アリスのお茶会

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罪を犯すもの 第三章 3

 昨日に引き続き、車で図書館勤務の安原を拾い、彼らは別荘に帰った。麻衣を可能な限り早く学校から出したいというのが本音であった。小西玲はといえば、またもや行方不明である。
 なにしろ時間がない。その日のうちに死んだものが多い以上、今夜が峠とも言えた。彼らは帰るなり休む間もなくミーティングを始める。
 気持ちははやるが、一つ一つの疑問を解決していく以外に今は道がない。
 始めは、安原の収穫からだった。
「『罪を犯しし者』という言葉を見つけました」
 彼の報告は不敵な笑みとともに始まった。
 滝川が拍手する。それをまあまあと抑えてから、安原はいつも通り大量のコピーを机に広げた。
「ここですね。社がとんでもなく由来の古いものらしかったので、思い切って伝承や神話系に的を絞ってみました。そしたら、出てきましたよ。『罪を犯しし者』。恋愛結婚した女性のことらしいですよ」
「恋愛結婚。なぁるほどね」
 手を打つ滝川と笑顔で答える安原を、綾子が眉をしかめて見やる。
「それじゃ分かんないわよ」
「つまり、古代の女性は政略結婚させてなんぼだったってことよ。だろ?」
「だと思います」
「平安時代の藤原氏なんか典型的だな」
「ああ、娘を天皇の妻にして、自分は次の天皇の祖父になって成り上がっていったんだったわね」
「そういうことだな」
 下克上の通用しない古代社会、頼れるのは血筋だけ、成り上がれるのは姻戚関係だけである。女系家族の指向が強く、婿取りの発想が盛んだったとはいえ、やはり血の結びつきができるのは強い。
「そうやって力をつけるわけだから、娘ってのは大事だったんだよ。よそに婿に行っちまう息子より、娘の方が利用価値があるんだ。とにかく、どれだけ有効に結婚させるか。これがポイントで、もちろん恋愛結婚なんかされたら、最大の親不孝だな」
「娘の気持ちなんかおかまいなしですわよね」
「娘に気持ちなんてあってもらっちゃ困るんだろうな。利用し辛いだろ、自分のために」
 ため息交じりに綾子が肩をすくめる。
「とにかく昔はそういうことだったわけだ。その娘が親の都合の悪い奴のもんになったりして手元を離れたりすんのは、とんでもない、それこそ『罪』なわけだな」
「ああ、結婚してその人だけのものになってしまうわけですわね」
 あなたはその人のもの、とノートに書かれたメッセージは語った。この場合『あなた』は、後に『罪を犯す者』と書き残して死ぬことになるものだ。『あなた』=『罪を犯す者』の図式は成立するだろう。
 転じてすなわち、『罪を犯す者』=『誰かのもの』である。
「既婚女性はすでに利用価値がない。恋愛相手から振られたり、相手が死んだりして子供がうめなくなったらなおさらだ。だから死ななくちゃいけないんじゃないか?」
「昔らしい価値観ですわね」
 安原がふと首をかしげた。
「でも、『罪を犯しし者』って過去形ですよね? 『罪を犯す者』はこれから犯すわけでしょう? それってどういうことでしょう」
「まだ結婚してねえからじゃねぇの」
「でもそう書いて死んじゃうんですよ。死んじゃったら結婚もできないじゃないですか。『罪』が犯せませんよ?」
「そうかぁ……」
 滝川がうなる。
「『死ぬこと』が、この場合の決定的に『誰かのものになること』なんだよ」
 話をじっと聞いていた麻衣が、ふいに静かな口調で言った。滝川は彼女を見る。
「死ぬことが?」
 うん、と麻衣は首をかしげる。
「誰かを好きになった時点で、心はその人のものっていう考え方もできるでしょ? いつかその人のためにお嫁に行っちゃうかもしれないし、死を選んじゃうかもしれない」
「なるほど、まだ決定的な罪は犯してないが、犯しかねない、いつかは犯すだろうって状態なわけだ」
「そう。それが、玲くんの罪悪感なんだと思う」
 みんながはっとしたように麻衣を見た。
 どこか茫洋とした表情で、生気を失ったように見える麻衣。騒ぎの渦中にいるからだけでない憔悴がそこにはある。
「小西玲が、首謀者なのか?」
 ナルの問いに麻衣は否定の仕草をする。
「玲くんはそんなこと考えてない。でも、死にたいと思ってる。今でも思ってるの。そういう気持ちが、あの部屋いっぱいにあったの」
 ナルが視線を惑わせる。
「なら、首謀者は鈴という少女か」
「赤い着物の女の思考は、『かわいそう』なんだろ? かわいそうだと思う相手を殺すのはおかしかねえか?」
「死ななくてはいけない、という発言もあった。それを前提にしてかわいそうだと言ってるんじゃないのか?」
「でも、かわいそうという声ならあたくしにも聞こえましたわ」
「そうか……。なのに、原さんは狙われていない」
 話がどうどうめぐりになってきた。
 麻衣は、少しぼんやりとした顔で話を聞いている。
「麻衣、大丈夫か?」
 滝川が麻衣の顔をのぞき込む。
「大丈夫」
 夕食でも作りましょうか、と安原が言い、麻衣が手伝うと立ち上がった。

