動き始めた空 12

 剣士に接近戦を仕掛けるのは危険すぎる。彼の剣技の鋭さは充分に拝んでいる。
 グンゼウムは横へ距離をとりつつ、矢継ぎ早に魔力塊を打ち出した。剣士は舌打ちし、それを避け、剣で叩き落す。しかし、彼の攻撃の目標はむしろ後ろにいるリナの方だった。彼女は飛来する無生物を読みきることなどできないはずだ。
 それに気づいているのだろう、剣士は必要以上の丁寧さでグンゼウムの攻撃を阻んだ。彼が走るためだけなら、そこまで躍起になって撃墜せずともよかっただろう。
「炎の矢!」
 アレンジを加えた呪文を、剣士の後ろに出現させる。
 彼はあわてたように振り向き、フォローに入った。ものすごいスピードで呪文に追いすがり、切り落とす。
「平気よガウリイ! あたしより、あっちを!」
 盲目のハンデは、攻撃の弾道が見えないことだけではない。
 ある程度の戦士になれば、相手の視線、体のこなし、腕の振り、ささいなことから次の行動を読む。何を狙っているのか、次にどう出るのか、予想することができるのである。
 生まれつき盲人であった赤法師レゾは素晴らしい力の持ち主だったそうだが、そうなるには長年の修練が必要だったことだろう。リナには望むべくもない。
 つまり、今のリナには、実際に攻撃されるまで何が起こるか分からないというわけだ。
「塵化滅!」
 弾道のない呪文を叩き込む。
 運がよければそれで終わりだと思ったが、リナはすでに走り出していた。剣士を盾にするような形で追随してくる。
 剣士の斬戟を避けるため、グンゼウムは後退せざるをえなかった。
「黒妖陣!」
 退避しようとしたスペースに闇が広がり、慌てて飛びのく。
 そこへ、剣士の太刀が迫る。かろうじて剣で返し、さらに1歩下がった。
 数度切り結び、魔力塊を放って距離をとり、ということを繰り返したろうか。
 ふいに剣士の方が大きく退いた。
「来たぞ……グンゼウム」
 呟かれた声は、彼の相棒のものだった。
 リナが舌打ちをする。
 お世辞にも有利とは言えない戦いを展開してたグンゼウムは、我知らず安堵の息をついた。
「相棒! 無事だったか」
 無愛想にうなずき、相棒はとなりへ並ぶ。
「追っ手は撒いた」
「そうか」
 剣士の切っ先が相棒の方を向く。
 しかし、その剣がかみあうことはなかった。
「さて、本当にそうかな?」
 グンゼウムだけでなく、その場の人間がすべて声のした方を向いた。
 そこにいたのは、銀髪の剣士だった。
「ゼルガディス!」
 リナが声を上げる。
 銀髪の男は、その声にも構うことなくグンゼウムだけを見ていた。
「写本を渡してもらおうか。そうすれば見逃す」
「ふ……芸のない文句を。1人増えたからといって何が変わる」
「何が変わるか……見せてやろう」
 男が走った先には相棒がいた。
 同時に、ガウリイという剣士の方も走り出す。こちらの目標はグンゼウムだった。
 4つの剣が同時に交じり合い、ほとんど1つに聞こえる金属音をかもしだした。
 だから、グンゼウムはそこで何があったのか見たわけではない。
 ただ、相棒の声を聞いた。
「口ほどにもなかったな……」
 続く、リナの悲鳴じみた声を。
「ゼルガディスっ!」
 そして、グンゼウムは目の前の剣士に笑って見せた。起こったことを、頭に思い描くことができたからである。
 剣士は眉を寄せたが、何も言わなかった。
 次に聞いた声は、再び相棒のものだった。
「な……っ! お前、なぜ……!?」
「さぁて、それはグンゼウムさんにでもゆっくり聞いてください。おっと、もう聞けませんか」
 グンゼウムの胸中に、冷たいしずくがしたたった。
 剣士の足元を狙って数発の魔力塊を投げつけ、距離が空いたところで相棒を振り返る。
