managed dolls
   〜第三章 人形たち



1、

 滝川は、ナルの突然の命令に従い、車を出していた。
 昨日の昼、ナルは仕事の待機中だった滝川に何の前触れもなく電話をかけてきたかと思うと、怒涛のように注文をつけてきた。事情を聞かなければさすがの滝川も怒っていたところだ。
(しかし、まあ。怒るわけにもいかんわな)
 滝川は車のハンドルを握りながらバックミラーでナルの姿を見た。ナルは後部座席で地図を眺めている。仕事をしているときのナルは静かでいい。
 視線を正面に戻す。辺りの風景は、まだまだ目的の場所には遠い普通の町並みだ。彼らが向かっている九具津村にはまだしばらくある。
 ふいに、滝川の胸ポケットに入っている携帯電話が鳴った。
「少年」
「はい」
 助手席に座っていた安原が、心得たように滝川の胸ポケットから携帯を取り出す。液晶を確認して、安原は滝川に報告した。
「谷山さんですよ」
「おやおや。出てくれるか」
「はい」
 通話ボタンを押そうとした安原に、後部座席から声が飛ぶ。
「ダメだ。ぼーさんが出てくれ」
 おいおい、と滝川はあわてた。
「俺運転中よ」
「あいさつして切るくらいできるだろう」
「話すなとおっしゃる?」
 言葉を交わす間にも、携帯の呼び出しメロディは鳴り続いている。
「あとでかけ直してもらっても結構。僕と安原さんが一緒にいることは隠してくれ」
「……ご命令とあらば」
 滝川は安原から携帯を受け取り、通話ボタンを押した。
 携帯から聞きなれた声が流れてくる。
『ぼーさん? ごめんね、忙しかった?』
「いんや。ちょっと運転中でな。どした」
『んー……大した用じゃないんだ、ごめん。ぼーさんひまなら遊びに来ないかなぁと思って』
「そっか。今日はちょっと行けねぇわ。悪い」
『そっかぁ』
「なんだ、お前はひまなの」
『ううん、あのね、ナルに無茶苦茶なこと命令されて、怒り狂ってるの。もう誰かに聞いて欲しくって』
「ほほう」
 滝川はバックミラー越しにちらりとナルを見た。
『あ、運転中なら切らなきゃいけないよね。ごめんね、それだけなの』
「おう、悪いな。でもなぁ、麻衣。ナル坊にもなにか考えがあるのかもしれんし」
 後部座席のナルに聞こえよがしに言ってやった。
「ここは素直にやってやっちゃどうだ」
『もちろん、やるよ。ナル様のご命令ですからねッ』
 一言二言交わして電話を切ると、滝川は開いた片手で携帯を元のように胸ポケットにしまう。
 事情を知っている滝川としては一緒に怒ってやることもできないが、嘆息がもれる。
「ナル坊ー。怒ってんぞー」
 返事はなかった。先刻承知、ということか。麻衣のことだから滝川に愚痴を言おうと思う前に本人に食ってかかったのだろう。
「麻衣をここに連れてこなかったのはわかるし、オフィスに閉じ込めてんのもわかる。だが、麻衣にも事情を言ってやるわけにはいかんのかね?」
 これには、やっと反応があった。
「先の見通しのまったく立たない状態で、おそらくはリンが危険な状態。これをこのまま麻衣に話したら、どうすると思う」
「……おとなしく家に隠れて……は、いないだろうな」
「お前が一番危ないんだ、と言って聞くようならそうしてる。ここに連れてくれば危険だし、かといって一人で置いていったら勝手な行動をとるに決まってる。予定を引っかきまわされたら、助けられるものも助けられない。リンも、麻衣もだ」
「仕事にかこつけて命令しときゃ、確かに素直にオフィスにいてくれる、か。でもオフィスは安全なのか?」
「そのための護符だ。ジョンにも護衛を頼んである。信用してますよ、滝川さん」
 怖いねぇ、と滝川は肩をすくめた。
 昨日、ナルに言われて護符を書いたのは滝川だ。滝川とて、娘と思って大事にしている麻衣のためなら、気合を入れて護符も書く。
「素直じゃないのは所長もですねぇ」
 と、しみじみ呟いたのは黙って聞いていた安原だ。
「何ですか?」
 ナルの険のこもった声が安原に向かう。
