入り口にも書きましたが、この話はほんとに痛くて重いです。
 スレイヤーズ世界の残酷さ、紙一重のところで生きているガウリイとリナの行く道、そういうものと真剣に向き合って書いたつもりです。
 明るく楽しく二次創作を楽しみたい人には、まったくもってオススメしません!

 読んで……いただけますか?

 それでは……どうぞ。
 (あ……読み始めてしまったら、最後まで読んだ方がいいと思います。ハッピーエンド保証)

 

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それは心を繋ぐもの 1

update: 10.01.20 

 油断した、と思う。
 考えが甘かった、と思う。
 だけど、それだけのことなのに、こんな罰を受けなくてはならないんだろうか。
「ぐ……っ。うう……っ」
 あたしは声の出ない喉からうめき声を絞り出し、いつ終わるのか分からない屈辱に耐えている。いい加減痛くてたまらない体の奥を、顔も覚えられない男が無遠慮に犯す。
 これは、『犯す』というにふさわしい最低の祭りだと思う。男が大勢で集まって、女一人を罠にかけて、やることといえばベッドに縛り付けて順番に犯すだけ。
 本人たちはこの祭りを『復讐』とのたまっているけれども、ちょっと鏡で自分の顔を見てみたらいいと思う。そこに映る表情が、復讐心に燃えているのか、あるいは嗜虐心に燃えているのか。
 なんなら賭けてもいい。あたしは自信を持って『単に楽しくてやってる』に賭けてやる。あんたたちにとっては、分の悪い賭けになると思うけど。
「いい格好だなあリナ=インバース」
 ベッドのそばから見下ろし、笑う下卑たブタ。
「どうだい、普段馬鹿にしてるごろつきどもに、めちゃめちゃにされるのは」
 あたしは答えない。というか、答えられない。
 のどはつぶされてしまった。
「……」
 返事の代わりに殺意を込めてにらみつけると、ブタ野郎は数歩後ずさった。
「兄貴、何ビビってんですか!」
「いくらリナ=インバースでもこの状況じゃどーにもならねっすよ!」
「あ、ああそうだな……」
 確かに、反撃は難しい状態である。
 のどをつぶされただけでなく、手足は縄で見事にぐるぐる巻き。
 敵は野盗とはいえ五人の屈強な男で、肉弾戦の相手としては望ましくない。
 剣はどこかに持ち去られてしまったし。
 助けを求めようにもここは山の奥の一軒家で、誰かが偶然通りがかる可能性も低い。
 こんな状況でできることはっ!?
 はいっリナ=インバースさんっ!
(まーあまり深刻に考えすぎず、保護者のヘルプを待つのが得策ですかね)
 というわけで、本気でやだけど泣いたりしたって別にいいことないし。気分だけでも前向きに乗り切るべしっ!
「ど、どーします、この女」
「どーするもこーするも……組織の復讐が目的なんだから、うちの組織がこいつにされたみたいに、二度と立ち直れないくらいこてんぱんにしてやんだよっ!」
「おおっなるほどっ! それは具体的にはっ!?」
「ぐ、具体的にはなあ……っ。とりあえずみんなで回してだなあ……」
 それ今やってるし。
「なんかもっとこう、エグいのはないんすか、兄貴」
「え、エグいってお前……」
「たとえば…………とか?」
「……お前……エグいな」
「よく言われます」
「よし、それ採用! みんな回ったらそれだ!」
 ちょ、ちょっとーっ!
 なんだか知らないけどすごくヤバそうな相談してなかったっ!?
「おい、余所見してんなよ」
 粗野な声に呼び戻されると、馬鹿面の男は外見そのまんまの荒々しい動きであたしの体を壊しにかかってくる。
「は……はあ……っはあ……っ」
 ほとんど身動きもできない中で、ひたすらに欲望を打ちつけられる。
 内蔵全部が非難の声を上げているのが分かる。喉からは悲鳴と矯声が入り交じって出ていこうとしているのだが、まともな音となって出ることができない。
