共に行く理由 ガウリナで10のお題: 02

 この辺りはネギがおいしいらしいと聞いていたが、正直期待はしていなかった。むしろ地味な名物だなあと思っていたのだが、いい意味で意表を突かれた。
「おいしいっ!」
 一切れ口に入れたとたん、違いがわかった。
 甘いのである。
 高級料理店ならいざ知らず、あたしたちがふだん入るような大衆食堂でこうも甘いネギに出会えるとは思わなかった。まるで果物である。
 しかも、ネギそのものだけではない。ネギから染み出した旨味が効いているのだろう、ダシの味が違う。
「リナっ! うまいぞ、これ! ネギに見えるがネギじゃないのか!?」
「どーやって育てんのか知らないけど、上質なネギはこーゆー甘味と旨味が出るもんなのよ」
「へー。そーゆもんなのか」
「それにしてもおいしいわねーこれ」
 ネギが違う、それだけで、食の進むこと進むこと。
 食材のさばき方や調理法そのものは特筆するほどのものではないのだが、いやはや1つの食材だけで変わるものである。
 目的地のゼフィーリアは大陸の北端にあるため、進むほどに温度が下がり、肥沃な土地からは遠ざかっていく。しかし、寒冷地の田舎にも、それはそれで食べるべきものがある。ゼフィーリアに入る頃になるとブドウ料理の季節は終わっているだろうが、ワインがあるし。先行きは明るい。
「ゼフィーリアには、なんかうまいもんがあるのか?」
 似たようなことを考えていたらしく、ホワイトソースで煮込まれたネギを口に運びながら、ガウリイが言う。
「やっぱし、ワインが有名よね。あとは、お芋かな」
「芋? 芋かあ……」
「地味だけど、お芋が違うと料理の味が違うわよ。このネギ料理みたいにね」
「そっか」
「あと、ゼフィーリアの中でも、北方は漁が盛んなの。カニがおいしいわね」
「カニ!」
 ガウリイは目を輝かせた。
 先日、ゼフィーリアに行く目的は保護者としてあたしの実家にあいさつをすることであると、一応の再確認をした。しかし、普段の何気ない言動を見る限り、やっぱし1番の目当ては食べ物なのでは、という気がしてならない。
 確かに、ゼフィーリアの食べ物はおいしい。これからの季節ひたすら寒いことを差し引いても、1度食べに行く価値はあると思う。現在はこれといって目的もないぶらり旅だし、食い道楽を極めるのもよいのだが……。
「まあ、ゼフィーリアに着いたらいろいろ案内するわ。で、それ以外にしたいことはないわけ?」
「リナの実家にあいさつするぞ」
「それは聞いたけど。んなの一瞬で終わるじゃない」
 ガウリイは付け合わせのパスタを口に入れて、少し笑った。
「オレのことは気にしなくていいから、お前さんはしばらく実家でゆっくりしてこいよ。オレ、適当にどっかで仕事してるからさ」
「は? あたしの里帰りがメインイベントなの?」
「まーな。けっこう長いこと帰ってないだろ?」
「そーだけど」
 いっぱしに気を遣ってるんだろうか。保護者として。
「じゃ、それは勝手にやらせてもらうとして。うちにあいさつして、名物料理のおいしいとこを何ヶ所か回って、他になんかある?」
「んー、まあ、あいさつして回るとか?」
「それもう聞いた」
「いや、お前さんの家族だけじゃなくて、知り合いとかにもさ」
「知り合い!? なんでよ!? てゆーか、何てあいさつするのよ!?」
「リナの保護者……」
 頭痛い。
「あのねー。あたしの家族に対して『娘さんを預かってます』ってあいさつするのはまだしも、ご近所さんにまで保護者としてあいさつする意味がどこにあるのよ。結婚でもすんならともかく」
「うん、だから、あいさつ」