「いえ。ただ、損な役回りですね、と申し上げただけです」
 ナルはなにも答えなかった。肩でもすくめていることだろう。
 滝川は苦笑した。



 麻衣は、電話を切るとため息をついた。
 午後にはジョンが来ると言う。ジョンなら話を聞いてくれるだろうが、あまりにおっとりしているためなんだか人の悪口を言うのは気が引けてしまうのだ。
 小脇に抱えた本を見て、麻衣はまたため息。
「何か考え、ねぇ」
 もちろん、ナルには何かの狙いがあるのだろう。彼の中でなにか構想でも練っているに違いない。ただ、それを話しもせず一方的に命令する態度に腹が立つのだ。
 オフィスのソファにどっかりと腰かけ、敵を膝の上に開いた。誰もいないと思って行儀はかなり悪い。
 昨夜のうちに十数ページは読んだ。しかし初めの方はずーっと前書きと言うか注意書きになっており、それを全部消化したところで力尽きて眠ってしまったのだ。そこを読み終わるなり寝てしまったもので、本は枕元に置きっぱなしだった。目が覚めたら目前に敵が控えていて、脱力したものだ。
 思ったよりは読みやすい文章なのがまだしもだ。ナルも麻衣の知能程度をかんがみて選んでくれたということか。馬鹿にされたと怒る気は毛頭ない。助かった、と言いたい。
 自分のためだけにいれた紅茶を飲み、重い本を抱き上げてひたすら読んだ。
 そうして、昼を過ぎた頃だろうか。
 ドンッ。
 突然オフィスのドアに何かが激突する音がした。
 驚いて腰を浮かす。
 大して重いものではなかったようだ。だが、誰かが間違って何かを当てるには、このオフィスの入り口は少々奥まっている。
 なんだなんだと本を置いて立ちあがり、ドアを開けた。
 誰も立ってはいない。
 代わりにその床には、うさぎのぬいぐるみが転がっていた。
 半分裂けた口をさらして転がるうさぎに、麻衣は思わず息を飲む。
(なんで……これが、ここに)
 だが、行動を起こすより早く目の前から声がかかった。
「なんだ、やっぱりいるんじゃない」
 高くて小生意気な声。麻衣が顔を上げると、少し離れた位置にユキがふんぞりかえっていた。彼女がぬいぐるみを投げたらしい。
「拾ってよ」
「なーんで」
 なぜユキがぬいぐるみを持っているのか、疑問が緊張の波のように走ったが、麻衣はあえて普段通り笑って見せた。
「いるくせにしらんぷりしちゃってさ。感じ悪いったら」
「ああ、ごめんね」
 表にCLOSEDの札を下げておいたから、中に誰かいないのか確かめるためにぬいぐるみを投げたのだろう。まんまと麻衣は出てきてしまったわけだ。
 怖い気はした。だが、麻衣はぬいぐるみを拾ってユキに近づく。
 こんな小さい子供相手におびえたところを見せて怖がらせたくはなかった。
「ユキちゃん、これどうしたの?」
「あれ? 聞いてないの? マサコがあのお兄さんに話してあたしにもらってくれたんだよ」
「へ? そうなんだ」
 釈然としないながらも、出る前にぬいぐるみの場所を確認していたナルを思い出してそういうこともあるかもしれないと思う。
 彼女にうさぎを手渡し、ふとユキの頬に鮮やかな赤い腫れがあるのに気がついた。
「ユキちゃん、ほっぺ、どうしたの?」
 言いながら麻衣は自分の頬を叩いて見せる。
 ユキは顔をしかめて麻衣から目をそらした。
「……お父さんが」
 麻衣ははっとした。
「怒られちゃったの?」
 ユキは少し迷う様子を見せた。
「言いたくない?」
 麻衣がうながすと、ユキは真っ赤な唇を子供らしい仕草でかんだ。
 そして、首を横に振った。
「マイは、あたしの話、聞いてくれる?」
 ナルに渡された本のことが頭をかすめた。
 この子に付き合ったら本を読み進めるのは大分遅れるだろう。所長様はたいそうご立腹になるに違いない。
 でも、と麻衣はユキを見た。
 小さな体と小さな頬に見合わないくらいの痛々しい大きな赤い腫れ。他に誰か話せる大人がいるのだろうか? いないのだとしたら?
(今はこの子の方が大事! 甘んじて怒られてやる!)
