クライアント(後編)

なんだってんのよガウリイの馬鹿あああああああッ!!!
ぼすぼすぼすぼすっ!!!
べしべし、ごすっ!!!
「はーはーはーはー・・・」
リナは汗を手で拭った。
すっかり怒りの向けどころと化した枕は、ぼろぼろになっている。
自室に下がったリナは、メイドの衣装を着替える間もなく、枕に怒りをぶつけまくっていた。
全く、腹が立つったらない。
今日一日、ガウリイは徹頭徹尾、リナを「使用人」として扱った。
悔しいので、負けじとリナも、あくまでガウリイに「雇い主」として接した。
が、そんな事をしてもリナの苛立ちは募るばかりで、解決されるはずもない。
おかげで状況はわからないわ聞きたい事も聞けないわ、まったく、ひどい一日だった。
何より・・・ガウリイの、あの、冷たい眼。
表面上は明るい笑顔を絶やさないものの、旅の間、今まで自分に向けられていたものとは、全然違う。
「他人」という乗り越えがたい壁を作ったその視線は、氷で出来た棘のように、リナの心に突き刺さる。
胸が痛い。
傷つく、なんてオトメチックな感傷とは無縁でいたはずなのに。
リナはベットに身を投げ出した。
壁の向こう。隣の部屋には、ガウリイがいる。
何をしているのだろうか。
耳をそばだてても、何も聞こえてこない。
「・・・・くっそー・・あのクラゲ。腹立つっ!
 ・・・腹が立つのに・・・」
なのに、どうして、
一人の部屋を、ベットを。・・・・寂しいと感じるのだろう。
リナは眼を閉じた。
ここ数ヶ月、仕事するとき以外は、宿では必ず同じ部屋だった。
あんな大きな男が部屋の中にいるのといないのとでは、部屋の広さが全然違う。
だからだ。
そう、ガウリイがいる視界に慣れてしまっていたから、今、妙に寂しく感じるんだ。
ただそれだけ。別に、ガウリイがいないことが、寂しいわけじゃない。
自分で自分に言い訳をし、リナは息を吐く。
「まったく・・・・こんな依頼、受けなきゃよかった・・・」
魔道士協会で見たときには、美味しい仕事だと思ったのだが。
ちょうど5日間の仕事で、3食付。
報酬も悪くはなかった。普通の護衛代より、少しだけ高めというところだ。
今にして思えば、その報酬さえガウリイが決めたのかもしれない。通常より安ければリナは仕事を受けないし、破格でも怪しんでやはり受けない。そのあたり、リナの性格を知っているガウリイが決めたと考えるのは、ごく自然だ。しかし、そこまでして。
「ガウリイ、あんた、あたしに何させたいのよ・・・」
湧き上がる寂寥感を悔しく思いながら、リナは呟いた。
その時。

こんこん、

ノックの音がした。
リナはベットに跳ね起きる。
誰何の声を上げようとしたとき、ドアの向こうからガウリイの声がした。
「ミナ? まだ起きているか?」
「は、はい!」
リナが応じると、すぐにドアが開いた。
あわてて、リナは今日一日で慣れ親しんだ、ポーカーフェイスに表情を切り替える。
「どうかなさいましたか? ガウリイさま」
ガウリイは室内に入ってきて、脚を止めた。
申しわけなさそうな笑顔でリナに言った。
「悪いんだが、髪をとかしてもらえないか?
できれば、長さも少しそろえてもらいたいんだが」
「え? ・・・・あ、はい」
リナは頷いた。
そうだ、そういうこともメイドの仕事なんだった。
メイドの仕事をするのは初めてではない。ガウリイと旅をする前に、何度か調査目的でメイドとして大きな屋敷に忍び込んだこともある。まあ、大抵主人は女だったけれども。
ガウリイの部屋には、女性用のドレッサーなどはなかったので、リナは自分に与えられた部屋の方で髪を切ることにした。
ガウリイは壁際の鏡の前の椅子に座る。リナはガウリイの後ろに布を敷き、ブラシと鋏を用意した。 
リナはブラシで、ガウリイの髪を漉いた。
正直、火炎球あたりでもブチかまして、丸焦げにしてやりたい気分なのだが、一応今ガウリイはリナの雇い主である。さすがにそれはマズイだろう。
それに、ここでそんなことをしては、負けたような気になる。
負ける?何に?
リナは自答した。
・・・やっぱり、意地の張り合いに、なのかな?
思って、げんなりした。なんか、泥沼にハマってる気がする・・・。
思いながら髪を漉いていくと、はらりと、リナの指の間から綺麗な淡いブロンドがすり抜けては落ちていく。
髪に触れる。
ガウリイに、かすかに指が触れる。
いつもだったら、あたりまえのように触っていた髪。体。
でも、今日は、雇い主とメイドの関係で。
だから今日一日は触れることはなかったし、無意識に、お互いの体の周囲に壁のようなものを築いて、距離を保っていた。
それが、今はこうして、髪に触れている。
無意味に体が緊張し、・・・・どきどきする。
一通り丁寧に櫛を通して、リナは鋏を手にした。そういえば、ガウリイの髪は、随分長い間伸びっぱなしだった。毛先がぱさついて来てしまっている。
跪くようにして、リナは少しずつ、ガウリイの髪に鋏を入れていく。
じょきりと音がして、金の糸が布の上に舞い落ちる。
丁寧に丁寧に、リナはガウリイの髪を切る。
真剣なリナは、鏡の中のガウリイの視線が、自分に注がれているのに気づかない。