「……どの辺が『だから』になるわけ?」
「結婚するなら、あいさつ必要だろ?」
 ぶひゅうっ!
 あたしは、思わず口に入れたシチューを吹き出してしまった。
「うわっ!」
「……誰と?」
「いや、そりゃ……」
「誰が?」
「だから……」
 あたしは、抑揚のない口調で聞いた。
「なに、それってまさか、あたしに返事を求めてんの?」
「まあな」
 余裕で微笑んだりしているガウリイくん。
 『まあな』じゃないって。
「――んないい加減なプロポーズ、認めないわよ」
 ムードもなければ、はっきりした言葉もない。ご飯話からさらっと流れたかのごとき、プロポーズ。
 乙女として、許し難いものがある。
 いや、ムードはまあいいとして、いくらなんでも遠まわしすぎる。
 一体なんと返事すればいいのだ。
 『そうね、結婚するなら必要ね』? それじゃ、 返事まで遠まわしだ。
 『それって、結婚するって意味』? そう聞いたら、ガウリイくん、うなずいて終わりだろう。それじゃ、あたしからプロポーズするみたいじゃないか。
 ガウリイはぽりぽりと鼻の頭をかくと、ごくあっさり言った。
「そーか」
「そーよっ!」
「じゃあ、また今度な」
「……ま、また今度なんだ」
 また今度。また今度、かー……。
 微妙に乙女ちっくな気分になるあたしにかまわず、ガウリイは笑顔に戻って、ネギの炒め物にフォークを刺した。
「リナの実家の辺りは、カニ食えるのか?」
 うあ。さらっと話戻した。
「あー……うちの辺りでも食べられるけど、それほど新鮮じゃないわよ」
「するとやっぱり、ブドウがうまいのか?」
「そうね、うちの辺りはブドウね。といってもまあ、ゼフィーリアの首都だから、城下の辺りにはよりぬきのお店が集まってるわよ」
「へえ!」
「お値段の方も張るけどね」
「そっか。じゃあ、仕事しないとなー」
「うん」
 ……やっぱし、食べ物が目当てなんじゃないだろーか。
 まあ、いいけど。
 あたしは、ガウリイに案内する店をあれこれと思い浮かべながら、頭の中でお勘定の方を計算した。全部回ろうと思うと、お財布にはけっこう痛いことになる。
 さて、この辺には実入りのよさそうな盗賊団があっただろうか。
 そんなことを思って、甘く煮込まれたネギをもう一切れ口に運ぶ。
「ほんとうまいなー、これ」
 ガウリイが何にも考えてなさそうな顔で笑う。
 ほんとに何にも考えてないのかもしれない。
 ……でも、意外と考えてるのかもしれない。
「んー、もう1皿ほしいかな」
「じゃあ、あたしももう1皿いくわ」
 あたしは手を上げ、厨房に向かって声を張り上げる。
「おっちゃーん、こっちネギの煮込み2皿追加ー!」
 厨房から顔出した髭まじりのおっちゃんが、申し訳なさそうに頭をかく。
「あーすまんねえ、ネギの煮込みは切らしちまってねえ」
「なんですってえ!?」
 ネギの煮込み完売御礼という大事件に、あたしの頭の中は一気にネギ一色で染められた。
 ガウリイも、ショックを受けた顔で、テーブルに残ったネギの網焼きを確保にかかっていた。
「ちょっとガウリイ、お皿抱え込まないでよ!」
「うっ、バレたか……!」
「おっちゃん、煮込みは終了って、ネギそのものが切れたわけじゃないわよね!?」
「炒め物もうまかったぞ!」
「よーし、そんじゃあ炒め物を1皿とねえ……」

END

2番のお題は、「ゼフィーリアに行く理由」なのか、「一緒に旅する理由」なのか、はたまたどっかのダンジョンか何かに一緒に行く理由なのか、自由に受け取っていただければと思います。

HOME BACK

▲ page top