 麻衣はにっこりユキに笑って見せた。
「うん、ユキちゃんが話してくれるなら聞いてあげるよ? 中、入る?」
 ユキは少しオフィスを見て、首を振った。
「こんなところじゃ話しにくいわ。どっか連れてって」
「そーお? じゃ、どこか行きたいとこ、ある? 遊べるところがいいかな」
 麻衣が言うと、突然ユキは本当に顔を輝かせた。
「うん、遊べるところがいい」
 そっか、と麻衣も笑った。やっぱり子供じゃない、と思った。
 行こ、とユキに声をかけて歩き出す。
 ぬいぐるみがドアにぶちあたった衝撃のせいだろうか、桟に貼ってあった小さな紙がはらりと床に落ちた。しかし、歩き出していた麻衣がそれに気づくことはなかった。


 ジョンには出かける旨とその理由を簡単に書いた謝りの手紙を残し、麻衣はユキを連れて渋谷の街に出た。
 渋谷はこんな子供の遊ぶような場所ではない。公園といえるものもない。麻衣は少し考えて、デパートの屋上にある小さな遊園場にユキを連れて行った。
 くだらないと言われそうで心配だったのだが、ユキは年相応の顔を見せてひどく喜んだ。
「何なの、これ」
「小さな遊園地、かな? 来たことない?」
「初めて! これはどうやって使うの?」
 ユキはうさぎの形をした乗り物にとりついた。よほどうさぎが好きらしい。ぬいぐるみを抱えたままその機械にまたがる姿は、本当にかわいい。
「うさぎ、あんたの仲間よ。おかしいでしょ」
 ぬいぐるみに向かってそんな風に話しかける。
 麻衣はくすくす笑った。
「その子、『うさぎ』って名前にしたの?」
「うさぎはうさぎでしょ。なに言ってんのよ」
「うさぎはうさぎだけどその子はユキちゃんの特別なうさぎでしょ? 名前はつけないの?」
「名前?」
 ユキはきょとんとした。考えてみたこともなかったらしい。
「うさぎ……あんた、名前欲しい?」
 ユキはそう言ってからうさぎの口を指で動かす。
『ユキに名前があるんだから、僕も欲しいよ』
「そうね、それもそうだわ。私に名前があるんだからね」
 ユキはうなずいたが、すぐに顔をしかめた。
「そう簡単に思いつかないわよ」
 麻衣がうさぎの乗り物にお金を入れてやると、そいつは場違いな明るいメロディを鳴らして体を前後に動かした。
 きゃっ、とユキが体をすくめる。だが、乗り物が動いているのだと知ると顔をぱあっと明るくした。
「このうさぎ、やるじゃない!」
「そうでしょ、ちょっとやるでしょ?」
 子供ができたらこんな感じだろうか、などと思って麻衣はひたすらにこにこしてしまう。基本的に麻衣は子供が好きだ。多少生意気でも、それがかわいい。
「名前考えるのは大変かもしれないけどね、愛情のしるしだから付けてあげるといいよ? ユキちゃんの名前だって、お父さんとお母さんがきっと一生懸命考えてくれたんだと思う」
「……そうね」
 案外素直にユキはうなずいた。
「ママ……お母さんは、そういう愛情の押し付けが大得意なのよ」
「そう?」
 麻衣は首をかしげた。
「ユキちゃんのお母さんは、ユキちゃんを大事にするのが下手なのかな? でもお母さん、ユキちゃんのこと好きなんだ。それは、ユキちゃんわかってるじゃない」
「わかってるよ……。だから、お母さんのために、あたしは、お母さんが望むから、あたしは……」
 ユキはまだ名前のないうさぎをぎゅっと抱いた。そして、ぷいと横を向いてしまった。
「マイはどうしてそうおせっかいなの? 人のこと、知りもしないくせによくぺらぺら勝手なこと言えるわね」
「そうだね、でもお父さんとお母さんは大事にしなきゃ」
「ちゃんと普通に大事にされてる人にはわかんないわよ!」
「うん、あたしは大事にされてたよ。でもお父さんもお母さんも死んじゃったから」
「……『死んじゃった』」
 ユキはその言葉を繰り返した。
 麻衣はうん、とうなずいた。うさぎの乗り物は止まって、明るいメロディは消えていた。
「ユキちゃんにもわかるよね。いなくなっちゃったの。お父さんのことは、あたしすごく小さかったから覚えてない」
「『いなくなっちゃう』……」
 ゆっくりと麻衣の言葉を繰り返し、ユキは名無しのうさぎに頬を寄せた。
 乗り物から降りるのに手を貸そうとして、麻衣は手をさしのべる。その手を、ユキはじっと見つめた。
「あたしね、お母さんに言われてるの。優しくするひとを信用しちゃダメって」
 そう言って、ユキはふらつきながら自分の力で乗り物を降りる。
「マイ、『死んじゃう』って『痛い』?」
「そうだね……」
 ユキはうつむいて少し何かを考えると、うさぎのぬいぐるみを空に掲げるようにして見つめる。
「うさぎ、名前つけてあげるね。よく考えるからちょっと待ってよね」
「うん」
 麻衣は微笑んだ。
「よーく考えてつけてあげてね。名前ってね、その人の人生や性格を決めるなんて言うから。いい名前をつけてあげたら、きっといい子になるよ」
「うさぎは今でも十分いい子だけどね」
 憎まれ口をたたきながらも、ユキは大事そうにうさぎに頬を寄せる。麻衣は、そんなユキをだんだんと愛しく思い始めていた。


 デパートを出ると、特に行く場所もなくなった。二人は渋谷の街をあてもなく散策して歩くことにした。
 小柄なユキが夏休みの渋谷の人ごみにまぎれないように何度も振りかえりながら、渋谷を歩いたことがないというユキを案内して回る。ユキは相変わらず澄ましかえった態度だったが、どの店にも興味を示して入りたがった。
