罪を犯すもの 第二章 3
ベースを封鎖すると、彼らは分散してそれぞれの仕事にかかった。
安原は昨日に引き続き史料調査のため図書館に向かう。普段に比べて彼の史料捜査が思うようにいかないのは、事件が古すぎるせいが大きいようだ。民族資料でたどるといっても、載っていなければおしまい、限度というものがある。
安原が学校を出て行くと、残りの面々は昨日に引き続いて関係者への聞き込みをすることになった。
幽霊目撃談もいいのだが、とにかく聞くべきは自殺した二人の友人からの話である。木内の友人のように真っ先に来なかったからには、もう来る気はないのだろう、とナルは言い、誰も異論はなかった。幽霊を見た、というのと同じレベルの問題ではないはずなのだから仕方ないとも言える。大方、話したくないか、霊のせいだなどとこれっぽっちも思っていないか、のどちらかだろう。
残る四人は二手に分かれることになった。滝川と真砂子が四月に死んだ清野夕希と、依頼に来た小西の娘を探しに。ナルとリンは五月に自殺した柳沢礼の友人を。機械的に割り振りを決め、彼らは一旦解散した。
滝川らは初めに小西のクラスを訪ねた。この騒動に直接関係した者の中で、今生きているのは彼女だけである。もっとも有益な話が聞けるはずであった。
授業の声が響く教室の前まで来て、ふと滝川は立ち止まった。
「木内朝美と同じクラスか」
「みたいですわね」
昨夜彼らが機材を設置に来た場所である。昼間授業中に見ると雰囲気が違うが、教室の後ろで確かにカメラが作動しているのが、扉ののぞき窓越しに見えた。
「失礼します」
滝川が引き戸を開けると、クラスの人間がばらばらと振り返った。着物姿の真砂子と長髪の滝川に、視線が興味津々である。
「んー、なんだー?」
間の抜けた調子で声を上げたのは、黒板に数式を書いていた中年の教師である。この学校の教師がおおむね協力的なのは、連続死騒ぎの異様さに関係者のほとんどがおびえていることを表しているとも言えそうだった。霊能者など、よほど切羽つまらなければ必要とされるものではない。
「このクラスに、小西さん、いますよね?」
「フワフワ頭ー?」
クラスにざわめきが走る。なぜ、と言った雰囲気のざわめきであった。もしかしたら、小西の自殺は知れ渡っていないのかもしれない。
出席簿を目元に近づけてから、教師が困ったように白髪まじりの頭をかいた。
「小西ならー、今日は休みだぞ」
「朝いたよねー、あのフワフワ頭」
聞こえるように声を張り上げた一人の生徒に唱和して、すぐに辺りから肯定の声が上がる。
「いたいた! まぁたサボリじゃない?」
「なんだー、小西はサボリか。出席簿に書いちまうぞ」
「書いちゃえばー?」
一同に、純粋な好意からではない笑いが起こる。小西は人気者とは言いがたいようだった。
その笑いの中で、一人の女生徒がしんとしたまなざしで滝川らを見た。前日、木内の話をしに来た少女だった。
「小西さんが、どうかしたんですか?」
「いや……」
滝川は笑い、すばやく頭の中で言い訳を考えた。自分たちが名指しで訪ねてくるにふさわしい理由は、なんだ?