「こんなもんで済むと思うなよ、リナ=インバース」
 いやもうこれくらいで勘弁してくれるとありがたいんだけどなあ。
 体は痛みと律動で揺れていたが、心は意外に静かだった。
 悲しみでもなく絶望でもなく、怒りでもない。
 寂しさ、とか、あきらめ、という言葉が近いかもしれない。
 こうなってしまったものは、もうしょーがない。
 早く終わってくれと願うばかりだ。
 痛みに強い方ではないが、戦ってばかりいる毎日だから、それなりに慣れていなくもない。
 ただ、少々痛いだけ。それだけだ。
 これと言ってするべきこともないあたしは、心を現実から切り離して、ふと遠い日々を思う。
 どこかで聞いたような、もの悲しい童謡のメロディーを思い出す。
 それを口ずさんでいるのは、幼い日のあたし。そしてあたしを背負う姉ちゃんだ。
 夕暮れが始まる時刻、家に向かうあたしが背負われているのは、やんちゃ坊主たちによってたかって殴られてケガをしたせいだ。ちびっちゃい女の子のちょっとした暴力に、やつらときたら大勢仲間を引き連れて仕返しをもくろんだ。
 あたしは姉ちゃんの背中で涙をこらえながら、赤く染まり始める空を見ていた。
 青空にかかった赤い幕は、ゆらめきながらどんどん増えていって、空に大きなたき火を焚いた。
 その光景が、妙に美しく見えた。
『リナ、あんたって子は――』
 姉ちゃんがため息をつきながら、小言をこぼす。
 姉ちゃんごめんなさい。
 あんまり人に恨みを買わないように生きなさいって言われたのに、守れなかった。罰を食らいました。ごめんなさい。
「あぐあ……あ……っ」
(姉ちゃん……助けて)
 あたしは心の中で、つぶやくように祈る。
 あの頃のあたしが、絶対的に信頼できた人。
 強く美しく、怖かったけど、間違いなくあたしの味方だった人。
 その人は、今遠い故郷にいる。
(ガウリイ……助けて……!)
 その時、がちゃ、と音がして、小屋の扉が開いた。
 開いた隙間から白い光が射し込んできて、暗く淀んだ部屋の中を照らし出す。
 ああもう朝だったのか。お日様の光が見える。
 お日様の光に照らされて立っていた人は……
(ガウリイ……)
 ほんとに、来てくれた。心の中で呼んだ、その時に。
 すごい偶然だ。
 いや、あたしはもしかしたらその足音を感覚のどこかで聞き取っていたのかもしれない。それで彼の名を呼んだのかもしれない。
 ほっとしたのが一番だったが、その次に出てきたのは羞恥心だった。
 入り口から、あたしの状態は丸見えだ。横を向けるものなら向きたいが、そんな動きの自由はない。
 せめて、唯一動かせる頭を、玄関と逆方向へ向ける。
 逆光で、ガウリイの顔を確認することができなかったけど。どう思っただろう。あたしのこんな姿に。
 その答えは、澄んだ鍔鳴りの音だった。
 一言も口にせず斬妖剣を抜きはなったガウリイの、声にならない言葉は、
 『殺してやる』
 に違いなかった。
「お、おいなんだお前……ぐあっ!」
 口上も何も言わせる気がない。もっとも扉近くにいた奴が、一瞬で絶命させられたのがわかった。
 どさり、と重いものが倒れる音がした後、呼吸の音が一つ消える。
 沈黙の後、恐怖としか呼べない感情が狭い部屋を満たした。
 一人死んだことで、他の連中はパニックになる。
「リナ=インバースの仲間か!?」
「あ、あんなにあっさり……っ」
「どーする」
「逃げるしか」
「だが……ごふっ!」
 混乱する連中に一撃、また一撃。
 そのたびに、人の気配が一つずつ消えていく。
 ひと思いに殺しているのは慈悲ではなく、また退路を考えてのことでもないだろう。ガウリイは普段、この程度の奴らをわざわざ殺したりはしない。そんなことをしなくても、切り抜けられる程度の場だ。