 特にユキのお気に召したのは、ゲームセンターにたくさん置いてあるUFOキャッチャーのぬいぐるみだった。
 もちろん、うさぎのぬいぐるみだ。
「ユキちゃんは、どうしてそんなにうさぎが好きなの?」
「うさぎと、似てるからね」
 ユキはぬいぐるみの黒い目をのぞき込む。
「へえ。そのうさぎは他のうさぎと違うんだ?」
「うさぎは、あたしの人形よ。あたしだけの人形よ。この子はあたしの言うことを何でも聞くわ。その代わり、あたしはこの子を守るために何でもするの」
「ふぅん?」
 麻衣は首をかしげた。
「『あたしの生きる理由』……ママならそんな風に言うんだろうけど」
 ユキは肩をすくめて呟き、すたすたとゲームセンターの中に入っていった。彼女の体が騒音の中に消えて行く。まったく物怖じしない態度に、麻衣はやれやれと後をついていった。
 なにぶん外は猛暑だから、店内に入れるのはいいことだ。
 ゲームセンターの中は、ひまそうな少年たちと、会社のパソコンルームのように整然と並んだコンピュータゲームが支配していた。なにが音源なのかはっきりしないほどの騒音の中、それぞれの台にとりつく少年たちは仕事をしているサラリーマンのように熱心で静かだ。
 ユキは彼らとコンピューターゲームとには見向きもせず、入り口近くに並べられた大きなガラスケースばかりをのぞいて歩いた。ガラスケースの中には鮮やかな色をしたぬいぐるみたちが、ダンボールに収納されてでもいるかのようにみっちりとつめこまれている。ユキは一つ一つのケースを検分するかのように、ガラスに手をついてケースのぐるりを回った。
 UFOキャッチャーというのは、手を突き出した円盤に似た形をした機械で、下にあるぬいぐるみなどをつかむゲームである。見事に円盤の腕で景品をつかむことができると、円盤がケース内にある筒状の穴にそれを落としてくれる。
 ユキはしばらくそれをながめていると、その内のひとつにいたく心引かれた様子で麻衣を呼んだ。
 もちろん、うさぎが山と詰まったケースだった。
「マイ、これ取ってよ」
「えー、無理だよ」
 UFOキャッチャーにはコツがいる。うまい人なら目当ての景品を取ることも出きるだろうが、初心者には金の無駄にしかならない。
 もちろん、苦学生の生活が長い麻衣はゲームセンターに親しみ深くはなかった。ユキの要望に応えられるとは思えない。
「やってみる前からあきらめないでよね。情けない大人」
「そう言われましてもですね……」
「 やって 」
 絶対的な命令。
 麻衣はため息をついた。
 何にせよ、元気が出てきたようで結構なことだが……。麻衣は、ナルの命令を裏切ってまで、この子の気晴らしに付き合ってやるために出てきたのだ。
(このくらいは挑戦してやってもいいか……)
 わがままな人間に付き合い慣れた麻衣は、あきらめの境地でコインを取り出した。
 当然、結果は惨敗だった。
(も、持ちあがりもしないってどういうこと?)
「ぶっきようねー。イライラしてくるんだけど」
 ユキはご立腹だ。
「いや、もうあたしほんと不器用だし。無理だよ、やっぱ」
「あきらめるな!」
「そんなぁ」
 ユキは自分でやろうという気はまったくないらしい。
 ケースの前できゃんきゃんと言い合いをしていると、ふいに後ろから声をかけられた。
「あのー!」
 大声に、麻衣は振り向いた。ゲームセンター内はうるさいから、かなりの大声を出さないと意思の疎通ができないのである。
 そこには眼鏡をかけた、いかにもそこの常連くさい男が立っていた。
「あっ、ここ占領しちゃってすいません、どうぞ、もうやめますから」
「ちょっと! 勝手にゆずらないでよ!」
「無理だってば!」
 麻衣は天を仰いだ。
「それ、取るんなら僕がやりましょうかー?」
 男は、唐突にそう言った。
「へっ?」
「だから、そのぬいぐるみ。あなたのやり方じゃちょっと取れませんよ。なんて言うか、見るに見かねたって言うか」
 同情されてしまったらしい。
「い、いいんですかー?」
「うん。ちょっといいですか」
 男は麻衣の立っていた場所に割り込むと、さっさとコインを放り込んだ。
「あ、お金」
「いいです。取るのが楽しいんだから」
「でも」
「家にこれ以上ぬいぐるみがたまっても、邪魔でしょうがない。もらって下さい」
「はあ」
 男は真剣にケースを見つめると、これは取りやすいな、と呟いてボタンを叩いた。機体がさっきから麻衣が何度も聞いた機械音を流し始め、アームが動く。
 山の一番上に横たわったぬいぐるみの上にUFOが来ると、男はもう一度狙いすましてボタンを押した。
「すごい! 持ちあがった!」
 男は得意そうににこっと笑って、完璧、と言った。
 途中で落ちそうにないくらいUFOはしっかりとうさぎのぬいぐるみをつかんで、取りだし口に通じる穴の上に移動し始めた。
「ユキちゃん! 取れたよ!」
 うん、とユキは満足げに笑った。
 どうぞと言って男が取りだし口を指差したので、麻衣は礼を言ってそれを取らせてもらうことにした。
 ケースの下は機械の本体になっており、その端に自動販売機のような取りだし口がついている。取れたぬいぐるみはケースからそこへ直接落とされてくる仕組みだ。
 ぼすん、とぬいぐるみがUFOの手を離れたのを見てから、麻衣は取りだし口についたプラスチックの弁を押して手を入れた。
 半透明のふたに邪魔されて中は見えないが、まんまるいものが入っているのは分かる。
 しかし、柔らかい毛皮にさわるはずだった手は、奇妙にでこぼこした質感にふれた。
(え?)
