白々と夜が明けていく。
家までの帰り道、少しずつ昇っていく朝日を眺めてため息を付く。
ナルが考えてることが解らない。
ナルは何を思って、何を感じているんだろう。
(…全然想像もつかないや)
自分自身のことだって解らないことだらけなのに。
シャワーも浴びてこなかった。
何だかあのままナルが目覚めるのが怖かった。
目覚めたナルと、どんな顔をして話せばいいの?
どんな話しをすればいい?
別にこれが初めてだったわけじゃないけど、
前の時、目が覚めたらナルはいなかった。
とっくに事務所に出勤していて、あたしは遅刻した。


目が覚めて、ひどく虚しい気持ちになったのを覚えてる。
家中探して歩いた。
ナルの靴が無くなっていることに気が付くまで。
涙は出なかったけど、すごく泣きたかった。



ナルは何を考えているんだろう。
現実的なことを言ってしまえば、
例えば…子供ができたりしたら…?
あの無表情で「堕ろせばいい」とでも言うだろうか。
…違う。そんなに冷たい人じゃない。
人の命をそんな風に扱えるような人じゃない。
きっと、何らかの形で責任をとろうとするんだろうな。
でも、どうやって?




取り留めもないことを考えるうちに、自分のマンションの前に着いていた。
エレベータに乗る気になれなくて、階段の踊り場へ向かう。
(ナルは…あたしのこと好きでいてくれるのかな)



好きだから?
それとも…。



自分の部屋がある階を通り過ぎていることに気が付いたのは、
屋上まで来てからだった。
屋上はフェンスが張られてはいるけど、上れるようにはなっていて、
ここから街を一望できる。
(ナルの家も見えるかな)
周囲に張り巡らされているフェンスに近寄って、ナルのマンションの方を見やる。
とっくに太陽は昇りきっていて、街はそれなりに朝の活気を見せていた。
ナルはきっとまだ眠ってるんだろうな。
意外と低血圧なのだ。
朝御飯は基本的に食べないし、朝はあんまり機嫌が良くない。
眠りが浅くて、小さな物音でもすぐ起きるし。


ナルについて、この何年間でたくさん知った。
まだまだ知らないことだらけだけど、それでも
少しずつ色んなことを知った。
あたしが知っているナルは、まだ彼のほんの一部でしかないんだろうな。
だから、こんなにもナルの気持ちが見えないのかな。
フェンスにもたれて、街の景色を背中に置いて、あたしはその場に座り込んだ。
穏やかな風が吹いて髪を揺らす。
目を閉じると、瞼の裏に映ったのはナルの顔だった。
…閉じた瞼から流れた水滴を拭えないまま、朝の空気に身を任せていた。