代えることなど不可能な 

「ふっふっふ……やるじゃないか、君たち」
 なにやら引きつった笑い声を上げながら現れたのは、この街の領主の息子、今回の依頼人であるマッシュくんだった。
 よく手入れされた金髪と、二重まぶたの奥の緑の目。まずまずハンサムと言えるご面相である。体格を見る限り、新米兵士程度には鍛えているらしいことがうかがえる。次期領主としての品格にあふれているとまでは言いがたいが、育ちの良さもそれなりにただよっている。
 おそらくかなりモテるのだろうと推測されるが、それゆえのおごりのようなものも垣間見えて、個人的にはなんとなく虫の好かないタイプだった。
 さらに言えば、今回のことはどう見ても依頼人であるこの男が噛んでいる。
 何が理由なのかは知らないが、黒幕と言うこともできるだろう。
「出てきたわねっ!」
 あたしはマッシュをにらみつけた。
「さぁ、聞かせてもらおうじゃないの! 一体あたしに何の恨みがあってこんなことをするわけっ!? ことと次第によっては、一言くらい謝ってあげなくもないわよっ!?」
「大暴れしといて、今さらそれを言うか……?」
 油断なく槍を立てたままで、ツッコミを入れてくるガウリイ。
 しょーがないではないか、暴れる前に聞いても説明してもらえなかったんだから。
「ふっ。いやだなリナちゃん。君に恨みなんてないさ」
 リナ……ちゃん……だと?
 ぞぞぞっ!
 今、鳥肌立った! 全身に鳥肌立ったから!
「う、恨みがないなら、なんなのよ!?」
「はは。僕はただ、君のパートナーになりたかっただけだよっ!?」
「……は……?」
 思わず無防備にマッシュを凝視してしまうあたし。
「パートナーって……何の……?」
「決まってるじゃないか! 僕は剣士、君は魔道士! 剣士と魔道士がパートナーを組むって言ったら、どんな意味があると思う!?」
 いや……どんな意味って言われても……。
「どつき漫才……とか……?」
「ふふふ、リナちゃんは本当にユーモアがあるね」
 いやその……たしかにあたしは人様の笑いを取ることに命賭けてるようなところがあるが……全っ然嬉しくないのは何でだろう……?
「聞けばリナちゃん、君は無名の剣士と旅をしながら、デーモン退治とか隊商の護衛とか、取るに足らない仕事をしているらしいじゃないか。もったいない! もったいないよリナちゃん! 君はそんなところで終わる人じゃないはずだ!」
 あたしがひとかどの人物になれる才能を持っているという点について何ら異論はないが、仕事の内容に口を出されるいわれはない。あたしはこの生活が気に入っているのだ。
「僕と組めば、君は世界に羽ばたくことができる! 領主の妻として、そしてゆくゆくはこの国の重臣としてね! そのための後ろ盾と実力を、僕は持っている!」
 一人酔ったように演説してくれるマッシュくん。
「だから僕は、舞台を整えたのさ! そう! 君は正面から誘ってもその手を払いのける照れ屋さん。それなら、まずは僕の力を見せてあげるしかない、そして実力で君の今のパートナーを排除するしかないだろう!?」
「……ほう……」
 自分の声に殺気が含まれたのが、あたしにもわかった。
「武器を奪って、魔法を使えないようにして、大勢で襲いかかるのが実力だと……」
「それだけのことができる、ってことが実力だよ。君の魔法を封じるのが一番の難事業だったな。君と別れてから数年、僕はセイルーンに倣ってこの町を少しずつ結界にしていったんだ。どうだい、この実行力! 構想力!」
「なるほどね……この結界は、たしかに大したもんだわ」
「そうだろう!」
「だけどね」
 ふつふつと燃え上がる怒りを何と言葉にしていいかわからず、あたしは珍しく先を途切れさせる。
 何もかもに腹が立ちすぎる。