---------


「・・・終わりました」
リナは言って顔を上げた。
床に落ちた髪を布でくるむ。明日の朝にでも、フライオン老に言って片付けてもらおう。
ガウリイは立ち上がって、頭を振った。
「ああ。ありがとう。すっきりした。」
「――― では、もう夜も遅いことですので、お休みください。
襲撃はないとは思いますが、何かありましても私は隣で控えておりますので」
リナは両手を前で合わせて一礼する。
――― と。その腕を、突然つかまれた。
「君の寝室は、ここじゃない」
ガウリイはリナを見下ろして言い放つ。
「俺の部屋だ」
ガウリイの言葉に、リナは表情を変えた。
「・・・・なにをおっしゃってるんですか?」
「意味はわかるだろ?」
ガウリイはリナの腕を強く引き寄せる。
咄嗟に引こうとした腕に鈍い痛み。
リナは顔をしかめてガウリイの胸を押し返した。
―――― この、馬鹿!!!
「やめてください。――― そういう仕事はしてないわ」
「夜の護衛は必要ないと?」
「あたしには、ここにベットがありますから。隣室でも護衛はできます」
「ふうん」
ガウリイはリナの手をぱっと離した。リナは2、3歩たたらを踏む。
ガウリイはリナに背をむけた。痛む腕をさすりながら、部屋を出て行くのかと見ていると、突然、ガウリイはベットサイドの水差しをとった。
盛大に、ベットに中身をぶちまける。
「何を・・・っ!!」
リナは思わず声をあげた。一瞬で、ベットは水びたしになる。
ガウリイはリナを振り返る――― 笑顔で。
「これで、もうベットはないな。どうする? ミナ」
「・・・別に、床で寝るから構いません!」
「強情だなあ」
ガウリイは笑って、リナに歩み寄る。
圧されてリナは一歩下がった、とん、背中が壁にあたる。
リナは小さく呪文を唱える。眠りの呪文。しかし。
「ダメだぜ、呪文は」
ガウリイの手がリナの喉元を強く掴んだ。
「っ!!」
どこを押さえられているのか、さして苦しくはないのに、声が出ない。
ガウリイは壁にリナの体を押し付け、腕を伸ばす。
リナは怒りが満ちた目でガウリイを睨んで、もがいた。
「馬鹿だな、接近戦で俺に勝てると思ってるのか?」
ガウリイは低く笑って、リナの首筋にキスをした。
しゅるり。
音がして、リナのエプロンドレスが床に落ちる。
ガウリイの手がリナのブラウスのボタンを引きちぎるように外す。
開いた胸元から大きなガウリイの手が侵入してくる。荒々しい愛撫に息は切れ、反射的に涙が浮かび、その感情のない行為の冷たさに、リナはぞっとしてガウリイを見上げた。
リナを抱くときのガウリイは、いつも優しい。
壊れ物を扱うように、優しく、丁寧で、甘い言葉を自分にくれる。
そのはずなのに、これは、何だ?
今目の前にいる男は、自分の体に指を這わせる男は、本当にガウリイなのか?
リナを壁に押し付けたまま、ガウリイはリナの胸元に顔を伏せた。濡れた温かい舌が胸を這う。リナは、押しのけようと必死でガウリイの肩を押し返す。
「っ・・・!」
噛まれた。
痺れるような痛みが爪先まで駆け抜ける。
「あ、・・・・」
かろうじて、声が出た。ガウリイは意に返さず、スカートの裾から、手を入れてきた。
「・・・・っ、ガ、う・・・・」
リナが悲鳴交じりの声を上げる。
ガウリイは面白そうに、リナを見た。
「・・・・どうした? 初めてじゃないだろ、ミナ?」
「――― っ!!」
ミナ。
ここに至っても、ガウリイはリナを、他人として扱うのだ。
自分じゃない誰かを抱くつもりで、ガウリイはあたしを抱く。
例えようもない嫌悪感と怒りと、絶望が込み上げてきて、リナは渾身の力で、喉を押さえるガウリイの腕を払った。
何度かむせ返る。
叫んだ。
「ふざけんじゃないわよ、ガウリイ!!」
怒りに輝く眼差しでガウリイを睨む。
「何考えてんのよ、どうしてこんなことするの!?
 いい加減にして! あんた、あたしに何をさせたいのよ!!
 あたしは、そんなんじゃなくて、あんたが、いつも一緒にいた、あたしの知ってるあんたがっ・・・!」
好きなのに。
声もなく言い切って、リナの膝が崩れた。
ペタン、と床にへたり込む。
飽和状態になった感情のせいで、溢れた涙が頬をつたった。
「・・・・・・『リナ』」
ガウリイが、リナ、を呼んだ。
リナは泣き顔で、ガウリイを見上げた。
ガウリイは、リナの良く知った優しげな、少し困ったような顔で、苦笑した。
「・・・・・・ごめん、ふざけすぎたな。」
ガウリイはリナの前に膝をつく。
「悪かったよ。――― おいで、リナ」
ガウリイはリナに片手を差し伸べた。
リナはぼうっとしたままの頭で、その手をとる。
ガウリイはリナの体を、今度こそ優しく、抱き上げた。