 なめらかな柔らかさというのだろうか、ゴムかなにかにさわったような感覚。それも、飴か何かにまみれたゴムだ。
 何かのいたずらにひっかかったか、と麻衣は顔をしかめた。
 半透明のプラスチックのドアがあるから、取りだし口の中はあまりよく見えない。それをいいことに中に変なものをしかけておいたいたずらものがいたのかもしれない。
「なんか……変なものが入ってる」
「え?」
 思わず手を抜くこともできないでいる麻衣の様子に、親切な男は首をかしげて取りだし口をのぞきこんだ。
 その瞬間、汚れた液体がその口からこぼれた。
「これ……」
 男が指先に液体をすくいとる。
 麻衣はおそるおそる手を引き抜いた。
 何かの見間違いかと思った。手は、鮮やかな紅色でべっとりと汚れていた。
「何これ!?」
「うわぁ、悪質だなぁ。大丈夫ですか?」
「ええ、まあ。平気ですけど……」
「こりゃ、ぬいぐるみもひどい有様かな」
 ぬいぐるみは入ってなかったみたいだった、麻衣がそう言う間もなく、男は躊躇なく取りだし口に手を差し込んだ。
「なんだ、こりゃ……」
 眉をひそめながら、男が苦労してそれを引っ張り出す。
 初めに、赤い液体が反動でぐちゅりとこぼれだした。その次に、男の手にしっかりとつかまれて大きな黒い塊が引き出されてきた。
 液体まみれになった、黒い、ぬいぐるみのようだった。
 ひっ、と男がそれを投げ出したのがその次だった。
 ごろりとぬいぐるみは転げた。
 ぬいぐるみのゴムの面がむきだしになった。
 麻衣は白濁した目ににらまれていた。
(……首)
(子供の、首だ)
 それを理解した瞬間、悲鳴を上げていた。
 血まみれになった生首だった。
 小さな小さな、生首だった。縒られた絹糸のような黒い髪がぐるぐるに顔を包み込んでいた。そのどこかから血がぼとぼとと流れてくるのだ。髪に隠れた……おそらくは、首の断面から。


 麻衣のけたたましい悲鳴に人が集まってきて、辺りは機械の出す騒音をかき消すほどの大騒ぎになった。
 遠巻きにするもの、首をのぞきこむもの、その場を逃げ出すもの。
 じとじとと血の水たまりが広がっていく。
 麻衣は血にべっとり塗れた右手を左手で包み込み、その場に立ちつくして震えていた。
 店のものが駆け寄ってきて、しどろもどろに事情を聞く。先ほどの眼鏡の男がこちらもしどろもどろになって今あったことをなんとか店員に告げていた。
 麻衣は上ずった声で叫ぶように言った。
「警察……! 警察を呼んでください!」
「あ、ああ」
 やっと思いついたという風情で、あわてた店員は店の奥に飛んでいく。それを見送り、麻衣ははっと気がついてユキの姿をさがした。
 仕事柄死体を見たことがある自分でさえ、これほどまでに動揺しているのだ。ユキは。
 だが、ユキの姿がない。
 きっと集まってきた人ごみにまぎれてしまったのだ。
「ユキちゃん!」
 麻衣は辺りを見回した。人垣が邪魔で小柄なユキの姿は探せない。
 人の間をすり抜けて麻衣がそこを出て行こうとした時、店の奥に走っていった店員がさらに慌てたように戻ってきた。やけに早い。
「電話が、電話が通じないんです! どなたか、携帯電話をお持ちじゃありませんか!」
 辺りに新たなざわめきが走った。
 半分地下に入ったこの店内では携帯が通じない。
 いち早くそれを悟った麻衣は、弾かれたように出口の方へ体を向けた。
「あたし、公衆電話からかけてきます!」
 今、冷静になれるのは自分だ。こういった仕事に慣れている自分なのだ、その使命感が麻衣の正気を支えた。
 乱暴に人並みをかきわけ、麻衣は店を飛び出した。
 渋谷の中心を通るはずのその通りには、やたらに暗い闇が落ちていた。
 いつの間に日が暮れたのか? 人通りも、やけに少ない。
 小雨がぽつぽつと麻衣の頬をぬらした。
 だが、そんなことを気にしている場合ではない。麻衣は辺りを見回し、そこに公衆電話より先にユキの姿を見つけた。
「ユキちゃん」
 真っ先に店を逃げ出していたのだろう。うさぎを抱えてぼうっとガードレールに持たれているユキの姿に、麻衣は少しだけ安心した。その肩が雨にぬれて寒そうに見えた。
 近づこうとした麻衣を見て、ユキは少し眉を上げ、腕を持ち上げた。その手がどこかを指差す形になる。
