アリスのお茶会

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罪を犯すもの 第二章 4

 綾子とジョンは幸運であった。彼らが向かったベースは朝方のポルターガイスト騒ぎのために封鎖中だったが、ちょうどメンバーが扉の前に集合して簡易ミーティングを行っていたのだ。
 二人の姿を初めに見つけたのは滝川で、彼は廊下を曲がってくる二人に手を上げてあいさつした。
「あら、麻衣は?」
「今日来るとさ。試験なんだと」
「へえ。ま、たまには静かでいいわね」
 なんだかんだと一番麻衣をかまうのは綾子のくせに、彼女は素直という言葉と無縁だ。麻衣がいたら怒って見せたところだろう。
 ふと、綾子はうつむいている少女に目をとめた。
「何、真砂子顔色悪いんじゃない? どうしたのよ」
「……なんでもありませんわ」
 ちょうど良いということで二人を加えての聞き込み報告が始まった。ついでに事件の概要も確認をかねて説明がある。
「で、清野夕希の友人なんだが。部活仲間って男が出てきてさ、泣くのよ、ものすごく」
 清野夕希は新学年が始まったばかりの四月十日、部活中に服毒自殺した。タバコの溶液を飲み干したそうで、これは誤って飲むことができるような生半可なまずさではない。ルーズリーフに書かれた「私は罪を犯す者」の遺書らしき言葉からも、自殺と断定されていた。
「彼女を振った男が悪い、ってひたすら言い続けてさ。動機は失恋だって、その一点張り」
「失恋が動機」
 ナルが瞬いた。木内朝美の友人も、彼女の自殺は付き合っていた男と別れたからかもしれないと口に出していた。
「どこかで聞いた話だな。これは本当に単なる流行なんじゃないか?」
「そうですかしら。あたくしは符号を感じますわ」
 うつむいたまま、真砂子が低く言った。滝川が肩をすくめる。
「って、真砂子ちゃんは言うわけよ。確かに、あのノートの落書きと一致するところがないか?」
「『好きな人はいますか』。確かにな」
 言ってから、ナルはわずかに眉をひそめた。
「柳沢礼も付き合っていた男と別れたという話をしていたらしい」
「清野夕希は四日前に別れたって」
「……それが、自殺者の条件?」
 綾子が腕を組んだ。
 失恋して、数日後に自殺する少女。もしもそれが要件なのだとしたら、その場にはその要件を満たす人間がいた。
 次の標的は、真砂子かもしれないのだ。
 青ざめてたたずんでいる真砂子を横目で見やり、ナルはかすかに顔を険しくした。昨日の時点から、木内朝美が失恋の話をしていたその時に幽霊に会い、そしてその日のうちに死んだという話は出ていた。知らぬこととは言え、彼の言動があるいは彼女を危険に追いやったのかもしれない。
「……赤い着物の幽霊は」
 ナルに先を促され、滝川は首を振った。
「幽霊に会ったとは言ってたらしいが、どうかな。見てたのかもしれねえな。それから遺書の内容なんだが。少なくともそれほど流出してる感じはない。聞いた限りじゃ誰も知らなかったぜ」
「……始めから気になってはいたんだ」
 格段に厳しさをましたナルの口調に、メンバーは顔を引き締めた。
 ナルの瞳は静かだった。
「思春期の自殺がそうめずらしいものというわけではない。だが、未遂者が少ない。四人自殺企図して、成功者が三人? 偶然かもしれない。だが、統計に比べて比率が傾いている」
 ジョンが人のよさそうな顔を悲しそうにして、口を開いた。
「思春期の自殺言うんは、たいていの方が、迷ってらっしゃったり、できるなら助けてほしい思うてはるもんなんです。本当に自殺するにしても季節やとか、方法やとか、きれいに死ねたら思うてはることが多いです。せやから、助かるケースが多いんです。こんな風に死ねればなんでもええ、みたいな致命的な方法ばかり使われるの、ちょっとめずらしいです」
 いわゆる睡眠薬自殺や手首を切る、という方法は、若者にメジャーな自殺方法である。死体がきれいなこと、大した苦痛がないことがその理由で、反面助かることも多い。突然思い付き試してみる程度で自殺企図する若者は、これらの方法を選ぶことが多いものである。
 タバコの溶液を飲むという方法は普通の気力では完遂できない。吐き出してしまうのがおちである。首吊りはもっとも成功率の高い方法だし、木内朝美が試みた電車への飛び込みは、失敗は少なく遺体のひどさは他に類を見ないという救いのない手段だ。
 誰ともなく、つばを飲みこんだ。
「俺はこのメンバーに聞いておきたいぜ。『好きな人はいますか?』ってさ」
「誰も答えないわよ」
 滝川と綾子が軽口を交わす。無理に明るくした口調に、だが、笑うものも、咎めるものもいなかった。

