「あなたのことが、好きなのよ」
それは、あたしの一世一代の告白であった。
のだが、なんと。
「はいはい、おしゃべりはそのくらいにしてくださいね」
ずかずかと入ってきたのは、ガウリイの怪我を見てくれた魔法医のおっちゃん。
「え、あ」
のああああああああっ!
遠慮しろおおおおおっ!
あたしは心の中で絶叫した。
しかし先生、あたしたちが何を話していたかはまったく聞いていなかったらしく、何の遠慮もなく割り込んできてガウリイの腕を取り、脈拍を計ったりしている。
「うん、まだちょっと速いけど大丈夫そうですね。気分はどうですか」
「あ……えと、眠いです」
ぼんやりした口調で返すガウリイ。
あの……ちょっと……。
「そうですか。怪我の消毒をするために、感覚を鈍くするお薬と魔法をかけましたからね。しばらくは安静にしていてください」
てきぱきと傷口の様子やら何やらをチェックした先生は、あたしの方へと向き直る。
「お兄さんはもう大丈夫だから、心配しないでね」
「こいつはあたしのお兄さんじゃないし、子供扱いするなああああああっ!」
あたしのコークスクリューパンチが、先生の眉間に炸裂した。
そんなわけで、なんと、あんな大事な話がうやむやになってしまったのである。
別にガウリイもあたしを好きかもなんて期待はしてないし、返事がほしいというわけでもないのだが、あそこで話をぶったぎられて、はいおしまい、というのはいくらなんでも気持ちが悪い。
しかも、その後ガウリイの様子にこれといって変わりはない。このままでは本当になかったことにされてしまう可能性大である。
あの後無事に退院したガウリイは、数日間宿で安静にしていることになった。
あたしは、彼をゆっくり寝かしておくために、自分の部屋で魔道書を読んだり、アズレイヤばあちゃんの能力について論文をまとめたり……とそれなりに楽しく過ごしていたのだが、やはりあのことが気になってしょうがない。
気になりつつ丸2日が経過して、あたしは覚悟を決めた。
「大事な話があるわ」
食事の後、部屋に戻ろうとするガウリイにあたしは言った。
「部屋に行くから、時間ちょうだい」
「……え、あ、おう」
なぜか動揺しながら答えたガウリイ、何の話をされるか分かっているということだろうか。
分かってるんなら黙殺するなよおまひは……。
ちょっと引きつるが、まあこっちの一方的な都合であるのも確かなので、殊勝にも文句を口にするのはやめておいた。
「じゃああとで」とだけ言って、自分の部屋に戻り、ぱたりと扉を閉める。
扉に背中を預けたあたしは、大きく深呼吸をする。
なんとゆーか……。
あの時は"むーど"のようなものに流されてわりとさらっと言えたのだが、また改めてという話になるとこれが異常に緊張する。
向こうはもう知ってるんだから、別に言ったって言わなくたって何が変わるわけじゃないんだし、何気なく『あの時のあたしの告白なんだけど、言っておきたかっただけだから』と言ってやったらいいんだけど。
「ふう……」
宿に備え付けの歪んだ鏡の前に立ってみる。
うみゅ。今日も非常に愛らしい美少女である。
色気がないという点は否定できないが……。
控え目な胸に少し目をやって、ため息をつき、栗色の髪をそっとなでる。
髪……くらいは、とかしていこうかな。
ブラシを手にとって、我が事ながらあまりの乙女ちっくな行動に逡巡するが、まあ減るもんでもなし……。
あいつは、また気軽にあたしの頭をなでたりするんだろうし……。
そう思うと、鏡の中のあたしが赤面した。
だめだ、準備なんかしてたら、本気で行きたくなくなってくる。
……もう行こ。
あたしは、呪文なしで崖から飛び降りるくらいの気持ちになって、何度も息を吸って吐いてとしながら部屋を出た。
泣いても笑っても。
これできっと少しはすっきりするはずだ。
となりの部屋の扉をノックすると、すぐに返事があった。
「おう。開いてるぞ」
心なしか緊張した声に、あたしもごくりと唾を飲み込む。
古い木の扉を押し開けると、ガウリイは正面のベッドに腰掛けて、強ばった手を膝の上で組みながら、こちらを見ていた。
「お邪魔するわよ」
あたしは扉を閉め、近くの椅子を引いてきてガウリイの正面に座る。
ガウリイは、端正な顔を緊張で固くしながらじっとあたしを見守っている。
息が苦しい。
窒息死しそうだ。
「それで……話って」
ガウリイの方からうながされて、あたしは目を閉じ、ため息をついた。
「こないだ途中になっちゃった話だけど、あたし……」
ええい。
死ぬわけじゃない。どうにでもなれ。
ガウリイの綺麗な目を見上げて、あたしは言う。
「あなたのことが好きみたいなのよ」
『みたい』じゃないし。
思わず弱気になってしまった自分に喝を入れ、言い直す。