 なにしろ、八人からの大人数である。量産なら汁物といきたいところだが、菜食主義のナルとリンがいる以上一筋縄ではいかない。野菜のみをブイヨンで煮込んだスープ、別々に作ったロールキャベツは後から入れる。パンと紅茶、仕事中なので酒も出せない。
「どこかのわがままのせいで、野菜料理に応用がきくようになったなぁ……」
 キッチンに隣接した今の男たちに聞こえないように麻衣がぼやいた。
 安原が笑う。
「でも、あの二人の菜食主義は精進潔斎なんじゃないんですか?」
「らしいけどね。リンさんは調査の時以外はそこまでうるさくないんだよ。卵とか食べるし。なのにどっかのわがまま男は」
「渋谷さん卵もだめなんですか? 普段から」
「卵もダメ、加工物もダメ」
「へー。僕なんか、他に何食べんだろって気がしちゃうな」
「でしょ?」
 麻衣は唇をとがらしてぐるぐるとシチューをかき混ぜる。
「でもあたし絶対あれ、ただのわがままだと思う。生卵とかはともかくさ、牛乳やコンソメに何の文句があるわけ?」
「付き合うことになったら苦労しますよねぇ」
 さらりと言って、安原が腹に一物な笑顔を向ける。麻衣はその意味を理解するのに一瞬瞬いて、頭に届いた途端思わずおたまをなべの底に炸裂させていた。
「安原さんまでそうゆうこと言う!」
 突然声を荒げた麻衣に、ミーティングをしていたメンバーが顔を向ける。それに向かって安原がとびきりいつも通りの笑顔を見せた。大丈夫だとジェスチャーしてミーティングを続けさせる。
 麻衣はうつむいた。
「だけど、本当どうしてそういうものまでダメなんですかねぇ」
 ひょうひょうとして安原が言葉をつなぐ。
 麻衣はおたまを握った手にそっと力を込めた。
「……たぶん、こっそり入れても気付かないに違いない」
「頓着しなさそうですよね」
「……入れちゃおうかな」
 そうしたら少しは意趣返しになるだろうか? 
 重いわだかまりを努めて軽く口に出した麻衣に、あっけらかんと安原は笑う。
「谷山さん、渋谷さんに激怒モードですね」
 明るく言われ、麻衣は胸がつまるのを感じてそれをごまかそうとした。けれどうまくいったとは思えなかった。
「ごめんなさい。なんだかおかしいの。これって八つ当たりだ。安原さんにも、……ナルにも」
「構いませんよ。ため込むよりずっといいです。所長にだって、たまにはいいんじゃないですか?」
 この人たちを置いて死ぬなんて、考えられない。
 暖かい優しさに触れるたび、麻衣はそう思う。今また思う。
 けれど、死にましょう、という、あの人のもとへ行きましょう楽になりましょう、という誘惑が麻衣を絡め取ろうとしてくる。拒んでも拒んでも、振り払った蜘蛛の糸がまた絡んでくるようにそれは戻ってくる。
 かわいそう、と言われる。彼女たちは、永遠に寂しさを包み込んで抱きしめていてくれる。
 辛いのね、と何のてらいもなく抱いてくれる。
 白い手が頬をなでてくるような気がする。
「谷山さん、ここだけの話ですが、失恋の相手は渋谷さんじゃありませんよね?」
「だから、違いますってば!」
「意地になってますね」
「そんなことありません。あたしは……」
 『あなたの好きなのは誰?』
 涼やかな声が、耳に忍び込んできたような気がした。麻衣の口から、するりと言葉が飛び出した。
「あたしの好きなのはジーンの方なんです」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
「ホントかなぁ」
 麻衣は眉間を険しくした。
(今でもこんなに好きなのに、どうして?)
「夢でしか会わない人を好きって、変ですか?」
「いーえ、とんでもない。ただ、ずっと一人の人を好きでいるんですか?」
(もちろん、そう)
「そんなの、分かりませんけど」
「分からないでしょう? 谷山さんが好きだったのがどっちかって言ったら、お兄さんの方かもしれません。でも、渋谷さんへの気持ちは何だったんです? 渋谷さんに対するものだと思ってた気持ちがお兄さんへのものだったなら、渋谷さんへの気持ちは宙ぶらりんになっちゃったでしょう?」
「……誤解だったんですよ、ナルのことは」
 何度、何人に麻衣はそう言ってきただろう。揺れていることを誰かに指摘されるたびに。当のジーンにすら言われたことだ。それでも、麻衣は認めたくなかった。
「昔誤解したから今の気持ちを認めるのは気が咎める。乗り換えたみたいで気が引ける。そうじゃないですか?」
「……厳しいですね」
 批判受け付けますといった風情で、安原は鷹揚に笑った。
「だって、僕谷山さんに死んでほしくないですから」
「え?」
「谷山さんは渋谷さんのお兄さんのものではないでしょう? その人が谷山さんのすべてじゃないでしょう? 気持ちが変わっていくのは、罪なんかじゃないと思うんです。それに渋谷さんも、僕も、……その他大勢のみなさんも、谷山さん大事だと思ってくれてますよね?」
 麻衣はシチューをかきまわした。
 大事だと思っているか? ……大事に決まっている!
「……はい」
「谷山さんが死んだら僕泣いちゃいますからね。僕が大事だと思ったら、決して死んだりしないよう、お願いしますね」
 麻衣は自分が震えていることに気がついた。腕が、わずかに小刻みな震えを起こしている。
 安原のように言ってくれる人間がいる限り、麻衣は自ら死ぬことなどできないだろう。たとえ、好きな人と死に別れねばならぬ現実をどれほどに憎む瞬間があろうとも。
 だから麻衣は、必死に蜘蛛の糸を振り払う。
 暗闇から這い上がる。
「……がんばらなくちゃ」