 マッシュのやろうとしたことも、そのやり口も。
 あまりにも卑怯すぎて、何とののしってやればいいかわからない。
「――話は何となくわかった」
 淡々とした声で口を出してきたのは、それまで黙って聞いていたガウリイだった。
「だがなぁあんた、リナのパートナーなんか好きこのんでなるもんじゃないぞ? ハタで見てる以上にきついんだからな」
「くぉらガウリイっ!」
「それでもやりたいって言うんなら――」
 床に突いていた槍をぶらりと下げて、何の気負いもなさそうな足取りでガウリイが前に進み出る。
「あんたの言うとおり、実力で勝負しようぜ」
「くっ……!」
 ガウリイの発する気に押されて、マッシュが後ずさる。
 マッシュは、なにやら立派な剣を下げている。物腰からしても、先ほどの大言壮語からしても、そこそこに使えるのだろう。
 だが、使えると言ってもせいぜいあたし程度のレベルである。
 ガウリイの獲物が本来の武器でないことを差し引いても、かなうとは思えない。
「いっ……いいだろう! 勝負しようじゃないか!」
 ガウリイは黙って足を止める。
 マッシュは正眼に剣を構える。ガウリイはまだ槍を下げたままだ。
 緊迫した一瞬。
 仕掛けたのはマッシュの方だった。
 正面からの一太刀!
 ガウリイがすっと足を引いて槍を突き出す。
 持ち手は石突きにほど近い、ぎりぎり端の部分。この状態で中距離から向き合えば、リーチが長い槍の方が圧倒的に有利!
「くっ!」
 目の前に迫った穂先を、マッシュはあわてて避ける。
 一瞬の間隙。その一瞬に、ガウリイは持ち手を柄の半ばに替え、踏み込んだ。
「うわぁっ!」
 苦し紛れの一閃。
 薙ぐような剣の流れを、ガウリイは完全に読んでいた。
 いや、この太刀筋ならあたしにだって読める。ガウリイにとっては、攻撃されたというより隙を見せられたに近い。
 柄の端を腰に当てた状態で、てこの原理を使って素早く槍を繰り出すガウリイ。
 速い!
「あ……」
 カンッ!
 高い音と共に、マッシュの剣が切り落とされた。
 勝負あった。
 ――いや、勝負にもならない。
「……これで、いいか?」
 納得したか、というようにガウリイが呟く。
 けして激した声音ではないが、いつものようにのほほんとした物言いでもない。固い声だと思った。
「ぼ……僕は、たしかに腕では君に劣るかもしれないっ! だが、僕はまだ君より若い! これから強くなるだろう! 君は強いかもしれないが、今後僕のような地位を得ることはないっ!」
 まだ言うか。
「黙って聞いてればべらべらと好きなこと言ってくれるじゃないの」
 別に黙って聞いていたわけではなく、罵倒する言葉も出てこないほどむかついていただけだが。
「言っとくけどね、あんた程度の腕と地位であたしのパートナーになろうだなんて、百飛んで一億年早いのよっ!」
「端数の方が大きい!? 要は一億年!?」
 言葉の綾である。そんなことはどうでもいい。
「だけど……だけどリナちゃん!」
 まだ言い足りないか。
 言ってもわからん輩には、実力行使が妥当だろう。
 殴ってやろうとマッシュのところへ歩きだしたあたしよりも早く。
「ぐがっ!?」
 ガウリイがマッシュを殴った。
「く……くそ……」
 吹っ飛ばされて床の上でもがきながらも、マッシュはまだ何か言おうとしている。
 説教でも始めるのだろうかとあたしはガウリイを見たが、何も言う様子はなかった。『そんなことのために権力を使うな』とか何とか言うかと思ったのだが。
 しばらく反論しようとじたばたしていたマッシュだったが、どうやらガウリイに気圧されて言葉が出てこないらしい。
 ガウリイも何も言わない。
 ただその大きな背中だけが、マッシュとあたしの間に立っていた。

