心を読む……本当なのか!?
あたしは口の中で呪文を唱えながら、アズレイヤと名乗ったばあちゃんから距離を取る。
ばあちゃんの体で、人間の形をしていたのは顔だけらしい。
黒いフードからあふれ出てくる髪の毛が絡まりあって手足のようなものを形作り、ゆさゆさ揺れながらこちらへ移動してくる。
はっきし言って、とことん気持ち悪い。
「ば、化け物だあああっ!」
辺りの人々が悲鳴を上げた。
ここは町のど真ん中だ。普通の人たちもいる。この人たちを傷つけるわけにはいかない。
一目散に逃げていく人の流れを目の端で確認しながら、あたしは唱えた呪文を放とうと唇を開く。
「
「!?」
本当に、口に出す前に分かった!?
それとも、混沌の言葉を聞き取ったのか!?
どっちにしろ、迷ってる暇はないっ!
「
狙いは……後方、寺院の前庭あたりっ!
拡散するから大丈夫だと思うけど、誰か当たったらごめんっ!
「ブレイク!」
あたしの合図に応えて、
バァァァァァン!
派手な音と光が炸裂した。
「きゃー! わー! きゃー!」
辺りの悲鳴が一層大きくなった気がするけど、当たったわけじゃなさそうだから気にしない。
あたしは次の呪文を唱えながら、くるっと後ろを向いて寺院の方へ走り出す。
「リナ!?」
それとタイミングを合わせるように、ガウリイが寺院の大扉から走り出てきた。
すでに抜き身の剣を下げている。
もちろん、呼んだのである。
「そういうことか!」
アズレイヤが髪の毛を振るうと、拳大の光球が10数個、あたしめがけて飛んできた。横に飛んでなんなくよけるあたし。
来るとは思っていたっ!
「ほっほっほっほ」
アズレイヤは、休みなく妨害の光球を放ちながら笑う。
「剣士よ、知りたくはないかの? お前の相棒が、お前を救うために何をしたのかを」
何を言い出すっ!
「やめてっ! 言わないでっ!」
あたしは悲鳴を上げる。
アズレイヤは嬉しそうに声のトーンを上げた。
「そこの娘はな、あの時……」
「言うなって言ってんでしょーがあああああっ!」
どがめきばきっ!
「ぐおおおおおおっ!?」
アズレイヤは、駆け寄ったあたしの剣でぶったたかれて、苦悶の声を上げた。
「な……なぜ、魔族のワシが普通の剣でっ!?」
「渾身の憎しみを込めれば、精神体であるあんたたちにはそれがダメージとして伝わる……。昔、故郷の姉ちゃんにそう教えられたわ」
「リナ……そこまで?」
なんかややこしいことを呟いているガウリイは無視。
「く……っ。ならば」
アズレイヤは髪の束で伸び上がるようにして宙に浮き、その両手、というか両手に当たる髪の毛を左右に広げた。
「来たれ、我が同胞たちよ!」
「グォォォォォォ!!」
おそらくアズレイヤが呼んだのであろう、レッサーデーモンの咆哮が聞こえた。
「ガウリイ、援護お願いっ!」
「援護と言っても……」
ガウリイが焦ったように言うのが聞こえた。
「オレ、剣が……っ」
うっ! そーだったっ!
ついいつものノリで戦おうとしてしまったが、ガウリイは光の剣を失くしたのである。レッサーデーモンクラスならまだしも、今の彼が純魔族に対してできることはないと言ってもいい。
あたしは絶え間なく放たれる光球を避けて走りながら、ちらりとガウリイの位置を確認する。遥か遠くというわけではないが、けして近い距離でもない。
よそ見した隙に脇から襲ってくる爪を、あわてて避ける。
唱えていた呪文が途切れてしまった。
「リナっ!」
思った以上に、妨害が激しい!