 食事ができると、夕食を取りながらのミーティングになった。行儀の悪い、と麻衣や綾子などは顔をしかめたが、何しろ時間がない。行儀を云々している場合ではないと言われれば反論できなかった。
 調理の最中に作られた表をテーブルの中央に置き、慌ただしいミーティングとなった。
「とりあえず、この表を見てくれ」
「なぁに、これ」
「被害者たちの死亡日時と、死亡推定時刻、発見時刻、赤い着物の幽霊とやらを目撃した日、条件を満たしたと思われる時点……つまり付き合ってた男と別れた日なんかを書きだしたものだ」
 その日、彼らは残った時間を再び事情聴取に当てていた。麻衣は参加させてもらえず監視付きで部屋に閉じこめられていたのだが、そういうことをしていたらしい。
 紙には滝川の字でいくつかの日時が書き込まれていた。
「引っかかるのは、ここだ。死亡した日と条件を満たした日」
 滝川は該当する部分にマーカーでアンダーラインを引いた。

小西玲(二―C)
 四月三日夜自殺未遂(刃物による自傷)、四日朝発見
 ←幽霊 ? 
  別れた日 ? 
清野夕希(一―B)
 四月十日昼自殺(服毒)、同時刻発見
 ←幽霊 ? 九日に友人が目撃談を聞いている
  別れた日 四月五、六日あたり
柳沢礼(三―A)
 五月七日夜自殺(縊首)、八日朝発見
 ←幽霊 五月七日、朝
  別れた日 四月末〜五月頭(GW中)
木内朝美(二―C)
 七月二日夜殺害(刺殺)、同時刻発見(七月二日昼自殺未遂)
 ←幽霊 七月二日、朝
  別れた日 七月一日