 そこには、銀髪の男がいた。足元には相棒。赤い血にまみれている。男の剣からもおびただしい血がしたたり、それは彼の腕までを汚していた。
「あっけないですねぇ」
 まばたきするほどの間であっただろう。
 針金のように突き立った銀髪が、さらさらとした黒髪に変わる。剣であったものは杖に、白い衣装は漆黒の神官服に。男は、変貌を遂げた。
「ゼロス……」
 呆然としたように呟いたのは、リナだった。
「ゼロス、だと……?」
「お久しぶりです、グンゼウムさん。うまいこと出し抜いてくださいましたね」
 にこにこと得体の知れない笑みを浮かべているのは、グンゼウムが写本を求めて奔走する間に会った謎の神官である。人間ごとき恐れる必要のないグンゼウムが、ひどく寒気を感じた。敵に回してはならないと感じた。
 そして、協力するふりでごまかし、撒いてきたはずの相手である。
「探すのにずいぶん手間取ってしまいましたよ。リナさんたちが派手に動いてくれたおかげで、やっとお会いできました」
「ゼロスあんたねっ! 協力料取るわよっ!」
 すごい勢いで噛み付いたのはリナだ。一瞬で相棒を殺したほどの相手に、臆する様子もない。
「いやぁ、ほら、そこはプレゼントで」
「まだ言うかっ! こんなもんプレゼントでも何でもないって言ってるでしょーがっ!」
「またまた。せっかく『理由』を差し上げたのに」
「迷惑極まりないおせっかいをどぉも。でも、こんなのあたしにとっては『理由』にもなんないわ」
「へぇ」
 ゼロスは奇妙に冷たい笑みを浮かべた。
「人間にとっては、充分『理由』になると思いましたが」
「なんないわ。少なくともあたしにはね」
 リナの視線がグンゼウムを捕らえたような気がした。実際には、彼女の目は閉じたままだったが。
「試してみましょうか?」
 自分の力で倒すと、そう宣言されているのが分かった。
 グンゼウムは手にした得物を構える。
 切り込んできたのはやはり剣士の方だ。重い手ごたえを、渾身の力で打ち返す。魔族との融合を果たした今でなければ、一太刀のもとに切り伏せられていたかもしれない。
 鋭い切込みを何とかあしらう内、何かのタイミングを読んだように彼が飛びのく。
「火炎球!」
 想像通り、後ろのリナから魔法がきた。
 とっさに地面を蹴って爆風を殺す。火炎球ごときでどうにかなる自分ではないが、それを目くらましに剣士が飛び込んできては痛い。
 実際、爆炎の中に駆け込んできた影を見て、彼はほくそえんだ。
 見え見えだ、と胸の内で呟く。
 しかし、煙幕を通り越して迫ってきたのは、案に相違してリナの方だった。無論、目は閉じている。接近戦などできるわけがない。
 フェイントだ、と瞬時に計算した。
 おそらくリナは姿だけ見せてすぐに後退する。その後ろか、あるいはグンゼウムの背後。煙にまぎれて剣士が機をうかがっているはずである。リナにかかっていったところをばっさりやる心積もりだろう。
 剣で切り込めば、視力のないリナには楽に勝てるように思える。しかし、そうすれば一瞬隙ができる。警戒すべきは剣士の方だ。
 リナに向かっては、おざなりな炎の矢を投げた。
「右だ!」
 どこからか声が聞こえた。
 リナはその声が響くか響かないかの内に左側へ避ける。グンゼウムにとっての左、彼女にとっては右。とっさに判断がつくようなものではないはずだ。
 なぜ、と思った。思う間にリナの剣がひらめく。彼女が持つには明らかに大きい、剣同士の戦いのためのもの。
 次の策を考える間はなかった。グンゼウムはそれを己の剣で受けた。
「……は」
 そして、背後から太刀を浴びた。
 その後のことは、分からない。

