その町は、祭りで大賑わいの最中だった。
さほど広くもない目抜き通りに屋台が立ち並び、ちょっと先が見えなくなるほどの人たちがあふれだしている。手に手にバーベキュー串だのカットフルーツだのといったお祭り定番商品を持って歩く彼らを見ていると、どんどん何かつまみたくなってくるのはどの町でも共通する祭りの魔力だ。
「うひゃー。すごい人ねこれは」
「これ……宿取れるのかな」
「そうね。早めに確保しておいた方がよさそうね」
あたしは顔をしかめてうなずく。日が落ちるまでに次の町へ行くのはかなり厳しい。
だが時間が早かったせいだろう、宿は幸いにもあっさりと見つかった。
「お2人さん、英雄担ぎをやりに来たのかい?」
宿のおっちゃんが、宿帳を広げて手続きをしながらにやりとする。
「英雄担ぎ?」
「そうさ。知らないで来たのかい」
「たまたま通りかかっただけなんだけど……。なあに、それ? この祭りの目玉なわけ?」
「そうさ。……ほい、鍵だ」
「ありがと」
あたしは2つの鍵を受け取り、片方をガウリイに渡す。
おっちゃんは古びた眼鏡を押し上げながら、意味ありげに目配せなんぞした。
「特に用事がないなら参加していくといい。カップルで完走すると幸せになれると言うよ」
「あのねえ……あたしたち別に、カップルってわけじゃないんだけど?」
シングルルームの鍵をこれ見よがしに持ち上げながら、あたしはおっちゃんを少しにらむ。
「そうかい? なんだかずいぶんと仲が良さそうに見えたけどね」
「こいつはあたしの保護者みたいなもんよ」
言ってて自分で少しちくりとするが、事実なんだからしょうがない。
「へぇ、保護者ねえ」
おっちゃんは腹の立つにやにや笑いをしたが、手短に祭りの内容を説明してくれた。
英雄担ぎというのは、2人1組のチームで英雄様の像を担ぎ、この町の名物である巨大な塔をいっせいに登るというものだそうだ。毎年常連のチームなどもあり、ライバルの像を壊してみたり階段から落としてみたりと、なかなかに派手な競技らしい。
「それとカップルにどんな関係があるのよ?」
聞くところ、ものすごい体力勝負である。
「ま、その英雄様ってのが生前あるカップルの橋渡しをしたってエピソードがあってな。それが起源さ。カップルが優勝した試しはないが、完走すると永遠の絆で結ばれるっていうジンクスがある」
「うさんくさっ」
それは間違いなく、参加者を増やしたい町側がでっちあげたジンクスだとあたしは思う。
町おこしに必死になっている自治体というのは多い。あたしが以前関わった依頼でも、暗殺者たちが村おこしをしたいと言ってきたケースが……いや、よそう。あまり思い出したくない。
「まあ、そこの兄さんがパートナーならいい線行くんじゃないか? せっかくだから、参加して行きなよ」
「ふむ……ま、考えてみるわ」
あたしはおっちゃんに礼を言ってカウンターを離れ、何はともあれ荷物を置くために部屋へと向かった。
まあ、別に暇だし。
さくっと優勝してみるのもいいかもしんない。それなりの賞品も出るんだろうし。
「どうする、ガウリイ。さっきの英雄担ぎっての、参加してみる?」
聞くと、ガウリイはいきなし10歩くらい後ずさった。
「えええええっ!?」
「なっ、なによっ!?」
「だっ、だってリナ、それはカップルでやるやつだってさっき……っ!? お、お前まさか……」
などと言ってぽっと赤くなるガウリイ。
「ちょっ!? な、なに赤くなってんのガウリイっ!!」
「だ、だって、永遠の絆……って」
余計なところだけちゃんと聞いていたらしいガウリイ。
大の男が乙女ちっくにもじもじしたりして気色が悪い。
「だからあ……それは……ただの客寄せ文句っていうか、でっちあげなわけでー……」
釣られてこっちまで照れてしまう。
「別にあたし他意はないし……ただ、カップルで優勝した例がないって言うから、あっさり勝ってみたら面白いかなあ、なんてちょっと思っただけでその……」
往来のど真ん中で赤くなってうつむくカップル。
今日この町ではよくある光景なんだなと思うと腹立たしい。
くそう。
「えーとつまり……」
考えながら首をかしげるガウリイ。
「暇つぶしである、と」
少し拍子抜けしたように見えるのは、希望的観測というものだろうか?