「……生活委員会の小西先生が娘さんを紹介してくれたんで、代表で話をしてもらおうかと思いまして。いないんだったら、いいんです。失礼しました」
「そうですか」
女生徒は瞬きもせずに滝川を見つめた。その視線を断ち切って滝川は笑い、早々に教室を出た。扉を閉めた瞬間、思わず息がもれる。眼力、とはこのことを言うのであろうか。
真砂子が不審そうに眉をひそめていた。
「なんですの、あの方」
「いや……しょうがねえよ、まだ木内朝美が死んで二週間だ」
「小西さんには関係ありませんわ」
「そうは言ってもね。真砂子ちゃん、もしも麻衣が死んでも、冷静な判断できるかい? 俺にもできそうにねえよ。ナル坊ならいざ知らず」
「……そうかもしれませんわね」
呟く真砂子をななめに見やって、滝川は微苦笑した。真砂子も素直になったものだ。麻衣を友人だと真っ向から認めている。ライバル視して一方的ににらみつけていたのが嘘のようだ。
一階にある一年の教室を目指して、滝川らは歩きだした。
「学校ん中は一触即発だな。他の奴らもけっこうぴりぴりしてたろ」
「さあ」
同意を求めるがこれにはそっけない返事が返ってきた。滝川は肩をすくめる。とにかく、と呟いた。
「下手をすると魔女狩りになりかねない。見た目より相当きてるぞ、これは」
「小西さんのこと……」
「ん?」
「小西さんが授業をサボリがちだという話ですわ。本当ですかしら」
「ああ。本当なんじゃねえの。実際いなかったわけだし」
依頼に来た小西教諭の話では、彼女は孝行ないい娘だということだった。親の目というのは見ていないようで見ている。だが、逆に見えているようで見えていないこともままあるものだ。自分の職場である学校で娘が不登校におちいっているなら、小西はそれを知らないのだろうか。
「彼女はなんで自殺しようとしたのかねえ」
真砂子はさあ、というように軽く首をかしげた。そのまま、しばらく黙って歩く。
「どなたも、何も聞きませんのね」
ふいに真砂子が言った。滝川は振り返ってその苦笑するような面を見ると、肩をすくめて前に向き直った。
「話したいなら聞くぞ」
「あたくし、自分の演技の下手さにほとほとあきれてますのよ。何かあったと言ってるようなものですわ。なのに、どなたも聞かないで下さるのね」
「まーぁな」
真砂子の落としたため息が聞こえた。
「朝から顔を見ていたら、やっぱり少し疲れましたわ」
「ああ」
「ナルに、昨日友人でいてもいいか、って聞きましたの。いいって言うんですのよ、あのナルが」
「そいつぁ驚きだ」
「優しいんですもの、参りますわ。嫌いになれないんですもの。やっぱり、好きなんですもの……疲れてしまいますわ」
滝川は真砂子に気付かれぬよう小さく息を吐いた。彼女自身も滝川も分かっていたこととはいえ、実際に来てしまうとやはりなかなかわりきれないものなのだな、と思う。すぐそばで泣いている少女も、滝川にとってはまた妹のようなものだったから。
柳沢礼の友人にナルとリンが聞きこみを行ったのは、大失策であった。
彼女のクラスである三年A組を訪れた彼らを待っていたのは、女生徒たちの黄色い声であった。おそらくは昨日の時点でナルの美貌の恐ろしいまでのことが知れ渡っていたのであろう。教室に入っていった彼らを見るなり、女生徒たちが待ち構えていたように悲鳴を上げた。教師の静止も右から左である。
ナルの視線が凍り付くように険しくなったが、はっきり言って彼の容貌にはそのくらいの迫力の方が似合うのである。逆効果もいいところであった。
「盛り上がってらっしゃるところを失礼しますが、柳沢さんの事件についてお話をうかがいに参りました。どなたか、親しかった方にお話願いたいのですが?」
「はーい」
「はいはーいっ」
二人の女生徒が手を上げた。一方はすらりと背が高く、一方は体も顔も小作りで、二人ともが明らかに化粧をしていた。
ナルの返事も待たず教師の許可もとらず、二人は席を立つと、うらやましげにブーイングを鳴らす級友たちにそれぞれに手を振って授業を出てきた。強引にナルの手を取って教室を出たのは、丸顔に茶色の短髪がモンキーとでも表現したくなる雰囲気の小柄な少女だった。四人が出るなり扉を閉めて後ろからの声をカットしたのは、わざわざ染めたとしか思えない漆黒のおかっぱ頭がモデル気取りなお姉さまだ。
