「あのなぁっ! いくらなんでもいい加減にしろっ! 死ぬだろっ!?」
「な……なによ、元はといえばあんたが悪いんじゃないっ!」
「ああそーかよ。もう勝手にしろよ。オレは知らんっ!」
「こっちのセリフよっ!」
というわけで、あたしとガウリイは今喧嘩の真っ最中である。
あたしの旅の連れであるガウリイ=ガブリエフは、顔と剣の腕は良いのであるが頭の方がゼリー並に弱い。そして非常におせっかいな男で、たかだか6つだか7つだか年上だからと言って、自ら保護者を名乗ってきた。
子供扱いにもたいがい慣れていたのだが、さすがに今日のはないと思う。言うに事欠いて、「リナみたいに乱暴で胸がちっちゃいと、将来嫁のもらい手がないんだろうなあ」だと。この美少女天才魔道士のリナちゃんをつかまえて、いくらなんでもふざけている。
あたしが思わずそこらにあったモップをひっつかんで、金具のところを力いっぱい振りおろしたのも当然の行動だと思う。
なのに、ガウリイときたら冒頭の態度なわけである。
ま、別にいつも一緒にいなきゃいけないってわけじゃないし。
たまにはおひとり様を満喫するのもいいだろうし。
どうということはない。
その時あたしたちがいたのは、ライゼール帝国の西方へと伸びる街道沿いの街だった。
旅の人間が必ず立ち寄るような特色や観光地があるわけでもない。ぶらぶら旅してる途中にたまたま立ち寄っただけの街で、『今日はここを見に行く』というような予定も立てていなかった。そもそもあたしたちは今、光の剣の代わりになるような剣を探して、あてもなく街道をぶらついているだけの日々である。
つまり、落ち合うあてはないということなんだけれども。
まぁ、のんびり魔道書を読んですごすのもいいし。
ガウリイと一緒じゃ入れないような、高級レストランに入ってみるのもいい。2人でご飯食べると、うるさくなるし。
昼間からお風呂っていうのも乙なものである。
この際、ガウリイが折れて探しにくるかどっちかが騒ぎを起こすまで、のんびりしてればいーわ。
……そう思ってたんだけど。
「うーん、そういう男の人は来てないねぇ」
なんとあたしときたら、丸1日ガウリイを探して歩き回ってる始末なのである……。
「そう、ありがとおばちゃん」
まるっと太った宿のおばちゃんに手を振って、あたしは入ってきたばかりの扉をまたくぐる。
外に出ると、空の水色を夕焼けの帯がゆらゆらと覆って、赤紫色に染めて行こうとしていた。
もうじき日が暮れてしまう。
今入ったのが、この街で最後の宿だった。本当はこうしてさまよってる場合ではなく、そろそろ宿を決めなきゃいけない時間なのだ。
そう思いながらも、宿を出たあたしは次に行く場所のあても決められずなんとなく大通りを歩いていく。
いや、さ。
……何度も、ほっとこう、と思ったんだけど。
もしかしたら。
もしかしたらこの瞬間にも町を出て行ってるかもしれないと思うと、こう、じっとしていられなかったのである。
まったく、このリナ=インバースが情けない。
でも、となりにガウリイがいない。それは、否応もなく少し前の事件を思い出させる。
ほんの少し前、とある事情からガウリイは高位魔族の筆頭である冥王フィブリゾに拉致された。奪還することができたのは、まったくの偶然によるものである。
いや、とある事情などと言っても、実はまるっきりあたしのとばっちりなのだ。
あたしの最強にして禁断の奥義、
ひとつ間違えば世界すら滅ぼしてしまうこの呪文をあたしに使わせるため、フィブリゾはガウリイを人質に取った。ガウリイの喉元に死を突きつけ、あたしに「あの呪文を使え」と迫った。
(そしてあたしは――)
胸の奥に走る鈍痛に、あたしは目を伏せる。
(あたしはたった1人の男のために――)
ガウリイを取り戻してから、まだいくらも時間は経っていない。思い出してしまう、どうしても。
いや、違う、と思う。
この間とは違う。
彼はきっとこの街のどこかにいる。それは分かっているのだけれど。
となりにガウリイがいない。
食事が静かで。
ごろつきを吹っ飛ばして気分転換しようとしても、背中の守りがなくて。
なんだか右側がすうすうするのだ。
(……すうすうするんだよ、ガウリイ)
「つーかそんなとこで何してんのよあんたはっ!」
見なれた長身を見つけたのは、大通り沿いの小さな道場だった。
「あ、リナ」
などと言って手を振るガウリイは、人けのなくなった道場で素振りなんぞしていた。やけに楽しそうでもう、こちらの気がふにゃふにゃに抜けるくらいだ。
……あたしの今日1日って一体……?