「……うん。暇だから」
「そーか。暇だもんな」
それでガウリイは完全に納得したようだった。
いつもの落ち着きを取り戻して、にやりっと笑ったりする。
「じゃ、永遠の絆とやらが本当かどうか、試してみよーか、リナ」
……言ってくれるよなー。そういうことを、さらりと冗談で。
本当に意識されてないのがよく分かる。
「……そーね。じゃあ試してみよーじゃないの」
ちょびっと疲れた気持であたしは歩き出す。
でも、もしあたしたちが優勝したら。
ふと、そんなことを思いついた。
もしあたしたちが優勝したら、ジンクスは本当だったみたいとか言って告白して、様子を見てみるというのも、アリなんじゃないだろうか。
いつまでもこうしてうじうじしてんのも趣味じゃないし。動き出したら全部うまくいくかもしんないんだし。もしどうにも考えられないって言われても、「いや別にノってみただけ」とかごまかせないだろうか。
うん。
いけそうな、気がする。
――もし、優勝したら。
その男たちが声をかけてきたのは、あたしたちが今しも参加申込書を書こうとしている時だった。
「あんただああああああああああッッッ!!!!」
絶叫、と言ってもいい。
あたしたちは、思わずびくっとして辺りを見回した。
声の主はすぐに分かった。ハゲ頭で上半身裸のマッチョ集団が、土煙をたてて駆け寄ってくる。残念ながら、その血走った目はまっすぐあたしたちに向けられていた。
ずげげげげっ!
「見つけたっ! 見つけたぞおっ!」
「なっ、なんなのよおっちゃんたちはっ!?」
「お嬢ちゃんに用はないっ!」
その内の1人のおっちゃんが、ぐわしっとガウリイの両手をつかむ。
おそらくこのおっちゃんがリーダーなのだろう。というのはこのおっちゃん、他のおっちゃんたちと違って見せる筋肉ではなく使う筋肉をしているのだ。マッチョはマッチョなのだが。
おそらくこのおっちゃん、できる。
「あんたっ! 兄さんっ! 俺と一緒に英雄担ぎに出てくれんかっ!?」
……そう来ると思った。
「ええっ、でもオレ……」
戸惑うガウリイ。
「その引き締まった肩の筋肉っ! 張りつめた美しい胸! そして見事な紡錘型の太股っ! 見ているだけでよだれが出そうだ……っ。あんたこそ英雄担ぎにふさわしい肉体の持ち主だっ!」
「……リナ、この人変だぞ……」
「よくいるじゃない、こういう人種」
「あんたっ! 頼むっ! 今年こそ、今年こそライバルのキング・オブ・マッチョメンの奴らに勝ちたいんだっ! 優勝できたら、この町で1番ウマい食堂でメシをおごろう! もちろん連れのお嬢ちゃんもだ!」
「メシおごり……! いやでもオレ……!」
メシの言葉に強く反応しながらも、おっちゃんの迫力にビビってか及び腰のガウリイ。
「そこのお嬢ちゃんと参加するつもりだったのか? 大丈夫だ、あんたほどの肉体の持ち主なら、英雄様のジンクスに頼らなくても必ずお嬢ちゃんと幸せになれるっ!」
いやその肉体だけが人間の価値みたいに言われても困るんですけど。
「いや別に……リナはただの旅の連れだから、じんくすとやらはどーでもいいんだけど。一緒に行くって約束したからなあ」
困ったように頬をかくガウリイ。
はふ……。
「行ってくれば?」
あたしは見かねて口を出す。
「だがリナ……メシは食いたいけど、このおっちゃんちょっと怖い」
でかい図体をして、情けないことを言うガウリイ。
「取って食いやしないわよ。たぶん。それより、ご飯おごりを勝ち取ってきてちょーだいよ」
「そうだぞっ! お嬢ちゃん、君はいいことを言う!」
おっちゃんは、ぴくぴくする胸筋を無意味に見せつけながら、嬉しそうに言う。
「だがなあ。お前さんはどうするんだ? 1人じゃ参加できないだろう?」
「別に、なんならどっかのチームに混ぜてもらうし」
「そうか? じゃあ……」
