アリスのお茶会

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罪を犯すもの 第三章 2

 仮のベースにしていた社会科準備室では、暇を持て余した霊能者たちが勝手な意見を言い合っていた。
 その主な論点は、小西の娘のことである。逆の意味で神出鬼没とでもいうのだろうか、彼女は霊能者たちが訊ねていくとそれを読んだように姿を消す。教室に行けば教室から、部室に行けば部室からいなくなってしまうのだ。
「一体どこにいるのかなんだよな」
「アタシは会った気がするんだけどねぇ。小西……れい、かしらこれ」
「れい、あきら、どっちかだろうな」
「あきらと聞きました。読み方に何か関係が?」
 無表情な声に水を差されて、滝川は咳払いをした。
「テニスコートにいた美術部生ね、怪しいけどさ」
「怪しかったわよ、ほんと」
「何や、僕たちを警戒なさってはるようで、変な感じでおました」
 小西の娘は妙だ、という空気がはっきりと流れ始めていた。麻衣を狙われて、彼らも神経過敏になり始めていたかもしれない。
「大体にして、おかしいんだ。小西玲は、なぜ一人だけ助かったんだ?」
「なぜって……」
「今まで、思春期の自殺未遂だと思っていたから疑問でもなかった。高校生の自殺未遂なんて、こう言っちゃなんだがよくあることだ。成功する例の方が少ないはずなんだからな」
「そりゃそうよね」
「実際に死体が転がってればそっちの方がずっと目を引く。普通ならそれでいいはずなんだ」
「でも、これはただの自殺じゃない……」
「そう。自殺未遂したのは木内朝美も同じ、だが彼女はその後殺されている。無理矢理死なされているんだ。今までは死んでしまった人間の方が異常に思えていたが、こうなってくると話が違う」
「そっか。玲も、本当なら殺されてなくちゃおかしいんだわ」
「そうだ、死なせてるのは霊の仕業なんだからな」
「でも、現象がエスカレートしているということは考えられませんの? 小西さんの自殺は事件の一番初めでしょう?」
「ま、考えられるな」
「一回やって気が済むってことも?」
「ありえる。しかし次の犠牲者は、小西の自殺未遂の一週間後、タバコの溶液を飲んでの服毒自殺だ。小西は刃物による自傷、二日で退院だと。ずいぶん軽傷じゃねーか」
「一週間でそこまで悪化してる、ってわけね」
「これで話をしてくれりゃいいんだが、こうも逃げ回られるとね」
 玲が皮切りである以上、そこには何かの理由があるはずだった。その直前に霊が目覚めた理由というものが。
「彼女たちがなぜ死のうと思っているのかが分かればね……」
「それなら、ある程度分かったが」
 扉が開く音に、一番近くにいた真砂子が振り向いて、少し首をかしげた。
「あら、ナル」
「麻衣は」
 中を見渡したナルの顔が厳しくなる。
「一緒だったんじゃありませんの」
「いや。先に戻らなかったのか」
「戻ってませんわよ」
 一同が誰からともなく立ち上がる。リンが厳しい目でナルを見た。
「なぜ、一人にしたんです」
 ナルは無表情でその質問を無視した。
「手分けして探そう」