 

「いやぁ、お見事です」
 気の抜けるような拍手が贈られた。
 リナは借り受けた斬妖剣をガウリイに返し、軽く鼻を鳴らした。
「目が見えれば、もっと楽勝だったんだけど?」
「いやはや、お見それしました」
 ゼロスは中身のない言葉で褒める。
「まぁ、能力的にはともかく、グンゼウムさんは弱かったですしね」
「そーね」
 あっさりとリナはうなずいた。
「戦いの駆け引きには、素人とまでは言わないけど、落ち着けば充分読める範囲だったわ」
「おかげさまで僕もゆったりとお仕事できました」
「あ、そ。じゃあ礼金代わりに目の治療で許したげる」
「いいですよ」
「へ?」
 今まで渋っていたのが嘘のように、ゼロスは軽く答えた。拍子抜けである。
「いいですよって、あんた」
「おっしゃるとおり、あなたにとっては何の『理由』にもならないようですしね。ガウリイさんもしっかり生き残ってしまわれたし」
 リナは引きつった笑いを返した。
「いやはや驚きました。リナさんは戦う気満々ですし、実際戦ってしまわれるし。感謝していただけなかったばかりか、何の楽しみにもなりませんでした」
「なぁに言ってんのよ。どーせ影でこっそりお食事してたんでしょーが」
「ま、そのくらいは役得ということで」
 ふと、ゼロスの気配が移動した。倒れたグンゼウムの傍らである。
「おい、ゼロス。それはリナが欲しがってたもんだぞ?」
 ガウリイの言葉からすると、ゼロスは写本を手にしたらしい。
「どうします? 次は僕と戦ってみますか?」
 からかうような言葉に、リナは肩をすくめた。
「さすがにそれは分が悪いわね」
「では、これはありがたくいただくということで」
「その前に1つだけ」
 リナは、見えない目をきっちりとゼロスの方に向ける。
「それは、ゼルに必要なものかしら?」
 笑い声が答えた。
「もしも、そうだと言ったら? あくまでもしもですよ」
「だとしたら、勝てなさそーだからやんない、とは言えないわね。今回ゼルには散々世話になってるもの」
「なるほど。ガウリイさんのご意見もおうかがいしましょうか」
「オレか?」
 面食らったような声が返答する。いつもの天下泰平な表情を、見るまでもなくリナは思い浮かべることができた。
「はっはっは、オレに聞いてもしょうがないだろ」
「そおですね。考えてるわけないですか」
「そうそう。オレのやることは、こいつのムチャを止めること。でもってこいつを守ることさ」
 ガウリイの大きな手が、リナの頭をたたいた。
「だから、リナがやるならやる。それだけだ」
 分かりました、とゼロスはつかみどころのない口調で言った。
「それでは解答を。この写本は、美容健康促進の薬を作る方法が書いてあるものです。これを使えばお肌すべすべ、10代の張りをいつまでも! 理想的な体型作りにもオススメです。たぶん、ゼルガディスさんはいらないと思いますね。リナさんは欲しいかもしれませんが」
「大きなお世話よっ!」
 笑い声とともに、何かが燃え落ちる音がした。
 また1つ写本が失われたのだ。テレージアは悔しがるかもしれないが、今の状態では万に1つも勝ち目がない。戦ってみる意味はない。
 軽く唇をかむリナの前に、何かがかざされた。
 一瞬のことだ。それは、すっと遠ざかっていく。
「本当に、残念です。いい玩具が手に入るかと思ったんですけどね」
「ゼロス?」
 ガウリイが辺りを見回す気配がする。
 しかし、ゼロスの姿はすでにない。
 辺りには、血の海に沈むグンゼウムの黒衣があるだけだ。他にはただただ木と草ばかり。昼の日差しを受けて緑に光る。ガウリイ以外の人影もない。
「見える……」
 そう、リナの視力は回復していた。
「何っ!?」
 大慌てで前に回ってきたガウリイが、リナの肩に手をかけてのぞきこんでくる。
「ほ、本当だ、目が開いてる」
 注視するあまり思い切り接近してきたガウリイに、リナは思わず顔を熱くした。
「リナ、リナこれが何本か分かるか?」
 と、指を2本立てるガウリイ。
「3本」
「え……」
「嘘よ。2本でしょ」
「おぉぉぉ! すごいぞリナっ!」
「あたしは赤ん坊かいっ!」
「だって今まではこんなことも分からなかったんだぜ」
 穏やかに笑うガウリイの目に引き付けられて、リナは苦笑した。
 青く、澄んだ目だった。もう何日も見なかった、空の色だ。
 当たり前に見ていた時より、ずっと綺麗に見える。そして、ずっと尊いものに見えた。
「目が見えないままなら、あたしも少しはおとなしくしてたかもよ?」
 笑って見せると、ガウリイは眉を寄せた。
「そおかぁ? 目が見えなかろーが、魔族に気に入られよーが、たとえ天地がひっくりかえっても、リナはリナだって気がするけどなぁ」
「どーいう意味よ」
「そのまんまの意味だろーが」
「それは褒められてると取っていいのかなぁ?」
「別に全然褒めてな……いや、褒め言葉です」
 殊勝にも取り消したガウリイに免じて、エルボークラッシュを叩き込むのはやめておいた。
「何にせよ、治ってよかったな。これで気兼ねなくうまいものも食えるってもんだ」
「そうね」
 と、笑みを返して、リナはまたたいた。
「それ……」
 ガウリイの胸元には見慣れない指輪が光っている。
「ん、ああ」
 リナの視線に気付いて、ガウリイは笑う。
「渡そうかと思ったが、やめた」
「やめたぁ?」
「おう。ま、その気になったら付けてくれよ。オレは勝手にしてるから」
「付けてくれって……それって、交換するもんじゃないの?」
「そうなのか?」
 今度こそ、リナは顔面にパンチをお見舞いした。
「意味も知らんで渡そうとしたんかいっ!」
「い、いや、意味は知ってるって! その、なんだ、約束っつーか、一緒にいるって意味だろ」
「けっ、結婚の約束をした後に! お互い交換するもんなのっ! 自分で勝手に付けるようなもんじゃないってのっ!」
「へーそうなんだ」
「そーなんだぢゃないっ! 悩んだあたしの立場はどーなるっ!」
 ガウリイはさわやかに笑った。
「まぁいいじゃないか。意味はあってたわけだし」
「あってないっ!」
「オレが好きで付けてるだけだし」
「あんただけ付けててあたしが付けてなかったら、すごい薄情者みたいじゃないのっ!」
「そういうもんか?」
「そーゆーもんなのっ! 寄越しなさいよっ!」
「は?」
 空色の目が、まんまるになる。
「いーから指輪! 寄越しなさいよ!」
 戸惑ったように、困ったように取りだされた布袋を、リナは素早く奪い取る。
「約束するんだったら、ちゃんと一生付き合ってよね。ふんっ」
 ガウリイは木漏れ日のような笑顔でうなずいた。
「そのつもりだ」