「っとにもー、後味悪いったらないわ。一応儲けにはなったからいーけど」
 このことを全部国王にチクると脅して、マッシュからは当初の予定に五割積み増した報酬をしっかりもらった。
 もともと安くない依頼だったので、報酬額としては悪くない。
 もちろん、預けておいた装備のたぐいもきっちり回収した。
 悠長に着替えているところにちょっかい出されてはたまらないので、手に持ったまままだ着替えてないけど。とりあえず、さっさと館を出てから着替えるのがいいだろう。
「そりゃーこのあたしの魔力と美貌に惹かれる気持ちはわからなくもないけど、何をどーしたらこういうやり方が思いつくんだか」
 ガウリイは何も言わずに一歩先を歩いている。
 その背中は会話を拒んでいるようにも見えて、なんとなくいたたまれない。
「てゆーかガウリイ、槍も使えるんなら先に言っときなさいよね。どうするのかと思ったじゃない」
「すまん」
 一言だけ返事があった。
「いーけど。あんなのどこで覚えたのよ。かなり使い慣れてるみたいだったけど」
「ん。オレの故郷では、剣より槍の方が使われてたから」
「……あ、そ」
 正直に言う。
 あたしがマッシュに対して一番怒っているのは、こーゆー気まずい雰囲気にさせたことである。
 あたしはその場に立ち止まり、はふ、とため息をついた。
「……ガウリイ。怒ってるなら、はっきり言ってよね」
 ガウリイも立ち止まり、こちらを振り向く。
 怒っているという顔ではなかったが、妙に表情がない。
「別に……怒ってないぞ」
「じゃあ何なのよ。言いたいことがあるならしゃきしゃき言うっ!」
 ガウリイは少し首を傾げた。
「怒ってるのは、お前さんだろ」
「……へ? そりゃあ、あたしだって怒ってるけど」
「オレは別に怒ってないぞ。オレが怒ってるような気がして、あいつに怒ってるのはお前さんだと思うが」
「……ガウリイが怒ってるような気がして、あたしが怒ってる……?」
 意味がわからない。
 ガウリイは言葉を考えるように、顎に手を当ててうつむいた。
「だから、な……つまり、オレに悪いと思ってるんだろ、お前さん」
「え?」
「そう思ってるから、オレが怒ってるように見えるんじゃないか? 何て言うんだ、悪いなって思ってると、相手が怒ってるように見えるだろ」
 ……う、うーん。
 まぁその。
 ガウリイにしてはなかなか鋭いことを言う。
 たしかに、今回の場合ガウリイには何ら関係のない話なのに、もっぱら標的にされたのはガウリイの方だった。それがもやもやする原因であることは否めない。あたしは自分のことで仲間に迷惑をかけるのが好きではないのだ。
 要するに、罪悪感というやつである。
 いやもちろんあたしだって被害者なんだけど。
「……えーと」
 どう反応していいか困っていると、ガウリイが一歩戻って、ぽんっとあたしの頭をたたいた。
「そういう時は、素直にごめんって言えばいいと思うぞ」
「う……うーん……まぁ……とばっちり食らわせて、悪かったと思ってるわ」
「おう。別に、かまわんさ」
 それだけ言って、ガウリイはまたさっさと歩き出す。
 怒っている口調ではないのだが、にこりともしなかった。
 ……うーみゅ……。
 やっぱり機嫌が悪いのではないだろうか。それも、かなり。
 それとも、入ってない脳みそで何か考えごとでもしているのだろうか。どちらかというと、そっちのような気もする。
 何にしろ、非常に気まずい。
 頬をぽりぽりとかきながら、後ろから歩き出すあたし。
「もー。なんなのよ」
 『うっとおしいわっ!』などと叫んで暴れ出すことができないのは、ちびっとこちらが悪いと思っているからである。
「んー。何だろーな。腹でも減ったかな」
「ふーん? パーティの後、けっこう食べてたじゃない」
「そーだっけ」
「そーよ」
 回らない会話をしながら、ふとその可能性に気づく。
 少し迷ったが、ちょっとしたジョークのつもりもあり、口にしてみた。
「まさかとは思うんだけど……やきもちやいてるとか……?」
 ガウリイは振り向かなかった。
「もちは焼いてない」
「おいっ!」
 そのまま二歩、三歩と進んで。
 ガウリイの足がぴたりと止まった。
 ふっと振り向いた顔は、相変わらずどこかむっつりとしていたけれども。
 心なしか、赤く見えた。
 ガウリイは何やらしおれた様子でこちらに戻ってきて、何を思ったか、あたしの頭を両手でつかむ。
「……ちょっと、やいてる……」
 そう呟かれたのは、顔を隠すかのように額をこつんと当てられながら。
 かがみこんだガウリイの顔は見えなかったけど、どうにもこうにも耳が赤い。
 ――てゆーか、たぶんあたしの顔も真っ赤だったことだろう。
「……あ、そう」
「……おう」
 しばらく、離れるのもそのままでいるのも恥ずかしくて、固まってしまった。
 こ、こーゆーのは……非常に……困る。
 いきなり、そんな素直にならなくても……。
 そりゃあ、からかったのはこっちだけれども!
 ばっと意を決して離れた時にはまだ二人とも最大限に照れていた。
「恥っずかしいわねー! つまりさっきのは何!? 恋敵を殴ったつもりだったの!?」
「な!? んなこと、あからさまに言うかふつう!?」
「かーっ! 恥ずかしいっ! 何青春してんのよあんたはっ!」
「青春なんかしとらんっ!」
「そういう甘ずっぱくて恥ずかしいのを青春ってゆーのよっ! 別に何にも疑われるよーなことないのにっ!」
「いやそりゃそーだろーが、そもそもお前さん、一体何やってあんだけ惚れられたんだ!?」
「うわ、ほんとにやいてる」
「……っ」
 軽口の応酬のような口げんかすら、長く続かなかった。
 もう恥ずかしくて恥ずかしくて、息が詰まって声が出なくなった。
 ガウリイの方もそれは同じらしくて。

 ――この先のことは、恥ずかしすぎて死にそうになるのであまり詳しく言いたくない。
 ただ、さんざん迷った末に他の言い方が思いつかなかったらしく、『オレの、だからな』とか何とか馬鹿みたいにありきたりなセリフを言われて、あたしがその場を逃げ出しそうになったということだけは言っておく。
 まぁその。
 あたしも一応、『他のやつにあたしの背中を任せられるか』といったような返事はしたのだけれども。途切れ途切れに。
 今までお互い一度たりとも言ったことのないストレートな言葉を言い合えた、ような気がしないでもない。

 これが副収入だと考えると、今回の仕事はやっぱしそれほど悪くなかったのかもしんない。

END.

 えっと、ガウリイさん槍も使えるんじゃないって話に萌えすぎて書いたのです。
 どうやったら槍を使ってくれるかなーって考えてるうちに、こんな話になりました。

 うちのガウリナは、二人して照れてるのがデフォルトなのかもしれません。

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