 思わずユキの手を追って振り向いた麻衣は、ユキが店のすぐ脇の側道をまっすぐに指していることに気がついた。そこに、ぽつんと立っている電話ボックスの明かりが、雨に閉ざされた暗闇の中、やけに映えた。
 電話がある。
 麻衣はユキに駆け寄ることも忘れて側道に飛び込んだ。
 そこはさらに人通りが少ない。どこに入り口があるのかもわからない民家が並んでいるだけで、店のひとつも見つからない。こんなところがあっただろうか、そういぶかしむ気持ちがかすめるように麻衣の胸を通りぬけた。
 蛍火のような電話ボックスだけが、辺りで光を放っていた。
 辺りの店はまだ明かりをともしてはいないのか。追いかけるように細い歌声が聞こえてきたのに、麻衣は体を強張らせた。
 そっと、肩越しに振り向く。
 ユキが、うさぎを抱いたユキが、ガードレールにもたれかかったままじっと麻衣を見て歌っていた。
 麻衣はゆっくりと視線を電話ボックスに戻した。
 今は、電話を。
 迷いを気力で断ち切って、麻衣は足を動かす。
 ――うーさーぎ追―いしかーのー山―……
 電話ボックスのガラス戸を開け、中に滑り込む。
 なぜか、息が上がっていた。
 ――うーさーぎ追―いしかーのー山―……
 歌が同じ所をリフレインする。
 麻衣は受話器を取り上げ、それでふさぐようにして耳に押しつけた。ツ――と、普通の待機音が聞こえてくる。
(何を、怯えてるの)
 その音にわずかに安堵した麻衣は、1、1、0、とダイヤルをプッシュした。回線がつながるまでの、わずかな間隙がある。麻衣は雨にぬれた体をぐったりとガラスにもたれさせた。
「こんなところで二人きりになっていいと思ってるの?」
 麻衣は何かに打たれたように体を跳ね起こした。
 目の前のガラス戸に、ユキがべったりと取りついて笑っていた。
 電話回線がつながった。
 麻衣は血に塗れた手ですがりつくように受話器をつかんだ。
「助けて! 助けてください!」
 哄笑が耳のすぐそばで破裂した。
 低い、太い、男の声が大声で笑っていた。
 麻衣は悲鳴を上げて受話器を投げ捨てた。
 地面に置いていた荷物を抱えあげ、ガラスを背に追いつめられる。
「悲鳴を上げても、誰も助けてくれないよ。それが、襲われた人間の宿命……ママはそう言ったわ」
 ユキがガラス戸を開ける。くぐもって聞こえていた雨の音が、リアルに耳に届く。
「やめて……っ」
 麻衣は荷物で思わず目の前をかばった。
 その時、バチンッ、と激しい音がしてユキは一Mも吹き飛ばされた。
「え……」
 麻衣の手元から力が抜け、ばさばさとバッグの中身がなだれ落ちる。
 どさり、ともっとも勢いよく落ちたのは、ナルに押しつけられた分厚い本だった。落ちた拍子に、表紙の見返しに張られた色紙の部分が開く。
 ユキがそれを見て舌打ちした。
「護符じゃない!」
「護符……?」
 何の衝撃のためだろう、本の色紙はかなり激しく破れていた。そこからのぞくものは……本の骨組みではなく……もう一枚の色紙、そこにびっしりと書きこまれた呪言だった。
 麻衣は慌てて本を拾い上げ、胸にしっかりと抱いた。
「『うさぎ』」
 ユキがささやいた、その直後、ユキの唇がふれた場所からうさぎのぬいぐるみに向かって何かの歪みが生まれたのを、麻衣は確かに見た気がした。
(『ぬいぐるみの中に何かの力が固まってるような』)
 真砂子との会話が、光のように麻衣の頭の中を駆け抜けた。
(なら、それを吹き込んでいたのは、この子だ)
 ユキがひょいと放したうさぎが次の瞬間には地を駆け、麻衣の鼻先にいた。麻衣は目を一杯に見開く。
「うそ……」
 ぬいぐるみの小さな手が、麻衣の手から本を叩き落す。
 きゅう、とうさぎが鳴いたのを聞いたような気がして、麻衣の意識は途切れた。



 九具津村は、地図的にも町としての位置的にもS県の端に存在する、小さな田舎町だった。
 田舎と言っても、東京からそれほど離れているわけでもなく、深い山地のど真ん中にあるわけでもない。最近になって少しずつ近代化していこうかという動きを見せる、小さな町のひとつだ。
 駅など主要な施設の周囲は都心とそう変わるわけでもない。だが、ひとたびそこから離れてしまうと途端に山の中になっていたりする、そんなちぐはぐな様子が発展途中なのだと思わせた。
 東京を出た滝川たちの車は、まず乗り捨てられたハコスカを発見したという警察に向かった。署に現物が残っていることはないだろうが、詳しい話を聞くことはできる。