やるかっ! とおっちゃんが太い腕を差し出す。
あきらめのついたらしいガウリイは、苦笑いをしてその手を取った。
「よろしくな」
「こちらこそっ!」
あたしは塔がよく見える壁際に寄りかかって、喧噪を眺めている。
別に。
でっちあげに決まってるジンクスとか、想像だけみたいな告白とかより、ご飯おごりの方が大事なのは世の中のことわりってもんだし。
迷ってたわりにガウリイが楽しそうで、おっちゃんと一緒になって上半身脱いで笑いながら英雄像抱えてることだって、よかったじゃないって思うし。
誘ってくるいろんな男を断ってここでぼーっとしてるのも、好みの男がいないからだし。
『じんくすとやらはどーでもいいんだけど』
ガウリイのセリフがずっしり応えてるなんてこと、ない。
ガウリイが別の人と楽しそうにしてるのが寂しいなんてこと、ない。
「よ、リナ、ただいま」
ぼーっとしていると、ガウリイがなにやら手のひらサイズの像を持って帰ってきた。
「つーかあんた、上着着なさいよ」
あたしは思わず目をそらす。
「あ、そうか」
ガウリイは、タオルのように腰に巻き付けていた上着をごそごそと着込む。
「で、なにそれ」
「優勝賞品だってさ。銀の英雄像」
「うわ、いらなっ。後で鋳潰して、加工してから売ろう」
「……金のためなら手間を惜しまないよな、お前」
「当たり前でしょ」
自分で取ってきたはずの英雄像を、なんか当たり前のようにあたしの手に渡して、ガウリイは背中の側を親指で示す。
「おっちゃんが待ってるから、メシおごってもらおうぜ」
「うん」
あたしは寄りかかっていた壁からぴょんと離れる。
「お前さんは結局参加しなかったんだな」
「ん。まあほら、あたし『こんぢょー』とか『きょうりょく』とか趣味じゃないし」
そう言ってんのに、ガウリイはなんだか気遣うような表情であたしの頭をなでる。
「悪かったな。1人で行ってきて」
あたしは足を止め、くるりとガウリイに向き合う。
ガウリイも止まって、あたしを見下ろした。穏やかな目。大好きだ、と思う。あたしだけを見ていてほしい、とも思う。本当は。
でも知ってるから。
『じんくすとやらはどーでもいいんだけど』
ご飯おごりに負けたことを、知ってるから。
「別にあたし、あんたを束縛するつもりなんかないから。他の人とどっか行ったって、気にする必要なんかないのよ?」
「こないだは『どっか行くな』なんてかわいげのあること言ってたのに」
「だっ……それはっ」
思わず言葉に詰まる。
「……それは、その場の勢いというか、なんというか。だけど少なくとも、ちょっとイベントに参加してくるぐらいでどーこー言ったりしないし。というか、あんたが一時的にでなくどっか行っちゃったとしても、本当はあたしにどーこー言う権利なんかないと思うし」
そう言うと、ガウリイは難しいことを言われたかのように首をかしげる。
「リナはどっか行きたいのか?」
そんなわけない、とあんたは知らない。
あたしは少し目を伏せる。
「……ううん、別に」
「オレも別に」
じわりと胸に滲む嬉しさをできるだけ意識しないように、あたしは軽くうなずく。
「……そ」
嬉しいけど、ガウリイ。
あたしはそれでもやっぱり、あんたを束縛しないようにしようと思う。
だって、あんたとあたしはたまたま一緒に旅をしてるだけで、保護者だのなんだのと言っててもやっぱり赤の他人なんだから。あんたがあたしをただの気の合う旅の相棒だと思ってるって、よく分かってるから。
たとえあたしにとって、あんたが唯一の男であったとしても。
あんたには、ご飯の方が、魅力的だったんだもんね?
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レボの「ご〜んごろ〜」に影響を受けて。
なぜか、このお題はアニメの影響が強いです。乙女モードだからか?