「いやいや、みたいじゃなくて。好き。好きなの」
か、顔が熱い。
火照りすぎて生理的に目がうるんできそうだ。
でもきちんとガウリイの目を見て言えた。ちゃんと言えた。上出来と言えるのではないだろうか。よしがんばったあたしっ。
心の中で自分を褒めてやる。
だがしかし。
そんなあたしの決死の告白に対し、ガウリイは青い目を真ん丸くして、まったく予想外のことを言われたというようにきょとんとした。
「え、あ、あれ?」
何が『え』なんだ。何が。
「……何よ」
「オレ、てっきりコンビ解消しようって言われるのかと」
「はぁ?」
思いっきし責める声になってしまったのは、許してほしいと思う。
ガウリイは、大きな指をもじもじと組みながら、下を向いて呟く。
「だって、大事な話があるって言うから……こないだ魔族のやつと戦った時、オレ全然役に立たなかったし、てっきりもう見捨てられるのかと……」
「アホかぁぁぁっ!」
あたしは懐から取り出した愛用のスリッパで、ガウリイのどたまを力いっぱいどつき倒す。
ぬううう。今日だけはこのスリッパを使うことはないだろうと思ったのに……。
「んなことで見捨てるわけないでしょーがっ! 余計な心配してんじゃないわよっ!」
「なんだ……そっか」
拍子抜けしたようにガウリイは肩を落とした。
つーか、それで緊張してたのか。おまいは。
「じゃあ、今まで通り一緒に旅するんだな?」
いや、それ聞きたいのはあたしの方なんですけど。
「まぁ……あんたがそれでいーなら」
「もちろん、それでいいさ」
ガウリイは、にこりと笑って躊躇なく言った。
「……」
「……」
「……で?」
「で、って?」
話、それで終わりなのか。
「あたしの告白に対して、何かコメントはないのかっ!?」
「へ?」
「へ、ぢゃないわよ」
「え、だってお前……告白……?」
笑いかけたガウリイは、何かに気が付いたようにその笑顔を強張らせる。
「そういえば、お前さっき……オレのこと好きだって……え? ……あ……ああそっか、告白なのか」
やっと合点が行ったらしく、1人何度かうなずく。
そして、あたしのことを指さし、おっきな口をさらにおっきく開いて、その場に立ち上がった。
「ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
いやあんた驚きすぎ。
「えと、こないだも言ったんだけど……?」
「こないだっ!? こないだっていつだっ!?」
ずべしっ!
あたしはその場にずっこける。
「『いつだ』ぢゃないわああああっ! 聞いてなかったのかあんたわああああっ!」
「な、え、ほんとかっ!? いつっ!?」
「だからああああ」
あたしは頭をがしがしとかく。
あああ。髪がぐしゃぐしゃになってしまう。いちおー、とかしたりとかしてみたのに……。
「こないだ、魔族と戦ってあんたが倒れた後っ! 診療所で気が付いた時に、話をしたでしょおおお?」
「ああ、あの時かっ!」
ぽむ、と手を打つガウリイ。
「それなら全然覚えとらんっ! リナがなんかしゃべってるなーとは思ってたがっ! 薬とかでめちゃめちゃ眠かったしっ!」
ずべしゃああああっ!
あたしはベッドの足元に突っ込むように倒れ伏した。
あたしの一世一代は……いったいどうなってしまうのだ……。
さめざめと泣いているあたしの頭の上で、ガウリイは何やらうなっている。
「いや、な? 最初にした話は覚えてるぞ? あの、黒いやつに連れてかれた後の話、な。それでいろいろ考えてたから……その後の話はよく聞いてなかったっていうか……」
「……そお……まあそっちを覚えてんならいーけど……」
あれをなかったことにされたら、あたしはもう2度とガウリイに大事なことなんかしゃべらない。ほんとに。
のそのそと椅子に戻って、あたしはため息を付く。
びっくりしすぎて緊張がどっかにいってしまった……。
ちらりと見上げると、ガウリイは逆にちょっと面白いくらい赤くなっていた。やっと話が飲み込めたらしい。遅すぎるが。
「で、つまりそれはお前、リナが、オレに、ほ、惚れてるっていうことでいーのか!?」
「……いーんじゃない」
「じゃ、じゃあ何か、リナがオレに、抱きしめられたいとか、キスされたいとか思ってるってことなのかっ!?」
ぐは……っ!
「……そ、それは……っ。いやそーはっきり言われるとその……っ」
どどどどどっと顔に血が上っていく。
しかし、ここで恥ずかしさから暴れて否定しても、あんまし意味はない。
あたしは、手をにぎにぎしてあえいだ後、血を吐くような思いで叫んだ。
「ええいっ! そーゆーことよっ!」
「え……ええぇぇぇっ?」
……もう逃げ出してしまひたひ……。
あたしは、心の中で涙をだくだく流しながらうつむいた。