかしながらにらみつけたガウリイは、しっかりとあたしの目を見返してくれた。
 その目があまりに真剣だったから、少し戸惑って身じろぎする。
「オレ、壊れちまいそうなくらい、お前さんに惚れてるよ」
「……え」
 ……ちょっと。
 いきなりそこまで言えとか……言ってませんけど。
「……そーゆーのって、言わなくても伝わってるかと思ってたんだが。不安にさせて、悪かったな」
 赤くなって照れたように頭をかくガウリイ。
 あんたの態度で伝わるかっ!
 でも、その顔がかわいくて、今のセリフが倒れちゃいそうなほど嬉しくて、もう何も言うことなんかない。
 あたしはぐっと顎を引き、ガウリイに向かって腕を伸ばす。
「……なんでもしていーわよ」
 ガウリイは笑った。
 なんでもしていい、とまで言ったのに、ガウリイがしたことは腕を伸ばしてあたしを引き寄せ、頬ずりすることだった。
 ざり、とひげ剃り跡が頬に当たった。
「うにゅう」
 父ちゃんに抱きしめられた時みたい。
 いやでも、あん時はこんな風に、どきどきして口から鼓動の音が飛び出しちゃいそうになったりはしてなかったか。
 ガウリイがあたしのほっぺをつんとつつく。
「……トマトに似てるな」
 くそう。
「うっさい」
 かぷっ、とほっぺに食いつかれた。
「あむっ」
 どきどきしすぎて、お腹が痛くなりそうだ……。
 そんなあたしを見て、ガウリイは、くくく、とか言って笑っている。
 もう、余裕が全然違う。
 いや、ヤツも赤くなっているから照れているのかもしんないが、落ち着きが段違いだ。あたしは、今なら盗賊が1ダース宿に侵入してきても気がつかないかもしんない。そのくらい舞い上がってしまっている。
 これは年の差なのか。経験の差なのか。
 ……惚れた弱み、というヤツなのか。
 悔しいからあたしからもなんかしてやろうと思ったのだが、正直どうしていいか分からない。
 普通にキスしようと思うだけでも息が止まりそうだ。だって、キスするには上を向かなきゃなんないし。そうすると顔が見えるし。目が合うと、恥ずかしくてもうだめ。
「リナ、キスしよう」
「……言わなくていーから、んっ」
 答えるか答えないかの間に、顎を上げさせられて唇が重なった。
 今度のキスは、またさっきのとはちょっと違って、やってることは大して違わないんだけれども、もっと濃厚で激しいキスだった。
 唇も舌も、唾液さえもむさぼりつくそうとするような、深いキスと抱擁。
 けれど、ガウリイの抱きしめ方はどうしてもどこかが包み込むように優しくて、その腕の中にいると怖くなるような性急なキスにも安心して身を任せていられる。
「ん……リナ……」
 少しだけ唇を離して名前を囁かれると、キスよりもずっと気持ちよかった。
「ガウリ……」
 囁き返してやると、ガウリイは溶けそうな顔で笑って、また口付けてきた。
 怖くなどない。
 むしろ、ずっとあたしの気持ちに応えてくれるばっかりだったガウリイが自分から求めてきてくれるのが嬉しくて、体の奥が震えてきそうだった。
「……もっと」
 唇が離れた隙にちっちゃな声で言うと、顔がくしゃっとなるくらい笑ったガウリイは、ゆっくりとあたしを床に横たえた。肩の後ろを腕で支えてもらいながら仰向けになったあたしは、緊張こそしていたがけして恐れてはいなかった。
 あたしの上に覆い被さって、金色の髪が作る壁の中で笑っているガウリイは、あたしの知らない男で、同時にあたしの大好きな男だった。
 もっと求めてほしい。
 もっと。
「リナ……」
「うん」
 あたしは、了承の意味を込めてうなずく。
 ガウリイは、そうっとあたしの額に唇を落とす。
「……続きはまた今度な」
 ……。
 ……。
 ……へ?
「……あの。よく、意味が分からなかったんだけど?」
「リナが誘ってるみたいなこと言うから、うっかり押し倒しちまったけど。よく考えたらまだ早いし。今日はここまでな」
 あたしが、ガウリイのみぞおちに思いっきし蹴りを叩き込んだことを、誰も責められないと思う。
「ごふぅぅぅぅぅ!!」
 口を押さえて床に転がるガウリイ。
 あたしはその場にすっくと立ち上がると、あらん限りの声で叫んだ。
「あんたはああああっ! どこまであたしを子供扱いしたら気が済むのっ! 出てけっ! ていうかあたしが出てくっ!!」
 足音も荒く、壊れてしまえというくらい乱暴に扉を開けて、あたしは自分の部屋にガウリイを残して出ていった。

 だから、その後のことは知らないんだけれども。
 ガウリイが、どっこいしょとか言いながら起きあがって、その場にあぐらをかき、呟いた言葉の内容を知っていたらまた気持ちは違ったと思う。
「……大事にしたいんだよ」
 大きなため息をついて、屈伸運動してるんじゃないかってくらいうなだれたその姿を、残念ながらあたしが見ることはなかった。

End.

 自分で読んでても、このオチはひどいな(爆)。

 でも別にギャグオチにするつもりだったわけじゃなく、これは裏用のつもりで書いてたんですよ。だからムダに描写がエロい。
 ところが、うちのガウリイさんが「リナにはまだ早い。オレは絶対やらない」と断固承知してくれなかったのです。
 私とリナさんの努力を、ぜひ涙ながらにご覧いただきたい。

 リナさんがかわいすぎるという噂もありますが、私はリナさんってデレると思う!!
 でも、デレてる自覚はないのです。翌朝は平然としてます。後日、万が一ガウリイさんから攻められたら、逃げます(死)。
 まあ、うちのガウリイさんが攻めたりするはずないけど。(それもどうかと)

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