殴るわよ ガウリナで10のお題: 03

 長いこと共に旅をしていたガウリイから、先日、ぷろぽおずと言える言葉をもらった。
 まあ、あたしの実家に行こうと言い出した当初からそれらしきことをぽつぽつ言っていたので、あたしとしてはそれなりに覚悟してたと言うか、漠然といずれそういうことになるのかなと思っていたのだが。
 あまりにも日常的な会話の途中で、あまりにもさらっと言われたので、つい『そんなプロポーズは認めん』なぞと意地を張ってしまった。
 それ以来、ガウリイはガウリイなりに、スフレのような脳みそで色々考えたらしい。

 たとえば、こんなことがあった。
 あたしが、実家の母ちゃんのことを話していた時である。
「お母さんって呼んでもいいか?」
 と、突然言われた。
 この男は他人に対する呼称の選び方もわからんのかと思い、
「なんで、あたしの母ちゃんをあんたがお母さんて呼ぶのよ。○○さんとか、おばさんとかって呼ぶのが普通でしょ。100歩譲って、リナのお母さん、なんじゃないの?」
 と答えた。
 ガウリイは苦笑した。
「いや……まあ、それはわかってるけど」
「は?」
「わかった上で、な」
 どうやらプロポーズのつもりだったらしい、と気が付いたのはその時である。
「……と、遠回しすぎるのよ……っ」
 そこで言い直してもらえば、別にあたしとしても文句はなかったのだが、ガウリイはあっさり引いた。
「そっか、じゃあまたな」
 ……そこで引かれてしまうと、もうどうにも。

 たとえば、こんなこともあった。
 とんでもなく生意気な金持ちのガキを護衛する仕事を終えて、宿屋で1杯やっていた時である。
「オレの子供も、真っ当な子にはならないんだろうなあ……」
 なぞとガウリイがこぼした。
 ガウリイは、頭の中身が育ってないことを除けばおおむね真っ当な人間であると言えるので、あたしは首をひねった。
「は? なんで?」
「リナに育てられた子供が、真っ当になるとは思えん」
 あたしは、持っていたグラスの底で、ガウリイの顔面を殴った。
 おや? 今おかしなことを当たり前のように言われなかったか?
 と気付いたのは、殴った後である。
 つまりガウリイは、自分の子供をあたしが産んで育てるというすっ飛んだことを、あたしの了解も取らずに淡々と言ったのである。
 もしかしたら、プロポーズだったのかもしれない。
 うーみゅ。
 しかし、もう殴ってしまった。まあ、殴られて当然のこと言ったのはガウリイだけど。
 今さら返事するのも何だし。どうせ、またそのうち言ってくるだろうから、いいか。
 あたしは、そのまま流した。
 ……てゆーか、茶化さなきゃ言えんのか、おまいは。

 さらに、こんなこともあった。
 となり町まで行くという老夫婦に頼まれて、ちょっとした荷運びの仕事をした後である。
「じいちゃんばあちゃんになっても、ああやって一緒に旅してそうだな、オレたち」
「え……」
 さすがに、今度はわかった。
 比較的まともなプロポーズだと言える。
「そ……」
 そうね、としおらしく答えようとしたあたしよりも先に、ガウリイがしみじみと言った。
「リナは、すげえ因業ばあちゃんになってるんだろーなー」
 殴った。もちろん。