---------


ガウリイはリナを自室のベットにそっと降ろした。
涙が溢れたリナの頬にキスをする。
何度も何度も、優しくリナの髪を撫でた。
「・・・・ごめんな」
「・・・・怖かった・・・」
リナは眼を伏せて、吐き出すように言った。
「俺が?」
「うん・・・」
「そっか。もうしない。ちょっと、虐めてみたかったんだ、ごめんな」
かなりひどいことを言われている気もしたのだが、リナは頷く。
今は何も考えることが出来ない。
さっきまで自分を犯そうとしていた体に、もたれた。
「・・・・知らないひとみたいで、ヤだった・・・」
「うん」
「あたしのこと、『ミナ』って・・・」
「・・・・うん」
「そんなんで、ガウリイに抱かれるのが、凄く嫌で・・・」
「うん、ごめんな」
ガウリイはリナの身体を抱きよせて、まだ少し震えている唇にキスした。
「・・・・リナ」
「ガウリイ・・・」
ガウリイは唇が触れそうな距離で、リナに囁く。
「もう、ああいうのはやめような。
 依頼とは関係なしに、俺は、今、お前さんが欲しい。傍にいてくれ。・・・・リナ」
「・・・・うん・・・ガウリイ」
リナはそっと、頷いた。


気だるい身体を持ち上げて、リナはガウリイの腕をとる。
大きい。綺麗に発達した筋肉で覆われて、一部の隙もない。
「どうした? リナ?」
深い夜の闇の中で、ガウリイは腕の中のリナに問い掛ける。
リナは息を吐いた。
「こんな腕に押さえ込まれたら、そりゃあ抵抗できないわよね、と思って」
「はは、そりゃそうだろ」
ガウリイはリナの肩にキスをした。
「でも、さっきのリナは可愛かったなあ。ああいうのもいいよな。たまには」
「・・・・殺すわよ、ガウリイ・・・・」
リナの言葉に本気の殺意を感じ取り、ガウリイは黙った。
「―― 考えたら、なんであたしがあんたにいいように扱われなきゃなんないのよ。
大体、このあたしが、あんたを「ガウリイさま」なんて呼ぶなんて、ああ今思い出しても身の毛がよだつ!!」
「・・・お前、本気で鳥肌たってるぞ・・・」
そうか、そんなに嫌か、と寂しそうにガウリイはシーツにのの字を書いた。
「だ、い、た、い、何であんた、こんなことしくんだのよ!」
「あんなことって?」
「言い出せばキリがないから、とりあえず、どうしてあたしをこの屋敷に連れてきたくなかったのかと、命を狙われてるってどういうことってのと、なんで8年前に家を出たかって事と、あたしに仕事を依頼したのはどうしてかと、んでもってさっき、あたしにあんなことしたのはどうしてか教えて!!」
「・・・・・全然、とりあえず、じゃねえじゃねえか・・・・」
ガウリイは息を吐いた。
「ま、いずれ、お前さんにはいうつもりだったんだが・・・・
 言っても重いばっかりでどうしようもないし。楽しい話じゃねえんだよ。
 それに・・・お前さんに、あまり、俺が悩んじまってるとことか、見せたくなかったし」
「知らないわよ、そんなの」
「・・・知らないって、お前な・・」
リナはガウリイを強い眼差しで睨んだ。
「あ・の・ね、あたしが、聞きたいの! あたしが知りたいって言ってんのよ。
 重くても楽しくなくても関係ないわ。それに」
リナはガウリイの頬を両手で掴んだ。引っ張る。
「ひへっ、はひふんはっ!」
抗議の声を上げるガウリイを無視して、リナはびよーんとその頬を引っ張った。
「変にかっこつけてんじゃないわよ。
 悩んでるとこ、あたしに見せないで誰に見せるの? 
 ひとりでこの先もずーーーっと悶々としてくわけ? あたしに隠れて?
 そんなのバカバカしいし無意味だわ」
リナは笑った。明るい色の瞳が輝く。
「所詮、あんたなんかクラゲ頭なんだから、悩み事はあたしに任せとけばいーのよ。
 ほら、話して!」
「・・・」
ガウリイは解放された頬をさすりながら、苦笑した。
「はいはい。・・・おおせのままに、お姫様」
両手を広げ、リナを抱き寄せる。