(やすやすと合流させるほど甘くはない……ということか)
先ほどアズレイヤは、剣士ならばともかく魔道士には負けん、と言った。
つまり、剣士には負けると自分で言ってるのである。
ガウリイの参戦は、ありがたくないというわけだ。
これでは、とても大技を使っている余裕はない。
ガウリイもこちらに来ようとはしているのだが、向こうは向こうでダース単位のレッサーデーモンに囲まれている。いかに彼の腕を持ってしても、獲物が魔力をもたない普通の剣では、竜並に堅い防御を持つレッサーデーモンの囲みを突破するのは一仕事だろう。
ええいっ!
短い呪文を詠唱し、腰のショートソードを抜き放つ。
「くくくく。悪あがきじゃのう」
アズレイヤは、馬鹿にしたように笑う。
あたしは少々眉をひそめた。
あながち悪あがきというわけでもないと思うが……。
あたしの狙いを読んだ上で言っているのか……?
「
ショートソードが魔力の光で赤く輝いた。
赤眼の魔王の力を借りて、武器に一時的に魔力を付与する魔法である。
この魔法をかけた剣ならば、魔族にも十分通じるはず。
「ガウリイ!」
あたしは大声を上げると、赤く光るショートソードを槍投げの要領で思いっきり投げた。
「すまんっ!」
ショートソードはガウリイの足下にさくっと突き刺さる。
当たる直前ですっと右足を踏み出して避けたガウリイは、その動きを利用して地面に突き刺さったショートソードを抜き、そのまま目の前のレッサーデーモンに向かって振り切る!
「ガアアアアッ!?」
胸元と、それを庇った腕を一気に切り裂かれたレッサーデーモンは、よろけるようにして仰向けに倒れた。
よし、まずは1匹っ!
「なんと、そういう使い方をするとはの」
アズレイヤは感心したように呟く。
「だが、長くは保たんじゃろ」
うーん。それはその通りなのである。
さらに言えば、超一流の剣士であるガウリイでも、人の剣、それも女のあたしが使っている刀身の短い剣では力が出し切れないだろう。
なんとか合流して連携を取りたいところであるが……。
まずは様子見っ!
ガウリイの戦いぶりに気を取られるアズレイヤに、一発お見舞いしようと小声で呪文を唱える。
だが、アズレイヤはあたしが呪文を解き放つ前にこちらの動きに気付き、すっと髪の毛で壁を作った。
ちちいっ!
そんなにうまく当たると期待していたわけではないのだが、それにしても対応があまりに早い。
もしや本当に、あたしの動きが読めている?
「
精神に直接攻撃をする魔力の槍である。
髪の毛の壁が蠢き、何かしらの暗い波動を発して魔力の槍を迎え討った。それで槍は、ぱきん、と折れて……それきりだった。
何をしたっ!?
「くくくく……無駄じゃよ、魔道士ではワシには勝てん」
だが、あたしは槍の行く末をのんびり見守っていたわけではない。
ばあちゃんが無駄口を叩いている間にも、次の呪文は唱え終わっている。
「
アズレイヤの周りを黒い闇が包み込み、その存在を塵に返す……
はずだったのだが、やはり呪文が発動する前に盾の形が変わり、今度は明るい光を放ってあたしの呪文の闇を消してしまった。
これは……呪文の特性に合わせて魔力の障壁を変化させ、打ち消しているのか?
「グオオオオオオッ!」
呪文を解き放ったタイミングに合わせて、レッサーデーモン数匹が一斉に炎の矢を放ってくる。
これは、前に向かって走ることでかわした。
「なかなか当たらんのう。だが、よけているだけでは勝てんぞ?」
元より承知っ!
けど、ばあちゃんの能力が分かるまでは下手な攻撃はかけられない。
ちょっぴし試してみたいことがあるのだが、この状況ではとても長い呪文は唱えられない。
ガウリイが気を逸らしてくれるととても助かるのだが……。
ガウリイの方を見ると、そちらはそちらで苦労していた。
彼の周りに集った十数匹のレッサーデーモンが、その爪を、牙を使って、波状攻撃をしかける。
彼を取り囲んだレッサーデーモンたちが、一斉に炎の矢を放つ。単純だが、避ける場所はない!
