目が覚めたら、朝日が部屋に舞い込んでいた。
やたらに暑っ苦しいベッドの中。
なぜか肩までしっかりかけている毛布。
ぴっちり閉めた鎧戸の外から漏れてくる朝の光。ほんのわずかなのに、やたらと明るい。
その光の中、寝ていたあたし。
目の先には脱ぎ捨てたズボン。
その少し先にはくしゃくしゃのシャツ。
ちょっと目を移して、足元の方にがらがら転がってる剣帯。そばには愛用のショートソード。
バンダナは、と見ると、土足で踏んだ床の上に無造作に伸びていた。
「うーん」
あたしは肩をストレッチさせながら起き上がる。
洋服が全部見える場所にあるんだから当然のことだけど、何も着ていなかった。
ちゃんとパジャマを着て寝る余裕があるんだったら、服ぐらいたたむ。あたしは。
ごそり、ととなりの物体が寝返りを打った。
あたしはちらりとそちらを見る。まだ寝ているようだ。
こんなでかい物体と寝ていたんだから、そりゃ密着して暑いはずである。
昨夜は素肌をさらすのが今さらながら気恥ずかしくてしっかり毛布をかぶってしまったが、あられもない姿だろうと肩ぐらい出して寝ればよかった。
「……何やってんだろ?」
思わず頭をくしゃくしゃ。
昨夜のあたしはらしくなかった。
そう思いつくと、何かのスイッチを入れたように記憶がぽこぽこ蘇ってくる。
この万年寝ぼけ狸に服を脱がされて黙っていただけでも、どっかおかしい。
剣をさわる以外に使い道がないよーなごつい指にさわられても怒らなかったし。それどころか、正直なところ、もっとさわってほしいよーな微妙に乙女ちっくな気分になりすらした。
大体にして、なぜ服を脱ぎ散らかさなきゃならないのか。
たたんどけば朝楽なのに。
そんなことやってられないよーな気がしたのである。どういう状況判断だ。
考えれば考えるほど、馬鹿である。
「……どーしたぁ?」
天下泰平な声がしたので、あたしは寝ぼけ眼のガウリイにひらひらと手を振って見せた。
「おはよ」
「ああ、おはよ」
ガウリイは、眠りの世界が名残惜しいように枕に甘えていた。
あたしは毛布をつかみ、その金髪が隠れるくらいまで引き上げた。
「わぷ。なんだ?」
「服着るから、そーしてなさい」
「はいはい。女の子は複雑だなあ」
複雑かなぁ?
意味もなく裸見られたくないってのは、ごく真っ当な意見だと思うんだけど。
「早くしてくれよ。寝ちまう」
「寝てたら1人でご飯食べといてあげるわ」
「……起きてるって」
床の上のズボンを吊り上げると、下に肌着が埋まっていた。
肌着を着けて、ズボンを穿いて。この先は別に見られたって支障はないわけだが、なんか間抜けでイヤなので声はかけない。
上着を引っ掛けたのはいいけど、ベルトが見当たらない。
部屋の中をうろうろして、毛布を持ち上げてみて、あたしはぼすりとベッドに腰かけた。
さて、ベルトを解いたのはいつだったか。けっこう初めの方だと思うんだけど。
「何やってんだ?」
ばたばた動き回っている音を聞いていたガウリイが、毛布の中から問いかける。
「ベルトどこに外したか覚えてない?」
「小物はまとめて枕元」
枕をどかしてみると、ベルトとリストバンドが確かにそこで下敷きになっていた。
なるほど、こいつにはそういうことを考える余裕もあったわけね。
「イヤリングは机の上だからな」
「ええと……ああ、ほんとだ。ありがと」
「全部見つかったか?」
「ええ」
一通り身につけると、毛布をはいでやる。
ガウリイは気持ちよさそうに目を閉じていた。
「寝てんの? ほんとに置いてこうかしら」
「起きてるよ」
眠そうに目を開けて、ガウリイはちらと笑った。
「こういうの、新鮮だな」
「そう?」
「そう思わないか? オレなんか、家を出てずいぶん経ってるから、起きた時部屋に人がいるのって久しぶりだ」
「ゼルと一緒に寝てた頃があるでしょーが。忘れたんじゃないでしょうね」
「お、そうか」
あたしは手に持っていた剣帯を束ねてガウリイをどついた。
彼は気にした風もなく笑っている。
「いやでもさ、ゼルと朝から服の話なんかしないだろ。家族は、今日の服はどうのって言ってくるけど」
「まーね」
「ゼルは女でもないし。やっぱり、新鮮な感じがするなあ」
あたしだってアメリアと一緒の時は同じ部屋で寝ることもあった。依頼人が女性の場合、部屋を1つしか取らないこともある。
でもそれは1つの部屋を共用しているのであって、一緒に寝ているのとは違う。
お休みと言って同時に寝るわけでもないし、起きた後おはようと言って必ず朝食を共にする義務もない。
「そうね、新鮮かも」
言うと、ガウリイは目を細めて笑った。
昨夜の自分は何を考えていたのかと思うが、別に間違ったことをしたわけじゃないな、とも思う。
たとえば食事をする時1人でするか2人にするか、そういう選択。
たとえば旅をするのに1人でするか2人にするか、そういう選択。
こっちの方がいいな、と思ってそうする。
鎧戸を開けて外を見たら、別に目の覚めるような快晴というわけではなかったけど、晴れていた。
ぱっと部屋の中が明るくなって、夜の空間は完全に閉じた。
あたしは今日の出発予定を考える。
となりでガウリイがあくびをしながら服を着ている。
END.