「いや、暇だったからちょっと場所貸してもらってたら、なんかノってきちゃって」
「へーえ。暇でしたか」
怒気をはらんで言ったあたしに、ガウリイは心底不思議そうな顔で首をかしげる。
「なんだよ……まだ怒ってるのか?」
頭の血管が切れる音を聞いた気がした。
「怒ってたのはっ! あんたのっ! ほーでしょーがっ!!」
あたしはガウリイに駆け寄ってヘッドロックをかまし、そのまま首を絞めあげる。
「ぐ、ぐえっ! そ、そうだったっけ?」
そうだったっけ、だと?
「あああもうっ! 忘れてんじゃないわよっ!」
「ぐおお……っ! く、苦しいリナっ!」
「やかましいっ! あんたあたしがどんだけ探したと思ってんのよっ! まったくこんのトリ頭が……っ!」
「た、たんま……っ! し、死ぬ……っ!」
あたしが手を離すと、ガウリイはその場にくずおれてせきこんだ。
「ご……ごほごほごほっ。……ったく、加減とゆーものを知らんのか……」
ちょっぴし涙目で恨みがましく喉をさすりながら、ガウリイはあたしを見上げる。
「要するに、ずっとオレを探してたわけだな……?」
顔がかっと熱くなる。
「い、いや、だってっ。それはそーでしょ、待ち合わせもしてなかったんだしっ!」
「そう……だったっけ? なんとなくそのうち会えるんじゃないかと思ってたけどオレ……」
まあ実のところ、喧嘩やらなんやらでガウリイとはぐれてしまったことは何度かあったのだ。しかし別にお互いあわてたりせず、そのまま宿を取ってのんびりしていた。
どーせ、あたしもガウリイも目立つし。同じ町にいればなんとなくで会える可能性は高い。
それでも今日じっとしていられなかったあたしは、かなり平静じゃなくなっていると思う。それは自分でもよく分かっている。
「……あんたは、探してなかったのね」
それがちょっぴり寂しい、なんてこと、まるで焦ってない顔でのほほんと笑うあんたには絶対言わないけど。
「ま、なんとかなるだろーし」
ガウリイは、素振りしていた剣を腰に穿いた鞘に戻す。
その剣は、ただの長剣だ。彼が持っていた伝説の光の剣も、フィブリゾとのごたごたで失われてしまった。
あたしが引き金になって起こったさまざまなことに、胸が痛む。
彼は残ったけれども。彼だけは、たまたま残ったけれども。
「じゃ、どっか宿でも探すか、リナ?」
道場の囲いを軽々飛び越えて、ガウリイはあたしのところへやってくる。
見慣れた大股の歩幅。
ぽん、とあたしの頭に乗せる大きな手のひら。
そんなものが、自分でも馬鹿みたいだと思うくらいあたしの胸をぎゅっと締め付ける。
当たり前のように帰ってきてくれた、とほっとする気持ちと。
探してたのはあたしだけだった、と悲しくなる気持ちと。
あの事件以来、自覚せざるをえなかった『こいつが好きなんだ』という気持ち。
ガウリイがあたしのとなりに来ただけで、すうすうしてた右側がすんなり埋まったような気がした。
「……ガウリイ」
あたしの髪をくしゃりとやって離れようとした手のひらを、思わずきゅっとつかむ。
「もう、あたしを置いてどっか行かないでよ」
「え」
ガウリイは困ったような顔をした。
「いや、でも、この場合お前さんが……」
「いいから。あんたあたしの保護者なんでしょ」
ぽり、と頬をかいたガウリイは、あたしのわがままを受け入れるように鷹揚にうなずく。
「……おう。すまん」
馬鹿。なに謝ってんの。わがまま言ってるのはあたしなのに。
あたしはちょっと苦く笑う。
保護者宣言を盾にとったって、あたしを子供扱いするこの男を振り向かせられるわけがない。そんなことは承知の上なんだけど。
それでもあたしの右側にはあんたがいないと、何か足りないって思ってしまうから。
保護者でいいから、そこに立っててよ。
「もーちょっと手のかからない子供になってくれると、嬉しいんだがなあ」
そう言って保護者ぶったしたり顔でうんうんとうなずくガウリイ。
いつかこいつが、あたしも女だって、気づいてくれる日は来るのかしら。
あたしにはもう、あんたしかいないって分かってしまったのにね。
あ、『すうすうする』ってアニメ版の方で言ってたセリフだっけ……?
まぁいいや、フリーダムフリーダム(念仏)。