アリスのお茶会

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罪を犯すもの 第一章 1

 東京といえど、どこもかしこもにぎわった市街というわけではない。
 若者の街、仕事の街、帰るための街、知らぬ間に区分けされ、役目ごとに区切られたたくさんの街を内包し、東京は成り立っている。
 麻衣の家は、中でも静かな界隈にあった。類型的な家々が並ぶベッドタウンの中に埋もれるようにして建ったアパートのその一角に、彼女は小さな部屋を借りている。その部屋を選んだのは他の多くの人間と同じように経済的な理由からであり、一人暮らしの大学生としては決してめずらしくないレベルの生活だ。
 眠るために用意された街の、その沈黙の中で目覚める。昼間の喧騒も、それから始まる一日の疲れもまったく関わりなく、静かな眠りの中から一日が動き出す。
 麻衣は朝、一切の余計なことをしない。目覚し時計が喚いてから必ず十五秒以内、彼女がむやみに寝過ごすということはまず、ない。布団を畳んで押し入れにつめ込み、カーテンと窓を開け、部屋に風を通す。慣れた手つきで朝食を作る。
 高校の頃からやっていることであるだけに、すでにすべてが習慣であった。平日は登校のために、休日は出勤のために、麻衣の朝はいつでも規則正しい。
 朝のニュースを見ながら朝食を済ませる。服を着替え鏡で姿を確認すると、必要な支度は終わった。
 麻衣は、部屋の隅に置かれた戸棚へと手を伸ばす。
 戸棚の一番上、一番右の引き出しには、通帳やら印鑑やら頻繁に使うわけではない貴重品がしまわれている。その上に、ひとつだけ場違いな木枠の写真立てがあった。
 麻衣は微笑みを浮かべ、そっと写真を手に取る。そうすることが、高校の中途から加わったまだ新しい習慣だった。
 写真には二人の少年が写っている。
 どこかの家の前、たたずむ二人は互いに写し取ったようにそっくりで、そしてひどく美しい。黒い髪と白い肌、まだ少年ぽさを残した華奢な体つきさえ貧弱という印象を与えない。ただ、悪魔のように天使のように美しいだけだ。
 その内一人は麻衣の上司であり、今では青年と言える年とそれ相応の外見とを持っていた。何も写真をながめずとも、仕事場へ行けば毎日会うことができる顔だ。
 いま一人は、その上司の双子の兄であった。彼は今すでに、この世にいない。
 毎朝その写真をながめている、それはつまりそういうことなのだ。
 儚く、麻衣は写真の中の美しい少年に笑いかけた。
「行ってきます」
 次の瞬間麻衣はきゅっと肩をすくめ、両手で写真立てを戻した。照れ隠しのように勢いよく荷物をつかんで玄関を飛び出す。
 扉が閉まり、鍵がかけられる音が誰もいない室内に響いた。

 渋谷の町に、渋谷サイキックリサーチ、あるいはSPRと呼ばれる事務所がある。
 サイキックリサーチ、つまり心霊調査を専門とする事務所で、構成員はバイトを含めて四名。知る人ぞ知る心霊研究の権威、SPRの日本分室である。
 心霊研究といっても、何も世界の怪談を集めて花子さんの地域分布をひたすら図表にしているわけではない。幽霊オタクとは違うのだ。日本分室を預かる美貌の所長に少しでも気に入られたいと思うなら、少なくともその時点でつまずいてはいけない。
 彼らはゴーストハンティングをしているのだ。
 ここでまた、海坊主かくらげのような白い玉っころを相手に奔走している様子を想像してはいけない。想像はそれだけで罪だと聖書も言っている。むろん、対ゴースト猟銃を右手にレーダーを左手に、草むらにじっとひそんでいる猟師の図、などという誤解は論外である。
 彼らは、俗説の中から幽霊という確かな存在を狩りだそうとしているのだ。
 超現象を科学しようという試みがある。それこそが超心理学であり、SPRの基本とも言える。彼らは、幽霊の存在を民衆の心理の中だけに求めない。心理と現実、その狭間を見極め、本物の幽霊を狩りだそうというのがゴーストハンティングであった。
