「なんですって!? じゃーあんたたちはこのままあいつらに屈しようって言うの!?」
ダンッ!
リナが机を叩くと、数少ない部員は一斉に身体を縮めた。
ここは私立スィーフィード学園。『すべての若者に教育を』をモットーに掲げた、赤竜神スィーフィード信教を礎とする高校である。
様々な事情で就学が困難な若者たちにも教育を受けさせることを設立理念とし、学費は格安、試験は簡単、どうしようもない馬鹿者もけして見捨てることはない。だがその素晴らしい理念は残念なことに恐ろしい問題児たちを際限なく呼びこむこととなった。
そう――たとえば、この家庭部の部長であり、『女の形をした最終兵器』の二つ名を持つリナなどは、普通の学校ではなかなか見られない人種であろう。
小学生かと思うほど小柄で華奢、モデルばりに小さな頭。豊かな栗色の髪にふちどられた顔は天使のように愛らしいが、ひとたび口を開くと悪魔も驚くほど容赦なく破壊的になる。
「冗談じゃないわよ! あんたたちときたら、一体どこまで情けないのっ!」
「べ、別にあいつらに屈しようなんて言ってないわよリナ」
つくろうように声を上げたのは副部長にしてリナのたった1人の友人であるアメリアだ。
こちらもまた艶やかな黒髪の美少女なのであるが、リナの友人であることからしてその性格は推して知るべしだ。
「ただわたしは! ただでさえ少ない部員たちを悪の毒牙にかけるなんてことは正義の味方として許すことができない、って言ってるのよ!」
「だぁぁぁぁっ!」
リナは苛立ちに任せて机に3連撃を加える。
その振動で、机の真ん中にあったはずの消しゴムが床までジャンプした。
「悪の毒牙がどーとか正義がどーとかうちの部員が頼りないとかそんな瑣末事はどぉでもいいのよ。分かる、アメリア。正義なんかど・お・で・も・い・い・の」
「ど、どぉでもいいっ!? 何てコトを……! いくらリナとは言えど、正義に対するこの冒涜、許すまじっ! 友達を憎まねばならない運命は悲しいけれど、正義への暴言を見逃しては道理が揺るぐっ! 天に代わってこのアメリアが成敗するわっ!」
「はっはぁぁぁん。やってみなさいよアメリア。ほぉらうりうり」
と、アメリアをいびるリナの手には生徒手帳の1ページ。対アメリア御用達ページである。
「くぅぅぅっ! どこまで卑怯なのリナっ!」
アメリアは椅子に片足を乗せた臨戦態勢のまま、セーラー服のリボンを噛む。
「生徒会規則第85条で校内での決闘が禁止されていることを盾にとってっ! 手を出すのはダメでも口は出していいなんて、そんなの正義じゃない! 正義ぢゃなぁぁいぃぃぃぃ!」
「これも戦術ってヤツね」
にやり、とリナは笑う。
「あの……お2人とも、話が進んでおりませんわ」
控えめにたしなめたのは、黒髪の美少女だった。名をシルフィールと言う。この部唯一の常識派で、その誠実さを買われて会計を務めている。
本来、会計を特別に設けなければならないという規則はなく、部長が兼任するのが通例だ。
しかし部長であるリナに会計を兼任させたりしようものなら、鉛筆の1本に至るまで口うるさい節約倹約地獄、ピンハネ当たり前、という恐るべき事態となるのが目に見えている。正義が通ればそれでいいアメリアに任せれば、それはそれでてきとーな会計となるのは自明であろう。
部員は納得しなかった。
そこで、おとなしいながらもきっちりとリナに物が言えるシルフィールにお役が回ってきたのである。
そのシルフィールは、重々しく言った。
「……で。本当に、剣道部と団体戦をなさるんですか?」
一同は沈黙した。
家庭科室は重苦しい雰囲気に包まれる。
そう、彼女たち家庭部は、なぜか剣道部と『剣道の試合を』することになっていた。
そもそも、リナの風邪が原因だった。
リナは家庭部の部長であり、家事一般に優れている。縫い物をさせれば手元が見えないと言われ。編み物をさせればまるで蛇花火を燃やしたようににょろにょろと編みあがり。彼女の作った料理はその凶暴さを知っているクラスメイトたちをして『嫁に来てください』と涙を流させたと言う。
そんな彼女が家庭科の授業を受ければ、毎度その作品を玄関前ウィンドウにディスプレイされるのがほとんどお約束だった。
しかし!
