それは心を繋ぐもの 5

 試して、休んで、また少し試してみる。
 何度も抱きしめられて、ささやくような声で言葉を交わした。
 大丈夫だとか大丈夫じゃないとか。愛してるとか大事にするとか。
 優しい愛撫と穏やかな愛の言葉に、強ばった心と体が水のように緩んでいく。
 いつしかあたしもガウリイに抱かれたいと真剣に思っていて。
 慰め合うように、抱きしめ合った。
 ようやくその行為に至った時には、かなり長い時間が過ぎていたと思う。
「んっ……」
 丁寧な愛撫を繰り返されてほどけた体に、硬い芯を通される。
 閉じたものを他人によって開かれる違和感はあったけれども、驚くほど痛みはなかった。むしろ、眠っていた深い快感を呼び起こされるような感じがした。
 ああ、本来の感覚というのはこういうものなのか、と新鮮な驚きを覚える。
「……痛いだろ」
 ガウリイが聞く言葉に、あたしは首を横に振る。
「全然、痛くないわ……。変なの」
「そうか?」
 ガウリイの息が、少し荒い。
「……痛いと、思うけどな。この感じだと」
「そう……?」
「ああ。キツい」
 言われてみれば、息をする時少しちりちりと引きつるような感じがする。
 だけど、痛いと表現するほどのものではない。
「すまん……お前さんちっちゃいから、つらいよな」
「ほんとに……痛くないわよ」
「そうか……」
 ガウリイは、あたしの中に入れたものを動かさないように、そっと肩を抱きしめてくれる。
「――痛く、されたんだな」
 そう言われてやっと、これが本来の痛さなんだということに気が付いた。
 あの時の痛みを痛さというならば、これはちっとも痛くない。
 だけど、今までの優しいだけの愛撫を考えると、確かに若干痛い。
 初めてではないから、ごく普通の初体験よりそもそも痛くないのだろうが、それにしても軽い痛みだ。
 そうか、本来はこんな程度のものだったのか。
 そうか……。
 思わず、確かめるようにその場所に力を入れる。
「う……」
 ガウリイが小さくうめいた。
「あ……痛かった?」
「いや……ちょっとキツかった。痛いってほどじゃないが」
「男の人も……きつく感じるの?」
「まあ、敏感なとこだからな」
「へえ……」
 それは、驚くべき認識だった。
 ガウリイに何をしてもあまり痛いと言われることはないが、それは彼が体中を鍛えていることと無関係ではないだろう。だが、その場所だけは違う。少し力を入れるだけでうめかせることができるほどに、繊細な場所なのだ。
 お互いの体で一番やわらかい場所を、ふれ合わせているのだ。
 絶対にひどいことはされないと信じて。
 大きく息をすると、繋がっている部分にじんと響いた。
 ああ、と嘆息する。
 これは信頼しあってするべき行為なのだと、やっと心の底から思えた。
「少し……慣れてきたな、中」
「え?」
 そう言われてみれば、確かに先ほどより楽な感じがする。
 もはや痛みなどまったくないと言ってもいい。
 ガウリイはあたしを抱きしめていた腕をほどき、顔を上げて真剣な目であたしを見た。
「ゆっくり……動くが。痛かったら、言うんだぞ」
「ん」
「怖かったら……どうしても怖かったら、すぐやめるからな。言うんだぞ」
 あたしは少し笑って、ガウリイの頬にふれる。
「やめらんないでしょ」
「やめる」
 ガウリイは強く言い切った。
「オレのことなんか、気にするな。言うんだからな」
「そうね……」
 さすがにここでやめてと言うのはかわいそすぎるので、あたしがそれを言うことはないだろうけど。
 もう少しゆっくりしてほしい、ってくらいのことは、遠慮なく言うことにしようと思う。
「リナ……」
 口づけと囁きを皮切りに、ガウリイが体を動かし始める。