 渋谷サイキックリサーチには、毎日心霊現象に関係していると思われる事件の解決が依頼されてくる。その大半は偏屈な所長によって無下に断られてしまうことになる。彼の目的はあくまで研究であるため、妄想の生み出す霊に興味を示さないのだ。だが、ひとたび引き受けられた事件は、同じ所長のプライドの高さにかけて徹底的に調べられる。その結果、引き受けた事件を解決できず終わらせたことはないという、誉れ高い事務所でもある。
 しかしこの所長、有能なのはいいのだが、仕事以外では神経質で口うるさい男でしかない。傍若無人でつかみどころのないこの男に誰もがどれほど苦い思いをしてきたことか、哀れで数えられもしない。
 特に、中でも限りなく一般人に近いアルバイト女子大生であるところの谷山麻衣にとって、この男は昔から、そして今も、最大の敵、最大の悩みの種であると言い切ってしまっても過言ではなかったのである。
 いろいろな意味において。

 麻衣がオフィスのドアを押し開けると、そこにはいつにもまして鬼神のごとき凄みを見せる美しい青年がいた。ソファにもたれかかり分厚い本に落とす視線から、おなじみの神経質以外の緊張感が漂っている。
 麻衣は、思わず額に手を当てたくなった。
「おはようございまーす」
「麻衣、お茶」
 不機嫌低気圧のうずまく室内に彼女が努めて明るくあいさつを投げ込むのと、美形若手の所長が冷たく言い放つのとが同時だった。
 洒落た事務所の中、中央のソファにゆったりと腰を下ろした美貌の青年は、フォトグラファーやカメラマンが見れば泣くだろうと素人が思うくらい、絵になっている。しかめた眉さえ、鋭利な美貌を際立たせる心憎い演出。
 自分に不機嫌の被害さえかからなければ見とれてもいられるのだが。
 麻衣は心でため息をつき、悲しくもすでに慣れっこになった所長のにらみをかわして自らの机に黙々と荷物を運搬した。
 麻衣はこのオフィスで働く調査員の一人である。彼女の学校に渋谷サイキックリサーチが調査に来たのが縁でバイトに雇われて以来、毎日毎日ひたすらお茶くみを続け、時々雑用をやって、荷物運びをやって、多少評価されて調査員に格上げしてもらうまでに半年。そして今でも主にお茶くみをしている。
「聞こえなかったのか?」
 嫌味と苛立ちのために冷えきった言葉が麻衣に浴びせられる。
「聞こえました。荷物置いたらいれるよっ。そのくらいの時間も待てないかね」
「ふうん? 日本語まで覚つかなくなったのかと思った」
「あっそう。返事すればいいわけですか。はいはいはい、わかりました。了解しました。この暑い中出勤してきた部下は、所長さまのご命令とあれば荷物を置くよりもとにかく、お言いつけ通りお茶をおいれすればよろしいわけですね? お茶と申し上げても紅茶ですね。種類はどうせ聞いてもムダだから余計なことを聞かずにさっさといれればいいわけですね。もちろん確認するまでもなく砂糖もいらないからそんなことを考えてないで持ってくればいいわけですよね!」
「わめいてる暇があったら、動け」
 見下しきった視線を向けられて、麻衣はこれでもかというほどにらみ返した。
 憤懣やるかたなく、給湯室へと足を向ける。
 一事が万事、この調子だ。
 確かに麻衣は霊能者としては限りなく役立たずに近い。助手としても知識がなくて使えないことこの上ないだろう。機械や英語などの突出した力があるわけでもない。その自分を孤児という境遇のために高給で雇ってくれている恩は認めるし、一生懸命仕事はする。だが彼の態度は人間としてどうかと、麻衣はよく、思う。
 同じバイトでも、事務員の安原に対して所長、ナルは「お茶」以外のセリフを言わないなどということはない。「安原さん」とまず呼びかけに「さん」がつき、なおかつ用事を言いつけた後には「お願いします」の言葉がおまけされる。T大生の安原は、霊能力なしに所長に認められるという偉業を成し遂げた天才青年なのだ。麻衣には、部下、協力者ひっくるめて彼が一番敬われているように見えてならない。所詮ナルの価値基準は「使えるかどうか」だ。
 湯気の立つカップを本に没頭している黒衣の青年の前に置く。テーブルに手をついたまま、麻衣は本の背ごしに黒い瞳をのぞきこんだ。
 そこにはまだ不穏な空気が漂っている。
「不機嫌だからって人に八つ当たりしないでよね」
 顔を上げ、ナルは普通の人間なら卒倒しそうなほど美しく微笑んだ。
「僕が? いつ?」
「そんなことも分からない方だとは思いませんでしたっ」
