シャドウ トライアングル 3

 ガウリイがそっと体を離し、窓の鎧戸を閉める。
 急速な日暮れが訪れたかのように、部屋が暗くなる。あたしは小さな声で明かりの呪文を唱え、光量を限界まで落として部屋の端に放りだした。
 静かな足取りで、ガウリイが近付いてくる。
 昨日のように押し倒される、と思ったのだが、ガウリイの取った行動はもっとやわらかいものだった。
 長い腕を回してあたしを抱きしめると、それまでと同じように優しく背中をなでてくれる。
 あたしは、緊張を押し殺しながらガウリイの服の裾をつかむ。
 しばらくして、耳に小さくキスされた。
 唇の先で耳たぶをそっと挟んで、感触を楽しむように揺らす。
 あたしが嫌がらないのを確かめているのだろうか。
 いっそすっぱり押し倒してくれた方が覚悟が決まるのに、突っ立ったまま耳を噛まれているのは、恥ずかしくていたたまれない。
 高鳴る鼓動を押さえて立ち尽くしていると、唇はだんだん大胆になってきて、耳たぶだけでなく、少し堅い軟骨の部分も、ひだになった部分も、そっとなぞりだした。息がこそばゆくて、体がざわめく。
 不意に、濡れた感触が耳孔に侵入してくる。舐められたのだと認識するよりも先に声を上げてしまった。
「ひゃっ」
 ガウリイの密やかな笑い声が、耳元で響く。
「な、なに変態みたいなことしてんのよ、あんたは」
「いや……わりと普通にするぞ、これ」
「耳元でしゃべんないでっ……」
 ぞわりとおかしな感覚が生まれて、あたしはその奇妙な刺激から逃げようと体を捻る。
 ガウリイはそれを押し留めるように、反対の耳を指先でそっとなぞってきた。
「ちょっとっ……」
「いいから、黙って集中してろって」
 笑い含みの声が、妙に男くさい。
「ちゃんと気持ちよくなるから、心配しなくていいぞ」
 そーゆーことを心配してるわけじゃないっ!
 抗議の声は、言葉にならなかった。
 また耳の中まで舐められて、体が強張ってしまったからかもしれない。
 舌先がありえないところに入り込んでくる感触は、気持ち悪さと同時にどうしようもないざわめきを呼んだ。濡れた音が耳の中で直接響いているのが、たまらないほど恥ずかしく、卑猥だった。
 耳を舐められているだけなのに、体の奥の秘められた場所が存在を主張し始める。あたしの体は、これをいやらしい行為だと受け止めている。
 どうしよう。こんなのって……。
「んっ……」
 唇を押し当てながら軽く吸われて、あたしは体をすくめてしまった。耳の中でこだまするその淫媚な音に、あの場所がじんと疼いたことを、隠すかのように。
「……やっぱな」
 やめろと言ってるのに、耳元でガウリイが笑う。
「リナは耳が敏感なんだろーな、って思ってたんだ」
「なっ……なんでよ!?」
「オレが耳元でしゃべるの、いつも嫌がるだろ? きっとここ舐めたら感じるだろーな、って思ってた」
 ちょっ……あんたは、なんつーことを!
 そんなすけべなこと考えてたのか!? 男ってのは、油断も隙もないっ!