耳元で囁くようにして、静かに話しはじめた。
「・・・昔な、俺んち、アメリアんとこみたいなお家騒動があったんだよ。
 んで、光の剣の継承をめぐって、まあ、色々あって。
 簡単にいうと、最終的に兄貴が俺を殺そうとして、酒に毒を混ぜたんだけど、俺を庇って母さんが飲んで、死んじまったんだな。
 ・・・俺、兄貴好きだったし、それでもそれなりに仲の良い家族だったと思うんだ。
 ちょっとどっかで・・・光の剣のせいで、歯車が狂っちまったけど。
 そんで、それ以上そんな揉め方すんの嫌で、原因の光の剣持って、8年前家を出たんだ。
 しかしいやあ、まさか、もう一回この別荘に来ることがあるとはなあ・・・」
苦笑したガウリイの髪を引っ張って、リナは見上げた。
「なんで、それ、今まで言ってくれなかったのよ」
困ったようにガウリイは頭をかいた。
「んー、なんでだろうな。やっぱ、嫌だったんじゃねえのか。お前さんに気いつかわせるのが」
「気なんか遣わないけど?」
「そうか? 俺は結構、お前さんそういう、妙な優しさがあると思ってるんだがな」
「やかまし。んで?」
「セシルばーちゃにゃフライオンじいちゃんは、俺が毒殺されかけたことまではしってたけど、犯人・・・・兄貴のことは、俺が誰にも言ってないから、知らないんだ。
 だから、俺は本家には黙っといてくれって言ったんだよ。
 もし俺がここにいるってわかったら、兄貴がひょっとしてまた俺を狙ってくるかもしれないから。
 でも、ばーちゃんたちは、俺を殺そうとした犯人を知らないんで、妙に心配しちまってさ。ここにいる間だけでも護衛をつけたらどうか、って言われて。
 そんなことよりリナのことが凄く心配で、俺のいない間に変な依頼受けてたらどうしようとか、他の男に言い寄られてたらどうしようかとか。
 だったら、丁度いいからと思って、お前さんに仕事を依頼することにしたんだ。
 ま、ほんとにお前さんがつかまるかどうかは賭けだったけどな」
「・・・・ふうん。あんたにしちゃ頭いいじゃないの」
どんな表情を作っていいのかわからない気分でリナはガウリイの胸に顔を伏せた。
ガウリイはリナの髪を漉く。
昼間とは全然違う、ひどく優しい、愛情の篭った指先が、不本意ながらも嬉しかった。
「必死だったからな」
「・・・・あ。そ」
「何だよ、冷たいな」
ふん、とリナはガウリイに背をむける。
構わず、ガウリイはリナの体に腕を回し、ぎゅっと抱き寄せる。
「それで、どうして希望通りあたしが現れたのに、他人のフリなんかしたのよ、あんた」
「・・・気になるか?」
にやりと笑ったガウリイに、リナは赤くなって自分の体に回ったガウリイの腕をべしっと叩く。
「あてっ!」
「気になんかしてないわよ!」
「いてて。そうか? ずいぶんイライラしてたみたいだったけどなあ」
「うるさいわねっ!」
べしべしべし、と何度もガウリイの腕をリナは叩く。
ガウリイは少し笑って、リナの髪に顔を埋めた。
「・・・・そうだな、リナにも、必死になってもらいたかったのかも」
言ってリナのうなじにキスをした。
「・・・・あたしに?」
「そう。なんか、俺ばっかりお前さんにベタ惚れでさ、わがまま言われても逆らえないし、可愛いなあなんて思っちまうし、一瞬だって離したくないし。
そういう自分の気持ちは自覚してるからわかるけど、お前さんの気持ちはわからないからな。
俺に対して、必死になるリナが見たかったんだ、多分。
だから、ちょっと意地悪してみた」
「・・・・馬鹿」
リナは呆れたように息を吐く。
「あんたね・・・、ここまで手の込んだ事しなきゃ、あたしの気持ちがわかんないっていうの?」
「変か?」
「馬鹿」
リナはきっぱりと言い捨てて、シーツにすっぽりと包まる。
柔らかな眠気が足元から這い上がってきた。
リナは笑う。
「こんな意地悪されて、それでも嫌いにならないでいてあげる女なんてあたしぐらいなんだからね。
感謝しなさいよ、ガウリイ」