 ただ、怒りが制御できていないだけなのだと思う。『殺してやる』という心の暴走に、体が忠実に従っているのだ。
 あたしはいつしか、視線だけを彼の方に向けて、その殺戮を見ていた。
 あたしの傍らまでたどりついたガウリイは、足下でがたがた震えているブタ野郎をキンと冷えきった目で見下ろす。ブタ野郎が逃げないのは、腰でも抜けているんだろうか。
「お、俺だけじゃないんだ。みんなでやったことで、お、俺だけじゃ」
 彼はその言い訳にもならない言い訳を、最後まで言うことはできなかった。
 ガウリイの振り上げた剣が、まっすぐに下を向く。
 ずしゃり。
 それは、命乞いのために開いた口ごと、男を串刺しにした。
 ずるり。ひどく重そうな仕草で剣を引き抜いて、ガウリイは構え直す。そして、もう一度、今度はその腹を。
「……が……っ」
 ずるり。引き抜いて、もう一度、顎を。
 ブタはもう何も言わない。
 けれど、ガウリイはもう一度剣を振り上げた。
 正直なところ、溜飲が下がる以上に、怖いと思った。
 彼の怒りは、凄まじい。
 辺り一面に血だまりが広がっていく。新しい血がぴちゃぴちゃと水面を叩く。
 生きている人間はもうあたしたち以外いない。傍らにはブタ肉の塊が一つ。
 もうやめて、と言いたいけれども、声にならない。
 ガウリイ――。
 ごめん。
 あたしは心の中でつぶやく。
 あたしがこいつらに傷つけられたことは、おそらくガウリイの心をもひどく傷つけた。
 その優しい心をずたずたに引き裂いた。
「リナ……」
 ガウリイが、やっとこっちを見た。
 殺戮の衝動から解放されたガウリイは、どこかぼんやりとした顔をしていた。放心したように抜き身の剣を提げてやってきて、あたしの惨状に再び言葉を失う。
 あたしも目を伏せた。
 ガウリイに縄をほどいてもらわないといけないのだが。
 その様子は見ていたくない。
「ごめんな」
 場違いに優しい声が降ってきて、ビシッという音とともに右足が軽くなる。ガウリイが斬ってくれたのだ。
 次に左足、右手左手。
 はー楽になった。
 あたしが最初にやったことは、体をひっくり返して亀の子のように丸まることだった。
「……ごめんな」
 また言って、ガウリイはベッドのシーツを無理矢理はぎとり、あたしの上からかけた。
「帰ろう、リナ」
 あたしはシーツにもぐったまま、こっくりとうなずいた。
 ガウリイはシーツごとあたしを抱えてくれる。赤ちゃんみたいだ。
 昔歌った童謡をまた少し思い出して、あたしはガウリイの胸に頬を寄せる。堅く、あたたかいガウリイの腕の中。そこは頑丈な砦の中のようで落ち着く。
 心はやはり静かなままだった。
 ふと、冷たい滴に気付いて顔を上げる。
 ――ガウリイの方が、泣いていた。

 ガウリイは町へ帰ると、すぐにあたしを魔法医のところへ連れていってくれた。
 幸い、時間があまり経っていなかったこともあって、つぶされた喉は完璧に元通りになった。
 その他細かい傷も完治して、少し食べ物を口に入れて、一人宿のベッドに寝かされた。
 ガウリイはずっと付きっきりで世話を焼いていたけれども、あたしをベッドに横たえた後はちょっとあっさりしすぎるくらいにあっさりと部屋を出ていった。一人にしてやろうと気を遣ってくれたんだと思う。
 それまで自分の周りでざわざわしていた色々な音が消えて、急に静かになった。
 どこも痛くないし、誰にも監視されていない。
 何かあればとなりの部屋の保護者さんが駆けつけてくれるだろう。
 ――ここは安全だ。
 あたしを拘束していた縄の、体を締め上げるような錯覚も、ようやく消えた。
 あたしは一人天井を見上げ息をついて。
 清潔なシーツの冷たい感触に包まれて眠った。

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