 ある日、とある町を通りがかった時、結婚式をやっているところに行き会った。
 参列者の祝福を浴びながら、ここぞとばかりにいちゃつくカップルを横目でながめて、あたしは腕を組んだ。
 ちらりとガウリイを見上げる。
「式はしてもいいと思ってるけど、人前でいちゃついたりすんのだけは絶対にごめんだわ」
 そっちへ話を持っていくためのお膳立てである。
 さあプロポーズしろってなもんである。
 あたしとしても、結論のわかってる話をいつまでも保留にしておくのはいやなのだ。一言、ガウリイが言ってくれればそれで済む話なのだから、早くすっきりさせてしまいたい。
「え?」
 ガウリイは少し驚いた顔をしたが、にこっと笑ってうなずいた。
「おう、わかった」
 だから!
「わかったじゃなくて、今のタイミングで言いなさいよ今のタイミングで! せっかく言いやすいムードにしてあげたのに!」
「……ムードって……今のセリフのどこにムードが……」
「わざわざ話振ってあげたんでしょ!?」
「話振ったっていうか……今のはまんまプロポーズだろ?」
「は!? わかったって言っただけじゃないの。今ののどこがプロポーズよ!?」
「いや、リナからプロポーズされたのかと」
「な……っ!」
 そう言われてみれば、こっちからプロポーズしたようにも聞こえるセリフだったかもしれない。
 ガウリイが今までしたつもりだったらしいプロポーズと同程度にはプロポーズだった。
「だああああっ! ンなつもりで言ったんじゃないいいいっ!」
「……違うのか……」
「なんであたしがンなことを……!」
「いやなのか?」
「いやとかいやじゃないとか、そーゆー問題じゃないっ!」
 これでも、乙女としてそれなりに夢があるのである。
 あたしは、はふ、とため息をついて肩を落とした。
「……別に、普通に言ってくれれば、それでいーのに……」
「普通って……?」
 本気で首をひねるな。
「だからー……『結婚しよう』とか『結婚してくれ』とか、そーゆー……素直にうなずける言い方をしてくれればいーのよ……」
「ふーん……」
 ガウリイは、少し考えるように頬をかいた。
 なんで、プロポーズのセリフまであたしが指導してやんなきゃなんないんだか……。
 でもまあ、さすがにここまではっきり言えば、ガウリイの脳みそでも理解できただろう。
 あたしは、心もち緊張しながら、通りの向こうに目を泳がせる。
 結婚式の輪では、花嫁がブーケを投げたりしている。あれを受け取れば次の花嫁になるなんぞと言われているらしく、故郷では血で血を洗う争いが起きたりする。
 ここでうっかりあたしがキャッチしてしまったりするとドラマチックなのだろうが、かなり距離があるのでそういうことは起こりそうにない。
 拍手と歓声が、風に流れていく。
 あーゆーことをあたしもすんのかな、などと乙女ちっくな感傷にひたる。
 まあ、その時は当然この男がとなりに……。
 若干どきどきしながらとなりの男を見上げると、優しい微笑みが降ってきた。
「でっかいケーキがあるな。なんか、ケーキ食べたくなってきたな、リナ!」
 さっきの話の続きはどーしたんだ、さっきの話の続きは。
「……いい加減、殴るわよ」
「え!? 何でだ!?」

 てゆーか。まだきちんとプロポーズを受けてすらいないはずなのに、いずれ結婚するという暗黙の了解で色々話が進んでいないだろうか。
 子供がどうとか、結婚しても一緒に旅するだとか、結婚式はやろうとか。
 それに気付いたのは、明日ゼフィーリアとの国境を越えるという日の晩である。
 ガウリイにそう言うと、今ごろ何言ってるんだという顔で苦笑された。
「するだろ? 結婚」
 何か、ちゃんとしたことを言れわないままに外堀埋められた気がしてならない。
 しかし、まがりなりにもストレートな聞き方をしてくれたのは、これが初めてだった。次にすんなりうなずける言い方をしてくれるのは、いつになるかわからない。
 あたしは渋々うなずいた。
「まーね」
 ガウリイは小さく笑顔を浮かべ、あたしの頭を無造作にかき混ぜた。

END.

私がストレートに予想する15巻後は、こういう展開なのですが……。
15巻ラストのような、あいまいなプロポーズをぽつぽつと繰り返すガウリイさん。なんだかんだ言ってゼフィーリア到着までには了解を取り付ける。
策士ってわけじゃなく、どうせ了承するだろうって自信がある感じなんですけど、そこがうまく書けないんだなあ!

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