彼女らは、飲み屋はあってもバーはないようなこの町で一体どうやって遊んでいるのだろう。
「えーっ? 渋谷さんて言うの?(驚くべきことか?)霊能者?(ではない)超かっこいいー。言われません? 言われるかぁ」
はしゃぎまわるモンキーの首根っこをお姉さまが押さえる。その行為は良識か牽制か、判断に迷うところである。
「礼のことね。いーよ、別に。話しましょ」
けして乗り気とは言えない雰囲気でお姉さまが口を開く。
柳沢礼の自殺はゴールデンウィーク明けの五月七日だったから、二月半がたっている。だが、まだ彼女たちは話したくないのだと知れた。
「そう、そう。渋谷さんみたいな人の質問なら、何でも答えちゃいます」
「でもアタシらバカだから数学は聞かないでねん」
二人はそれこそバカ笑いを始める。
数学は聞かないかもしれないが、ナルは学者である。数学より難しい超心理学の質問をふっかけてみたいところであろう。
すでにあからさまにうんざりした顔になったナルがさえぎるようにため息をついた。
「まず、自殺の動機についてなんですが」
「動機ー? 動機ねぇ。いやー、死ぬことないと思うんだけどね。そりゃあ、超ブスで? 全然もてませーん、みたいな女が死にたくなんの分かるけど。未来ないもんな」
「礼、きれいだったもんねぇ。もてたしね」
「でもカレシの話はフカシじゃないかねー。連れてこなかったじゃん」
「紹介してほしかったよねー。ポロのモデルだってカレシっ」
「ゴールデンウィークに会わせるって言ってたのに、別れたとか言ってさ、嘘くさかったよな。マジだったんじゃないの、でさ、片想いでもしてたんじゃないの。なんか人間さ、そういうことで死にたくなることあるじゃん、時々さ。そういうことだったんじゃないの、礼もさ」
「いやぁーん、おねえさまかっこいいわん」
「おいおい緊張感のない女だな。何、人が人生語ってる時に」
「ご高説は重々承ったのですが。次の質問をしても?」
ナルの言葉が氷の刃のごとくバカ騒ぎを切り裂く。
モンキーはウッキーとでも鳴きそうに大げさに体をすくめた。
「やだ、ごめんなさいっ」
それからまたバカ笑いである。
ナルとリンの顔にはすでに表情がない。叩いたら割れそうな能面の無表情の下をどれほどの悪口雑言がめぐりめぐっているのか、ぜひかち割ってみたいほどである。
次の瞬間にどんな罵倒が出てきてもおかしくない様子で、ナルが口を開いた。このナルを前に騒げるあたり、彼女らの自己主張もなかなかに激しい。
「自殺前に柳沢さんに変わった様子はありませんでしたか? 何かおかしなものを見たと言っていたとか。ぜひとも、ご熟考下さい」
「自殺前、ねえ。そうは言っても五月七日でしょ? ちょっと記憶が古いよなあ」
「あたしたちやっぱりおバカさんね。ほっほっ、あっぱれあっぱれ」
「それはバカ殿!」
話が一向にさっぱりまったく進まない。
ナルは冷たく言い放った。
「ないなら結構です」
「あ、待った。待ってよ、あるある。ねえ!?」
「なんだっけー?」
「バカはあんたじゃ。赤い服、ほら」
「異人さんに連れられる?」
「それは赤い靴! 礼、赤い服が怖いとか言い出してさ、笑ったじゃん」
「……笑いました。赤い服」
符号に、ナルが目を細めた。赤い着物の幽霊に会った、と言っていた殺された木内朝美。
「赤い服が、怖い?」
「そうそう、赤い服です。うんとね、礼が突然ね、びくびくしだして、どうしたのって言ったら、赤い服の幽霊に会った、赤い服が怖いって」
「どんな幽霊ですか?」
「あー、分かんないな。何も聞かなかった。いや、ギャグだと思ってさ、笑い飛ばしてたから。礼も後から笑いだすし」
「そんなこと、あったねぇ」
モンキーが苦い表情になる。
「彼女がその幽霊らしきものを見たのは、いつですか?」
「お、渋谷さんマジじゃん。幽霊と聞くと乗り出しちゃうわけ?」
「霊能者さんですものね」
それはあながち間違いではない。
「ええと、いつだっけ……? あの日の直前だった……」
「月曜日、月曜日だった。じゃあ当日じゃん?」
「ありがとうございました。では、遺書についてなんですが、意味は分かりますか?」