 ざっと目を通し、麻衣は首をかしげた。
「うん……これが?」
「幽霊を見てからが短いですね」
 同じように表を見た安原が言って、申し訳なさそうに麻衣を見た。
「その通りです」
 ナルが躊躇なく安原の言葉を肯定する。
「清野夕希が幽霊を見たのは友人にその話をした九日だと仮定すると、全員幽霊を見た翌日か当日に死んでいることになる。白い女の目撃談も、誰かの死亡当日が特に多い」
「あたしは、今日死ぬってこと……?」
「そんな話はしてない。解決のために話し合ってるんだ」
 冷たく切り捨てたナルをフォローするように、滝川が後を続けた。
「どうせ少しでも早く解決しなきゃなんないんだ、気にするな麻衣。つまりな、条件を満たしてからの日数はかなりまちまちで、五日から最大十日近く開いてるのに、幽霊を見てからは切りそろえたように半日から一日しかかかってないんだよ」
「かと思えば木内麻美は条件を満たして翌日死亡。幽霊を目撃するにいたるまで時間が必要だというわけでもないらしい」
「これはどういうことかと思ってね」
「条件は他にもあるのかもしれないということなんだ」
 言って、ナルはちらりと真砂子を見やった。
「付き合っていた相手と別れた、あるいは失恋というだけでなく。その条件をそろえた時点で、幽霊、鈴を見る。ここからは即刻自殺に至る。大体半日だな」
「一番長くかかってるのが柳沢礼ですか……」
 言って、安原がふとあごに手を当てた。頭を下げて、表とペンを手に取る。
「ちょっといいですか。これ、こう書き加えたらどうでしょう」

清野夕希(一―B)
 四月十日昼自殺(服毒)、同時刻発見
 ←幽霊 ? 九日に友人が目撃談を聞いている
  条件を満たした後の登校初日 四月九日(始業式)
  別れた日 四月五、六日あたり(春休み中)
柳沢礼(三―A)
 五月七日夜自殺(縊首)、八日朝発見
 ←幽霊 五月七日、朝
  条件を満たした後登校初日 五月七日(月曜)
  別れた日 四月末〜五月頭(GW中)
木内朝美(二―C)
 七月二日夜殺害(刺殺)、同時刻発見(七月二日昼自殺未遂)
 ←幽霊 七月二日、朝
  条件を満たした後登校初日 七月二日(月曜)
  別れた日 七月一日(日曜)

「あれ?」
「ほら、綺麗にそろいましたよ」
「ほんとだ……」
「時間がかかってる人は、長期休みの間に条件を満たしてるんです。問題は学校で、霊は学校から出られないっていうのはどうでしょう」
「すごい安原さん!」
「だてに少年探偵団やってないわね」
「いやぁ、それほどでも」
「なるほどなぁ。だが、木内朝美は幽霊と思われるやつらに刺し殺されてるぜ、自宅で」
「あっ、そうか」
「惜しかったな」
「面目ない」
「いや、悪くないと思う」
 ナルがかすかに笑った。
「木内朝美に関しては問題ない」
「何でだよ。生身の人間が実行犯だとでもいうのか? 部屋の帯電はどう説明する」
「実行犯はおそらく霊だな。他の人間も憑依されて自殺しているんだ。霊は学外にも出ている」
「じゃあ、変だろ」
「学校の霊には二種類いる。もともと学校の敷地ではなかったところにある社の白い女たち、それとあの場所に因縁があるらしい赤い着物の鈴」
「なるほど!」
「おそらく鈴は学校、というよりその敷地に捕らわれて出られない。白い女たちは恨みの念が希薄だそうだから、主犯は鈴と捉えていいだろう。鈴は、被害者が学校に来ないと認知できないんだ」
 真砂子が満足そうにうなずいた。
「木内朝美は自宅で殺害されている。鈴は学校から出られない。学校で目撃された白い服の女は、鈴の意思にしたがって動き、学外へ行く必要がある時は出ていく。目撃された女たちは、被害者の行動を追って移動しているところを見られたんだな。だから、廊下や階段にいた。その他の目撃が事実かどうかは分からないが」
 麻衣はぼんやりと思い出す。
 悲しみの集合体、とジーンは言った。引力のある悲しみ。おそらくは鈴の悲しみがそうなのだろう、それがすでに恨みの薄くなっていた女たちを引き付けた。女たちは自分の意志で動くほどの恨みをすでに持ってはいない。
「鈴は、どうして今ごろになって……」
「小西玲」
「玲くん?」
「学校で自殺未遂した小西玲がきっかけじゃないか? 他の自殺者と彼女を同様には考えにくい」
(玲くんの悲しみ……)
 初めに鈴を引き付けたのが、玲の悲しみだったのだ。
 かわいそうと、そればかり言っていた鈴が玲に引き付けられてそれを思い出し、刺激されて活性化した。
(玲くんも、鈴も、他の人もみんなかわいそうだよ……)
 彼女たちが死にゆく人間を哀れむから誘惑しているのを、麻衣は知っている。
「段階があるはずだ。条件を満たす、学校へ行って鈴を見る、自殺を試みる、襲撃があるとしたらその後だ。自殺はするな」
 見つめられて、麻衣は小さくうなずいた。

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