CAT

「んーっとね、あたしだって別に何も考えてないって訳じゃないのよ。でもまだそんな気になれないのよね。だから黙って行かせてよ。別におとなしくしてるのが嫌いなわけじゃないのよ。あんたと幸せになるっていうのも嫌だと思ってるわけじゃないわ。のんびりするのも好き。平和が一番! よく分かってるわ。それに、あたしけっこう料理も上手いのよ。家事だって得意なの。たださ、今はもう少しやりたいことがあるのよ。だから、しばらく待ってね。うん、そうね、たぶんその内ちゃんと落ち着くわ。うん、たぶんね。もう少しやりたいことがあるだけよ」

 彼女は奔放な猫。
 上目遣いの目がちらりときらめく。
 何かを狙ってる。
 何かを企んでる。
 でも口に出すのは舌触りのいい言葉ばかり。

 彼女は気まぐれな猫。
 踊るようにくるりと足を翻す。
 どこかへ行きたがってる。
 どこかへ消えたがってる。
 ただオレは付いていくばかり。

  夜半にふと目を覚ますと、となりの部屋から彼女の気配が消えていた。
 オレはベッドで天井を見ながらため息をつく。
 またまた大好きなお遊びに出かけたらしい。
 度重なる説教も効果なし、危険な目にあってもお構いなしだ。窮地を乗り越えるたびに居丈高になっていく彼女をどう諫めればいいやら、オレにもそろそろ分からない。
 だからオレはため息をつく。
 暗闇に沈む部屋。
 昼間話した明日の予定。
 そしてオレに守られながらの旅。
 そこに彼女が帰ってくるのかどうか、本当は誰にもオレにも分からない。
 彼女にも分かっていないかもしれない。
 帰れなくてもいいくらいの覚悟で出ていって、そして他に帰る場所がないのでふらりと戻ってくる。そういう毎日が日常化しているが、実のところ帰ってこない可能性はいつでも消えない。
 今晩必ず帰ってくると、決まっているわけではない。
 今晩必ず帰ると、彼女が口に出して約したわけではない。

 だけどたぶん帰ってくるだろう。

 だからオレはただ、ため息をつく。
 追いかけてたとえば殴り倒してそれで言うことを聞くような、生半可な女じゃない。
 腕を掴んで押し倒して、愛やら居場所やらを無理矢理与えて、それで満足するような無欲な女じゃない。
 もっともっとわがままで、自由で、哀しいほどに貪欲な彼女だから。
 オレはただため息をつく。

  夜中に帰ってきた彼女は力づくで奪い取ってきたものを抱えてにこやかにご機嫌だったので、オレは何も口にせずにいた。
「あ、あら起きてたの」
「まーな」
 部屋に押しかけて待っていたオレを見て彼女は一瞬動揺の気配を見せた。
 そして、しばし迷った末に堂々と胸を張った。
「ちょっと、乙女の事情で出かけてたのよ」
「そうか」
「無事だったし、収穫も上々よ」
「らしいな」
「何よ」
「別に何も」
「文句があるの?」
「別に何も」
「ありそうな顔じゃない」
「いや、無事だったならいいさ」
「もちろん、無事よ。怪我ひとつしてないわ。何も心配しなくて結構よ」
「心配なんかしてないぜ。いないから待ってただけだ」
「あ、そ」
 困ったように頭をかく彼女。
 気まぐれで、奔放で、貪欲で、勝手で、それでも愚かにもなれなければ無神経にもなれない。彼女は待っていたオレにどこか気を遣う。
 そして、暗いままの部屋を見渡して、明かりをひとつつける。
 そのまま眠ってもいいものを、おそらくは訪れたオレに気兼ねし、それなりの罪滅ぼしをするために。
「せっかく起きてるなら、一杯飲む?」
「何かあるのか?」
「ええ、よさそうな葡萄酒を手に入れたのよ」
「それは美味そうだな」
「どぉぞ」
 椅子を示す彼女の手は、この世のすべてを掴むには小さい。
 たぶん掴んだものがその手からこぼれる日もくるだろう。
 細い足では立てなくなる夜もあるだろう。
「……心配させて、悪かったわね」
 彼女が風にまぎれて呟くから。
 オレはただため息をつくだけ。
 彼女がいささか困ったような顔をする。

 わがままになりきれない彼女だから、きっと帰ってくるだろう。
 この世界は、彼女の貪欲さよりさらに大きい。
 さまよい飽きたら、抱え切れなくなったものをその両手に持って帰ってくるだろう。
 その時のために、オレは彼女に聞かせ続ける。
 本当のようなウソを。
 ウソのような本当を。

 待っている心配している気にしていないお前を想ってる幸せにしたい大事にするそのわがままを全部許す。

 だからオレの元へ帰れ。

 END.

 CAT/B’zより
 急に文章が書きたい衝動に見舞われまして、だーっと書いた散文です。
 ふとこの曲を聞き返していて「ガウリナ〜っvv」と萌えに萌え、ずいぶん前から書きたかったお話です。めずらしくブラック系なガウリイさんになりました(^^;)。

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