 

 そして、彼らは歩き出した。
 陽光のこぼれる森の中を、2人そろって。
 リナは歩きながら思い返す。
 さっき、戦いの作戦を耳打ちした彼女にガウリイはあっけなく同意した。やめようとも、危険だとも言わなかった。その時、彼の胸にはすでに約束の指輪があったのだろうか。
「あっ! リナ、リナぁーっ!」
 遠くから聞こえた呼び声に、2人は足を止めた。
 騒ぎを聞きつけたのか、はぐれたアメリアとゼルガディスが駆け寄ってきていた。
 リナは手を上げて応え、笑みを浮かべた。
 あいつら、指輪のことからかいやがったら即刻爆裂陣かましてやる、と思いながら。


End.

 なぜこんなに時間がかかってしまったのか、大いなる謎です。あっさり終わらせるつもりの、軽い連載だったのに……。
 目が見えないというネタを甘く見たのが、何よりの敗因だったと思います。
 連載開始前は、「体験ー!」などと言って目隠ししたまま2時間ばかし生活してみたりと楽しんでいたのですが(笑)。
 主人公が見えない=周囲の描写ができない
 ……拷問ちっくでした。
 手を変え品を変え、主人公視点じゃないところから書こうと努力してみましたが……書きにくいのなんのって。何しろストーリー自体は心理劇ですから……。

 少しでも楽しんでいただければ幸いです!!

(2009.6.15 追記)
 ほとぼりが冷めたかな、と思ってひょっこり書きなおしてみましたぁ♪
 構成を大きくいじったのと、後半の会話を大幅に書き直しております。なぜか3話も増えました(オイ)。ああ……やっとテーマが分かりやすくなった。
 あと、前は指輪を指にしてたんですが、剣士が指輪してどーするんだアホか、つーわけで首から下げることにしました。お恥ずかしい。
 万が一前のデータを持ってる人がいたら、見比べたりとかしなくていいから。すみやかに書き換えてくださいっ。

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