 幸い発見者だという警官と話すことができ、リンの車の体裁をよく覚えていた滝川が発見当時のことを確認した。
 大方は安原の調査通りだ。
 五日前の夜、スピンでもしたのかあるいは違法停車をしているかのように、ヘッドライトもつけっぱなしの車が停まっていたこと。
 乗務員の手がかりを示すようなものはなかったこと。
 ナンバープレートが、復元できないほど壊されていたこと。
 その車はシルバーのハコスカだったこと。
 所有者だという証明ができなければ返せないという警官を拝み倒し、本人が行方不明でうんぬんという事情を話してみたが、当然ながらそれで返してもらえるわけもない。持ち主不明の上妙な状態で放置されていたことを、説明することもできない。
 これに関しては、のちに東京地検の広田氏か、アメリカ警察に協力していたというオリヴァー・デイビス氏のコネにでもすがるしかないだろう。とにかく捨てないで置いておいてくれと頼むことはできた。今はそれで十分だ。
 礼を言って警察を出ると、滝川たちは問題の国道を通って九具津村へと入っていった。
 車が乗り捨てられていたというのは、山道から開けた丘の道に出るちょうど最後のカーブ近くだった。車線は二車線ずつあり、幅も広い。周りが林で電灯もないから、夜になれば見通しが悪くなるのかもしれない。だがそれにしても合わせて四車線ある直線道路である。対向車とクラッシュしたわけでもなく事故を起こす理由は思い当たらない。
 九具津村はその地点を過ぎてすぐの脇道を入ったところにあった。一見すると山の中に入っていくように見えるので、見逃しがちな道である。だが、一度林に入りかけた道はすぐに逸れて民家の建ち並ぶ一帯に入っていく。そこをさらに十分弱走った先が九具津村中心部だった。
 駅を中心として大きめのスーパーや文具店といったものが並び、中には土地の特産品を置いている店も目に付いた。みやげものやだろうか、小さな人形が並んでいる。
 当初の目的だった村役場は、すぐに見つかった。
 車を降りた一行は、受付に用件を言って町の代表者を呼びだしてもらった。事前に電話で合う約束をしていたのだ。
 呼ばれた男はあわてたようにわざわざ入り口まで出てきて、ソファに座って待っていた彼らを会議室に招き入れた。以前、オフィスに依頼に来た田中だ。
「以前は、取り込んでいたもので失礼しました」
 大変な無礼をその一言で謝ったナルに、田中は怒るわけでもなく大げさに手を振って、気にしていないことを示した。
「いやあ、こうして来ていただければ十分ですよ! 東京では、あれですな、やはり『あぽ』というものが必要なんでしょうな! この村と違って忙しくていらっしゃるんでしょう!」
「そうですね、アポを取っていただければ十分にお相手できたのですが」
 あのオフィスでアポを必要とするなどという話は初耳だったが、滝川と安原はもちろん突っ込んだりしなかった。田中がそう思って穏便に済ましてくれるならそれに越したことはない。
「それでは、改めてご依頼の内容を確認させていただけますか」
 ナルは会議室のパイプ椅子に腰を落ち着けると、鞄からファイルを取り出してすぐさま仕事に入った。途端に周囲の雰囲気が引き締まる。
「あらかじめお断りしておきますが、まだ依頼をお受けすると決まったわけではありません。ただ、この事件に関して不審なお話を耳に挟みましたので確認に伺っただけだとご了解ください」
「は、はい。あ、そうなんですか」
 田中は三十ほども年下のナルに気圧されて汗を拭きながら、うろうろと視線をさまよわせた。
「まず、こちらの村で起こっている連続殺人が奇妙だ、というお話ですが?」
「そりゃあもう」
 田中はその死体を目の前にしているように口をゆがめる。
「みなさんも通っていらしたはずの国道なんですが、あそこで突然人が消えるんですよ……それで、数日から数十日で、体のどっかしらをなくして死んでるんです……!」
「それでは、何がおかしいのか分かりませんが」
「おかしくないんですか!? だ、だって人が消えるんですよ!?」
「もう少し具体的に」
「ぐ、具体的……。やはりあんな立派な場所に事務所を構える方は違いますなあ」
 心底感心したように言うので、ナルの冷たい視線が突き刺さる。
「は、具体的にですね! ええと……あそこを車で通っていたはずの子供が、行方不明になってしまうんです」
「車で、子供が、通るんですか?」