普通に考えて当たるしかないだろうと思えたその攻撃を、ガウリイはすぐさま一方に駆け抜けて避けきる。
なんと!
包囲網が狭まればガウリイの長身が通る隙間などなくなるが、呪文が放たれた直後のまだ間隔が広いうちであれば、すり抜ける余裕もあるというわけである。
見てれば何をしているのかは分かるが、あたしにはとても真似できない。
目の前に来たレッサーデーモンに刃を振るうが、これは牽制だ。臆して1歩引いた隙に態勢を立て直し、再び最初の状態に戻る。
苦戦している、というわけではない。
ガウリイは余裕を持って避けているし、合間合間に斬撃を浴びせている。
これが光の剣だったら、あるいは敵がごく普通の防御力しか持たない相手だったら、勝負は一瞬で決していただろう。
だが、一太刀ごとに魔力の光が弱まっていくショートソードでは、レッサーデーモンの分厚い皮膚をやすやすと貫くというわけにはいかない。
援護は期待できないか……。
そう思って、とりあえずの小技を唱えだした時、ガウリイがちらりとこちらを見た。
(大技をやりたいんだな?)
そう聞かれた気がした。
以前にもこんなことがあった。あたしの助けてほしい時を、まるでテレパシーのように感じ取ってくれた。
だから、あたしはあの時と同じようにうなずいて、長い呪文を唱え出す。
これで通じる、と思った。
「うおおおおおっ!」
あたしが走り出すのと同時に、ひゅん、と何かが耳元で風を切った。
「なぁっ!?」
予想もしなかったのだろう攻撃に、アズレイヤがよろめく。そのローブの裾を、ガウリイの投げたショートソードが、ぎんっ、と釘付けにした。
ほとんど魔力の輝きを失っているが……まだいけるっ!
ていうかそれでその後どーするつもりだガウリイ!?
まあ、ガウリイなら普通の剣でもなんとかするか。
ばあちゃんがうろたえている間に、あたしの呪文は唱え終わったっ!
しかし、解き放とうとした刹那、やはり一瞬早く髪の毛の盾が形を変える。
「
やはりだめかっ!?
覇王の力を借りた黒魔法で、低級魔族ならひとたまりもない呪文である。
五紡星の頂点が輝き、弾けた雷撃が中心のアズレイヤに向かって収縮した。
だが、その途端盾の一部がちぎれる。小さな髪の毛の固まりは、荒れ狂う雷をひとまとめにして受け、石畳へと逃がす。
当たればけっして効かないと言うわけではなさそうなのだが、恐ろしく対応が早くて正確だ。
「ほっほっほ。だから無駄じゃと言うておるじゃろ?」
「く……っ」
あたしは唇を噛んで後退し、あわてて地面に刺さったショートソードを抜く。
「今度はこちらから……っ!」
髪の毛が、鞭のようにしなりながら襲ってくる。
あたしは、手にしたショートソードでそれを振り払おうとした。
だが、髪の毛といえど魔族の一部。魔力の輝きが失せかけたショートソードでは、切り裂けない!
ショートソードに、髪の毛が蔦のように巻き付いてくる。
剣を奪われるっ!?
だが……
この瞬間こそが本当の狙いっ!
「ん?」
何かに気づいたばあちゃんが、しゅるりと髪の毛を引いてしまう。
あ。
う、うーん……。
「
仕方ないので、普通にショートソードに呪文をかけ直す。
巻き付かれてるところでこれをかけて、そのまま切り裂いてやろうと思ったんだけど……。
しかし、これで分かった。
「なるほどね……」
「ん?」
「分かったわ、ばあちゃん。あんたの能力が……」
「ほう」
アズレイヤは馬鹿にしたように笑う。
「魔法の発動が、見えるのね」
あたしはショートソードを構えながらきっぱり言った。