秋のディスプレイを決めるその時期、リナは風邪を悪化させて2週間も学校に出てこなかった。当然、課題作品は提出できない。授業の方は事情を汲んでもらえるものの、ディスプレイ作品の決定はそうもいかない。
そして、自称リナの生涯最大のライバル、実質学校一の問題児、剣道部の部長である白蛇のナーガが作った妙に家庭的なエプロンがディスプレイウィンドウに入れられてしまったのである。
別に、それ自体はどーでもいい。不可抗力である。
問題は、そのナーガがリナの前で死ぬほど笑いまくったことである。
いわく、『家庭部の部長が剣道部に負けるなんて恥ずかしい』『そんな部長がいる部の実力も知れたもの』『部長が部長なら部員も部員』『その程度の相手にこだわっていたとは情けない』『これからはわたしが校内ナンバーワン』エトセトラエトセトラ。
ちなみに、ナーガがリナをライバル視しているのはミリタリーマニアとしてのお話である。戦闘兵器を研究して喜んでいる、アレである。
家庭科も剣道も本来なーんの関係もない。
しかし、リナは怒り狂った。
そして言ってしまったのである。
「じゃー剣道であんたの部に勝ったら、ひれ伏して謝んなさいよ!」
……と。
アメリアは校庭に生えた大きな木の上で滂沱の涙を流していた。
「だからって何でわたしたちまでこんなことを……」
木の上にいるのはただの趣味である。強いて言うなら、高い場所ほど気分が落ち着くからだ。
「わたしたち家庭部員の作品が剣道部のナーガさんに負けたのは事実としても、剣道部と団体戦なんて勝てるわけないじゃない……」
リナはいい。リナの姉はウェイトレスをしているのだが、なぜか剣道柔道合気道その他思いつく限りの武道に通じた達人だ。リナ自身は銃器重火器の方に興味を示したが、それでも一通り学んでいる。
しかし、他の家庭部部員に一体どーしろと言うのか。
そもそも私立スィーフィード学園は柄の悪いことで有名な学校である。
『すべての若者に教育を』のモットーに惹かれて入学してきたのは、リナやナーガのように一般の学校になじめない変人も多かったが、大半はどこにでもいるただのバカたちだ。そういう人々は得てしてケンカっぱやい。ケンカの手段として剣道を学ぶ不届きな輩も多かった。
つまり、剣道部のレベルはかなり高いのである。
ところが家庭部に集まるような人間は、スィーフィード学園が信仰するスィーフィード信教への信仰心から入学してきた人間が主だ。当然ケンカの方もいまひとつ。
普通に考えて勝てるわけのない勝負である。
「あああああ……」
アメリアは肩が地につくほどのため息をついた。
と、その時である。
「いやっ! やめてください、放してくださいっ!」
スィーフィード学園名物、女の悲鳴が響いた。
アメリアははっとして枝の上に立ち上がる。きょろきょろと見回せば、近くの木立に怪しげな人影4つ。見るからに勉強のできなさそーな男たちが3人、いたいけな女生徒を囲んでいる。女生徒は木の幹に押し付けられ、もはや逃げ場をなくした様子だ。
「へっへっへ、誰も助けちゃくれねーよ」
「おとなしくしてりゃあいい目を見させてやるからよぉ」
「そうそう、ちょっとオレたちとお茶を飲んでくれればいーんだよ」
どうやらナンパのようである。
バカ丸出しとはこのことだった。
「お待ちなさいっ!」
天から降って湧いた恫喝に、男たちはあわてて周囲を見回した。
「な、なんだっ?」
「まさか邪魔しやがるのかっ?」
「くぅぅだからこの高校はイヤなんだっ」
アメリアは枝の上にすっくと立ち、ちょっと邪魔な小枝を一生懸命かきわける。
「かよわい婦女子に乱暴狼藉を働く不届き者! 他人の自由意志を暴力によって曲げようなどとは、勘違いもはなはだしい! 己が愛を受けるべき心根を持っているかどうか、今一度自らに問うてみるがいい!」
平たく言うと、『てめーらみたいな性悪と付き合いたがる女はいねーよ、バーカ』ということである。
「誰だっ!」
男たちはアメリアの姿を見つけて叫ぶ。
その顔には、未知なる物を見た怯えがありありと張り付いている。
「正義と愛の使者、2年A組クラス委員にして家庭部副部長アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン、参上! とうっ!」
「と、飛んだっ!」
ひゅぅるるるるる〜〜……ぽて。ぐしゃ。
「……大丈夫か?」
「いや、首が……」
彼ら、根っからのワルにはなりきれないらしい。思わず不時着したアメリアの様子を見に集まっていたりする。
だが、バカな彼らもすぐに気が付いた。
「……はっ! もしかして今がチャンスというヤツか?」
「よ、よし改めて……」
完全に呆然としてしまっている女生徒のところへ戻る男たち。彼女も今のうちに逃げておけばよかったものを、おそらく新入生なのだろう、展開についていけなかったらしい。
「へ、変な邪魔が入ったが今度こそ覚悟しろっ」
「そうだそうだ、さすがにあんなのは1人しかいないと思うぞっ」
「さて……それはどうかな」
今度は、アメリアと逆の方向からの声だった。
男たちは振り返る。もはやげんなりとした表情である。
「女の子には優しくしてやらなきゃいけないぜ」
なんぞとキザにウインクをしたのは、金色の長髪をなびかせた長身の男だった。