 ひとりでに閉まった扉を振り返って、麻衣はひどく焦った様子を見せた。
「えっ!?」
 玲はそんな麻衣を見て、首をかしげ、笑う。
「ようこそ、麻衣さん」
「玲くん? これ、どういうこと?」
 不信感を露わに詰問する麻衣の表情に、強い怯えは見えない。その顔に浮かんでいるのは玲に対する不審と、恐れる心を押し殺すような強さだ。
 玲は浮き立つような気持ちになって麻衣に歩み寄る。
「さっすが霊能者! 強いんだ」
「玲くん……? 何を知ってるの……?」
 麻衣の手がそろそろと胸の前で組まれる。指を複雑に交差したその形は、自然に組まれるものではない。何か、霊能者ならではの力があるのかもしれない。
 玲は足を止める。
 そして、静かに麻衣を見守った。
「ねえ、玲くん。赤い着物の女の子を知ってる?」
「知ってるよ。この人たちの友達」
「え?」
 戸惑ったように辺りを見回した麻衣の背後から、するりと滑るように白い女たちが腕を伸ばした。
「や……いやぁぁっ!」
 気付いた麻衣が腕を振り回す。だが、遅すぎる。
 両側から迫った白い女たちの腕は、麻衣を抱きしめるように閉じ込める。暴れる体は、複数の腕によって押し込められた。
 しかしくぐもった悲鳴が聞こえていたのはつかの間、すぐに麻衣はおとなしくなった。
 白い女たちが身をひくと、麻衣は一人ぼんやりと立っていた。もはや、不安げなところはない。
「大丈夫? 気分は悪くない?」
 聞けば、麻衣は無抵抗にうなずく。
「うん」
「座ってよ」
 うまく、鈴姫の力が及んだらしい。麻衣は玲の言うことをどこまでも素直に聞いていた。良かった、と心のうちで玲は思う。
 すすめられたデッサン用の椅子に腰掛けると、麻衣は不思議そうに玲を見た。 正確には、その髪を。
「何?」
「玲くんさ、どうして髪下ろさないの? クラスでフワフワ頭って言われてたって聞いたよ」
「ああ、これ」
 少々嫌な話題に、玲はぎっしり編んだ髪の一房を手の中でもてあそんだ。編んでも下ろしても、どっちにしろ目立つらしい。それとも玲のやることが極端すぎるのだろうか? 
「これね、取るとキレイだから。見せたげよっか」
 玲は笑って見せる。
 麻衣は首をかしげた。
「いいの?」
「いいの、ってなんで? いいよ。麻衣は女だから」
「ああ。見せたくないのは男の人に、なんだ?」
 見せたくなくてぎしぎし髪を編んでいたことに気付いていたらしい。玲は苦笑した。だったら切ってしまえばよさそうなものだが、綺麗に伸びたものを切りたくないのは、もとのおしゃれ心が今でも残っているのかもしれない。
「ビンゴ。鋭いね」
 玲は三つ編みを手で解きほぐしていく。
「あのね、あたしが麻衣を好きになってきれーなあたしを見せても、それはいいの。女は女のものにならないから」
「うーん、そう?」
 もとからカール気味のくせっ毛が玲の背中いっぱいに広がる。それが派手な顔立ちを一層引き立てることを、玲は知っていた。
 芝居っ気たっぷりに眼鏡を外して見せる。
 色気過剰気味の自分の容貌に三つ編みだ眼鏡だというお茶目さが似合うはずもないことは、玲も承知している。化粧をしておしゃれをして街を練り歩いてみる方が、よっぽど似合っているのだろう。
「ふふふ。あたしキレイ?」
 口裂け女を真似て、大きく口を開いて笑って見せる。
「玲くんは、綺麗だと思うよ」
 麻衣は淡々と肯定する。
「あのね、花でも人でもどうしてキレイなのか知ってる?」
「え?」
「誘ってるからだよ」
 そう思わずにいれないから、玲は自分の容姿を憎んだ。
「花は虫を、人は人を。誘って、目に止めてもらうために美しくなる。男を誘ってる」
「そうかなぁ」
 もしかしたら麻衣は違うかもしれない。内面からにじみ出る優しさで人をとりこにできるのかもしれない。美しさよりも強い力で。
 本当は玲だって、そうなれれば良かった。
「あたしは彼のものだからね、もう誰の目にも止まらなくていいの。彼があたしものじゃなくたって、彼のものだから。誰彼かまわず誘うなんて、淫売のすることだわ」
 玲は筆を取った。真新しいキャンバスを出してきて、イーゼルにすえる。
 こうすることが、何を導くか知らないわけではなかった。麻衣も、他の少女たちと同じように死ぬかもしれない。
 けれど、玲は死を望んでいるわけではない。ただ、思い出させてあげるだけだ。大好きな人を。会いたい人を。痛むくらい明確に、心の中によみがえらせる。
 玲の筆にはその力があった。
 それは、嘘と同じ。
 いつのまにかどきどきすることも、ためらうことも、なくなっていく。
「ね、麻衣の好きな人の話を聞かせて?」

