自称保護者 ガウリナで10のお題: 01

 『好きよ』と告白してみた。
 『オレも好きだぞ』とわりとあっさり返された。
 何やら接吻のようなことをしてきたので、とりあえず殴らないで受け入れておいた。
 あまり色気のあるもんでもなかったが、あたしとガウリイならそんなものだろう。むしろ、そこでいきなし態度変わられても困るし、まったく文句はない。
 何にしろ、これであたしたちは世間様一般に言うところの『こいびとどうし』ってものになったのだと思う。
 そう思って、いたのだが。

「おうおうおう。おれっちはそこの嬢ちゃんと話をしてるんでい。お前さんは口挟んでくるんじゃねえよ」
 あたしとかけあいやってた暑苦しい野盗が、割り込んできたガウリイに文句を言う。
 ガウリイは獲物を肩に担ぎ、気負わずに口を開く。
「オレはこいつの保護者だからな。こいつと戦り合いたいんなら、まずオレと戦ってもらおうか」
 なんぞと相変わらず保護者を名乗るガウリイ。
 うーみゅ。ここで『保護者』と来るのか。
 あたしは少々リアクションに困って、ぽりぽりと鼻の頭をかいた。
 別に『こいびとだ』と名乗ってほしいわけでもないし、そう名乗られても戸惑ってしまうのだが、関係が変わったばかりのこの時期にあえて『保護者』を名乗らなくてもよさそうなものだ。
 他にあるだろう、『旅の連れ』とか『仲間』とか『付き人』とか『飼い犬』とか。……いや、後ろ2つは実際名乗られても困るが。
 ちなみに、いつもなら高みの見物と決め込んでいるガウリイがしゃしゃり出てきたのは、他でもない。あたしが少々戦いづらい時期だからである。察して。
「はぁ? 保護者だとう?」
 ヒゲ面の野盗もあたし同様激しい違和感を覚えたらしく、素っ頓狂な声を上げた。
 ガウリイは、いつも通りのんびりとうなずく。
「おう」
「この嬢ちゃん、保護者が必要な年じゃねーだろう」
「まあ、そうだが」
「だいたい、お前さんと5つ6つしか違わねえじゃねーか。もしかしてお前さん、見た目より年なのか?」
「あー」
 ガウリイは、なぜか真面目に考え出す。
 くるりとあたしを振り向き、真剣な顔で聞いてきた。
「リナ、実際オレいくつなんだろうな?」
「あたしに聞くなっ!!」
 あたしは力いっぱい叫んだ。
「あんたの年なんか、あたしだって知んないわよ。てゆーかあたしが聞きたい」
 考えてみれば、ガウリイが一体いくつなのか、あたしはまったく知らない。
 長い付き合いなのに年齢なぞという基本情報を知らないのもおかしな話だが、深い理由はない。聞く機会を逸したからというのが9割、そもそも覚えてなさそうだからあえて聞かなかったというのが1割だ。
 そのうち何かの機会に聞いてみようとは思っていたのだが、やっぱし覚えてなかったか……。
「まあ、年がいくつだって関係ないさ」
 ちゃきっと剣を構えるガウリイ。
「オレが勝手に保護者やってるだけだからなっ!」
 むう……。
 いつもなら、『あたしの楽しみを取るなー!』とか叫んで呪文唱えてるとこなんだけど、気が乗らない。
 あたしはため息をついて、すべて保護者氏にお任せすることにした。
 一体、どーゆーつもりなんだろうかガウリイは……。