 だけどそれは、本当にゆっくりした動作で、あたしに苦痛らしい苦痛を与えることはなかった。
 むしろ……気持ちいい。
 ガウリイの動きは、やわらかく中をほぐしていくようなもので、激しさはまったくない。
 こんな動き方もあるのか、とあたしはまた驚く。
 体の奥に隠れていた何かが、刺激されて目覚めていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと、揺り起こされるように。
「あ……はっ……」
 未知の感覚を呼び起こされる戸惑いで、唇から吐息が漏れる。
 体のどこをさわられるのとも違う。
 芯から響いてくるような、熱い何かを感じる。
「んう……ガウリイ……」
 呼んだ声は我ながら甘いもので、ガウリイも痛いかとは聞かなかった。
 優しく額に口付けて、そっと囁いてくれる。
「リナ……」
 低い声で呼ばれると、全身に陶酔が駆け抜けた。
「あ……ガウリイ……」
「リナ……お前さんの中、あったかいな……」
「そ……お?」
「ああ……気持ちいい……」
 嬉しい、という言葉が自然に浮かんできた。
 やわらかな陶酔に包まれて、その言葉が自然に唇からこぼれる。
「よかっ……た」
 言ったとたんに、自分のあまりの素直さに恥ずかしくなったが、その恥ずかしさはこみ上げてくる何かにかき消されてしまう。
「つらく……なさそうだな……」
「だいじょ……ぶ……大丈夫だから……もっと……して、いいわよ」
「くっ……」
 ガウリイの動きが速くなり、律動も大きくなる。
 少し痛い、と一瞬思ったが、そんなわずかな痛みは別のもっと強い感覚に飛ばされていく。
 深くまで入ってくる。
 その感覚が強すぎて、ぎゅっと目を閉じる。
 目を閉じると、暗い光景がめまぐるしく襲ってきて、あたしは慌ててまぶたを開いた。
 全身に力が入って、その場所を締め付けてしまったせいで、痛みも襲いかかってきた。
「あっ……く……う」
 思わずうめき声を上げてしまったのに気が付いて、ガウリイが動くのをやめてくれる。
「は……あ……」
 途中で止めるのがつらいのだろう、大きな背中が震えた。
「ごめ、ん……いいわよ……ガウリイ」
「……だから……気にするな……」
 震えながら、くぐもった声で言ってくれるのを、愛しいと思った。
「……少し……少しだけ……落ち着くまで……待ってくれる……?」
「……ああ……」
 ガウリイの熱い呼気が申し訳なくなって、その背中に腕を回す。
 抱き合って、呼吸が整うまで髪をなでていてもらった。
 しばらく経って、また始めて、不意に怖くなって、ガウリイが察して止まってくれて……。
 そんなことを、何度となく繰り返した。
 快楽を求めるような明るい雰囲気とはほど遠い、必死の行為だったと思う。
 あの時とは全然違うのに、それを心の底から理解しているのに、時々揺れてしまうのを止められない。
 最後に、あたしが怖がったわけではなくガウリイが動きを止めて。
 ああ、終わったんだなと思って。
 ちゃんと最後までできたことが嬉しくて、でも終わったことにわずかな安堵を感じている自分がいるのも否定できなくて、たまらなくなった。
 こんなに優しくしてもらってるのに。
 そう思うと、目の奥が熱くなるのを止められなかった。
 抱きしめてくれる腕にすがって、あたしは少しだけ泣いた。
 どうして、どうして、これが初めてではないんだろう。
 こんなにも優しい行為だったのに、どうして喜びだけで受け入れられないんだろう。
「ガウリイ――……」
 あたしはその時初めて、自分がどれほど大事なものを失ったのか理解した。
 そっと、本当に優しくそっと、ガウリイが髪をなでてくれる。
 気が付くと、ガウリイも泣いていた。
 短い間、二人抱き合って、泣いた。