「うんにゃ、全然」
「あのね、礼、そんな悪いことするような子じゃなかったよ。死ななきゃいけないようなことする子じゃなかった」
わずかにモンキーの言葉がつまる。お姉さまはそのモンキーの肩を無造作に抱き寄せた。
「では、他に自殺した方が残した遺書の内容は、ご存知ですか?」
「いやー? 何のつながりもないもん」
お姉さまはモンキーの肩を放すと、黒々としたおかっぱ頭を指でそっと梳かした。
「ねえ、渋谷さんさ。礼の親にもこういうこと聞くわけ? 悪いと思うんだけどさ、それ勘弁してやってくれないかな。礼さ、首吊りじゃん? あれってすごいらしいね、死体。舌とか目とか出ちゃって。見つけたの、親なんだよね。あたし見てないけどさ。今でも夢に見るんだよ。渋谷さんあたしたちのこといかれた奴らだと思ってるかも知んないけど、いかれもするよ。こんなとこいらんないよ。あたしら三年だし、早く逃げ出したい。クラスの奴らもみんなそう思ってる。礼の家族はきっともっと思ってる。ねえ、だからやめてやって。親、これ以上思い出させないでやってよ。ね?」
モンキーが丸い目でナルを見つめ、小さくうなずいた。
ナルは苦い思いを飲む。
木内朝美のクラスで、滝川が「相当きてる」と言っていた頃、ナルたちもちょうど同じような思いを持っていた。
綾子が鳴山高校に到着したのは、ちょうど正午を過ぎた頃だった。学校は昼休みに入っており、綾子がタクシーを降りると、テニスコートの回りのわずかな芝生でお弁当を食べている生徒たちが見えた。
「遅くなってしもたですね」
珍妙な関西弁で言いながらはにかむように笑ったのは、綾子と一緒に呼ばれてきた金髪の青年、ジョンだった。
日本語の教師となった人物が関西の人間だったそうでおかしな言葉をしゃべるが、ジョンは生粋の白人である。金髪碧眼に童顔が目印ではあったが、もう23にもなるので前ほどには幼く見えなくなってはいた。憑き物を落とすのがうまいエクソシストで、その関係の事件には必ず名が挙がる。今回もその可能性があるということで呼ばれてきたのだ。
「ベースはどこかしらねえ」
綾子は長い髪をかき上げた。
綾子は、巫女らしさのまったくない巫女である。巫女とは清純な乙女がなるものだと思っていた、と初対面でナルに言い放たれた通り、綾子は化粧もおしゃれも大好きで、スタイルの良さをひけらかすような服装をしたがる。さらには滅多に役に立たない。それでも巫女なのだから面白いものだ。
「まずは事務所を探せばいいんと違いますやろか」
「そーねえ。けどどこが正門かわかりにくいわねー」
敷地を囲んだフェンスはいたるところで途切れているので、ここから入れ、という意思の主張があまり感じられない。
「せやったら、この辺りにいらはる生徒さんに聞いてみまひょか」
そう言ってジョンが足を踏み出した時だった。
「霊能者の人?」
ジョンのすぐ後ろから、女性の声がかかった。
「そうでしょ?」
振り向いたジョンが見たのは、鳴山高校の制服であるセーラー服を着た少女だった。
お下げに眼鏡をかけた外見は一見野暮ったいのに、眼鏡にさえぎられない唇は妙に赤く、いっそ不吉なほど色気をかもしだしている。その唇に浮かんだ大きな笑みは、なぜだかひどく嬉しそうなものだった。
「さいですけど……」
少女は、困惑気味のジョンを見て軽く笑った。
「他の人なら会議室だよ。昨日から何かやってる。会議室は山側の校舎の一階にあるから」
そう言って二列に並んだ校舎の方を指差す。そうして持ち上げた指にすら色気がある。テレビに映っているか、高級ホステスにでもなった方が似合うのではないかという美少女だった。
少女は言うだけ言うと、さっと身をひるがえして元いたのだろう場所に戻っていった。そこには小さなイーゼルとスケッチブックが置かれている。食事のかたわらスケッチをしていたものらしい。
「何、あの子」
何がどうとは言えないが、違和感があった。霊的なものというわけではない。ただ、少女の赤い唇に浮かんだ大きな笑みと、挑戦的なまなざしが二人を戸惑わせていた。
「なんでっしゃろね……」
何かが釈然としない表情でジョンも呟いた。
彼は一度頭を振ると、気にいらない様子の綾子に続いて校舎の方へ歩きだした。