 何のドラマも盛り上がりもなく野盗をしばき倒して、再び何の変哲もない街道をぽくぽく歩くことしばし。
 あたしたちは、見晴らしのよいちょっとした丘で、お弁当を広げてお昼の休憩を取ることにした。
 眼下には、これから向かう予定の町が見える。
 これと言って特徴のない、小規模な町である。唯一、高地栽培しているレタスがなかなかおいしいと聞くが、正直あまり心引かれるものでもない。
 気が抜けるくらい平和な、日常の1コマである。
「ゼフィーリアまで、あとどのくらいなんだ?」
 お弁当のポテトサラダを口に放り込みながら、ガウリイが聞いてくる。
「あんたその質問何度目よ。順調に進めば1ヶ月くらいだって言ってるでしょ」
「だがなあ、ここ半月くらい同じこと言ってる気がするんだが」
 イヤなところだけよく覚えている。
 確かに旅路は順調とは言えず、途中で事件に巻き込まれて足止めを食い、おいしいものがあると聞いたら寄り道して、盗賊のアジトがあると聞けば1泊、なんてことをしているうちに当初の旅程を大幅に書き換えざるをえなくなってはいる。
 きっかけの9割があたしだというのは、不幸な偶然に過ぎない。そんなことはある意味予定のうちとも言えるし。
「いいじゃない、別に目的があるわけじゃないんだし。どっちにしろ、ブドウの季節なんかとっくに終わってるわよ」
「ブドウ? ああ、そういえばゼフィーリアってブドウがうまいんだっけ」
「ブドウ食べに行くって言ったのはあんたでしょーがっ!」
 ガウリイは目をぱちくりとしばたたいて、ぽんと手を打った。
「そーだった」
「忘れてんなっ!」
「いやー別に、思いついたまま言っただけだし……」
 オイ。
「……じゃあ、ガウリイくんには他にゼフィーリアへ行きたい本当の理由がある、と?」
 ひきつりながら、かねてからの疑問を口に出してみるが、ガウリイは相変わらずのほほんとした顔で答えた。
「だから、ゼフィーリアにはお前さんの実家があるんだろ? そこへ行くのが目的だが」
「あたしの実家って……」
 曲がりなりにも告白をしあっている仲の男女が、そろって実家に行く意味というのを、こいつは本当にわかっているのだろうか。
 前はブドウを食べたいのどーのという話でごまかされてしまったが、今度こそ真意が聞けるかもしれない。
 心もち顔が熱くなってくるのを無視し、あたしは極力冷静に聞いた。
「何しに行くのよ、あたしの実家に」
「実家に行ったら、ふつうあいさつするだろ?」
「あ……あいさつ……って」
「年頃の娘さんを預かってるんだからなー。そろそろ親御さんにあいさつくらいしとかんと」
「保護者としてのあいさつかいっ!」
 ぷしゅううっと期待がしぼんでいく。
 幼稚園の先生じゃないんだから……。
 こいつに甲斐性などというものを期待しても、期待するだけバカバカしいのかもしれない。
 あたしは、腹立ちまぎれにガウリイのお弁当からソーセージを1つ奪い取った。
「ああっ! オレのソーセージ!」
「ガウリイの方が1本多かった」
「え、そうだったか?」
「うん」
 ウソだけど。
 ソーセージをむしゃむしゃと食べて、ついでにガウリイの嫌いなピーマンももらっておいて、あたしはお弁当の包み紙を片付ける。
「……じゃ、まあ、あんたはうちの家族に保護者ですって自己紹介するつもりなわけね」
「ああ。なんか問題あるか?」
「別に……」
「機嫌悪いなーリナ」
「そう?」
 ガウリイがくしゃくしゃっとあたしの頭をなでる。
 自分もお弁当の片付けをしてから、ガウリイは立ち上がってあたしに手を伸ばす。
「……何?」
 どうやらあたしが立ち上がるのに手を貸してくれるつもりらしいが、あたしは手など貸してもらわなくても1人で立てる。お姫様でもなければ深窓のお嬢様でもないのだ。
「具合悪いんだろ? 今日あたり1番重い日だった気がするんだが」
「無神経なこと言うなああっ!」
 あたしは、差し出された手を思いっきし引っ張って、ガウリイを手前へ引き倒す。
「でもって機嫌が悪いのはそのせいじゃないっ!」
「あれ、違ったか」
 ガウリイは、地面に片手を付いたまま、もう片方の手で頭をかく。
 本来ならあたしの力などではびくともしないはずなのに、おとなしく倒されてくれたガウリイは、心底、子供相手のお遊び気分なのだろう。
 期待して、期待を裏切られて怒って、その怒りを勘違いされてまた怒って、あたしばっかり空回りしている。
 1人で勘違いしてるみたいで、まったく腹立たしい。
「じゃあ、なんで怒ってるんだ?」
「乙女にはそんな日もあるのよ」
「それってやっぱりあの日じゃないか……」
「余計なことだけツッコまなくていいから」
 あたしがにらむと、ガウリイはあきれたようなため息を付いて、またあたしの頭に手を伸ばした。
 しかし、今度は髪をかき混ぜるわけではなく、そっとなでなでして来たりする。なんだこれは、さらに低年齢扱いか?
「何で怒ってるのかわからんが……。ま、とにかく行こうぜ」
 で、立ち上がりしなに、額に唇を付けられた。
 ……?
 しばし理解できずに固まっていたあたしは、何をされたのか認識すると同時に、飛び上がるようにその場で立ち上がっていた。
「な……! あんた、何……!? え……!?」
「え……!? な、なんか間違ってたか!?」
 ガウリイの方も焦り出す。
「オレなんか変なことしたか!?」
「だって……え……!?」
「こういうもんだったと思うんだが……」
 『こういうもんだった』……?
 何が……?
 思い返してみれば。
 頭をくしゃくしゃやったり、髪をなでたり、ノリで手を引っ張ったらそのまま倒されてくれたり、額にちうをしたり、と……やっていることを列記してみればまるで『こいびとどうし』の行動である。
 う……ああああああ。
 あたしは頭を抱えてその場にうずくまりたくなった。
 勘違いしてたのはあたしの方か!?
 ガウリイなりに、変化してるつもりだったのか!?
 わかりにくいっ! わかりにくすぎるっ!
 毎回毎回、ものごとを曖昧にするガウリイが悪いっ! そう決まった! あたしが決めた!
「その……すまん。なんか、驚かせたみたいだな」
「いや……その……いいんだけど」
「いきなり変わるのもどうかと思うんだが、何も変わらないのもそれはそれでどうかと思うし……」
「うん……いや、これでいーです……」
 実際、ほとんど変わってないし。
 そうか、今までのあたしたちの行動は、そもそもカップルのみなさまに近いものがあったのか。
 世の中って奥が深い……。
 認識ひとつ違うだけで、大違いである。
 あたしがわかってるつもりでわかってないことも、あるのかもしれないなあ……。
 うつむいて歩き出しながら、あたしはほんのちょっぴしガウリイの方へ寄ってみたりする。文字通り、わずかな歩み寄りである。
「……じゃあさ、あんたの言う保護者って、どーゆー意味なわけ」
「保護者って言ったら……保護するものだろ?」
「そーだけど……」
 そういう広い視点での定義を聞いてる訳じゃなくて、もっと狭義で聞いてるんだけどな。
 ん? いや、それとも『保護するもの』がガウリイにとっての保護者の定義なのか?
「つまり、ガウリイはあたしを保護するものであると」
「おう」
「保護って……」
「守るってことだろ?」
 全身が火照った気がした。
「……要するにそれって、あたしを守る、と宣言してるわけなのね」
「おう」
 ……もう少し歩み寄ってみてもいいかもしれない、という気になった。

END

 ひねらない。ひねらないぞ。

HOME BACK

▲ page top