 麻衣は、毎夜の勉強と昨夜の夢にやられて睡眠不足を極めていた。
 夢とはいっても、麻衣は主に夢で霊視を行う霊能者である。その夢は限りなく現実に近い。まして話していた相手が幽霊なのだからそれはなおさらだった。麻衣がジーンと会うのは、いつも夢の中だった。ずっとただの夢だと思っていた彼との逢瀬で知らないはずの情報を得ていることを指摘したのは、二年前のナルだ。
 新幹線の中でうとうとしながら麻衣が現地についたのは、もう正午を大きくまわった頃だった。昼休みもとうに終わっているのだろう、広い校庭には静けさが舞い降りている。その様子はいつでも誰かしら講義のない人間がたむろしている大学とは違う。麻衣はその年に卒業した高校を思い出して懐かしく息をついた。
 だが、後ろに控えた山のせいだろうか、校舎の表情がどこか暗い。国道に向かって開けた作りなのに、その場所は牢獄めいて麻衣に窒息感を与えた。
 しかも、どこからか視線を感じる気までする。
(これは……いるっぽいな)
 背筋を寒くするような感覚にも、長く幽霊に対峙する仕事を続けてきた麻衣は大分慣れた。それでも、何かがおかしいと感じる時の、きたか、という緊張感はいつも感じる。まして相手が人を死なせるような大物だというのだから、覚悟は決めておかねばならない。
 除霊は気力の勝負だ、と言ったのは滝川だったろうか? 
 改めて辺りを見渡した麻衣は、ふとテニスコートの周りを囲んだわずかな芝生に目を留めた。
 生徒がいた。植えられた木の下でイーゼルにスケッチブックをすえ、校舎だか山だかとそれを見比べながら筆を走らせている。授業中のはずなのに、彼女は何をしているのだろう。
 興味を引かれるまま、麻衣はその少女に近づいていった。
 数歩の距離まで来た時、少女は麻衣を振り仰いだ。
 近づいたものの、用があるわけではない。何と声をかけたらいいのか迷う麻衣を見て、少女はなぜかぱっと顔を輝かせた。
「ああ、こんにちは!」
「あ、こんにちは。何してるの?」
「見ての通り。スケッチ中だよ」
 それはそうだ。聞きたいのはそういうことではなく、なぜ授業中に一人でスケッチをしているのかというところだ。
「あたし、玲。くん付けで呼んで、男みたいな名前だから」
「は?」
 唐突に名乗った少女は、無造作にかけていた眼鏡を取る。
 戸惑ってしまうほどにあっけらかんとしていた。
 ナルほど圧倒的な美形というわけではないが、妙に色気のある子だった。制服を着ていなければ、とても高校生には見えなかっただろう。
(何だ? 何でいきなり懐かれてんだ?)
 ちょっと近づいただけで、いきなり名乗られるとは思わなかった。何がなんだかよく分からないが、名乗られたからには名乗り返すべきだろう。混乱しながらも麻衣は名乗り返す。
「えーっと、あたしは麻衣っていうんだけど」
「じゃあ、麻衣さん。座って座って」
「ええ?」
 麻衣は困って周りを見回す。そんなわけはないのだが、どこからか所長様のお怒りが降ってきそうな気がしたのだ。
「えっと、あたし仕事に行かなきゃいけないんだけど」
「えー? 少しくらいいいじゃない。座ってよ。ちょっとスケッチさせて、ね、ね!」
 玲は明るく笑い飛ばし、麻衣を叩く素振りをした。それからふいに、動きを止める。
「……あたし、ちょっと馴れ馴れしすぎ? 怒った?」
「怒ってないけどさ。突然でびっくりした」
 玲は大きく息を吐いて、セーラー服の胸に手を当てる。
「よかったーぁ。あたし、麻衣さんが好みのオネエサンなんで、ナンパしようと思って舞い上がっちゃった」
「ナンパー?」
「うん。オネエサンむっちゃかわいい。好みだわー」
「何だそりゃ」
「ホントだって。ちょっとモデルになってよ」
 言うなり、玲は今まで描いていた校舎の絵を破り、物慣れた手つきで麻衣をスケッチし始める。
「ちょっとちょっと、あたしほんとに仕事があるんだけどな?」
「うん……ちょっとだけ。すぐ終わるから」
「おいおい……」
 困ってその場を離れようとする麻衣にも、玲はお構いなしだった。
 無視して行くのもどうかと思い、麻衣は困り果てながら芝生に腰を下ろした。幸いというべきか、玲の手つきを見る限り、時間がかかるようには見えない。
「ね、好きな人はいる?」
 あまりの唐突さに、麻衣は倒れそうになった。
「何だそれ!?」
「いや、あたし特技があってさ、モンタージュって言うのかな、ちょっと違うんだけど。話聞きながらその人の好きな人描くのが好きなんだ。すごい、思い入れ……そういうの描けて。あんまり協力得られないんだけど」
「そりゃそうだ」
「減るもんじゃないのにー。ね、好きな人いる?」
「いやいや。ノーコメント」
「いいじゃん、別に聞くだけだし」
「やだっての」
「お願い、ちょっとだけっ」
「絶対、ヤです」
「ちぇー」
 玲は笑いながらスケッチブックを破り、麻衣の方に投げて寄越した。風に乗る紙を、麻衣は慌てて受け止める。
 そこに描かれた麻衣は上半身だけだったが、目を大きく見開き、立ち尽くすような表情をしていた。荒々しい線も相まって、ひどく暗くて危うい絵だ。数十秒で素描しただけとは思えない巧さだったが、お世辞にも快い絵ではない。
 ますます戸惑って、麻衣はコメントに迷う。
「えっと……あたしこんな風に見えるか?」
 麻衣の戸惑いに気付かないわけではあるまいに、玲は心なしか満足げに笑っていた。
「だってオネエサン――あたしたちと同じでしょ?」
「は?」
「何でもない。ま、観察眼は確かよ?」
「はあ……そうなんだ」
 じゃあそろそろと麻衣が立ちかけた時、タイミングよくチャイムが鳴った。玲が舌打ちして画材を片づけだす。
「行かなきゃ。今、休講だったの」
「何だ、サボってるのかと思った」
「あたしはいい子なんでー。ねえ、オネエサン霊能者なんでしょ?」
 まとめた画材を抱え上げて、玲が麻衣の顔をのぞきこむ。
「霊能者……どうかなー?」
「ちがうの?」
「半人前なもので」
「でも学校調査しに来たんでしょ? あたしたいてい美術室におりますんで、 聞きたいことありましたらいつでもどうぞ」
「ん? ああ、ありがとう」
 特に聞くべきこともないと思うが、とりあえず麻衣はうなずいておいた。
「その代わり、絵描かせてね。好きな人の話聞かせて」
「……考えとく」
 外していた眼鏡をかけ直すと、玲はじゃあね、と笑って校舎の方へ駆け出した。遠くなっていく後ろ姿で三つ編みが揺れる。
「……わけがわからん。何だったんだ、あの子」
 微妙な表情で描かれた自分の絵をもう一度見つめて眉をしかめると、麻衣はベースを探すべく立ち上がった。