 そのくらいで今さらひるむ麻衣ではない。言って、身を起こす。
「もーいいよ、ナルに言ってもムダ。リンさんにお茶出してくるから」
 残りふたつのカップが乗ったトレイをテーブルから取り上げ、麻衣は資料室に向かおうとした。一つは同僚であるリンの分であり、もう一つは自分自身の分である。リンはよほどのことがない限り資料室にいるのが常だった。
 来たらすぐお茶くみをするのは、すでに決まりきった仕事である。
「麻衣」
 お茶を出したというのにめずらしく声をかけられて、麻衣は首をかしげた。
「はい?」
「近々、僕はイギリスに帰ることになると思う」
「え……」
 難しそうな顔でナルが呟いた言葉に、麻衣は手にしたトレイを取り落としそうになった。
「イギリスって……いつ?」
 ナルの故郷は、SPRの本部があるイギリスである。日本にいるのは様々な事情があって日本分室を任されたからであり、日本に永住すると決まったわけではない。
 それでも、イギリスに帰る日が来ることを現実的に考えたことはなかった。
 なぜか手が震えるのを不思議に思いながら、麻衣は無理に笑みを浮かべて見せる。
「向こうも大変そうだもんねー。そういつまでも所員を日本に放置しておかないか。どのくらい?」
「さあ。ただ……」
 何か言いかけたナルの声に麻衣が耳をすませた時、オフィスのドアが開かれた。カチャリという音に慌てて振り返る。件のお洒落なドアの前に麻衣が認めたのは、知り合いの誰でもない中年の男だった。
 客だ、そう判断し、麻衣は即座にナルの話をあきらめた。依頼の多くを断るとはいえ、曲がりなりにも客商売なのである。受付を担当する麻衣が客をおざなりにするわけにはいかなかった。
 姿勢を正し、入り口に向かって営業用スマイルをふりまく。
「いらっしゃいませ」
 入ってきたのはどことなく小役人という雰囲気の男だった。
 気弱そうな雰囲気は生来のものか、怪現象のためか。浮かべられた愛想笑いの中にどちらにしろある程度切羽詰まったものを感じて、麻衣はできる限りおだやかに笑った。怪現象に悩まされて渋谷サイキックリサーチを訪れる人間は、たいていの場合相当追いつめられ、扉を叩くものだった。
 彼はとまどうように、辺りをせわしなく見まわす。
「あのう、渋谷サイキックリサーチというのは、こちらでよろしいでしょうか……?」
「はい。何かお困りですか?」
 男は安心したように笑った。拝み屋らしい雰囲気がかけらもないことに戸惑われることには、麻衣も慣れている。
 男は、手でなでつけてより一層乱れさせた薄い頭をぺこぺこと下げる。
「小西と申します。何ともその、わたくしどもの学校でおかしなことが起こっておりまして、ええ、こちらでお力をお貸しいただけないかと思ったわけでして、あ、いえ。あのう、わたくしは代表として参っただけで別段校長というわけではないのですけどもですね、それにはいろいろと事情がございまして、ええ」
「はあ」
「あの、ご面倒なことを持ち込んでどうかと思いますのですが、ここはぜひ話を聞いていただきたく、私も代表で参ったのみとはいえどうも……」
 口を挟む隙もなく、小西はまくしたてる。
 麻衣が困惑して口を開くより早く、となりから遠慮会釈のかけらもない声が飛んだ。
「少し落ち着かれたらどうですか?」
「えっ」
 教師らしい小西は口上をさえぎられてあわてふためいた。
「あっ、あっ、そうですね、すいません……」
 この様子ではとても生徒の人気者にはなれまい。麻衣は卒業したばかりの高校のことを思い出して内心苦笑しながら、努めて丁寧にソファを示した。
「どうぞ、こちらへ。ご依頼の内容をお聞きします」
「あっ、はいぃ!」
 小西は緊張にだろう、ぺこぺことするために曲がり通しだった背筋を伸ばした。

 小西は、まず名刺を出して自分の身分を明らかにした。生活委員会の顧問だからというよく分からない理由にて代表にさせられてきたこの男は、しどろもどろ、脱線と話しすぎで依頼を聞く麻衣を困惑させながら事情を説明した。
 麻衣は、彼の名刺を見てすぐに依頼の予想がついた。小西が教諭を務める鳴山[めいざん]高校は、つい最近新聞で取り上げられたばかりの学校だったのである。
 そして、小西の言葉は麻衣の予想を裏切らなかった。