「あ、もちろん正確には家族で乗っているわけなんですが」
「その家族は」
「それが、旅行に出かけたはずなのにいつの間にか家に戻っていたりするんです。子供だけがいなくて」
「よく分からないのですが……」
 ナルがため息をつく。田中の説明はしどろもどろで、要領を得ているとは言い難かった。
「いや、私にもよくわからんのですよ! たとえばその家族の……親戚やら、近所のもんやらが家を訪ねていくと、出かけたはずの人間が家にいて、子供だけがいないんです」
「家の人間はなんと言ってるんですか?」
「それが、なんとも……」
「子供がいなくなって何も言わないんですか?」
「ショックで寝込んで、何も言わんのです……」
「全員が?」
 言ったのは滝川だ。
「五人ばかりいなくなってますよね?」
「うちの村のもんじゃない人もいらっしゃいますが、どぉも全員なんですわ、これが……!」
 滝川と安原は顔を見合わせた。確かに、それは少々妙な話だった。
「いなくなった子供というのは?」
「死体で見つかりました」
「それは聞きました。どんな子でしたか?」
「さあ……私も一人一人どんな子だったかまでは覚えてませんが」
 あまりの要領の悪さにナルの雰囲気が凍てつく。
「いや、資料とかですね。そういうものはないんですかね?」
 とりなすように言ったのはもちろん最年長の滝川だった。
「あ、資料ですか。そうですね、さがせば出てくると思いますが」
 ばたばたと腰を上げた田中に、滝川はあわててそれを制した。
「ああ、ここにないならいいんです! 後で探して事務所にでも送ってください!」
「どうも、手際が悪くてすみません! いやあ、田舎者はこれだから」
「それでは」
 さえぎるようにナルが言った。
「ご依頼は、その件を解明すること、ということでよろしいですね?」
「はい! お願いします!」
 がばっと田中が頭を下げるのに、ナルはため息をついた。
「お役に立てない可能性もありますが。とりあえず、お引き受けするとお返事しておきます。後で詳しい資料を事務所にFAXで送ってください。できるだけ急ぐよう、お願いします」



「なんつーか、あの連続猟奇殺人が変だってことは分かったが、あんまり収穫ないな」
 村役場を出た途端に、滝川はそんな呟きをもらしていた。
 ナルは何も言わない。
「僕、ここにきたら幽霊の団体さんにでも囲まれるんじゃないかと覚悟を決めてきたんですが。静かなもんですよねぇ」
「それは不吉すぎるぞ」
「でも、それくらいの覚悟は必要だったでしょう? そのために谷山さんを置いてきたんじゃないんですか?」
「まぁ突き詰めて言えばそういうことだが……できればもうちょい穏便にいきたいな、いけるといいな、と思ってたね俺は」
「希望的観測ですね。現実になっちゃいましたが」
 九具津村はいたって普通の町で、連続殺人が起きているといっても大方の人間は関わりなく普段通りに過ごしているし、町の雰囲気はおおむねのんびりしている。
 村役場などは中心街のど真ん中にあるわけでもないので、辺りには田園風景が広がり、畑も目に付くし山は近いし、旅行にでも来たかのような開放感があふれていた。
 こういう予定ではなかったのだ。
 もっとこの件に関して決定的な共通点なり情報なりを得られるだろうと思った。本拠地に乗り込む危険を冒す価値はあると思ったのだ。
 だが実際には、きわめて平和な調査が行われている。
「これからどうする?」
 滝川が視線を向けたナルは、闇色の目を遠くに投げて、何かを考え込んでいる。
「現場も見たし、話も聞いたし、被害者の家族にでも会いに行くか?」
「そうだな……」
 ナルが乗り気しなさそうにいったとき、滝川の胸ポケットの中にある携帯が呼び出し音をならした。失礼、と断って滝川は電話をとる。
「もしもし。俺だけど。……ジョン?」
 言いながら滝川はわずかに顔をしかめた。
 ジョンには東京に残って麻衣のガードをするよう頼んであったはずだ。動きを麻衣に悟られたくないこちら側としては、ジョンから電話を受けるのはありがたくない。そして、ジョンもそれを分かっているはずだった。
「……いない? 麻衣がか!?」
 なんだと、とナルがめずらしく吐き捨てるように言った。








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