何も言わないね。
何も教えてくれない。

でも、やっぱり好きだよ。

何も言わないから、
何も教えてくれないから。


あなただから。





--+--- キ  ス ---+--



BY ニイラケイ






     
 
事務所の扉を開けると、そこにナルがいた。
彼は一瞬驚いた顔をして、すぐに顔をしかめた。
「こんな時間に何をしてる」
「ナルこそ、もう営業時間は終わったよ」
「・・・早く帰れ」
「一緒に帰ろ」
「先に帰ってろ」
「一緒に、帰ろう」
「仕事が終わってない」
「持って帰れば良いよ」
「ここでやった方が捗る」
「じゃあ、終わるまで待ってる」
あたしはソファに腰を下ろした。
ナルは、困ったようなイライラしているような、複雑な表情をしている。
言いたかったことがあって、
言えなかったことがある。

あたしの中にある思い。
ナルの顔を見るまで、決断しきれなかった、想い。

「もう時間が時間だ。駅まで送ってやるから、帰れ」
「やだ」
「麻衣」
叱りつけるような強い口調。


ナルがため息を付く。
そのため息の意味を、知りたかった。
だから。
「終わったら帰るから、さきに帰れ」
「やだ」
「眠らないつもりか?」
「ナルが帰るなら帰る」
「だから・・・」
「ナルがいない家に帰るのは、辛いよ」
まだ泣いちゃいけないのに、涙はあたしの意志に反して、どんどん溢れてくる。
ナルは戸惑うようにあたしの頬に手を伸ばして涙を拭う。

態度とは裏腹に、優しいぬくもりが哀しい。
ナルの顔を見る。
彼は、無表情だった。
いつも通りの、でもちょっと戸惑った、無表情。

綾子の言葉が頭の中に響く。
『大丈夫よ。ナルが好きなのは麻衣だから』
違うんだよ。
ナルは、あたしを愛してるんじゃなくて、
責任をとってるだけなの。
今、ナルを苦しめてるのは、あたしなんだ。
・・・だから、もう。
「あたしのことが嫌いなら、あたしのことが重荷なら、
・・・別れよう?」
ナルの手が離れた。


「あたしのことも、子供のことも、忘れて良いから」
本当は別れたくないけど、離れたくないけど。
でも、何よりも誰よりも、ナルが辛いのはイヤだから。
だから、この気持ちはしまっておこう。
ずっとしまっておこう。
あなたが辛いのはイヤだから。
「何もなかったことにしよう?」
あたしは笑う。
きっと、涙でぐちゃぐちゃの顔をしてる。
でも、笑いたかった。
「ご免ね」
あたしはソファを立った。
ナルは呆然とあたしを見ている。
いきなりやってきて、騒いで泣き出して、急にこんなことを言い出されれば、
きっと誰だってナルと同じ反応をするよね。
何だか急におかしくなって、あたしはもう一度笑った。
ナルが、あたしの手を掴もうとしたけど、寸前でナルの手をすり抜けて身を引く。
「今日はちゃんと帰ってね。あたし、今日中に出てくから、帰って来て良いからね」
あたしはそのまま事務所を飛び出した。



あなたを苦しめたから。

あなたの羽を奪ったから。

あなたの自由を奪ったから。




・・・ご免ね。






家。
あたしと、ナルが暮らした家。
たった3ヶ月。
あたしにとっては、幸せな3ヶ月間。
でも。

あたしはお腹をさすった。
「これで良いよね。ご免ね・・・頑張ろうね」
荷物は、着替えだけで良いや。
家具まで持っていくには、時間が遅すぎる。
あたしは小さな鞄に、洋服を詰めて、ちょっとした身の回りのモノを詰める。
タンスの引き出しから、母子手帳を取り出して、それをポケットにしまった。
行くところなんてない。
でも、もうここにはいられない。
(一晩ぐらいなら、ホテルに泊まれるかな)
お財布の中身を確認して、あたしは家の扉を開けた。
鍵を閉めて、その鍵をポストの中へ落とした。

これで、終わり。



あたしは真っ直ぐに歩き出した。
もう、泣いてられない。
明日からは、住むところも、仕事も、自分で探さなきゃいけないんだから。



今更だけど、あたしは、初めから間違えていたのかもしれない。
ナルに、子供のことを告げるのが正しい道だと思った。
何も言わずに、ナルの前から去ることだって、出来たと思う。
考えたくはないけど、子供を、この子を生まれる前に殺してしまうことだって。
だけど、あたしはナルに選んで欲しかった。
ナルに告げて、ナルの気持ちを訊いて、それから結論を出すつもりでいた。
ナルの答えを今でも覚えてる。
『責任はとる。安心しろ』
あたしは、その答えが少し淋しかった。
ただ、口数の少ないナルの「言葉」だけで判断したくなかった。
ナルが、本当に思ってることが知りたかった。

でも。

なにより、あたしはナルに縋れることが嬉しかったのかもしれない。
自分の身体の変化が不安で、怖くて。
ナルの腕に頼っていれば、楽が出来るのが解ってたから、
ナルに答えを出させて、いざというときに、
自分が悪者にならない方法を考えたのかもしれない。

彼に責任を押しつけたがっていたのは、あたし自身だったんだ。

あたしの存在が、ナルにとっては重荷になる。
ナルには『精神的な支え』は必要だと思ってた。
あたしは、少しでもナルの支えになりたくて、精一杯だった。
でも、ナルには、束縛するだけの『家族』は必要なかったのかも、しれない。

少なくとも、あたしは彼の家族にはなれなかった。
仕方ないね。
あたしの努力が足りなかったのかもしれないし、
元々あたしとナルの相性が最悪だったのかもしれない。
理由なんてどうでもいい。



結果は、もう出てしまった。
 
     






どうしよう・・・。
変なこじれかたしちゃったよ><;;;
これ、どうやって纏めるつもりだ?私・・・。(考え無し)
続きは〜・・・・。(乾笑)