「うちの学校では……死人が多いんです」
 麻衣はこくりとうなずいた。
 となりに座っているナルは、聞いているだろうにウンでもスンでもない。読んでいた本を置いただけまだマシであろうか。彼は興味のない依頼には指一本動かそうとしないのだ。
 所長の代わりに依頼を聞くのも仕事であったため、麻衣は努めて事務的に先を促した。
「多い、とおっしゃいますと、どの程度でしょうか?」
「どの程度……ええとですね、死んでしまったのは三人になります。この四月から数えて、三人です。学校の開校から数えてもまったく同じですが……」
 今年の四月から三人。今は七月の半ばだから単純計算で一月に一人、学校内に死人が出ていたことになる。これは、多い。同じく単純に計算するなら、一学年に一人の死人が出ているわけだ。生徒たちにも身近すぎて、辛いだろう。
「それに、霊が関係していると思われるのは、どうしてですか?」
 世の中、不吉なことはなんでもかんでも霊のせいにしたがる人間は多い。病気が続いても家鳴りがしてもはたまた受験に落ちても『霊のせい』『たたりのせい』。三年半、渋谷サイキックリサーチで依頼の受付をしてきた麻衣は嫌というほどそれらを見ている。
 まずは、疑え。これが経験とナルの態度から彼女が教えられた対応法であった。
 小西は重いため息を吐いた。
「続きすぎですよ。なんだかおかしいです。生徒たちがたたりだと騒いで、何人もやめました。やめはせずとも、学校に出てこようとしない生徒も、一人二人の騒ぎではありません。学校中がおびえきって、ねえ、そりゃそうですよ! 三人も死んでるんですよ!?」
「お察しします……」
 麻衣はそっと唇をかんだが、実のところこれは難しい依頼だった。
 三人の死人は確かに多いが、異常と断定するには早い。ただでさえマスコミ嫌いのナルに、ニュースにもなっているこの事件を引き受けさせるのは至難の技だろう。
「その方々に、何かのつながりはありましたか?」
 重く、小西は小さな頭を振った。
「何も。わたくしの知っている限りクラスも交友関係も部活も何の関係もありません。学年も自殺の時期もバラバラですし……」
「自殺?」
 麻衣は少し目を見開いた。
「全員が自殺なさったんですか? 先日ニュースになっていた事件は」
 麻衣がニュースで見た事件は、女子高生が自宅で刺殺されるというものだった。死体には多数の創傷があり、警察は他殺と断定して捜査を進めていると報道されていた。
「あのう、木内の事件ですか。それでしたらどうも他殺らしいということで、警察の方が調べて下さっているのですが……」
「他の二人の方が自殺ですか?」
「はい。あと、あのう、実は私の娘が四月に……自殺未遂を」
 小西は泣きそうな顔になった。麻衣もまた顔を曇らせた。娘が巻き込まれて依頼にくる気持ちはどんなものであろう。
 おそらく、生活委員会の顧問だから代表として依頼に来たというのは建前だろう。娘が当事者だからこそ小西が代表として選ばれたのだ。
「木内さんが殺されたのはつい最近でしたね? 他の方が自殺なさったのは木内さんの事件より前ですか? 後ですか?」
 首をうつむかせた麻衣に代わり、特に何の感情も伺えない声でナルが質問する。
「はい……。娘が自殺を考えたのが順番としては一番最初になるようです……」
「理由を聞きましたか?」
「はい、それは、まあ。けれど何も覚えてないとその一点張りなんです。わたくしにも妻にも思い当たる節がまったくなくて、それはもう、本当に明るくて孝行でいい子なんです。あのう、クラスになじんではいなかったようですが、いじめがあったとは聞いてません」
「それは、確かに自殺なんですか?」
 細めた目に疑惑をにじませて、ナルが小西を見る。
「そうだと……。遺書らしきものがありましたので」
「文面は」
「文面は……」
 そう言って顔をしかめてから、小西はひとつ身震いをした。思い出したくもないように、枯れた唇がその言葉を綴る。
「『私は罪を犯す者』」
「罪を犯す者……」
 麻衣は首をかしげた。
 その言葉からは、小西の娘は何かしら自分の罪を悔いて死のうとしたような印象を受ける。発作的な理由の薄い自殺ならともかく、死のうとまで思いつめた罪を覚えていないということがあるだろうか?
