光の剣に代わる剣を求めてうろうろふらふらしているあたしたちは、少し前にラルティーグ王国に入って、街道を北上しているところだった。これと言ってあてがあるわけではないのだが、方角は木の枝転がして公正に決めたのでたぶん大丈夫。
あたしたち、と言っても現在あたしとガウリイは2人きりではない。他にもう1人の同行者がいる。
「おいっ、やっぱりあの兄ちゃんあんたのこと見てるって!」
いきなしあたしの髪を引っ張って耳を寄せてきたかと思ったら、ろくでもないことを大真面目に囁いてくるガキが1匹。
現在遂行中の依頼で護衛している商家の1人息子、マシューである。
年のころは10歳を少々越したくらいだが、中身はおせっかいな見合いおばちゃんと大差ない。
あたしはこめかみが引きつるのを感じながらも、極力冷静な口調でマシューを諭した。
「……いい加減にしなさいよこのマセガキ……」
このガキ、もといおぼっちゃまは、1つ前に通り過ぎた大きな町で拾った。
サイラーグを出てから大した仕事もせずのんびり旅を楽しんでいたあたしたちは少々懐が寂しくなっており、その町で仕事を探していた。そんな時に声をかけてきたのが、町1番の豪商だという彼の父親だ。
依頼内容は、息子をとなり町の祖母の家まで送り届けてほしいという簡単なもの。
んなもん自分で連れてきゃいいだろ、というのは一般人の見方。依頼時の様子からするに、どうやらお金持ちにありがちな愛の薄い複雑な家庭というやつのようである。まあ、となり町といっても田舎のことなので2日はかかるのだが。
そういう家庭で歪んで育ったマシュー少年は、ひねくれて年に似合わない煙草をふかしたり、逆にゴーレムのような忠実人形になったりするありがちな道を選ばず、なぜか恋愛に憧れるという方向に走ったらしい。
紹介された時の第一声が「2人の仲はどこまで!?」で、「そーゆー関係じゃないのよ」と怒りを抑えて拳骨程度でとどめてやったあたしにもめげず、以来なんとか恋のキューピッドになろうと2人の間を行ったり来たりし続けているというわけである。
相手するのも疲れてきた。
「いやいや、姉ちゃんを見る兄ちゃんのあの熱い視線っ。なんかこう、見てるだけできゅんっとしちゃうんだよっ。もう暇さえあれば見てるって感じ? かわいくてしょうがないって言うの? ああ当てられちゃうなあおれ。なあ姉ちゃん、なんなら2人きりにしてやろっか?」
「んふふふふ。バカなことを抜かす暇があったらちゃきちゃき歩きなさいよ。あんたをさっさととなり町のおばあちゃんとやらに押しつけて、おさらばしてやるから」
「へへへへ。ダメだぜ姉ちゃん。強がっても照れてるって分かってるんだぜ」
「んふふふふ。あんたあたしが護衛対象だと思って我慢してるうちにその口閉じないと、
「へへへへ。分かるよ。そーやって兄ちゃんにも強がっちまうんだな。好きなのにな」
じ……事実なのがまた腹が立つっ!
「黙れマセガキ。
予告通り
マシューは予備動作なしにバク転をかますという離れ業を見せて、大地に横になる。
もんどりうって吹っ飛んだ、という言い方もある。
「おいおい……」
若干離れてしんがりを守っていたガウリイが、じっとりとした目であたしをにらんだ。
「仲良しなのはいいが、子供には激しすぎるツッコミだろう、リナ」
「誰が仲良しだっ!」
当然かすり傷だったし、すぐに
こういう子供には厳しいしつけが必要である。
マシューはその後少しは懲りたのか、ガウリイの方にくっついてしばらくの間おとなしく歩いていたのだが、静かにしているなと確認して安心した矢先、また口を開いた。
「兄ちゃん」
「ん?」
ガウリイは愛想よく応じる。
それに気を良くしたのか、マシューは勢い込んで言った。
「姉ちゃんは、兄ちゃんのことが好きだと思う!」
あたしは思いっきりずっこける。
「はっはっはっは。ないない」
軽ぅく受け流すガウリイ。
だからさー。もうさー。
ちょっぴし涙目のあたし。
誰かこの無限に続く言葉の暴力から助けてほしい。
「だって、姉ちゃんさっきから兄ちゃんのことちらちら振り返ってるんだぜっ。気づいてないの? オレのこと気にしなくていいから、となりに行ってやれよっ」
「もう殺す。あんた」
あたしはショートソードを抜いた。
ガウリイがあわてて抑えにかかってくる。
「うわっ待て待てリナっ! 子供の言うことじゃないかっ!」
「もお我慢の限界。あたしはじゅーぶん耐えたと思う」
「そ、そんなに乱暴だから愛されないんだよ姉ちゃんはっ!」
「やかましひ。自分に正直で裏表のない性格とゆってちょーだい」
「でも実際兄ちゃんとラブラブな関係になれてないじゃんかっ!」
く……くっああああああああっ!
図星だからこそ許せんっ!
これでもあたしは子供のたわごとだと思って聞き流し気味に聞いているんである。剣を抜いたのだって、脅しとおしおきが9割だ。ほんとだってば。
だが、てきとーに言ってるのであろうその言葉があまりにも真実を突いているので、あたしのナイーブな心は血の涙を流しっぱなしだ。
むしろ真剣に泣きそう。
……ほんとにさっさと送り届けよう。
「だーかーらーね? そもそもそういう関係じゃないって何回言わせたら気が済むのよこんのクソガキが」
ぎらり、とショートソードの刃を光にかざす。
マシューはさささっとガウリイの後ろに隠れた。
「そんなこと言って、熱い視線送りまくってるくせにっ!」
「あーもーたいがいにしときなさいよあんた……」
「ねっ、姉ちゃんは童顔だし胸もないんだから、せめてもうちょっと女らしい性格になんないと、兄ちゃんを振り向かせられないぞっ!」
言ってはならないことを言った。
「……ふ」
「マシューすぐ謝れっ! お前今、魔王に向かってお尻ペンペンするくらいヤバいこと言ったぞっ!?」
状況を収めようと、おたおたしてなんか失礼なこと言うガウリイ。
あたしは無視して増幅呪文を唱え始める。
「リナお前それっ!? いやいくらなんでもやりすぎだろっ!?」
「ききききっとそんなことばっかしてると兄ちゃんだってそのうち姉ちゃんのことを嫌いになっちまうんだからな……っ!」
マシューは謝るより強がる方を選んだ。
「増幅版
あたしの手から凝縮された突風が放たれる。
ガウリイの顔色が変わった気がした。
「ダメだ」
ガウリイが背後のガキをつかんで、それなりの体重はあるだろう体をすごい速さでぶん投げる。
なっ!?
増幅してるとは言えただの
思った瞬間、直撃した風の塊がガウリイを吹き飛ばす。
相当重いはずの体が楽々と浮き、街道の両脇を固める木立へと突っ込む。
……え?
その後に聞こえたのは、あたしが予想していた森の下生えに転がるやわらかい音ではなく、がりがりと何かをひっかく激しい音、そしてどこかへ何か重いものが転がり落ちていく音だった。
その音は、すぐに小さくなって、消えた。
崖があったのだ、と気がついた時、血の気が引いた。