 あの人の心は、闇の中に浮かび上がるろうそくの光でした。
 あたしの悲しい思い出を包み込んで、ふんわりと、たくさん灯りをくれたのです。
 一人で膝を抱えて、誰からもこそこそと隠れて泣いていた夜がありました。たくさん、数え切れないくらいあって、あたしはもうすっかり毎日が夜のようで、悲しくすごすことが不思議じゃなかった。
 あの人が灯りをくれるまで。
 生きていく道の脇に灯って、あたしの人生をずっと添うように灯って、灯りはどこまでも続いているのが見えるんです。それは、何があっても消えないんです。
 それは罪ですか? 
 あたしはあの人を忘れて思い出の戸棚の片隅にもうすんだことだと片づけて、引き出しも二度と開けず、生きていかなきゃいけないのですか?
 あの人にもう会えないということは、あたしの人生の重荷です。
 でもあの人がくれた灯りが輝いているから、あたしは歩けるんです。
 ねぇ、それは罪ですか? 
 全部忘れて次の恋をしないといけませんか? 振り返ってはいけませんか? あの人を大事に思ってはいけませんか? 夢に見てはいけませんか、愛してはいけませんか? 
 忘れたくないんだよ。
 こんな幸せな気持ちを、忘れたくなんかないんだよ。
 ねぇ、それは罪ですか? 
 あの時間の尊さもすべて罪ですか? 
 ――それならば、あたしは『罪を犯す者』になる。

 しゃららら………
 鈴姫は泣く。
「かわいそうに」

(かわいそうな……)
 自分の思いのような、自分とよく似た誰かの思いのような、哀しい繰り言が胸の内を回る。
 まぶたの裏に、あの綺麗な微笑みが焦げ付いている、と麻衣はぼんやり思った。
 もう二度と見られない微笑み。もうこの世にはない優しさ。
 よく似たレプリカなら自分のすぐ側にいることを知っていたけれど、それはジーンに恋いこがれる自分にとっては痛みを追体験させるトリガーでしかないのだと思う。ジーンを想っている限り、彼を見るたびその差異に心を痛めることになるだろう。同じ顔で、同じ声で、違う言葉をはく彼だから、ジーンはもういないのだとその事実が鮮明になるだけのこと。
 ましてや、心ひかれるなんて。
 死んだ想い人に対する裏切り。
 好きな相手を間違えるなんて。
 他の人に目を向けるなんて。
 体の力がどこかへ抜けていってしまったように、麻衣はその場所へ座り込んでいた。そこがどこかなど知らない。彼のいる場所ではない、それだけで充分だと思った。
 さっきまで側に感じていた気がするのに、それは今まで麻衣がいた不可思議な時間の魔法でしかなかった。あの魔法にもっとかかっていたかった。
 足音がする、と麻衣は思った。それは現実を思い出させる嫌味な来訪者。早く通り過ぎて欲しい、耳を塞いでいる間に……。
「麻衣、こんなところで何をしてるんだ」
 厳しい声に、麻衣は飛び上がりそうになった。ジーンに叱責されたような気がしたのだ。だが、それは錯覚だと分かりきっている。
 いやいやをするように首を横に振った。男の手が、麻衣の肩にかけられる。
 男。それは彼ではないのに。
 彼以外の人間にふれられている。なぜなら、彼はもう彼女にふれることができないから。生きている限り、彼にふれられることは夢でしかない。どんなに願っても彼だけを想って生きることは不可能なのだ、彼にはもう会えないのだから。
「麻衣」
「さわらないで……」
 言えば、手の主はおとなしく麻衣を解放してくれた。
 代わりに麻衣を取り囲む足音がいくつか増えた。
「麻衣……あなた、どうしましたの」
「平気……」
「取り憑かれてますわ。分かりませんの?」
 憑かれてますか、と周りの人たちが麻衣をよそにして話し合った。
 憑かれてます。白い服の女です。
 松崎さん、落とせますか。
 麻衣を相手に危険なことできないわよ。ジョンを呼んだ方がいいわ。アタシ行ってくる。
 これで一つの足音はその場を去ったが、依然二人の人間が側に残っている。しかも片方は男だ。自分の力で歩き去ってしまいたかったが、麻衣にはその力がなかった。もう少ししたら歩き方を思い出せるような気もしたが、今はやっと腕を上げられるようになっただけだ。
「ナル、麻衣は大丈夫ですかしら」
「今すぐどうこうということはなさそうですから」
「そんな、冷たい……」
 そうだ、彼は冷たい。
「うちの所員がそんなにやわだとも思いません。騒がないでください」
 うちの所員、という言葉に麻衣は顔を上げた。
 そうだ、自分は彼の組織に属している。生活のほとんどをその一存に握られ、家計を依存している。彼の駒であると言ってもいい。
 誰かに支配される、そんなことは許されなかった。
 なぜなら自分はすでに人のものであるのだから。
「ナルの顔は見たくない……どっかに行って」
 驚愕する顔を見ようと上げた視線の先では、ジーンとまったく同じ顔が、人の一部ではなく顔そのものでしかないような無表情で麻衣を見ていた。
 痛みが、麻衣の顔を歪ませた。
「ジーンと同じ顔で……違う人がいるなんて、許せない。ナルを見ると辛いばっかりなの、もう疲れたの」
「そうか」
 子供のわがままを聞くように、ナルは感情のない口調で言う。
「ナルを見ると、とっても心が痛くなるの。泣けてくるの。終わりがなくて、苦しいよ。ナルを見るたび何度でも何度でも思い出しちゃう、苦しいよ。だから、もうやだ」
「ああ」
「もう仕事も辞めるから……あたし……」
「それは構わないが、今は駄目だ」
「どうして!?」
「事件を解決してからだ。そうしないと、やり直すこともできない。分かるな?」
 ナルのとなりに立って話を聞いていた真砂子が、焦れたように口を挟んだ。
「ナル、麻衣は憑依されているんですわ」
「分かっています」
 しかし、とナルが何かを続けようとした時、走り去った綾子がジョンを連れて戻ってきた。