「文面からすると、娘さんの自殺は覚悟の上であるように思えます。ご両親に対して動機を隠すのもよくあることでしょう」
 ナルも同じように感じたらしい。淡々とした否定に、小西は強くかぶりを振った。
「違うんです! あの子を見ていただければ分かります、自殺未遂の後、あの子は前以上に明るくなったくらいで……嘘をついているようには見えない、覚えているようには見えないんです!」
 ナルは腕を組む。
 小西の言うことが本当ならそれはおかしなことだが、すぐに思いつくのは心の病であり、心霊現象とは言い切れない。
「そ、それにあの遺書がおかしいんです! あの子は誰にも言ってない、い、言うわけがないんです、自殺を打ち明けるような、そんな相手はいないのに、ろくに覚えてもいないのに! ワタシだって、校長だって、まさか、まさか言うもんですか!」
「落ち着いて下さい。何がおかしいんですか」
 小西は荒い息を吐いた。ナルのこの上なく冷静な促しも、彼を一瞬では現実に引き戻さなかった。
「死んだ……自殺した子たちは、みんな同じ遺書を残してます」
 何も言わず、ナルが指を組み替えた。
「今でも遺書のことが話題に上ってるのを聞いたことはありません。生徒たちは、彼らはただ、幽霊を見たという噂とこの連続死をつなげて、おびえているだけなのです」
「幽霊が出てるんですか?」
「そういう話を聞きました。それぞれの自殺と前後して見た者がいたそうです。何人か……」
 小西はぼそぼそと言うと、悲しそうにうつむいた。
 麻衣は黒衣の青年をうかがった。
 引き受けないだろうか。ナルはマスコミが嫌いだし、偽物の事件に刈り出されることも嫌う。この事件は確かに奇妙だが、調べてみれば論理的な結論が出そうな雰囲気もある。こういった事件にナルが出向くことは稀だ。
 けれど、もしもこれが本物だとしたら。放っておいてこれ以上死者が出ていったとしたら。麻衣は悔やんでも悔やみきれないだろう。
 ナルは思案げに眉を寄せていた。
「引き受けて、いただけないでしょうか。……いえ、あのぜひ、お願いします」
 小西がちょこちょこと頭を下げた。気弱な動作であっても、彼は必死だった。
「……心霊現象でない可能性もあります。その場合うちでは解決できかねますが、それでもよろしいですか?」
 麻衣はナルの白い顔を振り向く。
 小西の目が輝いた。
「はい! もう、とにかく、何でもないんならそれにこしたことはありません! 生徒たちの不安を、とにかくなんとかしてやりたいんです。ぜひ!」
「あと、マスコミには触れ回らないでいただきたいのですが」
「もちろんです! 校長が嫌といってもわたくしが!」
 めずらしく苦笑するようにして、ナルはうなずいた。
「では、依頼をお引き受けします。準備ができ次第、調査に入らせていただきます」
 自分までほっとして、麻衣はめいっぱい小西に笑いかける。
 子供のような笑顔が返ってきた。

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