--------- (Petit Adult)


翌朝。
早くに二人はそっと屋敷を出た。
部屋にはガウリイが書いた置き手紙。
長居すると、いつガウリイの実家に知れてしまうかわからないし、とりあえずセシルにもフライオンにも顔を見せたので、充分だろうということで、誰にも告げずにまた旅立つことにしたのだ。
セシルと、フライオンへ。手紙にガウリイは感謝の言葉と、そのうちいずれ、また顔をみせに来ることを書いた。
それから、リナにも見せず、こっそりと追伸に。
「俺の旅の連れで、護衛として雇われたリナ=インバースが、これから一生、俺が護る相手だ。
心配かけたけど、安心してくれ。
俺は今、幸せだから」
そう書いて、ガウリイは封蝋を閉じる。
リナに連れられて、ガウリイは窓から出、人気のない地上に降り立つ。
朝日がまぶしかった。
「あ、そうだ!!」
歩き出しながら、リナは叫んで脚を止めた。
「ん? どうした、リナ」
「依頼料!!」
「・・・・・・え」
リナはガウリイに詰め寄る。
その襟首を掴んで締め上げた。
「依頼料!!5日間で金貨40枚!成功報酬で追加20枚!
 貰ってないわよ、ちょっと!!」
「げ、げふっ、ちょ、リナ、苦しい・・・!」
「まあ、実際は問題も起きなかったし5日じゃなくて1日だったからちょっと負けてあげるとしても、でもあーーーーんだけあたしに好き勝手してくれた慰謝料があるわけだから全部で金貨500枚ってとこかしら!?
払ってもらうわよ、ガウリイ!!?」
「ど、どーゆー計算だ・・・」
ガウリイが頭を押さえた。
「かりにもこのあたしを雇ったんだから、このままなしくずしに忘れようなんて許さないわよ!?」
「うーん・・・」
ガウリイは困ったように頬を掻いた。
「おお、そうだ」
ぽん、手を叩いて、ガウリイは笑う。
リナの顔を覗き込んだ。
「じゃあ、俺が体で払ってやるよ。毎晩♪」
「爆炎舞っ!!!」
うひゃああああ、と朝日が映える空高くガウリイは舞い上がる。
リナはそれを眺めつつふと思った。
よくガウリイを束縛しているように、他の人間からは見られるけども。
結局、あたしの同意があるかないかだけで、こいつは自分のしたいことは全部、するのよね。
それは別に不快じゃない。いや、もちろん、ガウリイ以外の人間が自分に対してそうだったなら、許せないし許さないけど。
あたしだって、ガウリイの都合じゃなくて、あたしの都合で行動するし。
ガウリイの過去の話も、希望通り聞けたわけだし。
だからきっと、これでいいのよね。
リナは笑う。
「・・・・ま。今回の件は、セシルばーちゃんに免じて許してあげるとしましょうか」
そして、朝日に背を向けた。


END



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