「いつも……わざとやってたわけ?」
「別にわざとってわけじゃないが。……あーリナとすることがあったら舐めてやろーって、そんくらいだ」
 十分すぎるくらいすけべだっての。
「……昨日は、しなかったか?」
「しないわよ……ンな変態みたいなこと……」
「だから、別に変態じゃないって……。気持ちいいだろ……?」
 言いながら、ガウリイは唇と片手で両方の耳を塞ぐ。
 聴覚が変わる。
 肌と肌がこすれる音、そして自分の震える呼吸の音だけが、あたしを追いつめるように大きく聞こえてくる。
 空気のたわむような音がして、指と舌で両耳を犯される。
 本当におかしかった。体の中に入ってこられた、と感じた。体奥を貫かれた時よりずっと優しいけれども、同じような感覚がした。
「やっ……それやだ、ガウリイ……」
 甘えるような自分の声が大きく響いて、恥ずかしくなる。
 ガウリイは、あたしの弱々しい抗議を意に介さなかった。
「気持ちいいからやだ、か……?」
 こいつ……強気な……。
 だけど、ガウリイが強気になるのもある意味仕方なかった。確かにあたしの体は、いわゆる感じる場所を触られた時と同じように反応していた。それが、ガウリイにはわかっているのだろう。
 奥へ奥へと入ってくるものに、びくびくと体が震える。
 息が上がってくる。
 力の入らない手で、せめてもの抗議にガウリイの固い胸をとんとんと叩く。
「んっ……」
 小さく声を上げたあたしの腰に、ガウリイが腕を回す。
 力強い腕に支えられて、緊張する間もなくあたしはベッドに横たえられていた。
 耳をいじられるのが終わって、少しほっとする。だけど、確実に体は疼き始めている。
 優しい目であたしを見下ろすガウリイが見えて、安心すると同時にどきどきした。
「リナ……」
「ん……」
 ゆっくり顔が近付いてきたので、キスするんだと理解してあたしはおとなしく目を閉じる。
 もちろん、キスは昨夜だってしていた。
 意外となんでもないものだってこともわかっている。思ったよりすけべな行為だったが、その後に比べたら大したことではない。
 やわらかい唇が唇の上に降ってくる。
 触れるだけの、キス。
 ガウリイが嬉しそうに笑う気配が伝わってきた。彼にとっては、これがあたしと初めてするキスなんだろう。本当は、昨日何度もしているのだが。
 触れては離れる軽いキスが何度か繰り返された。それから唇は移動して、唇の端に、頬に、瞼に、眉の上に、額に、と顔中を覆うように落とされていく。
 慈しまれていると感じるキスだった。
 あたしは目を閉じてされるがままになりながら、腕だけを伸ばしてガウリイの髪にそっと指を差し入れる。
 ふと、唇ではないもので唇を押さえられたので、瞼を開いた。ガウリイは指先であたしの唇に触れながら、少し寂しそうに笑っていた。
「キスは……昨日、したんだよな?」
「……うん」
「深いのも?」
「……したわよ」
「そっかぁ」
 残念そうに、ガウリイはつぶやいた。
「じゃあ、気合い入れてする」
 キスに気合いって。
 昨日の自分に対抗心燃やしすぎだろう。
 笑ったあたしに、また軽いキスが降ってくる。さっきよりも軽いくらいの、唇が触れるか触れないかというキス。それはひどく優しくて、思わず笑みがこぼれるくらい。
 笑っていたら、舌先でちらりと舐められた。鋭敏になっていた感覚は、そのわずかな刺激に反応する。
 ガウリイはけして焦らず、舌先だけでつつくようにして、唇のあちこちに触れる。あたしがぼんやりし始めて軽く唇を開くと、歯の先を舐められた。
 昨日は、普通にすぐ舌を入れてきたのに。ああこういうもんかと思っただけだったのに。
 ゆっくりすぎるせいなのか、さっき耳をさんざんいじられて体に火がついていたのか。それとも、昨日と違ってお酒が入ってないせいなのか。あたしは昨日感じることのなかった感覚を覚え始める。