「ハイ、もう大丈夫ですよって」
 間近から声をかけられて、麻衣は闇の底から目覚めるようにゆっくりと目を開けた。始めに目に入ったのは聖水のこびんを持ったジョンの柔らかなまなざしだった。
 目が合うと、ジョンはにっこり笑った。
 その周りには綾子が、滝川が、真砂子がいて、少し離れてナルとリンも麻衣を見ていた。ベースのようだった。
「なんで、あたし……」
「なんでじゃないわよ、ああもう。大丈夫なの?」
 勝ち気な瞳を投げ捨ててのぞきこんでくる綾子に、麻衣は微笑った。
「うん、大丈夫だよ?」
「それならいいけど……。もう、ホント焦ったわよ」
「まったくだ。無茶するな」
 情けなさそうに椅子にへたりこんだのは滝川だ。麻衣は彼にも微笑って見せた。いつもこの二人が一番気遣ってくれる。
「お前、自分で歩いてきたんだぞ。覚えてないか?」
「うん……。美術室に行ったよね?」
「憑依されているようでしたから、すぐこちらに連れてきましたのよ。人騒がせな方ですわね」
 真砂子の言い様に麻衣は苦笑する。
「それはどうも……」
 気遣ってくれる。心配してくれる。大丈夫かと声をかけ、時には抱きしめてくれる。
 けれど、彼らは麻衣の心に巣くう『悲しみ』は知らない。おそらくは理解できない。そう感じ、麻衣は泣きそうになってうつむいた。
 今自分の体から離れていった女性の霊は、この『悲しみ』を知っていた。だから、そうだったのだ。玲からも霊たちからも、害意が感じられなかったわけ。
 彼女たちは麻衣を優しく哀れんでいるのだ。それだけなのだ。

 口々に麻衣を気遣う人々の横顔を見ながら、真砂子は混乱していた。
 明らかに麻衣一人が狙われている。それは、一体どうしてだろう。
 キーワードは失恋。本当なのか? 
 真砂子の目には、麻衣の気持ちが今はもうナルにあるように見えた。ナルの気持ちもまた、そう。
 意志の疎通がないことは火を見るよりも明らか、自覚すらないのも確か。だが、両想いに違いないと真砂子は思い続けていたのだ。その麻衣がどうして失恋なのだろう。そして、相手はナルではない。
(どういうことなの……? )

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