 引き込まれるままに眠って、ふと目を覚ますと窓の外が赤かった。
 夕焼けだ。
 どのくらい眠っていたのだろう。
 あたしはシーツを引き寄せながら体を起こし、ぼんやりと窓を見る。
 夕焼けの赤い光が、部屋の中をじんわりと橙色に染めている。
 あたたかく、寂しい光景だ。
 体がだるい。石を背負っているみたいだ。
 あたしは、ため息を落とす。
 あの時、あの小屋の中で、思い出していた昔の記憶を手繰り寄せる。
 姉ちゃんに負ぶわれて、夕焼けの中を歩いた日。
 ガキ大将たちの報復にぼろぼろになって、日頃の行いを諭された日。
(ガウリイは――)
 あたしは、まだ眠っているガウリイの顔を見下ろす。
(やっぱり、もうやめろと言うだろうか)
 あたしの、奔放な行いを止めるだろうか。
 そうしたくなるだろう気持ちが、今はよくわかる。
 そして、あたしが傷つけられてガウリイがどれほど傷ついたのかも、今はよくわかる。
 強く言われれば、反論に困るだろう。
 だけど、それでも……それでも、あたしは。
 揺れながら見つめるあたしの目の前で、ガウリイがまぶたを開いた。
「リナ……起きてたのか」
 寝起きの声は、少しかすれている。
 あたしはこちらに伸ばされる手を取って、ゆっくり握った。
「今起きたとこよ。起こしちゃったみたいね」
「ん……ああ、夕方なのか……」
 ガウリイも、ぼんやりした目で窓の外を見た。
 あたしたちは、暮れていく日をしばらく黙って見つめる。
「……笑ってるな」
 ふと、ガウリイがつぶやいた。
「え?」
 振り返ると、ガウリイは嬉しそうに、だけどどこか寂しそうに笑っていた。
「リナ――お前さん、笑ってる」
「そう……?」
 そう言われてみれば、そうかもしれない。
 ガウリイは起き上がって、あたしの背中から包み込むように腕を回した。
「もう少し休んだら……また旅に出ような」
 あたしが動き出すのを嫌がっていたガウリイがそう言い出したことに、少し驚く。
「旅に……出るの?」
「出ないのか?」
「出るけど……」
 振り仰ぐと、ガウリイの青空みたいな目があたしを見下ろしていた。
「落ち着いたら、でいいぞ」
「……あんたのこと、説得しないといけないかと思ってたわ」
「説得?」
「あたしを閉じこめたがるかと思った」
 ガウリイは苦く笑って、首を横に振った。
「閉じこめたりしないさ――。リナ……お前は、ここで負けちまう奴じゃない。……そうだろ?」
 穏やかだけれども強い声音で、ガウリイは言う。
「傷ついても……それに勝てる。また走れるはずだ。だから――ヤケを起こさないで、休んでほしかった。それだけだ」
「立ち直ったら、またムチャをやるかもしれないわよ?」
「ムチャは……していいさ。オレが守る。けど、無理は、するな」
「とんでもないことして、またあんたを傷付けるかもしれない」
「――いいんだ。行け」
「ガウリイ……」
 あんたは。
 自分も、同じくらい傷ついたくせに。
 あたしが傷つくことで、同じだけ傷つくくせに。
 走っていけと、あたしをその手から空へ放つの。
 それができるの。
 あんたは……なんて。
 強いんだろう――。
「……もう少しだけ、休んでていい?」
 あたしは、弱さをさらけ出すという強さから、始めてみる。
「あたし……思ったより、傷ついてるみたいだわ」
「ああ、好きなだけのんびりしてろ」
 笑って、大きな手があたしの頭をくしゃりとなでる。
 この人はあたしの弱さを知って、それを抱きしめてくれて、それでも立ち直ったなら行けと背中を押してくれる。
 自分自身の傷と恐怖を押し殺して、行けと言ってくれる。
 弱さを受け入れてくれる人がいることで、あたしは強くなれる。
 弱い部分を見たからこそ、この人の強さがわかる。
 痛みだらけのこの世界でも、この手に支えられていれば走ってゆけると、そう思った。
 夕日の残滓がかぼそく消えていく。
 夜がやってくる。
 もう少しだけここで優しい夢を見て――そしてあたしは、またいつか、走り出すだろう。

END.

ex-ガウリイside

 何度も全面書き直しをしました。
 リナが、ガウリイが、どう思いどう行動するのか、考えて書いてやっぱり違うと捨てて、何週間もかけてこの形になりました。

 本編ではいろんな偶然で切り抜けていますが、この世界は基本的にこういうシビアな世界だと思っていますし、リナの生き方はこの危険と切り離せないと思います。
 その時に二人がどう向き合い、戦っていくのか、あるいは折れてしまうのか、それを突き詰めて考えたら、やっぱり立ち上がるだろうと思えました。

 読んでくださって、ありがとうございました。

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