 上唇と下唇で、軽く唇を挟み込まれる。何度も歯を舌でなぞられる。先を急ぐことのないその唇の愛撫に、だんだん熱を煽られていく。
 あえぐように口を開くと、そこに舌が滑り込んできた。
 舌先が舌先に触れた時、痺れるような感覚が走って、あたしは思わず声を上げる。
「あっ……」
 反射的に舌を絡めようとしても逃げられて、あくまでも先っぽだけをゆっくり舐められる。もどかしい。感覚が研ぎ澄まされる。
「ん……」
 あたしの顔を包み込んだ手がそっと耳元に動いて、また指先でそこをいじり始める。
 今度は、誤魔化しようがなかった。腰が動いてしまった。あたしは、舌と耳に優しく触れられて、感じていた。
 舌先と歯の上を行ったり来たりしながら、少しずつ少しずつ、舌が奥に侵入してくる。でもまだ、あたしが応えるのを許してくれない。もどかしさに、足がシーツを蹴る。
 舌の真ん中のくぼみをなでられて、軽く顎が反る。
 歯の裏と、そこから続く上顎をなぞられると、くすぐったさを飛び越えた鋭い感覚に、息を飲んでしまった。
 なんというキスをするんだ。気合いを入れたキスって、こういうことか。
 勢い任せのキスではとても感じられない繊細な快感に、あたしはもう震えていた。まだ緩い、静かなキスしかされてないのに。今からこれじゃあ、この先どうなってしまうんだろう。
 飲まれ始めたあたしをわかっているかのように、唇が深く合わさって、口を塞いだ。舌先を強く吸われて、たまらずに声を上げた。
「んんうっ……」
 研ぎ澄まされた感覚をかき乱すかのように、舌を舐め尽くされる。歯の先で甘噛みされる。
 キスだけしかされてないとは思えない鋭敏な快感が怖くなって、思わず舌を引っ込めて逃げてしまった。
「……こら。逃げるな」
 少し唇を引いて、ガウリイが言う。
「だって……何これ……こんなキスって、あり……?」
「いいか?」
 にっと笑われて、恥ずかしさに身がすくんだ。
 つい唇に目が行ってしまう。厚ぼったい、男の人の唇だった。
「もっとよくしてやるから、逃げるなよ? 力抜いて、オレに全部任せててくれ」
「んんっ……」
 いやもうほんと十分、と言えないままに、また唇を塞がれた。
 逃げたい気持ちとこいつのリードに従ってしまいたい気持ちの間で固まってしまった、あたしの舌が捕まる。
 強く吸われて、ガウリイの口の中に引き込まれる。もみくちゃにするように甘く噛まれて、舌を絡められる。
 何度も、何度も……。
 だめ……これ、気持ちいい……!
「は……あっ……」
 さんざん遊ばれた後に解放されると、もう何かをごねたりする気力は残っていなかった。
 キスを甘く見ていた。ガウリイを甘く見ていた。
 こいつ……昨日は全然本気出してなかった……!
 ぽうっとなっているあたしの体を、服の上から大きな手がなでていく。時々あちこちに口付けされて、そのたびに体をくねらせてしまう。
 キスで敏感になったのは、口の中だけじゃなかった。全身が性感帯みたいになっている。肋骨の上や、二の腕、本来快感を覚えるはずもないような場所も、唇で甘く食まれるだけで、ぞくりとした感覚を覚えてしまう。
 体が作り替えられている。快感を与えられる準備が整っている。
 こんな風になった状態で、本格的に責められてしまったら、一体どうなってしまうんだか……。
 同時に膨らんでくる不安と期待で、胸が苦しくなる。
「細いなーリナ」
「ん……」
 指に指を絡められる。指の股に指が滑り込んでくるその刺激だけで、吐息が漏れた。
「ぼーっとしちまったか?」
 片手で器用に上着のボタンを外したガウリイは、がさっとした大きな手を服の中に入れてくる。
 その手が胸の膨らみを包み込んだ時、泡のように消え去っていた抵抗感がむくりと顔を出した。
「あ……」
 あたしは、その手から逃げるようにぱたりと体を横に倒していた。
「どうした?」