 しかし麻衣は見事に肩透かしを食らうことになった。
 事務所へ行ってベースの場所を聞き、急いでたどり着いたというのに、そこに人がいないばかりか封印までされている。
 麻衣は困惑してのぞき窓から中をうかがった。
 人がいないのは、それほど不思議ではない。聞き込みのために出払うのはよくあることである。まあ常時一人くらいはベースにつめているものだが、麻衣は綾子とジョンが来ていることを知らなかったので、人数が少ないからと単純に納得できた。
 封印された扉は、ポルターガイスト実験の時に行う封鎖によく似ていた。鍵をかけ、さらに破らずには入れないように紙を張り付けてしっかり封をしてある。
 もしもポルターガイスト実験をしているなら、中に立ち入るわけにいかない。部屋の端で動いている追尾カメラがいよいよそれくさくて、麻衣はため息をついた。
「まいったなぁー」
 立っているのは疲れる。学校中を探し回るのはさらに疲れる。見つけたところで、人使いの荒い所長の容赦ない命令が待っているだけだ。
 折りからのたまりたまった疲れに、麻衣は脱力してずるずると座り込んだ。
(さっきの変な子といい、巡り合わせが悪すぎる)
 しばらく、まともに寝れないでいたのだ。降って湧いたナルの帰国話に、真砂子のライバル宣言に、そしてジーンの言葉に、麻衣はひどく疲れていた。
 瞬きひとつが、強烈な睡魔を誘った。
 まずいとは思った。しかし睡魔は抗いがたい力で麻衣を引きずっていく。
 気がつかないうちに、麻衣は眠りに誘い込まれていた。

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