 ガウリイが、優しく聞く。いやじゃないのはわかってる、そんな聞き方だった。
 実際、いやというわけではないのだが……。ただ、恥ずかしいのだ。
 その、胸は……少しばかり小ぶりだから。
「胸は……さわんないで」
「へ? なんで?」
「……どうせ、さわるとこないし」
 くっとガウリイが吹き出したのが聞こえた。
 しかも、吹き出しただけではなくそのまましばらく笑っていた。
「……何よ」
「いや……お前さん、気にしてたんだなあ」
「気にしてないよーに見えたのか……」
「そこまでとは思わなかった」
 肩に手をかけられて、人形のようにひょいっとひっくり返された。それなりに力を入れていたつもりなのに。
「ちょっと……!」
「あのなあ、大きさはあんまり関係ないぞ。昨日はどうしたんだ?」
「……さわらせなかった」
 あたしがそう言うと、ガウリイはまたしばらく笑っていた。
 笑いすぎ。
「じゃあ、これは初めてなんだな」
 嬉しそうに言って、顔を覆うような大きな手であたしに目隠しをする。
「何すんのっ……?」
「余計なこと考えないで、気持ちいいのだけに集中してろよ」
 見えないなりに、前を肌蹴られたのがわかる。
 見るなっ! 恥ずかしいんだからっ!
「暴れると、押さえつけるぞ」
 恥ずかしいだけなのがわかってるせいだろう、らしくもなく乱暴なことを言う。
 でも、この流れだと本当にやりそうだ。そんな風にされるのはイヤだ。
 ……まあ、どうせ見られるんだし。
 仕方なく、暴れるのは我慢しておいた。
 幸い、目隠しのおかげで自分では自分の慎ましい胸が見えず、思ったほどには恥ずかしくなかった。胸を揉むという屈辱的な行為も、やめてくれたらしい。
 代わりに、しばらくじっと見られているような沈黙があって……いきなり、それまでとは比べものにならない強い刺激が来た。先端に吸い付かれたのだ、とわかるよりも先に体が跳ねていた。
「んんんっ……!」
 今度は、キスの時と違って遠慮がなかった。
 さっき舌に対してしてきたのと同じような刺激を、もっとずっと敏感な場所にしてくる。
 小さな芽を口の中に吸い込んで、歯の先で、奥歯で、揉み込むように甘噛みする。唇でねぶりながら、舌で上下左右に転がす。
 じゅん、と体の奥が濡れるのがわかる。
「んっ……やっだめ、それだめっ……」
 あまりの刺激に怖くなって逃れようとする体は、がっちり押さえられた。
 強く長く吸って引き延ばされたかと思うと、今度はやわらかく舌で押しつぶされる。たまらなくてじたばた暴れてしまう足は、足を絡めて封じられる。
 おとなしく集中してろ、と言われているようだった。
 だけど、こんなものに集中したらおかしくなる……!
「んーっ……あ……あっ……」
 空いてる方の胸に、指での刺激が加わった。
 指で挟んでくねくねとこね回されると、口でされるのとはまた違う、鋭い感覚が送り込まれてきた。両方の胸から伝わってくる激しい刺激に耐えられなくて、動けない足でもがいた。
 足の間がずきずきと熱を持って、存在を主張する。体は、触ってほしいと言っている。
 じっとしていられない。動いてしまう腰が恥ずかしい。
 恥ずかしい。恥ずかしい、そんなのだめ……!
 長いこといじり回した後、そこを一際強く吸ってから、唇が離れた。
「あ……はっ……は……」
 指先で軽く弾かれるだけの弱い刺激になっても、もう声は止められなかった。体が別のものになってしまったみたいだった。
 目隠しを取られて、溶けそうな顔であたしを見下ろしているガウリイの瞳にぶつかる。
「……いい顔するなあ、リナ」
「う……るさいわね……っ」
「まだ……早いかと思ってたのに……女の顔してる」
「……うっ……」
 するりと内股に指が滑り込む。
「こっちは? ……昨日、感じたか?」

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